定額残業代制に関する重要判決と時代の変化への対応

公開日:2020年8月17日
  • 残業代請求対応、未払い賃金対応

定額残業代制とは、一定の金額を支払うことにより、残業代(時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金、深夜労働割増賃金)を支払う賃金制度を言います。定額残業代については、大きく分けて、一定額の割増賃金を予め基本給に組み込むことにより支給するもの(組み込み型)と基本給とは別に手当として支給するもの(手当型)の2種類があります。

定額残業代制は、その導入をすることで、労務管理を簡便化できる等のメリットがあり、多くの企業で導入されました。他方で、定額残業代制を理由に、割増賃金の支払いを逃れるという方法に利用されていたこともあり、現在においても労使間において、激しい紛争が多発しています。

定額残業代制は、使用者にとってメリットがある一方、正確に制度設計・運用をしない場合に使用者に大きな不利益を与えるリスクがあります。

本稿では、定額残業代制について、時代の変化とともに、判例がどのような考え方を有しているかについて解説をし、その上で、定額残業代制留意点について、ご説明致します。

定額残業代制の導入と懸念事項

未払い残業代請求における問題点

定額残業代として支払った金額が、各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、会社は、労働者に対して、各種割増賃金を支払っていないことになります。

この場合、以下のような、リスクが生じますので、ご留意ください。

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合のリスク

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、①各種の割増賃金を支払っていないということになります。ゆえに、各種の割増賃金を支払う必要が生じます。また、②割増賃金を支払っていないということになるため、裁判になった場合、付加金の制裁を科される恐れがあります。更に、③定額残業代として支払った金額が基礎賃金に組み込まれるため、時給単価が上がることになります。

このように、定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められなかった場合、会社は、相当な負担が生じるというリスクが生じます。

定額残業代制が否定された場合の三重苦

定額残業代に関する裁判例の紹介

定額残業代に関する裁判例として、①高知観光事件(最判平成6年6月13日)②テックジャパン事件(最判平成24年3月8日)、③日本ケミカル事件(最判平成30年7月19日)について、紹介いたします。

いずれも、定額残業代等に関する裁判例として、重要なものであり、判例がどのように解釈するようになったかにつき、解説致します。

①高知観光事件について

【事案の概要】
タクシー運転手が、会社に対して、未払いの割増賃金と付加金の支払いを求めた事案です。タクシー運転手と会社とは、午前8時から翌日の午前2時(休憩二時間)までの勤務時間で、完全歩合給制度の下で勤務していたところ、実質的に就労した午前2時以後の時間外労働、及び午後10時から午前5時までの深夜労働に対する割増賃金及び労基法違反による付加金の支払いを求めたものです。
これに対し、会社は、完全歩合給制による賃金の中に時間外・深夜労働に対する割増賃金が含まれているため、既に支払い済みである等の反論をしました。

【判旨】
「本件請求期間に上告人らに支給された前記の歩合給の額が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働について、法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算した額の割増賃金を支払う義務があることになる。」
「そして、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働時間等の勤務実績は、本件推計基礎期間のそれを下回るものでなかったと考えられるから、上告人らに支払われるべき本件請求期間の割増賃金の月額は、本件推計基礎期間におけるその平均月額に基づいて推計した金額を下回るものでなく、その合計額は、第一審判決の別紙2ないし5記載のとおりとなるものと考えられる。したがって、これと同額の割増賃金及びこれに対する弁済期の後の昭和六三年一月二二日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人らの各請求は、いずれも理由がある。また、上告人らは、法一一四条(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)の規定に基づき、右の各割増賃金額と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、本件訴えをもって上告人らが右の請求をした昭和六二年一二月二五日には、本件請求期間における右の割増賃金に関する付加金のうち昭和六〇年一一月分以前のものについては、既に同条ただし書の二年の期間が経過していることになるから、この部分の請求は失当であり、その余の部分に限って右の請求を認容すべきである。」

【解説】
この判例は、定額残業代に関するリーディングケースになります。
タクシー運転手が、会社に対して、時間外労働等の割増賃金の支払いを求めたところ、会社が、完全歩合給制の賃金の中で、既に割増賃金について支払い済みである旨と反論をしたものの、最高裁は、タクシー運転手側の主張を認めました。
最高裁は、本件の歩合給につき、「通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったこと」を理由に、会社の主張を退けています。そこで、判例は、定額残業代制において、支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められるためには、①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とを判別することができることが必要であると言えます。また、②明確に述べているわけではありませんが、最高裁は、支払われた金額が割増賃金の対価として支払われたものであることを当然の前提としています。

