定額残業代制が否定された場合の三重苦

公開日:2020年8月4日
  • 残業代請求対応、未払い賃金対応

昨今、定額残業代制を採用している事業者様も多いかと思います。しかし、定額残業代制は、判例上、一定の要件を満たす場合にのみ有効とされており、要件を満たしていなければ、定額残業代として支払っている給与は残業代として扱われなくなってしまいます。そのため、残業代を支払っていたつもりが、残業代は未払いの扱いを受けるため、①未払い分の残業代を支払う必要が生じ、さらに、②付加金の支払いも請求されてしまいます。そして、場合によっては支払っていた定額残業代自体が基本給の一部として取り扱われ、残業代算定の基礎とされてしまい、③残業代を算定する単価が大きくなってしまいます。

以下では、そのようなことにならないよう、有効な定額残業代制とは何かということについてご説明いたします。

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の弁済と認められない場合、どうなるか?

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、①各種の割増賃金を支払っていないということになります。そのため、各種の割増賃金を支払う必要が生じます。また、②定額残業代として支払った金額が基礎賃金に組み込まれるため、時給単価が上がることになります。更に、③割増賃金を支払っていないということになるため、裁判になった場合、付加金の制裁を科される恐れがあります。

このように、定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、会社は、相当な負担が生じるというリスクが生じます。

割増賃金を一切支払っていないことになる

労基法37条1項は、時間外・休日・深夜労働に関して、割増賃金が発生すること及び使用者の支払い義務を規定しています。そして、同規定に違反した場合は、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」に処せられる可能性があります(労基法119条1号)。

残業代を計算する際の時間単価が跳ね上がる

時間外・休日・深夜労働の割増賃金は、「1時間あたりの基礎賃金×残業時間数×割増率」で計算されます。「1時間あたりの基礎賃金」は、月給額(基本給+手当)を月における所定労働時間数で除して計算します。ただし、家族手当や住宅手当等は、基礎賃金に含まれません。

この点、定額残業代は、各種割増賃金の支払いに充てるためのものであるため、基礎賃金の計算の根拠となる手当には含まれません。よって、定額残業代として支払った金額は、基礎賃金の計算から除外することになります。

もっとも、定額残業代として支払った金額が、各種割増賃金の弁済と認められない場合、当該金額は、基礎賃金に含むことになります。例えば、月における所定労働時間が160時間、基本給月額20万円で、定額残業代月額5万円のケースでは、定額残業代が割増賃金の有効な弁済と認められる場合には、1時間あたりの基礎賃金は1,250円ですが、各種割増賃金の弁済と認められない場合には、1時間当たりの基礎賃金が1,562.5円になります。

このように、定額残業代として支払った金額が基礎賃金に組み込まれるため、時給単価が上がることになります。

付加金の支払いを命じられる可能性がある

時間外・休日・深夜労働の割増賃金を支払わない場合、労基法37条に違反しているため、付加金の支払いを命じられる可能性があります(労基法114条)。

付加金は、裁判所が、従業員の請求により、使用者が支払わなければならない金額について、未払い金と同一の金額の支払いを命じるというものです。つまり、付加金の支払いが命じられた場合、未払い金の2倍の金額を支払う必要が生じます。

付加金は、裁判所の命令があって初めて支払い義務が生じるものであり、当然に発生するものではありません。また、付加金の支払いを命じるか否かは、裁判所の裁量によることになります。

そして、定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、割増賃金を支払っていないということになるため、裁判になった場合、付加金の支払いを命じられる可能性があります。

裁判例からみる定額残業代制の有効性

労基法37条違反が問題になった、国際自動車事件(最判平成29年2月28日)について、解説致します。同判例は、直接、定額残業代が問題になった事案ではありませんが、労基法37条の解釈について考え方を示したものであり、重要な判例になります。

事案

【事案の概要】
従業員ら(タクシー運転手)が、会社(タクシー会社)に対して、歩合給の計算にあたり、残業手当等に相当する金額を控除する旨を定めた賃金規則が労基法37条に違反し、民法90条に規定する控除良俗に反するため無効であると主張し、未払賃金等の請求をしたものです。

会社の賃金規則において、タクシー運転手につき、基本給が1乗務(15時間30分)当たり1万2500円、服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として、タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間当たり1200円、責任のある場合は1時間当たり1000円を支給する等と規定されていました。

次に、割増金及び歩合給を求めるための対象額(対象額A)の計算方法は、対象額A=(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62としていました。また、歩合給(1)は、対象額A-{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}と規定されいました。なお、本件賃金規則には、従前支給していた賞与に代えて支払う賃金として、歩合給(2)が定められています。

