監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
労働審判制度は、企業と個々の労働者との間の雇用契約に関する紛争を迅速に解決する制度です。労働審判制度は、2006年4月1日から施行された労働審判法により導入され、現在では裁判所における労働関係紛争解決手続きの中心となっています。
目次
労働審判制度が生まれた背景
1990年代初頭のバブル経済崩壊後、企業と個々の労働者の労働紛争(以下「個別労働紛争」といいます。)が顕著に増加しました。この個別労働紛争の増加傾向に対応するため、労使の専門家を手続きに参加させ、迅速に個別労働紛争を解決するための制度として、労働審判制度が導入されました。
労働審判制度の概要について
第1に、労働審判制度は、個別労働紛争を対象としており、企業と労働組合との間の集団的労使紛争などは対象としていません。
第2に、手続きには、裁判官以外に、労働関係の専門的な知識経験を有する者が2名加わり、3名で合議体を構成します。2名の専門家は、労使それぞれから1名ずつ選ばれます。
第3に、原則として3回以内の期日において、審理を終結しなければならないと定められていることから(労働審判法15条2項)、迅速な解決が図られる制度となっています。
労働審判の法的強制力とは?
労働審判制度においては、初めから審判が下されるのではなく、労働審判委員会から調停案が示されて、調停による解決が目指されます。調停が成立した場合には、裁判上の和解と同一の効力を有します。
上記の調停が成立しない場合には、審判が下されます。当事者は、審判内容に不服がある場合には、異議を申し立てることができ、異議の申し立てがあれば労働審判は失効し、労働審判の申し立ての時にさかのぼって、訴えの提起があったものとみなされます。
審判に異議が出されない場合には、審判は、裁判上の和解と同一の効力を有します。
迅速かつ柔軟な紛争解決が期待できる
既にみたとおり、原則として3回以内の期日において、審理を終結しなければならないと定められており(労働審判法15条2項)、実際の運用も、これに従って行われているので、労働審判手続きは迅速な解決が期待できます。また、審判において、紛争の解決のために相当と認める事項を定めることもできることから、訴訟による解決よりも、柔軟な解決が期待できるもの特徴といえます。
「通常訴訟」とはどのような違いがあるのか?
通常訴訟との大きな違いは、迅速かつ柔軟な解決ができるという点が最も大きな違いといえます。大部分の事件が3回以内の期日で終結し、平均審理期日は70日台にとどまっているというデータもあり、紛争が迅速に解決されるという点においては、訴訟と比べるべくもありません。
どのようなトラブルが労働審判の対象となるのか?
労働審判の対象となる事件は、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」(労働審判法1条)とされています。具体的には、解雇や未払い賃金請求などがこれにあたります。
労働審判の対象とならないケース
労働組合と使用者間の集団的労使関係上の紛争は、労働審判の対象とはなりません。これは、集団的労使関係上の紛争は、労働委員会が紛争のあっせんや調停等を行うこととされているので、労働審判の対象から除かれています。
労働審判を有利に進めるにはどうすべきか?
労働審判は、3回以内の期日で終結が予定されており、第1回の期日において合議体が心証を形成し、調停案を提案することがほとんどです。
そのため、第1回の期日までに、労働審判に対する十分な準備を行い期日に挑むことが重要です。
初動対応が重要となる
労働審判が第1回目の期日までに十分な準備をすることが必要であることから、労働審判の申し立てを受けた側はとくに初動対応が重要となります。
通常訴訟であれば、訴えられた側が第1回期日の直前に弁護士に依頼することも少なくありません。これは、通常訴訟であれば、第1回期日において争うという姿勢を示しておき、実質的反論は、第2回期日において行うことが認められているからです。
これに対し、労働審判では、第1回の期日において合議体が心証を形成するということもあり、弁護士が期日の直前に依頼を受けたのでは、準備が間に合わない可能性が生じます。
そのため、労働審判の申し立てを受けた場合には、直ちに、弁護士に相談することをお勧めします。
弁護士に依頼することのメリット
労働審判手続では、通常訴訟に至った場合の勝訴リスクや敗訴リスクを踏まえて、調停案を受け入れるか、あるいは、審判を受諾するかなどの判断が必要となります。労働事件に詳しい弁護士に依頼することで、このような判断を正確に行えるというメリットがあります。
また、労働審判期日において、合議体からは、会社の担当者に対し、直接質問が発せられ、この回答に基づき、合議体が事件に対する心証を形成していきます。裁判における尋問などの手続きに精通している弁護士のアドバイスを事前に受けることで、このような手続きを有利に進めることができるというメリットがあります。
申し立てがあった場合の手続きの流れ
労働審判は、申立から原則として40日以内に第1回期日が指定されます。申立から、第1回期日までの間に、申立を受けた当事者は、答弁書などを提出する必要があります。期日は3回以内の期日で終結し、調停が成立すれば終了します。調停が成立しない場合には、労働審判が下され、手続きは終了します。異議の申し立てがなければ、審判が確定して紛争が解決されますが、労働審判に対して、異議が出されれば、審判は失効し、通常訴訟に移行します。
そのほか、申立の取り下げや、労働審判委員会が労働審判手続きを行うことが不適当であると判断した場合などにも手続きは終了します。
解決までにかかる期間はどれくらい?
