使用者の誠実交渉義務とは

使用者の誠実交渉義務とは

労働者を雇って会社経営している場合には、団体交渉に直面するリスクが潜在的にあります。また、団体交渉を申し込まれれば、正当な理由なく拒むことができません。
では、どのように対応していけば良いのでしょうか。

使用者の誠実交渉義務とは

団体交渉において、合意に向けて誠実に交渉する義務を、誠実交渉義務といいます。
誠実交渉義務が課せられていることから、使用者は、団体交渉において、団体交渉への出席拒否という形式的な拒否だけでなく、団体交渉の場での要求事項についての具体的な話合いを回避するという実質的な拒否も禁止されています。

労働組合との団体交渉

では、使用者側は、団体交渉で何を行えばよいのでしょうか。
組合の代表者と面会において、誠実に合意の形成に向けて協議し、使用者としての回答や主張も行い、必要に応じて使用者の回答や主張の根拠の説明や必要な資料を提示していくことになります。
状況によって、労働組合の同意を得て、WEBや電話、書面による方法を用いて交渉を行うこともありますが、原則として、労使が直接話し合う形式で行うことが求められていますので、労働組合がWEBや電話等の方法により交渉を行わないことを理由に交渉を拒否すると、不当労働行為となります。

使用者は労働組合に譲歩する義務まで有するのか?~誠実交渉義務の相対性について~

使用者の誠実交渉義務がどこまで求められるのかは、組合側の要求事項や対応によって相対的に変わります。
例えば、組合側の要求や対応が社会的相当性を欠くものであった場合まで対応しなければならないという義務はありません。
また、団体交渉が申し込まれた場合でも、使用者側が譲歩しなければならないという義務まではありません。

労働組合からの要求と会社側の対応方法資料提供の要請にはどの程度応じるべきか?

要求事項の検討に必要な資料等の提供であれば、可能な限り応じる必要がありますが、組合側から提供の要請を受けた資料をすべて提供しなければならないというわけではありません。
提供できない場合には、組合側に対して、当該資料を提供できない適切かつ具体的な理由を説明する等の誠実な対応をする必要があります。

誠実交渉義務の判断基準

様々な事情を総合的に考慮して、使用者が誠実に組合との合意の形成に向けた可能性を探ったといえるかにより判断されます。例えば、以下のような事情が考慮されます。

・使用者側の組合の合意を求める努力の有無・程度
・組合側の要求の具体性や追求の程度
・使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度
・使用者側の回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度
・使用者側の必要な資料の提示の有無・程度等

団体交渉における誠実交渉義務違反~不当労働行為とみなされるケース~

注意が必要な対応は、以下のとおりです。

・合意する意思がないと初めから明確に宣言する等の交渉態度
・協議内容について決定権限のない方による空転させるだけの対応
・拒否や一般論のみで、協議内容について実質的に検討しないような交渉態度
・論拠もなく合理性を欠く回答に終始する対応
・要求事項に対する回答、説明、資料開示等、具体的な対応が不足する対応

誠実交渉義務に関する判例

事件の概要

本件は、組合との団体交渉において、会社が代表取締役を出席させず、資料を提示して説明しなかったことが不当労働行為であるとして争われた事案です。(東京地裁令和元年(行ウ)第444号・長澤運輸不当労働行為救済命令取消請求事件)

裁判所の判断

資料の提示については、資料の提出を行わず、その理由を世間水準である旨を抽象的に述べるのみであった会社の対応は、自己の主張の論拠を組合に具体的に説明し、見解の対立の解消に向けた努力をしていたものと評価することはできないとされました。

ポイントと解説

本件の会社は、形式的には団体交渉に応じていても、実質的な対応としては組合が交渉上の検討材料として求めた資料を開示せず、その説明をしているものの具体的な説明ではありませんでした。
このように、団体交渉に出席し、一応の回答をしていたとしても、客観的に見て、適切かつ具体的な説明や資料の提示をしていなければ、不当労働行為の責任を追及されることになりかねません。そのため、団体交渉においては、内容的にも誠実な対応をしていくことが不可欠です。

誠実交渉義務に関するQ&A

使用者は労働組合の要求に必ず応じる義務があるのでしょうか?

誠実交渉義務は、組合の要求に対して合意や譲歩を行うという義務ではありません。
譲歩ができない場合であっても、交渉事項に関する組合側の要求に対し、使用者の主張及びその論拠を示し、見解の対立の解消を目指す義務です。そのため、組合の要求に必ず応じる義務はありません。

団体交渉の申し入れがあったらまず何をすべきでしょうか?

