懲戒処分を行う場合の注意すべきポイント

懲戒処分を行う場合の注意すべきポイント

懲戒処分について、きちんと懲戒事由を就業規則等で定めていたとしても、実際に行った懲戒処分が有効なものであるといえるためには、当該懲戒事由が存在することやその懲戒処分が懲戒権の濫用ではないといえることが必要です。

以下、懲戒処分において注意すべきポイントについてご説明します。

懲戒処分を行う場合の注意すべきポイントとは?

労働契約法は、その15条で、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めています。

つまり、懲戒処分は合理的な理由があり、かつ相当なものであるといえなければ無効となります。

処分の相当性があること

何の理由もなく懲戒処分することは明らかに合理的な理由を欠くことになりますが、労働者が懲戒されるべき行為を行い、合理的な理由があるとしても、その処分には相当性がなければなりません。
懲戒の対象となる労働者の行為の内容、当該行為のなされた状況、その悪質性の程度などとバランスの取れた懲戒処分でなければなりません。

弁明する機会を与える

有効な懲戒処分をするためには、適正な手続きを取る必要もあります。
そのため、対象者に弁明の機会を与える必要があります。対象者自身の話を聞くことで、対象者にも説明の機会を与え、その上で懲戒処分の対象となる行為の有無や内容等を認定していく必要があります。

重大な規則違反でも与えるべきか?

重大な規則違反であっても、対象者に弁明の機会を与える必要があります。むしろ、重大な規則違反に対する懲戒処分であれば、処分が重くなることも考えられますから、弁明の機会を与えることの重要性はより高くなるともいえます。

懲戒処分の対象となる行為の有無や内容が、一見して明らかで疑いの余地もないというような特別の場合であれば、弁明の機会を与えずとも懲戒処分が有効となることも考えられますが、原則として弁明の機会を与える必要があると考えるべきであるといえます。

段階的な処分の実施

懲戒処分の相当性との関係で、段階的な懲戒処分という方法があります。
これは、懲戒処分の対象となる問題行為に対して、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは口頭注意や比較的軽い懲戒処分(戒告等)を課し、対象者に改善の機会を与えるというものです。口頭注意や戒告等と合わせて、対象者に対し改善のための指導等を行うことも考えられます。

そして、この結果として、対象者の行動や態度等が改善され、問題が解決すれば一番良いのですが、対象者が同じような問題行為を繰り返す場合、段々と重い処分を課していくことになります。

このような段階的な懲戒処分の結果として下されたより重い懲戒処分(懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止処分、減給処分等)は、このような段階を踏んでのものであることを理由として、段階を踏むことなくいきなり下された重い懲戒処分と比べて、その相当性が認められやすいものといえます。

懲戒処分を行うための法的な要件とは?

懲戒処分を行うためには、就業規則等に懲戒事由が定められていること、実際に懲戒事由が存在していること、当該懲戒処分が相当であること、当該懲戒処分が適正な手続きに基づいていることが必要です。

従業員に問題行為があれば懲戒処分できるのか?

従業員に問題行動がある場合でも、原則として、就業規則等に懲戒事由が定められており、当該問題行動がそれに該当することが必要です。
また、当該問題行動が、定められた懲戒事由に該当する場合でも、懲戒処分を行うにあたって適正な手続きが取られている必要があります。
さらに行うことのできる懲戒処分は、当該問題行動の内容や悪質性等に比して相当な処分でなければなりません。

当該問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合を除き、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは、口頭注意や戒告などの処分とともに当該社員を指導することが考えられます。

まずは指導することで改善を促す

先ほども述べたように、社員の問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合は別として、仕事上のミスや怠慢などである場合、いきなり懲戒処分するのではなく、まずは口頭注意とともに指導することが考えられます。

これにより、社員の業務に対する態度や行動を改善してもらうことが目的です。
何度もこのような指導をしたが改善されなかったという場合に、段々と重い懲戒処分としてくことが適切であるといえます。