前記計算式によれば、従業員が時間外・深夜労働等を行った場合、割増賃金が支払われるものの、割増賃金に相当する賃金が歩合給から控除されるため、従業員に支払われる賃金が増額されないことになる(なお、割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}の合計が対象額Aを上回る場合、歩合給はマイナスとするのではなく、ゼロとする運用がされていました。)

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

国際自動車事件(最判平成29年2月28日)
「労働基準法37条は、時間外、休日及び深夜の割増賃金の支払義務を定めているところ、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められている。もっとも、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまり、使用者に対し、労働契約における割増賃金の定めを労働基準法37条等に定められた算定方法と同一のものとし、これに基づいて割増賃金を支払うことを義務付けるものとは解されない。」

「そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照)、上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。」

「他方において、労働基準法37条は、労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないことに鑑みると、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から同条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないというべきである。」

「しかるところ、原審は、本件規定のうち歩合給の計算に当たり対象額Aから割増金に相当する額を控除している部分が労働基準法37条の趣旨に反し、公序良俗に反し無効であると判断するのみで、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か、また、そのような判別をすることができる場合に、本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かについて審理判断することなく、被上告人らの未払賃金の請求を一部認容すべきとしたものである。」

と判断し、原審の判断につき、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った部分があるとして、審理不尽の違法があるとして、一部を破棄差し戻しした。

ポイント・解説

本件は、タクシー運転手の歩合給から残業手数料等を控除して支給する旨の賃金規程の適法性が問題になったものです。割増賃金を算定する基礎となる通常の労働時間の賃金算定において割増賃金相当額を控除する規定の適法性が争いになりました。

原審は、同規定が労基法37条の趣旨に反するため、公序良俗に反することを理由に無効だと判断しました。もっとも、最高裁は、労基法37条は、「労働契約における通常の労働時間の賃金をどのように定めるかについて特に規定をしていないこと」から、同規定が当然に公序良俗に反して無効ということはできないと判断しました。なお、同判例には、批判的な見解もあります。

この点、仮に、定額残業代制について、下記の点を満たしたとしても、労基法37条の趣旨に反するような制度設計をした場合、無効になる可能性があることを判示したものです。

定額残業代制が認められるための要件とは

既に解説したとおり、定額残業代制が有効と認められるためには、①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金に当たる部分と区別ができること(明確性の要件)②支払われた金額が割増賃金の対価として支払われたものであること(対価性の要件)が必要であると言えます。

なお、差額支払合意については、明確な要件であるとは言えないでしょう(差額精算義務は当然の前提です。)。

しかし、上記①②の要件を満たしたとしても、上記国際自動車事件判決のように、賃金制度全体を検討したうえで、割増賃金の支払いが無効と判断される場合もあるので、注意が必要です。割増賃金制度の設計にあたっては、専門家のアドバイスをもとに制度設計されることをお勧めします。

定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応

定額残業代制の有効性に関するQ&A

定額残業代と認められなかった場合、残業代はどの時点まで遡って支払う必要があるのでしょうか?

定額残業代の支払いが、割増賃金の支払いとして認められない場合には、以前は、賃金の消滅時効が2年間であったため、過去2年分の時点まで遡って支払う必要がありました(労働基準法115条)。しかし、 令和2(2020)年4月1日以降に発生した残業代については、法改正により、当分の間、消滅時効が3年間とされました(労働基準法の一部を改正する法案附則143条)。そのため、令和4年(2022)年4月1日以降の残業代請求から2年を超えて遡って支払う必要が生じ、令和5(2023)年4月1日以降の残業代請求については、過去3年分の時点まで遡って支払わなければならなくなりました。

例え、令和2(2020)年6月30日時点で残業代請求されたとすると、①令和2(2020)年3月31日までに発生した消滅時効2年の債権と、②同年4月1日以降に発生した消滅時効3年の債権が混在することになります。①の債権は消滅時効が2年ですので、平成30(2018)年6月30日までに発生した賃金債権を時効の援用により消滅させた場合、過去2年分遡って平成30年7月以降に発生した残業代を遡って支払う必要があります。2年を超えて遡る必要が生じるのは、②の債権が発生して2年を超える令和4(2022)年4月1日以降であり、過去3年分に遡る必要が生じるのは、②の債権が発生後3年を超える令和5(2023)年4月1日以降となります。

従業員が残業代込の給料であることを納得していても、定額残業代として認められませんか?