まず、組合側が求める要求事項について、実質的な交渉権限を有している方の中から担当者を決定し、そのうえで組合側の担当者と連絡を取り合い、双方すり合わせのうえ団体交渉の日時・場所等について決定すべきです。

労働組合からの不当な要求にはどう対応すべきですか?

使用者が「不当な要求」と考えて拒否しても、裁判所等から不当労働行為と判断される可能性は否定できません。
そのため、まずは組合側の主張をしっかりと聞き理解し、使用者側としての具体的な意見を述べ、回答を行うなど、誠実な対応をすべきです。

労働組合からの団体交渉の申し入れを放置するとどうなりますか?

団体交渉の申入れの放置は、それ自体が誠実に対応していないと判断されかねず、不当労働行為として使用者が不利益を被る可能性があるため、避けるべきです。

団体交渉の際、文書や電話のみで対応することは不当労働行為にあたりますか?

労働組合が、文書や電話のみでの対応を認めている場合においては、不当労働行為には当たらないと考えられます。
しかし、対面を要求されているにもかかわらず文書や電話のみでの対応しかしないと拒否してしまえば、誠実に対応していないと判断されかねず、不当労働行為に当たると判断されます。

労働組合との交渉で、双方の主張が対立したまま交渉が打切りとなることは不当労働行為にあたりますか?

それだけで不当労働行為に当たるということはありませんが、誠実に対応しなかった末に、労働組合側の納得を得られず打ち切りとなった場合には、不当労働行為と判断される可能性があります。

労働組合から要求された資料は全て提示する必要があるのでしょうか?

要求事項の検討に必要な資料等の提供であれば、可能な限り応じる必要がありますが、組合側から提供の要請を受けた資料をすべて提供しなければならないというわけではありません。 ただし、提供できない場合には、組合側に対して、当該資料を提供できない適切かつ具体的な理由を説明する等の誠実な対応をする必要があります。

解雇した社員が加入している労働組合から団体交渉を求められた場合、応じる必要はありますか?

解雇が不当解雇と判断された場合には、解雇時に遡って労働者の地位が認められ、使用者が雇用する労働者に当たります。また、解雇した社員であっても、解雇そのものについて協議事項にする場合や、退職条件などを団体交渉の協議事項にする場合には、雇用する労働者と同様に扱われます。 そのため、応じる必要があります。

交渉担当者を弁護士にすることを認めなければ、団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたりますか?

交渉の代理人として弁護士を介入させるのは一般的ですので、必ずしも不当労働行為に当たるとは限りませんが、協議事項について決定権限を持つ方を同席させることを求められて応じない場合という場合には、不当労働行為とされる場合があります。

組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉を打ち切ることはできますか?

組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉の態様が社会的な相当性を超えていると判断できますので、団体交渉を打ち切り、組合側が謝罪して今後暴力行為を行わないことを文書で誓約しない限り、団体交渉に応じないという対応も正当と判断される例もあります。

従業員が加盟している外部の労働組合から団体交渉を要求された場合、応じる必要はあるのでしょうか?

応じる必要があります。これは、外部の労働組合でも、労働組合である以上、団体交渉権がありますので、使用者側が正当な理由なしに団体交渉を拒否すると不当労働行為になるからです。

団体交渉において代表取締役が出席しないことは不当労働行為に該当しますか?

団体交渉において、代表取締役が出席しないことのみをもって不当労働行為に該当するというわけではありません。
ただし、代表取締役の代わりに、組合側が求める協議事項について実質的な交渉権限を有している方が出席する必要があります。

団体交渉に関する問題解決は、専門的知識・経験を有する弁護士にお任せください。

団体交渉において、誠実な対応をしていたかどうかは客観的に判断されます。ALGでは、数多くの団体交渉のご依頼を受けてきました。
そのため、過去の事例等も踏まえ、労働組合から団体交渉の申入れを受けたときの初動やその後の対応についてアドバイスを行うことができます。
また、団体交渉の場に出席し、使用者側の代理人として組合側との交渉を行うこともできます。お困りの際は、ぜひALGにお問い合わせください。

従業員にマイカー通勤を認めている会社は、少なくありません。従業員が、マイカー通勤中に交通事故を起こし、損害賠償をしなければならない場合に、会社がその賠償責任を負うのかについて、以下で解説します。

従業員のマイカー通勤中の事故で会社は責任を問われるのか?