懲戒処分の根拠となる就業規則

会社や雇い主が、従業員に対して懲戒処分をすることができることには、どのような根拠があるのかについて、大きく分けると2つの考え方があります。
ざっくりというと、組織としての秩序を守るために当然に認められるというものと、労働契約や就業規則などに定めることによってはじめて懲戒処分が可能になるというものです。
現在において、この二つの考え方のうち、裁判所がいずれを正しいとしているのかは断言できません。
しかし、後者のように契約によってはじめて懲戒処分ができると考えているように読み取れるものもあり、リスク管理という観点からも懲戒処分の根拠となる就業規則の規定等は定めておくべきでしょう。

懲戒処分に該当する問題社員の具体例とは?

懲戒処分に該当する具体例としては、無断の欠勤や度重なる遅刻、業務命令に対する違反行為、会社内でのハラスメント行為など様々なものが考えられます。
これらの行為に対して懲戒処分を行うためには、これらの行為それぞれの内容や悪質性に比して社会通念上相当であるといえる懲戒処分を行う必要があります。

私生活における非行は懲戒処分の対象か?

私生活上の非行についても、懲戒処分の対象となりうるものはあります。就業規則の定め方にもよりますが、会社の名誉や信用を毀損する行為であったり、刑罰放棄に抵触する行為などとして懲戒処分を行うことが考えられます。

ただし、業務上の非行と比べて、本来的にはプライベートな行為である私生活上の非行については、懲戒処分を行うにあたって、本当にそれが懲戒事由に該当するのか、該当するとして、当該懲戒処分を課すことが社会通念上相当であるのかという点が、より厳しく判断されることとなります。

問題社員を懲戒解雇とする場合の注意点

懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分です。そのため、その有効性はより一層厳しく判断されることとなります。

懲戒解雇を検討する際には、対象となった行為の内容や悪質性の高さや、それまでの懲戒処分等の履歴(過去に指導をしたり、より軽い懲戒処分を行うなどして改善を促したが改善しなかったといった事情があるか否か)、対象となる従業員の職務の内容や立場、対象となる行為が会社の名誉や信用等に与える影響等、さまざまな事情に照らして、最も重い懲戒解雇をするとしてもやむを得ないといえるような相当性が認められるかを十分検討する必要があります。

退職金の減額・不支給は認められるか?

懲戒解雇の場合には、同時に退職金の全額又は一部の不払いとなることを定めているのが通常です。
しかし、このような退職金の不払いも、必ずしも認められるとは限りません。
懲戒解雇が相当性を欠くなどの理由で無効である場合はもちろん、懲戒解雇そのものは有効であっても、退職金の不払いについてその一部又は全てが無効(退職金について一部や全部を支払え)とされた裁判例もあります。

このような裁判所の根拠としては、過去の退職金の支給例や、当該懲戒解雇の対象となった行為が、過去の功労を完全に失わせるほどのものであったのかなどの判断があるようです。

懲戒処分の有効性が争われた裁判例

実際に、懲戒処分、その中でも最も重い懲戒解雇の有効性が争われた裁判例を見ていきましょう。

事件の概要

この事件は、従業員が、正式な契約締結前にこれを成約したものとして計上した上、後に実際には契約を成立させないことが明らかになったにもかかわらず、先に行った成約したものとしての計上を取り消さなかったこと、新規の顧客との取引をする際の要件であった与信設定をせず、仕入れ代金を支払う際の条件にも反して、本来支払ってはいけない仕入れ代金を支払ったこと、虚偽の注文文書の作成等にも関与したことなどを理由として、会社が懲戒解雇を行い、従業員がこの有効性等を争ったものです。

裁判所の判断

東京地方裁判所平成17年11月22日判決は、上記のような従業員の行為について、就業規則上の懲戒解雇事由に当たると認定した上で、上記のような従業員の行為には、その前提として組織としての関与や当時の代表取締役の判断があり、従業員の責任や関与の度合いを大きいものとしてみることはできないとした上、当該代表取締役については取締役の解任もされず、退職金の返還も求められていないことなどからして公平性の点からも疑問があるなどとして、解雇権の濫用にあたると判断した。