②テックジャパン事件

【事案の概要】
労働者(派遣労働者)と会社(人材派遣会社)とで、基本給を月額41万円とし、1カ月の労働時間の合計につき、180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間あたり2,560円を支払い、140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間あたり2,920円を控除するという内容の有期労働契約を締結しました。なお、会社の就業規則では、労働時間につき1日8時間、休日につき土曜日・日曜日・国民の祝日などと定められていました。
労働者は、平成17年5月から平成18年10月までの各月、1週間あたり40時間を超える労働をしました。また、労働者は、平成17年6月、1カ月の労働時間の合計につき、180時間を超えたものの、それ以外の各月は、180時間以下でした。 労働者が、会社に対して、時間外労働分に対して、賃金の支払い等を求めたという事件です。

【判旨】
「本件雇用契約は」「基本給を月額41万円とした上で、月間総労働時間が180時間を超えた場合にはその超えた時間につき1時間当たり一定額を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり一定額を減額する旨の約定を内容とするものであるところ、この約定によれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはない。」
「また、上記約定においては、月額41万円の全体が基本給とされており、その一部が他の部分と区別されて労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの。以下同じ。)37条1項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり、月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め、月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると、月額41万円の基本給について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。」
「これらによれば、上告人が時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給の支払を受けたとしても、その支払によって、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について労働基準法37条1項の規定する割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、被上告人は、上告人に対し、月間180時間を超える労働時間中の時間外労働のみならず、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働についても、月額41万円の基本給とは別に、同項の規定する割増賃金を支払う義務を負うものと解するのが相当である(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁参照)。」
「また、労働者による賃金債権の放棄がされたというためには、その旨の意思表示があり、それが当該労働者の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるところ(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)、そもそも本件雇用契約の締結の当時又はその後に上告人が時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたことを示す事情の存在がうかがわれないことに加え、上記のとおり、上告人の毎月の時間外労働時間は相当大きく変動し得るのであり、上告人がその時間数をあらかじめ予測することが容易ではないことからすれば、原審の確定した事実関係の下では、上告人の自由な意思に基づく時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示があったとはいえず、上告人において月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対する時間外手当の請求権を放棄したということはできない。」

【櫻井補足意見】
「労働基準法37条は、同法が定める原則1日につき8時間、1週につき40時間の労働時間の最長限度を超えて労働者に労働をさせた場合に割増賃金を支払わなければならない使用者の義務を定めたものであり、使用者がこれに違反して割増賃金を支払わなかった場合には、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられるものである(同法119条1号)。」
「このように、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。本件の場合、その判別ができないことは法廷意見で述べるとおりであり、月額41万円の基本給が支払われることにより時間外手当の額が支払われているとはいえないといわざるを得ない。」
「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合、そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。」

【解説】
本件の、櫻井補足意見は非常に有名であり、その後の裁判例に大きな影響を与えることになりました。まず、櫻井補足意見は、法廷意見に同調しつつ、労基法37条違反に罰則を設けられているという労基法の制度から、「時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請している」と述べました。そして、前記高知観光事件の判例を引用しつつ、「毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている」場合、①「その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならない」(以下、「明確明示」と言います。)と述べました。更に、②「10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべき」(以下、「差額支払合意」と言います。)とも述べました。
つまり、法廷意見よりも、定額残業代として支払った金額が各種の割増賃金の支払いとして認められるかという問題に対して、要件を厳しく解釈しなければならないという意見を述べたのです。この櫻井補足意見の読み方は諸説あり、①②部分が要件であると解釈したり、①の部分は望ましいと述べたに過ぎず(つまり、要件ではない。)、②の部分のみが要件であると解釈するものもあります。また、①、②のいずれも補足的に説明したに過ぎず、要件を追加したものではないとも解釈するものもあります。仮に、①及び②が要件であると解釈された場合、明確明示及び差額支払合意のどちらか片方でも無かった場合には、各種の割増賃金として支払っていないものと評価されることになります。
その後の裁判例では、櫻井補足意見の影響を受け、定額残業代として支払った金額が各種の割増賃金の支払いとして認められるかという問題に対して、②の差額支払合意又はその取扱いが確立されている必要があると述べるものも散見されるようになりました(例えば、イーライフ事件東京地判平成25年2月28日参照)。