従業員が、「基本給●円に残業代が含まれている。」と抽象的にのみ理解している場合には、定額残業代として認められない可能性がありますので、①給料に含まれる残業代の具体的金額や手当が雇用契約書、就業規則、給与明細等で明確になっていること、②①の金額や手当がどの程度の残業時間に対応する残業代であるかが、従業員が理解できるようにしていることが必要となります。

一方、従業員が「基本給●円に、時間外労働●時間分の残業代が含まれている。」「●●手当は、定額残業代である。」ということを、採用時等に説明されて理解している場合には、定額残業代として認められると考えられます。

残業代を計算する時間単価が上がった場合、社会保険料も変更するのでしょうか?

社会保険料は、標準報酬額を基準として計算されます。この標準報酬額は、毎年4月、5月、6月に支払われた給与を基に計算されます。

4月から6月の給与について、定額残業代の支払いが割増賃金の支払いとして認められなかった場合には、標準報酬額の計算の基礎となる給与が、もともと支払っていた給与と支払った未払い残業代とを加えた金額となり、結果として、社会保険料が変更する必要が生じます。ただし、実際の割増賃金の支払いは、当事者間の和解などで解決することが多く、この場合には、賞与として割増賃金相当額を支払ったり、解決金として割増賃金相当額を支払うことも多く、このような場合には、社会保険料を変更する必要はありません。

求人広告に掲載する場合も、定額残業代の金額や充当する労働時間数などの記載は必要ですか?

定額残業代の金額や充当する時間数などを求人広告に記載することは、定額残業代の支払いが各種割増賃金の支払いとして認められるための必須要件ではありません。しかし、求人広告にこれらの記載をすることは有益であると考えます。

定額残業代制を採用する場合には、従業員が、自分の残業時間に対応する残業代が支払われているのか把握することができるようになっていることが必要です。

典型的には、雇用契約書や就業規則に、毎月の支給額のうち定額残業代として支払われているのがいくらになっているか、どの程度の残業時間(時間外労働分なのか、深夜労働分なのか)に相当する残業代が支払われているかがを記載するなどして、従業員が把握できるようにする方法があります。

そのため、雇用契約書や就業規則の代わりに求人広告にこれらの情報を記載することは、定額残業代の支払いが各種割増賃金の支払いとして認められるための一資料となります。

会社独自の算出方法で割増賃金を一定額支払っています。労働基準法に抵触する恐れはありますか?

会社独自の割増賃金の算出方法がどのようなものであるかによりますが、会社が従業員に対して支払っている金額が、労働基準法に定める割増賃金の計算方法により算出される割増賃金を下回る場合には、労働基準法37条に抵触します。

裁判で定額残業代の支払いが各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、付加金は必ず支払わなければならないのでしょうか?

労働基準法114条は、「第20条、第26条若しくは第37条の規定に違反した使用者又は第39条第6項の規定による賃金を支払わなかった使用者に対して、従業員の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払い金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」として、付加金の支払いを命じることができるとしています。

この規定によれば「命じることができる。」のみであり、付加金の支払いを命じるか否かは、裁判所の裁量に委ねられます。したがって、定額残業代の支払いを割増賃金の支払いと認められなかったとしても、必ずしも付加金の支払いを命じられるとは限りません。

付加金が加算されるか否かの裁判所の判断要素にはどのようなものがありますか?

付加金の加算をするか否かの判断要素として、裁判例は、その会社の労働基準法違反の程度や、どのように違反をしているのか、従業員が受けた(受けている)不利益の性質や内容等の事情を考慮して判断するとしています。

付加金の支払いを命じられた場合、いくら支払う必要があるのでしょうか?

付加金は、最大で残業代の未払い分と同額の支払いを命じられる可能性があります。もっとも、上記のとおり、付加金の加算は、裁判官の裁量によるため、必ずしも残業代の未払い分と同額の支払いを命じられるわけではありません。そのため、付加金の支払額は、ケースバイケースになってしまいます。

従業員の残業時間の過少申告により、定額残業代を超えた分の割増賃金を支払っていません。差額分の支払いは必要ですか?

仮に従業員が、労働時間を過少申告していたため、企業が正確な残業時間を把握できず、定額残業代で充当された時間を超えた残業時間(超過残業時間といいます。)に対応する残業代の清算をすることができなかったとしても、従業員が事後的に超過残業時間に対応する残業代を請求された場合には、差額分の支払いをする必要があります。

そのため、企業としては、各従業員の正確な残業時間を把握することが必要となります。

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