ポイント・解説

この事件においては、従業員の行った行為は、懲戒解雇の事由に該当すると裁判所も判断しています。
それでも、会社の行った懲戒解雇が解雇権の濫用として無効となったのは、当該従業員の行為が、当該従業員個人の利益のために行われたものではなく、むしろ当時の代表取締役の判断に基づくもので、組織としての関与があったため、従業員個人の責任を大きなものとしてみることができないこと、そして、本来より重い責任を問われるべきともいえる、当時の代表取締役については、会社は取締役の解任もせず、退職金の不払いや返還も求めていなかったことから、従業員のみ懲戒解雇とするのは公平性を欠くということが、裁判所の判断の大きなポイントであるといえます。

問題社員の懲戒処分でトラブルとならないためにも、労働問題に強い弁護士に相談することをお勧めします。

懲戒処分、特に懲戒解雇のような重い懲戒処分を行おうとするときには、本当にそのような重い懲戒処分を行うことができる状況であるのか、十分に検討した上で、適切な手続きに基づいて処分を下す必要があります。
このような検討や手続きを怠ると、懲戒処分によって、さらなるトラブルを招き、会社が窮地に立たされるおそれもあります。難しい判断をするにあたっては、弁護士に相談することをおすすめします。

コロナ禍で外出が少なくなったり、仕事が減ったりといった事情から、飲酒量が増え、アルコール依存の治療を行う医療機関への相談が増加しているといわれています。
コロナ禍において、テレワークを行っている労働者は少なくありませんが、自宅で勤務をすることから、勤務中に飲酒をしてしまうという労働者もいるようです。
以下では、テレワーク中の飲酒行為等についての対処方法を説明します。

テレワークの普及で懸念されるアルコール依存の増加

テレワークは、同僚や顧客などと対面することがないため、飲酒をした場合であっても、臭いで飲酒していることが発覚することがありません。そのため、勤務中に飲酒をしてしまうという労働者がいるようです。
また、テレワークにより、通勤する必要がなくなることから、終業後すぐに飲酒を始めて長時間の飲酒をすることにより飲酒量が増えてしまうという労働者もいるようです。

テレワーク中の従業員の飲酒で生じる企業リスク

 

当然ながら、飲酒を行い酒に酔った状態で業務を行うと、アルコールの影響による注意力や集中力の低下などから業務上のミスが生じる可能性があります。このような飲酒を原因とするミスにより顧客や使用者である企業に損害が発生するリスクが生じます。
また、テレワーク中の業務においても、使用者は労働者の生命身体に対する安全配慮義務を負っているため、使用者が、労働者の飲酒等を知りながら放置して労働者の健康を損なう結果を生じさせた場合には、会社の安全配慮義務違反が生ずるリスクがあります。

テレワーク中の飲酒で懲戒処分できるのか?

テレワーク中に飲酒した場合に、これを理由として懲戒処分は可能でしょうか?

勤務時間中の飲酒は「職務専念義務」「誠実労働義務」に違反

勤務時間中に、飲酒をすることは、飲酒行為自体が職務専念義務や誠実労働義務に違反します。そのため、テレワーク中の飲酒を理由に懲戒処分を行うことは可能です。

勤務時間前や休憩時間に飲酒していた場合はどうなる?

勤務時間前や休憩時間は、労働者は使用者の指揮命令下になく自由な行動をとることができるのが原則です。もっとも、勤務時間前や休憩時間の飲酒であっても、アルコールの影響により業務の遂行に悪影響が出ることが考えられます。そのため、勤務時間前や休憩時間の飲酒行為を懲戒対象とすることはできなくとも、酒気を帯びた状態で勤務していることを対象として懲戒処分をすることは可能であると思われます。

アルコールを飲みながらテレワークしている従業員への対処法

実際に、アルコールを飲みながらテレワークをしている従業員がいた場合にはどのように対処すべきでしょうか?