③日本ケミカル事件

【事案の概要】
薬剤師として勤務していた労働者が、会社に対して、時間外労働、休日労働及び深夜労働(以下「時間外労働等」という。)に対する賃金並びに付加金等の支払を求めた事案です。
労働者と会社との雇用契約書には、「月額562,500円(残業手当含む)」「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」との記載があり、採用条件確認書には、「月額給与461,500」「業務手当101,000みなし時間外手当」「時間外手当は、みなし残業時間を越えた場合はこの限りではない。」との記載があった。また、会社の賃金規程には、「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」との記載があった。
労働者は、平成25年1月21日から同26年3月31日までの間、会社が運営する薬局にて薬剤師として勤務し、基本給及び業務手当の支払を受けた。労働者の1か月当たりの平均所定労働時間は157.3時間であり、この間の労働者の時間外労働等の時間を賃金の計算期間である1か月間ごとにみると、全15回のうち、30時間以上が3回、20時間未満が2回であり、その余の10回は20時間台であった。

【判旨】
「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁、最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照)、使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。」
「そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし、労働基準法37条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、」「原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。」
「前記事実関係等によれば、本件雇用契約に係る契約書及び採用条件確認書並びに上告人の賃金規程において、月々支払われる所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのである。また、上告人と被上告人以外の各従業員との間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたというのであるから、上告人の賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていたということができる。さらに、被上告人に支払われた業務手当は、1か月当たりの平均所定労働時間(157.3時間)を基に算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、被上告人の実際の時間外労働等の状況」「と大きくかい離するものではない。これらによれば、被上告人に支払われた業務手当は、本件雇用契約において、時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていたと認められるから、上記業務手当の支払をもって、被上告人の時間外労働等に対する賃金の支払とみることができる。原審が摘示する上告人による労働時間の管理状況等の事情は、以上の判断を妨げるものではない。」

【解説】
まず、原審は、「いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは、定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。」と判事しました。
これに対し、本判決は、ある手当が時間外労働等の対価といえるか否かは、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」とし、また、原審の挙げた要素が必ずしも必要とするものではないと判断した。この裁判例で、櫻井補足意見の①明確明示は、必ずしも要件であると裁判所が考えていないことが示されたと言えます。
そして、本件事情において、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと言えること、労働者の実際の時間外労働等の状況と支払われた金額が大きく乖離するものではないことから、時間外労働等の対価であると認められました。

まとめ

このように、裁判所は、一環して、ある手当や一定の金額が時間外労働等の対価といえるか否かについて、「通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金に当たる部分と区別ができること」を要求していたものと言えます。もっとも、実際にその支払いとして認められるか否かについては、判例の変遷がありました。

そして、②テックジャパン判例以降、櫻井補足意見に準拠したような厳格な要件を求める判例が散見されるようになりました。しかしながら、③日本ケミカル事件で示されたように、判例は、ある手当や一定の金額が時間外労働等の対価といえるか否かは、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」とし、労働契約書に記載が無い等の事由のみによって、認められないとの極端な解釈をしていないことを示しています。

このように、定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められるかという点について、判例が変遷してきたと言えます。

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして認められるための要件

前記判例をまとめると、①通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金に当たる部分と区別ができること、【明確性の要件】を要請していることは明らかです。

また、②支払われた金額が割増賃金の対価として支払われたものであること(対価性の要件)が必要であることも必要であると言えます。

なお、差額支払合意については、疑義があるため、明確な要件とまでは言えないものと考えます。ただし、このような合意がなくとも、割増賃金が実際に支払った定額残業代を超えた場合、当然に会社は、差額を支払う義務があります(ゆえに、差額支払いについては、当然の前提ということになります。)。

定額残業代制に関するQ&A

「定額残業代」と「みなし残業代」の違いを教えてください。

既に述べたとおり、定額残業代制とは、一定の金額を支払うことにより、残業代(時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金、深夜労働割増賃金)を支払う賃金制度を言います。 

みなし残業代とは、実際に残業が行われたか否かを問わず、一定時間の残業が行われたとみなして計算した残業代を支払う制度です。一定の金額を残業代として支払うという意味において、定額残業代と同じです。また、「みなし」という言葉を使っていますが、予め定めておいた時間を労働したものとみなすことは、この後に述べる「みなし労働時間制」の適用がある場合にしか認められません。そのため、みなし残業代といっても、一定の金額を残業代として支払うという意味しかもたないので、定額残業代制と同じ意味で用いられることが多い言葉です。

