監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
- 残業代請求対応、未払い賃金対応
求人票をご覧になって、その求人票を出している会社へ勤めることとなった際、求人票に記載されていた給与額と実際にその会社と労働契約を締結した際の給与額が異なることがあります。このような場合、求人票の記載の給与額と実際に契約した給与額との関係をどのように捉えるべきでしょうか。
目次
- 1 求人票と採用後の給与額が異なることは問題か?
- 2 求人票の労働条件と実際の労働条件との相違
- 3 労働条件の明示義務
- 4 求人票に虚偽の内容を記載する違法性
- 5 労働条件に関する裁判例
- 6 労働条件に関するQ&A
- 6.1 求人票と採用後の労働条件が異なると、会社にはどのようなリスクが生じますか?
- 6.2 求人票に記載している労働条件が、虚偽の内容と判断される具体的なケースを教えて下さい。
- 6.3 求人票の給与額を記載ミスしていました。誤った給与額で採用しなければならないのでしょうか?
- 6.4 労働契約の締結時、求人票と同じ条件を求められた場合、会社はどう対応すべきでしょうか?
- 6.5 労働条件の内容は、就業規則や雇用契約書と同一でなければならないのでしょうか?
- 6.6 求人票に記載しなければならない項目について教えて下さい。
- 6.7 経営不振で求人票通りの賃金が支払えなくなった場合、会社は賠償責任を負うのでしょうか?
- 6.8 求人票と労働条件が変わることに納得してもらえない場合、採用内定を取り消すことは可能ですか?
- 6.9 求人票には「月給25万円~」と記載しています。この金額にはみなし残業代も含まれていますが問題ないでしょうか?
- 6.10 労働条件通知書の交付は、契約内容について合意がなされたことの証明になりますか?
- 7 労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください。
求人票と採用後の給与額が異なることは問題か?
求人票の給与を見て応募をしたものの、採用された後の給与額が異なっている(低くなっている)場合、雇用された者からすれば求人票の労働条件で雇用されたと認識するでしょう。そのため、求人票記載の労働条件と採用後の条件が異なっている場合、どちらの条件を基準とすべきであるか問題となります。
求人票の労働条件は見込みに過ぎない?
まず契約は、一方当事者からの契約の「申込み」と、他方当事者からの申込みに対する「承諾」によって成立します。そして裁判例によれば一般に、求人票は労働契約の「申込みの誘引」と捉えられています。申込みの誘因とは、他人を勧誘して申し込みをさせようとする意思の表示であり、申し込みの誘因に対応した他方からの申し入れがあったとしても、そこから直ちに契約が成立することにはなりません。そのため、求人票そのものは、使用者からの労働契約の「申込み」ではなく、あくまで求人票記載の労働条件で雇用されるものを募る程度の見込みに過ぎません。
ただし、現在の裁判例によると求人票と異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、求人票記載の労働条件が労働契約の内容になるとされています。
以上から求人票記載の労働条件について労働者と協議がなされていない場合には、求人票記載の労働条件が実質的な労働条件となります。
労働条件は労使間の契約内容が最優先
求人票記載の労働条件が自動的に雇用後の労働条件になるわけではないことは先のとおりです。この場合、労働者と使用者が実際に協議の結果合意した条件や取り交わした労働契約書等の労働契約を締結した内容が、労働契約の内容となりますので、この労使間の契約内容が最優先となります。ただし、労使間の十分な協議がなされていることが前提となりますので労使間の協議状況について注意が必要です。
求人票の労働条件と実際の労働条件との相違
求人票記載の労働条件が自動的に雇用後の労働条件になるわけではないことから、求人票の労働条件と実際の労働条件が異なることもあります。もっとも、実際の労働条件が労使間で十分な協議がされた場合には取り交わした労働契約の内容となりますので、使用者と締結した労働条件を確認する必要があります。
労働条件の明示義務
労働契約の締結に際して、使用者は労働者に対して労働条件を明示する必要があります(労働基準法15条1項)。この規定は、労働契約締結に際して労働条件が不明確な状態を使用者が利用して、事実上一方的に労働条件を定めることを防ぐためにあります。
書面での明示が義務付けられている事項
労働条件の明示が要求されているもののうち、書面での明示が義務付けられている事項は以下のとおりです(労働基準法施行規則5条1項、3項及び4項)。
- ①労働契約の期間に関する事項
- ②就業の場所及び従業すべき業務に関する事項(期間の定めのある労働契約であって、当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合に限る。)
- ③始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
- ④賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)の決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに関する事項
- ⑤退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
口頭での明示が認められる事項
労働条件の明示が要求されているもののうち、書面での明示まで義務付けられていない、事項は以下のとおりです(労働基準法施行規則5条1項、3項及び4項)。
- ①退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
- ②臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
- ③労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- ④安全及び衛生に関する事項
- ⑤職業訓練に関する事項
- ⑥災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- ⑦表彰及び制裁に関する事項
- ⑧休職に関する事項