懲戒処分の前にまずは注意指導を行う

まず初めに行うべきなのは、懲戒処分ではなく飲酒行為に対する適切な注意指導です。懲戒処分が無効と判断されるリスクを回避するためには、不適切な行為に対し、注意指導を行ってもこれに従わない場合に懲戒処分を行うことが望ましいといえます。もっとも、大量の飲酒で酩酊状態になっている場合などは、最初から懲戒処分を行っても問題はありません。

就業規則の懲戒事由に該当するかが問題

勤務中の飲酒行為は、懲戒処分をするに足りる不適切な行為です。しかし、会社が労働者を懲戒処分するにあたっては、就業規則の懲戒事由に該当することが必要です。
就業規則において、業務中の飲酒行為そのものを懲戒事由としていなくとも、飲酒をしながら勤務をしている場合は、職務専念義務違反等に関する懲戒事由に該当し、懲戒処分が可能です。

懲戒解雇は処分が重すぎるとして無効になる場合も

懲戒処分の中で最も重い処分には懲戒解雇があります。労働者が懲戒事由に該当する行為をした場合にまれに、いきなり懲戒解雇を選択する使用者が見受けられます。
しかし、懲戒事由に該当する場合であっても、その懲戒事由に該当する行為に比べてその処分の内容が重すぎる場合には、処分の相当性を欠くとして、懲戒処分は無効となります。
勤務中の飲酒行為であっても、過去に注意や懲戒処分を行っていないにもかかわらず、いきなり懲戒解雇を行った場合には、無効と判断される可能性は高いといえます。

テレワーク中の飲酒を防ぐために企業がすべきこと

テレワーク中に労働者が飲酒することを防ぐために企業はどのようなことをすべきでしょうか?

就業規則に規定を設ける

就業規則に業務中の飲酒を禁止する規定を設けて、労働者に明示することは有用です。明確に就業規則で禁止して、これを周知しておくことで、企業として、労働者に対し、テレワーク中の飲酒行為には厳しい対応をすることを示すことができ、規定がない場合に比して、飲酒行為を抑止する効果があると考えます。

定期的にコミュニケーションを取る

テレワークは、事業場での勤務のように同僚とのコミュニケーションがとりづらいため、孤独感を感じる労働者もいます。孤独感や業務上のストレスが飲酒を行うきっかけとなることもあるため、テレワーク中の労働者と業務中にコミュニケーションをとることは、勤務中の飲酒を抑制する効果があると考えられます。

ストレスチェックを実施する

ストレスの解消が目的で飲酒をすることも多いため、テレワークを行っている労働者のストレスチェックを行うことも有用です。労働者の精神状態を把握し、ストレスを緩和するために業務量を調整するなどの対策をとることにより、ストレスを原因とする飲酒行為を抑制することが可能となります。

勤務時間中の飲酒行為に関する裁判例

勤務時間中の飲酒行為を理由として懲戒解雇がなされたところ、これを労働者が争った裁判例をご紹介します。

事件の概要

レストランを経営する企業にシェフとして勤務していた労働者が、勤務時間中に飲酒行為をしました。当該企業においては、勤務中の飲酒行為を禁止しており、懲戒事由として、「酒気帯びの状態での就業」を定めていました。当該企業は、上記の懲戒事由のほか、当該飲酒行為は、懲戒事由の「勤務時間中の私用」、当該会社の「秩序風紀を乱す行為」、「業務とは無関係の」当該会社「所有物の使用」にも該当するとして、当該社員を、懲戒解雇しました。
懲戒解雇された労働者は、当該懲戒解雇処分が不当であるとして、当該企業を相手に、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えを起こしました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所(東京地裁平成27年(ワ)第5935号、平成27年(ワ)第29152号、平成〇年〇月〇日判決)は、当該労働者の勤務中の飲酒行為は、当該企業が禁止する行為であり、懲戒事由に該当するという判断をし、懲戒事由には当たらないという当該労働者の主張を退けました。
しかし、懲戒解雇は、懲戒処分の中で最も重い処分であること、処分を受けた労働者が受ける不利益が多大なものであることから、本件が有期雇用契約の期間の途中でされたものであることから本件懲戒解雇には「やむを得ない事由」(労働契約法17条)が必要であると述べました。
そして、当該飲酒行為により、調理業務に支障が生じたことを認めるに足りる証拠がないこと、当該労働者の業務評価が高いこと、懲戒歴がないこと、これまで飲酒行為について注意・指導を受けたことがないことなどから、本件懲戒解雇は不当に重い処分であり、無効であると判断しました。