従業員がマイカー通勤中に交通事故を起こした場合、会社は、使用者責任(民法715条1項)または運行供用者責任(自賠法3条)を問われるリスクがあります。

「使用者責任」を問われるリスク

使用者責任とは、事業のために他人を使用する者(使用者)が、被用者(従業員等)がその事業の執行について他人に損害を加えた際に損害賠償責任を負うというものです。

マイカー通勤は、基本的には勤務先の指揮命令下で行われるものではないので、マイカー通勤が「事業の執行について」なされたものといえるかが問題となります。
裁判例は、事業の執行といえるかについて、具体的事情により判断をしており、マイカー通勤中の交通事故について、会社に使用者責任を認めるケースと否定するケースの双方が存在します。そのため、会社としては、従業員のマイカー通勤中の事故について、使用者責任を負う可能性があることに注意して対策を取る必要があります。

「運行供用者責任」を問われるリスク

運行供用者責任とは、自己のために自動車を運行の用に供するもの(運行供用者)が、その自動車の運行により生じた他人の生命、身体に対する損害について賠償する責任を負うというものです。

会社が、マイカー通勤をしている従業員の運行供用者にあたる場合には、会社は従業員の交通事故に関し、運行供用者責任を負うことになります。

運行供用者とは、自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者とされており、従業員のマイカー通勤の事故に関して、会社に運行供用者責任を認めた裁判例も存在します。したがって、会社は、従業員のマイカー通勤中の事故に対し、運行供用者責任を負わないように注意すべきといえます。

もっとも、実務の立場は、運行供用者責任、使用者責任のいずれについても、マイカー通勤による事故における使用者の責任を原則的に否定し、マイカーの運行が使用者の業務と密接に結びついており、また、使用者がマイカーの使用を命令し、助長し、または少なくとも容認しているなどの特別の事情がある場合に限りこれを肯定するものということができます(中畑啓輔「マイカー通勤による事故」交通事故判例百選「第5版」15頁)。
また、運行供用者責任、使用者責任が認められるための判断基準に実質的な差はなく、責任の有無も一致するのが通常です(中畑啓輔「マイカー通勤による事故」交通事故判例百選「第5版」15頁)。

従業員のマイカー通勤中の事故で会社が責任を問われるのはどのようなときか?

それでは、そのような場合に、従業員のマイカー通勤中の事故で会社が責任を問われるのか見ていきましょう。

マイカーを通勤のみに使用していた場合

マイカーを通勤のみに利用し、業務に一切使用されていない場合には、交通事故が「事業の執行について」生じたものとはいえず、使用者責任は生じないと考えられます。もっとも、会社が、マイカー通勤を前提として従業員に通勤手当を支給していた事案について、通勤中の事故について会社に使用者責任を認めた裁判例も存在します。

マイカーを業務のためにも使用していた場合

マイカーを通勤だけでなく業務のためにも使用していた場合には、会社が業務利用を行わせていた場合だけでなく、業務利用を容認していたような場合であっても、裁判例において、マイカー通勤中の交通事故について、使用者責任が認められています。

従業員が無断でマイカー通勤していた場合の会社の責任と注意点

従業員が無断でマイカー通勤をしていた場合、会社はマイカー利用を認容したり助長したりしていないため、通勤中の事故に関し、使用者責任は発生しないのが原則です。
もっとも、マイカーを無断で使用していたとしても、会社がこれを知りつつ放置していたような場合には、会社はマイカーの利用を容認しており、使用者責任や運行供用者責任が発生するので注意が必要です。

マイカー通勤中の事故は「労働災害」に該当するのか?

マイカー通勤中の事故は、業務中の災害(業務災害)ではありませんが、通勤災害であり、労働災害に含まれます。

マイカー通勤のリスクから会社を守るための対策

会社が、マイカー通勤中の事故により使用者責任などを問われないようにするための対策について、以下で解説します。

マイカー通勤を原則禁止とした上で「許可制」とする

マイカー通勤を原則禁止としたうえで、例外的に利用を認める場合のみ許可を与える許可制を採用すべきです。
会社が、マイカー利用を認容、助長していると、通勤中の事故であっても使用者責任等が発生するリスクが生じますので、原則として、マイカー通勤は禁止すべきです。

一定要件での任意保険加入を義務づける

マイカー通勤を許可する要件として、対人賠償については無制限となっている任意保険への加入を定めることが重要です。
そもそも、マイカー通勤中の事故が生じても、従業員の加入する任意保険で被害者に対する賠償がなされれば、被害者が会社に対し、使用者責任等を追及することはありません。
そのため、必ず、マイカー通勤の許可要件として、対人賠償について無制限となっている任意保険への加入を義務付けるべきです。

無免許運転や無保険状態にないことを定期的に確認する

マイカー通勤を許可する際に、運転免許や任意保険への加入を確認することは行われても、その後、確認を怠るといったケースも少なくありません。
特に、任意保険契約の更新手続きがなされていないといった状況で、事故が生じた場合、会社が多額の賠償責任を負いかねませんので、保険契約の状況については、定期的な確認を行ってください。

マイカー通勤者に対し交通安全教育を実施する

やむを得ず、マイカー通勤を許可せざるを得ない場合であっても、事故発生を防止するために、マイカー通勤者に対し、交通安全教育を実施することも有効であると考えます。

マイカー通勤規程を作成する際に盛り込むべき事項とは?