求人票に虚偽の内容を記載する違法性
職業紹介や労働者供給について定めている職業安定法によれば、労働条件の明示が求められているとともに、労働条件の表示につき誤解を生じさせることのないように平易な表現を用いる等その的確であることが求められています(同法5条の3、42条)。そして、この法律の要求するところに反して、労働者の募集や労働者の供給を行った場合、六月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処することとされています(同法65条8号)。ただし、これらの規定は労働者の職業紹介に関する規制のため、単に労働者を直接採用しようとする使用者からの求人票に虚偽の内容があったとしても、上記の刑事罰の対象とはなりません。
悪質な場合は賠償責任を負うこともあり得る
求人票記載の労働条件と実際の労働条件が異なっており、それぞれの条件が異なってしまう過程において、労働者が求人票記載の条件が実際の労働条件であると認識させてしまうことにつき使用者に落ち度がある場合、民事上の賠償責任を負うこともあり得ます。
労働条件に関する裁判例
求人票の労働条件と採用後の労働条件が異なったことについて争いになった裁判例について紹介します。
事件の概要
Xは、1989年・1990年既卒者を対象として「もちろんハンディはなし。たとえば、89年卒の方なら、89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束します」等と記載されたY社の求人広告を見て、Y社に応募し中途採用された。
Xは、入社後1年余を過ぎてはじめて、Y社が社内の運用基準を基にXの初任給を新卒同年次定期採用者の下限に格付けられていることを知った。
そこでXは、X-Y間で新卒同年次定期採用者の平均給与を支給することが雇用契約の内容となっていたにもかかわらず、Yがこれに反し平均格付を下回る格付けをしたとして、差額給与等を請求した。
裁判所の判断(平成11年(ネ)第1239号・東京高裁平成12年4月19日判決)
① 求人広告の記載について
「求人広告は、それをもって雇用契約の申込みの意思表示とみることはできないし、その記載自体から、本件雇用契約がX主張の内容をもって成立したとはいえない。」
② 採用過程における説明について
Y社の人事担当責任者が面接及び会社説明会においてXに対して説明した内容等から、「Xの給与の具体的な額又は格付を確定するに足りる明確な意思表示があったものと認めることができない」ため、面接及び会社説明会におけるY社の人事担当責任者の説明によって、「Y社とXとの間に、雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものということはできない」。
ただし、「Y社は、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年定期採用者の現実の格付のうち下限の格付により定めることを決定していたにもかかわらず、Xら応募者にそのことを明示せず、就職情報誌での求人広告や社内説明会等の説明において、応募者をしてその平均的給与と同等の給与処遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をしていた」ことは労基法15条1項(労働条件の明示義務)に違反するものというべきであり、そして、「雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成する。」
ポイント・解説
(1)まず、本判決は、求人広告について、雇用契約の申込みの意思表示と捉えることはできないことを明らかにしています。したがって、求人広告を見て応募してきた者との間に、必ずしも求人広告の内容と同一の雇用契約が成立するわけではないことが明らかになりました。
ただし、この点について、現在の裁判例は、求人票を申し込みの誘因と捉えているものの、求人票と異なる別段の合意をするなどの特段の事情がない限り、求人票記載の労働条件が労働契約の内容になると捉えています(大阪高裁平成2年3月8日判決、京都地裁平成29年3月30日判決)
判決)。本判決は、「89年卒の方なら、89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束します」という文言は、給与に関して具体的な金額が不明確であったことから、求人票記載の条件が労働契約の内容になりなかったと解されています。
(2)また、本判決は求人広告や会社説明会の際に誤解を招くような言動があったとしても、使用者が労働条件について明確な意思表示をしていない場合には、労働者が信じた内容の労働契約が成立したと認めることはできないことも判示しました。
ただし、使用者には労働者に対して労働条件を明示する義務があるところ、内部規定によって応募者を下限格付することを決定していたにもかかわらず、そのことを明示せずに新卒同年次定期採用者の平均的給与と同等の給与待遇を受けると信じかねないような説明をしたことは、労働条件の明示義務違反であり、契約締結過程における信義誠実の原則に反するとして、不法行為を構成すると判断しました。
本判決は、求人広告の法的性質を明らかにするとともに、応募者に対して雇用条件を勘違いさせるような説明を行った点について、不法行為が成立し賠償義務が生じる可能性があるとして、労働者に対して雇用条件を誤解させないように誠実に説明する義務があることを説示しました。
労働条件に関するQ&A
求人票と採用後の労働条件が異なると、会社にはどのようなリスクが生じますか?
求人票の条件の方が労働者に有利な条件であった場合、労働者から求人票の条件に変更するように求められる可能性があります。その結果、賃金などの待遇面を巡って紛争に発展するリスクがあります。
求人票に記載している労働条件が、虚偽の内容と判断される具体的なケースを教えて下さい。
求人票記載の労働条件を意図的に乖離させているとしかいえない場合に虚偽と判断される可能性があります。
例えば、期間の定めのない労働条件にも関わらず期間の定めのある労働条件について何の説明もないまま変更されている場合や、給与の金額が大きく減額されている状況です。これは、労働者にとって労働条件のうちでも重大な部分について一方的に変更されていることから、誤記では説明がつかず虚偽の内容と判断される可能性があります。
求人票の給与額を記載ミスしていました。誤った給与額で採用しなければならないのでしょうか?