ポイント・解説

判決のポイントとしては、飲酒行為が「勤務時間中の私用」等の懲戒事由にも該当すると判断されている点です。勤務中の飲酒行為そのものを懲戒事由と定めていなくとも、他の懲戒事由該当性は認められると考えてよいでしょう。
特に重要な点は、飲酒行為が業務に与えた影響や、当該労働者の業務評価、懲戒歴、これまでの注意指導の有無などを考慮して、懲戒解雇は不当に重い処分であると判断している点です。
以上の裁判例から明らかなとおり、就業規則上、懲戒事由に該当し、懲戒解雇が選択できる場合であっても、当該行為に対して、懲戒処分が相当であるかについては、極めて慎重な対応が必要です。

テレワーク中の従業員対応でお悩みなら、労務問題に詳しい弁護士にご相談下さい。

テレワークという新しい働き方のもとでは、勤務中の飲酒といった、事業場内の労務管理では生じなかったトラブルへの対応が必要となるケースもあります。
懲戒処分、解雇といった労働者に対する不利益を生じさせる行為については、裁判所において無効と判断されるリスクがある行為であることから、過去の裁判所の判断を踏まえた対応が不可欠です。
労働者に対する不利益処分などを検討されている場合には、処分前に労務問題に詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。

少子化等の影響により、近年、従業員の採用が困難になってきている中小企業は少なくありません。そのため、従業員の採用に関して、選考基準を緩めることになり、結果的に、その企業が要求する能力や適格性が欠如している者を採用してしまうという状況が増えています。

能力不足・適格性が欠如していることの問題点

企業が求める能力が不足していることや適格性が欠如している場合、その者に、安心して業務を任せることができません。しかし、その従業員に安心して業務を任せることができないというだけでなく、企業や他の社員に対して様々な悪影響を及ぼすことがあります。

企業や他の社員に及ぼす影響

従業員の能力が不足していたり、適格性が欠如していたりしたとしても、何らかの業務を任せることになります。このような場合、通常の能力を有する従業員には必要のない管理業務や、教育指導等の労務管理のコストが増大します。
また、能力が不足していたり、適格性が欠如したりしている従業員が存在すると、周りの従業員がその者の業務をフォローする必要が生じます。周りの従業員が、能力不足等の従業員のフォローをすることにストレスを感じるようになると、仕事に対するモチベーションが低下するなどの影響も生じます。

能力・適格性の欠如は解雇理由になり得るのか?

業務遂行能力が不足していたり、従業員としての適格性が欠如していたりすることは、解雇理由となります。ただし、以下にみるように、能力不足や適格性が欠如しているという事実があれば、直ちに、解雇が有効となるわけではありません。

解雇権濫用法理との関係

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(労働契約法16条)。そのため、能力不足等の事由により解雇することに、合理的な理由があるか、社会通念上相当であるかが、問題となります。

裁判所による能力不足による解雇の判断基準

能力不足の解雇に関して、確立された解雇の判断基準はありません。しかし、職務上の能力が不足していることを理由に、就業規則上の解雇事由に該当するというためには、「単なる職務上の能力不足があったというのでは足らず、その程度・内容が、当該職員の勤務経歴のほか、職務上生じた支障の内容や程度、当該支障を生じた経緯、当該職員に対する改善指導の有無及び内容、当該職員に対する懲戒処分の有無や内容、配転や降格・降級による対処の可否、今後の改善の見込みの有無・程度、その他の諸般の事情に照らし、もはや雇用関係を維持することも相当でないといえるような程度、内容にわたっていることを要するというべきである」と言及した裁判例があり(東京地判平成26年4月11 平成24(ワ)第19313号)、どのような事情を裁判所が考慮要素としているかをうかがい知ることはできます。