「みなし労働時間制」とは、事業場外労働や裁量労働制の場合に、実際の労働時間に関わらず、予め定めておいた時間労働したものとみなす制度のことを言います。例えば、専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)を採用している職場にて、対象労働者が、労働日に6時間しか勤務しなくとも、8時間勤務したものとみなすことができる制度を言います。

定額残業代制は、割増賃金が実際に支払った定額残業代を超えた場合、その差額を清算する必要があります。他方で、みなし労働時間制の場合、予め定めていた時間と労働時間に差が生じないので、このような差額を清算することはありません。既に述べたとおり、いわゆるみなし残業代制において、使用者と労働者が、一定の時間を残業したとみなすと合意していても、そのような労働時間のみなし制度は法律上認められていないので、実際の残業時間で計算した割増賃金が、みなし残業代として支払った一定額を超えた場合には、定額残業代制と同様に、その差額を清算する必要があります。

定額残業代制を導入するメリットを教えてください。

職場の性質上の理由等により、時間外・休日・深夜労働が常態化している場合、会社が、毎回、個々の労働者の時間外労働等の割増賃金を計算し、支給することは煩雑です。また、会社の経営者からすると、毎月支払う賃金がバラバラであると、どの程度の経費が必要となるか見通しが立ちにくくなります。

そこで、定額残業代制を導入すると、個々の割増賃金の計算が簡便化することや毎月支払う賃金が固定化されることで、必要な経費の見通しがし易くなります。

ゆえに、労務管理のメリットや経費の見通しが立てられるというメリットがあります。

定額残業代として支払った金額が各種割増賃金の支払いとして判断されるために、就業規則にはどのように定めるべきでしょうか?

前記のとおり、明確性の要件と対価性の要件に注意して規定する必要があります。

明確性の要件からすると、通常の賃金と定額残業代制とを区別して明記することが妥当です。次に、対価性の要件からすると、定額残業代として支払う金額が、何の割増賃金(時間外・深夜・休日)に対応するものであることを明記することが妥当です。

そして、就業規則にて記載する場合には、差額を清算することを明記しておくことが無難です(差額支払合意は要件ではないと解していますが、会社において差額精算義務があること及び判例上、要件であると解した判例もあるため、明記しておくことが無難と言えます。)。

なお、定額残業代制について、就業規則に具体的な金額を明記することも考えられますが、お勧めは致しません。なぜなら、定額残業代制を採用するためには、対象労働者の個々の1カ月の時間外労働等について正確に把握した上で金額を決定することが適切であるため、一律に定めることは難しいからです。

定額残業代制の残業時間の上限について、法律上の規定はありますか?

ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件(札幌高裁平成24年10月29日)において、会社が時間外労働95時間分の支払いであるとの主張がされたところ、裁判所は「本件職務手当の受給合意について、これを、労基法36条の上限として周知されている月45時間(昭和57年労働省告示第69号・平成4年労働省告示第72号により示されたもの)を超えて具体的な時間外労働義務を発生させるものと解釈するのは相当でない。」と述べ、「本件職務手当は、45時間分の通常残業の対価として合意され、そのようなものとして支払われたものと認めるのが相当であ」ると判断しました。

ゆえに、労基法36条の時間外労働の上限規制が定額残業代制の上限になると言えます。

給与明細書で定額残業代の金額を明記することは、残業代の支払いとして認められますか?

給与明細書で定額残業代の金額を明記することは、残業代の支払いとして認められやすくなる事情になります。もっとも、当該記載のみで残業代の支払いとして認められるわけではありません。

例えば、トレーダー愛事件(京都地判平成24年10月16日)は、基本給部分よりも定額残業代部分が高額であった場合に、裁判所は、このような「賃金体系は不合理なものであり、成果給(時間外手当)の中に基本給の部分も含まれていると解するのが相当である。そうすると、成果給がすべて時間外手当であるということはできず、成果給の中に基本給と時間外手当が混在しているということができるのであって、成果給は割増賃金計算の基礎賃金に含まれるとともに、時間外手当を支払った旨」「主張は失当である。」と判事しています。

すなわち、当該記載のみで直ちに残業代の支払いとして認められるわけではありません。

雇用契約書に定額残業代について明記していなかったのですが、後から記載しても問題ないでしょうか?