求人票の給与額が間違っていたからと言って、直ちに求人票記載の条件で採用する必要はありません。結局は採用後の給与額が具体的にどうなるのかを明示して合意していれば、採用後の給与額となります。この場合、労働者には十分に説明したうえで自由な意思に基づく合意に至る必要があります。また、給与額について労働者に誤解が生じないように、説明をすることに注意する必要があります。
労働契約の締結時、求人票と同じ条件を求められた場合、会社はどう対応すべきでしょうか?
前提として、求人票と同じ条件で採用しなければならないわけではありません。
そのため、求人票と同じ条件で採用してもよいのであれば求人票と同じ条件にて採用します。
求人票と同じ条件で採用できないのであればその理由を説明のうえ採用を見送るか会社が求める労働条件を申し入れることになります。もっとも、求人票と同じ条件を求められた時点が入社当日や実際には就業した後であれば、求人票記載の条件が労働条件となる可能性が高くなります。この場合は、労働条件の変更を労働者に申し入れをしたうえで労働者から真摯な同意を得る必要がありますが、真摯な同意について争われた場合には労働条件の変更についても無効とされる可能性があるため、労働契約締結時までに労働条件について説明十分な説明をしておくことにご注意ください。
労働条件の内容は、就業規則や雇用契約書と同一でなければならないのでしょうか?
雇用契約書の労働条件を就業規則と同一でなければならないわけではありません。
ただし、雇用契約書の労働条件が就業規則に定める労働条件(内容)よりも下回る場合、就業規則の定める基準に達しない労働条件が無効となります(就業規則の最低基準効)。逆に就業規則の定める基準を上回る場合は、雇用契約書の労働条件が優先されます。
そのため、結果的に、雇用契約書の労働条件は、就業規則に定める労働条件と同じ、又はそれを上回る条件であることが求められます。
求人票に記載しなければならない項目について教えて下さい。
職業安定法により、求人票には必ず記載しなければならない労働条件が定められています。
最低限記載しなければならない項目は以下のとおりになります。
- ・業務内容
- ・契約期間
- ・試用期間
- ・就業場所
- ・就業時間
- ・休憩時間
- ・休日
- ・時間外労働
- ・賃金
- ・加入保険
- ・募集者
- ・雇用形態(派遣労働者として雇用しようとする場合はその旨)
経営不振で求人票通りの賃金が支払えなくなった場合、会社は賠償責任を負うのでしょうか?
求人票通りの賃金が支払えなくなったとしても、直ちに賠償責任を負うことにはなりません。
採用前に当初明示した労働条件が変更される場合は、変更内容について明示する必要があります。これは、特段の事情がなければ求人票記載の内容が労働条件となってしますからです。労働条件を変更する場合、速やかに求職者に事情を説明したうえで、労働者から自由な意思に基づいた同意を取り付ける必要があります。
求人票と労働条件が変わることに納得してもらえない場合、採用内定を取り消すことは可能ですか?
一般に裁判上、内定は労働契約が成立しています(ただし、労働契約の期日が決まっているおり、一定の事由によって解約権の行使が留保されている性質はあります。)。そのため、単に労働条件が変わることに納得してもらえないからといって、採用内定を取り消しても争われた場合には無効と判断される可能性があります。
労働条件の内容が変わる理由が採用者にあるのか、会社側にあるのかによって変わります。
採用後に労働者の事情(能力、経歴、心身の状況等)によって労働条件がかわる場合であれば、その事情によっては内定を取り消す余地はあります。
また、会社側の事情(経営不振など)の場合、①人員整理の必要性がある、②内定取消し回避のために最大限の努力を行った、③内定取消しの対象者の選定等が合理的に行った、④内定取消しの手続きが妥当であった場合には内定を取り消す余地はあります。
求人票には「月給25万円~」と記載しています。この金額にはみなし残業代も含まれていますが問題ないでしょうか?
みなし残業代を含めること自体は問題ありません。ただし、その場合には、みなし残業代と月額の給与額を明確に区別して表記する必要があります。
労働条件通知書の交付は、契約内容について合意がなされたことの証明になりますか?
労働条件通知書は、会社から採用した者に対して労働条件を明示する書類となります。その通知書につき採用された者の署名と押印が予定されていない場合、その労働条件通知書は会社からの労働条件を明らかにした意思表示に過ぎません。そのため、労働条件の交付をもって自動的に契約内容の合意がされたことにはなりません。ただし、労働条件通知書を交付し、採用された者が異議を述べないのであれば、黙示の合意が成立していると判断される余地もあります。その意味において労働条件通知書の交付をもって、合意がされたことの証明になることもあります。
労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください。
労働者を実際に採用する過程において、労働者の募集は不可欠です。求人票(募集条件)を正確に記載することは望ましいですが、他方で魅力的な求人票にしないと実際に労働者が応募することはありません。紛争を予防しつつ労働者に魅力のある労働条件を明示することは判断に迷ってしまいします。
そのため、 労働条件の明示でお悩みの経営者の方は、一度弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
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