企業は解雇回避のために努力する必要がある

上記の裁判例の考え方にもみられるように、裁判所は、単なる職務上の能力不足があったというのみでは、解雇事由に該当するとは判断しません。また、能力不足の内容・程度のみならず、懲戒処分の有無や、配転等の対処など、今後の改善の見込みなども考慮し、企業が、できる限り解雇を回避するために努力をしたどうかを考慮の要素として重視しています。

改善の機会を与える

裁判所の考え方からすると、能力不足の従業員に対し、企業が改善の機会を与えることは非常に重要です。改善の機会を与えずに、解雇という手段を選択すると、解雇を回避するための努力を十分に尽くしていないことから、解雇が有効と判断される可能性はほぼないでしょう。改善の機会を与えてもおよそ改善する余地がないといった例外的な場合であれば、改善の機会を与えることが不要となるケースも想定できますが、改善の余地がないと立証することは非常に困難であるといえますので、必ず、改善の機会を与えておくべきです。

適切な教育指導をする

企業が適切な教育指導を行うという点も、能力不足による解雇を有効とするためには非常に重要な事実です。能力不足の従業員に、解雇した時点で、改善の見込みが存在すると認定された場合には、解雇が無効と判断される可能性は非常に高くなります。企業が、当該従業員に、適切な教育指導を行わないまま、解雇を行った場合には、いまだ改善の見込みが存在するとして、解雇を無効と判断されると思われますので、適切な教育指導を十分に行うことを心掛けてください。

配転や懲戒処分の検討

上記の裁判例においても、配転による対処や懲戒処分の有無が考慮要素に掲げられています。これは、裁判所は、能力が不足しているといっても、別の業務であれば、要求される水準の能力を発揮できる可能性があり、他の業務における能力を確認し、その業務が務まるのであれば、解雇すべきでないと考えているためです。
懲戒処分が要求されるのは、単なる教育指導では、改善しない場合であっても、懲戒処分という強い手段を用いれば改善する余地があると考え得るからです。
そのため、当該従業員に、懲戒処分をしても、改善しないので無駄であるとして、処分をしないのではなく、無駄であっても、懲戒処分を行っておくことが重要です。

退職勧奨

仮に、能力不足等の従業員に対し、解雇が可能である状況であったとしても、まずは、当該従業員に対し、退職勧奨を行うべきです。解雇は、万全の準備をしていたとしても、無効と判断されるリスクがあるので、合意退職が可能なのであれば、合意退職を最優先すべきだからです。

問題社員を解雇する際の留意点

解雇する場合の留意点は、解雇の有効性が訴訟等で争われた場合、企業が、解雇が有効であることを主張立証する必要があるところです。客観的に能力不足等が存在したとしても、これが立証できなければ、能力不足がなかったものとして判断されますので、解雇は無効と判断されることになります。

証拠の重要性

能力不足を解雇事由とする場合、どのような証拠をもって能力不足を立証するかは非常に重要です。営業成績などのように客観的な数字で把握できる業務の場合は、客観的な数字を示す証拠を提出することで立証が可能となります。しかし、客観的な数字で業務の遂行能力を図り難い業務の場合、能力不足であることを示すためには、具体的な業務の処理状況を記録化するなどして、立証するほかありません。

新卒採用・中途採用の取り扱い

能力不足を理由とする解雇に関しては、新卒採用と中途採用で異なる対応をすべき場合があります。

新卒採用の場合

新卒採用の場合、業務経験がなく、業務遂行が水準に達していないところから、教育指導により能力を高めていくことが予定されています。そのため、能力不足により解雇を行うことは、中途採用に比べて、より慎重に行うべきです。