雇用契約締結時に定額残業代の合意が無かったにも関わらず、一方的に後から記載することは、文書の改ざんや偽造になりますので、お止め下さい。

他方で、単に記載が漏れていた場合であっても、一旦、有効に成立した文章を一方手的に後から追記することは、文書の改ざんや偽造を主張される可能性があります。

そこで、改めて、新しい雇用契約書を作成し直すことをお勧めします。

法定の割増賃金が定額残業代を上回った場合、その差額分はいつまでに支払う必要がありますか?

差額については、所定の賃金支払日に支払う必要があります。

法定の割増賃金と定額残業代の差額を支払わない場合、罰則などはあるのでしょうか?

法定の割増賃金と定額残業代の差額を支払わない場合、差額にあたる割増賃金を支払っていないこということになります。この場合、前記のとおり、労基法37条に違反することから、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」に処せられる可能性があります(労基法119条1号)。

派遣社員へ定額残業代制の導入する場合、労働条件の明示は派遣先企業が行うことになるのでしょうか?

派遣元企業が行います。

派遣元企業は、派遣社員に対して、労働条件の明示義務があり(労基法15条、同規則5条)、かつ、就業条件明示義務があります(労働者派遣法34条)。

ゆえに、派遣社員へ定額残業代制を導入する場合、明示する義務があるのは、派遣元会社になります。

定額残業代制の金額は明示していませんが、「基本給に1か月15時間分の残業代を含む」と記載しています。残業代の支払いとして認められますか?

残業代の支払いとして直ちに認められる可能性は低いと言えます。

前記のとおり、判例は、残業代の支払いとして認められるか否かは、明確性の要件と対価性の要件が必要であると考えています。

そして、基本給に残業代を組み込む方法により、時間外労働等の割増賃金を支払うことは可能です。しかし、「基本給に1か月15時間分の残業代を含む」との記載のみでは、基本給と割増部分の区別ができていないと判断される可能性がありえます(「15時間分の残業代」とは時間外労働のことを指すことでよいのか、具体的な金額はいくらなのか、割増率はどの程度なのか等が判然としません)。

定額残業代制を廃止する際に、労働者の同意は必要ですか?

労働者との合意により定額残業代制を労働契約の内容としていた場合、定額残業代制を廃止することは、労働契約の内容を変更することになるため、労働者の同意が必要になります。

次に、定額残業代制を就業規則により実施していた場合、当該制度を廃止する場合には、就業規則の変更手続きを行う必要があります。

定額残業代と実際の残業代との差額を翌月以降に繰り越すことは可能ですか?

SFコーポレーション事件(東京地判平成21年3月27日)は、「管理手当」が定額残業代であるとして、割増賃金と「管理手当」との差額が生じた場合に、超過分を翌月以降に繰り越すことができるという規定について、有効であると判断しました。

しかしながら、賃金全額払いの原則(労基法24条1項)の観点からすると、長期間にわたる清算を認めることは困難であると言えます。例えば、定額残業代の差額の繰り越しが直接に問題となった判例ではありませんが、群馬県教祖事件(最判昭和45年10月30日)は、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法24条1項本文の規定に反し許されないとされました。具体的には、教員らに対して昭和33年10月及び12月に支給された給料の金額の①過払があったところ、昭和34年3月20日に支給される予定であった②給与があり、この①過払い分と②給与とを相殺する旨を主張しましたが、最高裁は、過払い給与の清算が遅れた理由が単に事務処理に追われていたのみという理由ではかかる相殺は労基法24条1項に反するため、認めないとの結論を出しました。

SFコーポレーション事件は、繰り越しを認めた判例として有名ですが、他方で、判例が繰り越しの合意が賃金全額払いの原則に反さず有効と認めた根拠は特に示されていません。そして、群馬県教祖事件や労基法24条1項の規定からすると、長期間にわたる繰り越し清算を認めることは困難です。

なお、仮に、繰り越し清算が無効であると判断された場合、未払い賃金の支払いや付加金の請求が課されるリスクがあります。

ゆえに、超過分の差額を翌月に繰り越すことは避けた方が無難です。

労務管理は時代の変化へ柔軟に対応する必要があります。定額残業代制に関する労使トラブルを回避するためにも、弁護士に依頼することをお勧めします。

定額残業代については、前記のとおり、時代の変化に応じて、判例の考え方も少しずつ変化していうると言えます。そこで、同制度について、判例がどのように解しているかを正確に理解する必要もあります。定額残業代制としての支払った金額が、各種の割増賃金の支払いとして認められなかった場合、会社は大きな損害を被る可能性があります。

そこで、定額残業代制に関する労務トラブルを回避するためにも、その制度設計及び運用については、弁護士にご相談下さい。

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