マイカー通勤を原則禁止し、許可制とすること、許可の条件として、保険加入を必須とすること、マイカーを業務に利用しないことについては、必ず盛り込むべきでしょう。また、許可時に免許証の写しや、保険証券の写しの提出を義務づけたり、保険契約の更新時期に新契約の保険証書の写しの提出を義務付けるなどの規程を盛り込むとよいでしょう。

マイカー通勤を許可制とすることは不利益変更にあたるのか?

マイカー通勤が、許可制となり、マイカー通勤ができなくなることで通勤時間が大幅に増える等の場合もあり得るので、不利益変更に該当するといえるでしょう。
しかし、就業規則の不利益変更は、変更に合理性があり、変更後の就業規則を周知していれば、有効となります。
マイカー通勤を自由に認めていた会社が、マイカー通勤を許可制にするにあたり、従業員に対する不利益の程度が大きく、就業規則の変更に合理性がないと判断される可能性は低いと考えます。もっとも、許可制への変更で著しい不利益が発生する労働者が存在するような場合には、不利益緩和措置を設けるなどの必要もありますので、就業規則の変更にあたっては、弁護士などの専門家にご相談ください。

マイカー通勤中の事故で会社の責任が問われた裁判例

以下で、マイカー通勤中の事故で会社の責任が問われた裁判例を紹介します。

事件の概要

会社の寮に住んでいた従業員が、会社の寮から作業現場までマイカーで通勤し、作業後、寮に帰宅する途中で交通事故を起こし、相手方を死亡させた事故について、被害者遺族と無保険車傷害保険契約を締結していた保険会社が、従業員を雇用していた会社に対し、運行供用者責任及び使用者責任に基づく損害賠償請求を行った事案

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

判例(昭和60年(ネ)第260号・和61年9月30日・高松高等裁判所・判決)は、以下のような事実を認定し、会社の運行供用者責任を認めました。
会社においては、マイカーで作業現場に通勤することは禁じられていたものの、事故が生じた当時は、その取り決めが厳格に守られない状態となっていた。事故を起こした従業員は上司からマイカー通勤について注意を受けたことはなかった、当該従業員は、加害車両を会社の駐車場に駐車しており、このことを会社の代表者らも承知していた等の事実を認定し、会社は、加害従業員が、寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認し、これにより事実上利益を得ており、かつ、会社は、加害従業員を会社の寮に住まわせ、会社の社屋に隣接する駐車場も使用させていたのであるから、本件加害車の運行につき、直接または間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった者ということができるとして、会社の運行供用者責任を認めました。
本判決は、上告されましたが、上告審は本判決を支持し、上告を棄却しました。

ポイント・解説

本判決の事例においては、会社はマイカー通勤を禁止していましたが、その取り決めが厳格に守られていませんでした。加害従業員がマイカーを通勤に利用していたことを知っていた上司が、マイカー利用を注意したこともありませんでした。
このように、ルールとしてマイカー通勤を禁止していたとしても、その取り決めが守られていなければ、会社が、従業員がマイカー通勤中に起こした交通事故について、運行供用者責任や使用者責任を追及される可能性があります。
マイカー通勤に関するルールを定めるだけでなく、ルールの運用に厳格に行うことが、会社が従業員のマイカー通勤中の事故により損害賠償責任を負わないためには重要となります。

マイカー通勤のリスクから会社を守るための体制づくりをサポートいたします。

マイカー通勤中の交通事故に関し、会社が損害賠償責任を負担した事例は少なくありません。しかし、マイカー通勤中の事故に関する使用者責任などについては、事前に、対策を講じることで、会社が損害賠償責任を回避することが可能となると思われます。公共交通機関の状況から、マイカー通勤を認めざるを得ない会社においては、是非、一度、弁護士に、マイカー通勤の制度についてご相談いただくことをお勧めします。マイカー通勤のリスクから会社を守るための体制づくりをサポートいたします。