中途採用の場合

中途採用の場合で、これまでの職務経験を考慮して、その職務に従事するために採用を行った場合などには、新卒採用等の場合に比して、能力不足による解雇は認められやすいでしょう。このような採用を行っている場合には、会社が要求している能力も明確となっており、会社がその能力を教育指導により高めていくことが予定されていないからです。もっとも、このような場合でも、会社はできる限り、教育指導を行っておくべきであり、中途採用であるからと言って教育指導が不要というわけではないのでご注意ください。

協調性の欠如による解雇の妥当性

従業員に、周囲との協調性が欠如している者がいても、当該労働者が、自分に与えられた業務を滞りなく処理している状況において、協調性の欠如のみをもって、解雇を行うことは非常に難しいといえます。
そのため、問題となっている協調性の欠如がみられる行動について、改善するように業務命令を出す必要があります。その業務命令に従わなければ、業務命令違反となり、この業務命令違反が繰り返されることは、正当な解雇事由となりえます。注意が必要な点は、業務上の必要性がなければ業務命令が無効となる点です。業務命令で改善を求める場合は、協調性の欠如により、業務に支障が生じている点を改善するように命令することが必要であり、協調性は欠如しているが、業務上の支障が生じていないという場合には、業務命令として改善を求めることはできないのでご注意ください。

能力不足である管理職への対応

管理職が能力不足であるといった場合、降格など処分により、管理職の任を解き、平社員として業務にあたらせることが可能です。そのため、中途採用により、特に一定の役職で業務を行うことを前提に雇用契約を締結したような者でない限りは、能力不足を理由に解雇を行うべきではありません。

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例を紹介します。

事件の概要

コンピュータ入力等のミスに対し、修正を命じられたにもかかわらず、これを放置し、別の新たなミスを生じさせていった従業員に対し、能力不足を理由とする解雇が行われ、その解雇の向こうが争われた事案

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、当該労働者が、解雇の4年前までは、おおむね標準の評価を受けていたことや、ミスを行った業務が当該労働者にとり慣れない業務であったこと、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があること、人事考課が著しく悪いものについて、降格という措置も予定されていることなどを指摘し、解雇を無効と判断しました(平成13年(ワ)第1914号 平成14年3月22日大阪地裁判決)

ポイント・解説

裁判例は、当該労働者に対する会社からの過去の評価が標準の評価であったことを指摘し、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があることを指摘しています。この考え方は、当該労働者に任せた業務を遂行する能力がなくとも、他に業務遂行が可能な業務があれば、能力不足により解雇することはできないとの考え方によるものです。
また、降格という措置があることの指摘は、そのような措置を採ることなく解雇したことについて、解雇が相当ではないとの考えに基づくものです。すなわち、能力不足に対する対応として、解雇は、最終手段とすべきであり、それまでに取り得る手段を全て行い、解雇を回避する努力をすべきという考え方です。
能力不足による解雇を検討する場合には、適切な教育指導などに加え、配転や、降格処分などその他の対処を十分に行ったうえで、それでも、改善の見込みが見られない場合に、最終手段として解雇を選択する必要があるといえるでしょう。

よくある質問

改善の機会を与えたにも関わらず、再度重大なミスをした社員の解雇は認められますか?

ミスの内容や、教育指導の内容によっては、解雇が認められる可能性はあります。

試用期間中に能力不足であることが判明した場合、解雇することは認められますか?

教育指導を行っても、改善の見込みがないという場合には、解雇することは可能です。

問題社員への対応がパワハラに該当するのはどのようなケースですか?

名誉を害するような発言や侮辱的な発言を行って指導することや、大声で恫喝するなどの指導がパワハラとされるケースで多く見られます。

社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、損害賠償を請求することは可能ですか?

社員の度重なるミスにより、会社が損害を被った場合、会社は社員に対し、損害賠償をすることは可能です。もっとも、損害の全額について賠償は認められず、一部の賠償しか認められません。これは、社員の活動により企業は利益をあげているので、損害が生じた場合に、そのすべてを社員に請求できるのでは、会社は利益のみを得て、損害を従業員に負わせることになることが、不公平と考えられているからです。
度重なるミスの場合は、社員に重過失ありとして、会社からの損害請求は認められますが、単純なミスである場合(過失にとどまる場合)には、損害賠償請求は認められません。

再三注意しても勤務態度の改善がみられない社員を解雇する場合、解雇予告は必要でしょうか?