平成18年から令和元年までに終了した事件について、過去の平均審理期間は77.2日で、70.5%の事件が申立から3カ月以内に終了しています(裁判所HP)
審判に不服があれば異議申し立てが可能
労働審判が下された場合に、内容に不服がある当事者は異議申し立てをすることが可能であり、この場合には、労働審判は失効し、通常訴訟に移行します。
労働審判に必要な費用について
労働審判を申し立てる場合には、手数料と郵便切手代が必要となります。弁護士を依頼する場合には、弁護士費用が別途必要となります。
弁護士に依頼する場合の費用
弁護士に依頼する場合の費用については、手続きを受任するにあたって支払う着手金と、事件が終了した場合に支払う成功報酬の支払いが必要となることが一般的です。具体的な金額については、統一された弁護士報酬基準が廃止されていますので、法律事務所ごとで様々な料金となっています。
労働審判に関する事例
労働審判において口外禁止条項が付されたことに関し、労働審判法20条1項及び2項に反する違法があるとし、国家賠償請求が求められた事案。
事例の概要
企業と労働者との間で、雇用期間満了による契約の終了があらそわれた事件の労働審判手続きにおいて、企業が口外禁止条項を設けることを求めたものの、労働者がこれに応じなかったので、労働審判委員会が口外禁止条項を付して労働審判を下した。
本件においては、労働者が、精神的に支えてくれた同僚に対し、解決したことは伝えたいので、口外禁止条項には同意できないと涙ながらに訴えていたという事情があった。
ポイント・解説
裁判所は、労働審判事件が解決したということだけでも同僚に伝えたいという労働者の思いは、ごく自然なもので、尊重されるべきであるし、労働審判員会も労働者の心情を十分に認識していたと認定し、審判において、労働者が明確に拒絶した口外禁止条項を定めても、消極的な合意に至ることは期待できなかったというべきであって、本件口外禁止条項に受容可能性はないといわざるを得ないと判断しました。そのため、口外禁止条項は、手続きの経過を踏まえたものとはいえず、相当性を欠くと判断し、労働審判法20条1項及び2項に違反すると判断しました。
なお、労働審判に関しては違法があるものの、国家賠償法1条1項にいう違法な行為があったものとはいえないとして、労働者からの賠償請求は棄却しています。
上記裁判例は、労働審判に付された口外禁止条項が違法なものであると判断したものですが、上記裁判例で現れたとおり、労働審判においては、柔軟な解決を図るために紛争の解決を図るために相当な事項を定めることができます。
このような柔軟な解決が迅速に達成できることから、労働審判は非常に利用価値の高い手続きとなっています。
労働審判制度に関する様々なご質問に、法律のプロである弁護士がお答えいたします。
労働審判制度は、個別労働紛争を迅速かつ柔軟に解決する制度としては非常に優れた制度です。しかし、迅速な解決を図るという制度であることから、第1回期日までの準備や期日における判断について、労働紛争に詳しい弁護士の助力が必要な手続きであるともいえます。
特に、労働審判を申し立てられた側は、短い準備期間のうちに準備をする必要があるので、弁護士の助力を借りる必要が極めて高いといえるでしょう。
労働審判を申し立てられてしまったという企業の方は、是非、弊所までご相談ください。
-
保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
来所・zoom相談初回1時間無料
企業側人事労務に関するご相談
- ※電話相談の場合:1時間10,000円(税込11,000円)
- ※1時間以降は30分毎に5,000円(税込5,500円)の有料相談になります。
- ※30分未満の延長でも5,000円(税込5,500円)が発生いたします。
- ※相談内容によっては有料相談となる場合があります。
- ※無断キャンセルされた場合、次回の相談料:1時間10,000円(税込み11,000円)