普通解雇を行う場合には、解雇予告は必要です。懲戒解雇で、即時解雇を行う場合には解雇予告は不要となります。

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは問題ないですか?

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは無効と判断されると考えます。懲戒解雇に伴う退職金の減額の場合において、減額する規定の有効性が争われ、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると考えられていることから、能力不足を理由に減額する規定を設けていても、有効と解される可能性はないと考えます。

会社が問題社員に与えた改善の機会や、指導に関する記録は残しておくべきでしょうか?

問題社員を解雇するケースでは、訴訟で、解雇事由が存在する証拠を提出する必要が生じる可能性がありますので、必ず、記録は保存するようにしてください。

問題社員への退職勧奨が違法となるケースについて教えて下さい。

退職勧奨が違法となるケースは、半強制的に退職を迫ったり、執拗に退職を迫ったりするケースです。社員が、明確に退職勧奨に応じない意思を示した場合には、退職勧奨は取りやめるべきです。

協調性の欠如を理由に懲戒責任を問うことはできるのでしょうか?

服務規律に協調性に関する規定がある場合に、服務規律違反を懲戒行為として定めている場合には、服務規律違反として、懲戒処分を行うことは、形式的には可能です。しかし、「協調性の欠如」そのものを対象とするのではなく、「協調性の欠如」により生じている業務上の支障について改善するように命令を行い、その業務命令違反に対し懲戒処分を行うべきであると考えます。

取引先からの社員の勤務態度について申入れがあった場合、解雇することは可能ですか?

取引先からの勤務態度の申し入れのみで、社員を解雇することはできません。その申し入れについて、当該社員について改善の機会を与えるなどしても、改善の余地がないといった場合に、初めて解雇が可能となります。

社員の能力不足を理由に、職種を変更させることは認められますか?

雇用契約上、職種が限定されていなければ、業務上の必要により職種変更をすることは可能ですので、能力不足を理由として、職種を変更することは可能です。
専門職などで職種を限定して雇用契約を締結している場合には、本人の同意がなければ、職種変更はできません。この場合には、限定した職種を遂行する能力がない以上、職種変更に社員が同意しなければ解雇する必要があります。

能力不足・適格性欠如を立証するにはどのような証拠が必要ですか?

定量的に業務遂行能力を測れる業務であれば、その成績を示す資料が必要です。もっとも、そのような業務は一部に限られるので、基本的には、能力不足や適格性欠如を示す事実が生じた場合に、即時に書面などを当該社員に交付し、交付した書面を受領した証拠を残すことなどで証拠化することが必要です。
特に、能力不足や適格性の欠如は、改善の機会を与えたかという点も証拠化する必要があります。そのため、会社で、能力不足や適格性欠如を示す事実に関する記録を残していても、それだけでは、当該社員に教育指導を行ったかどうかが立証できません。また、会社の記録として、教育指導をしたという記録を残しても、実際には指導を受けていない等として、その記載内容を争われるリスクがあります。そのため、能力不足等に関する指導を行った際に書面を交付して、受領の証拠を残すことで、能力不足等の事実と教育指導を行った事実の双方の証拠を残すことが重要です。

問題社員への適切な対応について、企業労務に強い弁護士がアドバイスいたします。

問題社員への対応は、会社からの指導に対する問題社員の反応に応じて、臨機応変に対応を変えたり、一定の期間教育指導を継続するなどの対応が必要です。解雇を行った後に、ご相談を受けるケースでは、解雇無効の結論を動かす余地がないものがほとんどです。問題社員への対応は、現実の解雇を行う前の行動が重要です。問題社員への対応を行う場合には、初期対応の時点で、是非、弁護士にご相談いただくことをお勧めします。