労働基準法で定められている「裁量労働制」
裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行について労働者の裁量に委ねる必要があるため、時間配分の決定などに関して使用者が具体的指示を要しないとする労働時間制度です。
労働時間は、実際の労働時間にかかわらず、予め労使で定めた時間を労働したものとみなすことになります。
労働者の自由な働き方を実現する目的
労働基準法で法定労働時間や時間外労働を規制し、時間外労働に対する割増賃金の支払いを義務付けたのは、戦前の労働者が長時間労働や低賃金で就労させられており、日本国憲法の制定を受け労働者の健康や生活を保護するためです。
しかし、労働内容が多様化したことにより、労働時間の長短で評価することに適さない形態の業務が生じるようになったことから、そのよう業務に従事する労働者の業務の実態に対応するために、労働時間については、実際の労働時間によらず、労使協定又は労使委員会で定めた時間だけ就労したものとみなす制度を導入することとなりました。
裁量労働制とはどのような仕組みなのか?
裁量労働制の適用対象になる業務は、労働基準法、厚生労働省令や厚生労働大臣告示により指定されている業務に限られています。
その業務内容の類型から、専門業務型と企業業務型に分類されており、それぞれについて、労働基準法に定められた手続きを踏むことで、労使協定又は労使委員会で定めた時間を働いたとみなすことができるようになります。
フレックスタイム制やみなし労働とは何が違うのか?
労使協定又は労使委員会で定めた時間を働いたとみなす裁量労働制に対してフレックスタイム制や事業場外労働のみなし労働時間制が類似の制度として挙げられ、これらの制度で代替できるのではないかといわれることがあります。
しかし、その日の始業時間と終業時間を労働者が自由に決められる点でフレックスタイム制と裁量労働制は同じですが、何時間就労したとしても労使協定又は労使委員会で定められた時間働いたとみなされる裁量労働制に対して、フレックスタイム制は、実際に働いた時間に対応した給与分しか給与が発生しない点で裁量労働制と異なります。
また、就業規則か、労使協定又は労使委員会の決議かの違いはありますが、予め定められた労働時間を働いたものとみなす点で裁量労働制と事業場外のみなし労働時間制は同じですが、裁量労働制は事業場内で就労していても適用されるのに対して、事業場外みなし労働時間制は、文字通り事業場外での労働をしていることから実際の労働時間の把握が困難である場合に適用されるため、事業場内での労働をしている場合には適用されません。
なお、フレックスタイム制も事業場外みなし労働時間制も、裁量労働制と異なり業務の内容に限定がない点も裁量労働制と異なります。
裁量労働制導入における留意点とは
裁量労働時間制を導入するにあたっては、単に就業規則に裁量労働時間制を適用する旨を定めれば足りるというものではなく、以下に説明する法律上の条件を満たし、手続を経る必要があります。
裁量労働時間制の適用の対象とできる業務は限定的ですので、導入の対象としたい従業員の業務内容が裁量労働時間制の適用対象となるかを慎重に判断していただく必要があります。
業務遂行の方法・時間配分は労働者の裁量に委ねられる
裁量労働制の適用対象となった従業員については、業務の遂行方法や時間配分については労働者の裁量にゆだねられることになります。
しかし、だからといって会社が当該従業員の労働時間を把握する必要がないわけではなく、労働安全衛生法上の健康管理義務の一環として、実労働時間の把握・管理は必要となります。
また、みなし労働時間数が法定労働時間を超える場合には、割増賃金の支払いの対象となります。
さらに、裁量労働時間制の適用対象となった従業員だったとしても、会社が業務の遂行手段と時間配分の決定について当該従業員に対して具体的な指示をしていた場合には、裁量労働制の対象外とされ、実労働時間により賃金の算定をする必要が生じます。
裁量労働制の対象となる業務は限られる
既に述べた通り、裁量労働時間制の対象となる業務は労働基準法等により定められた業務に限られます。
【専門業務型】
- 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
- 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。7において同じ。)の分析又は設計の業務
- 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和 25年法律第132号)第2条第28号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。) の制作のための取材若しくは編集の業務
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
- 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
- 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
- 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
- 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
- ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
- 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
- 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
- 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
- 銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)
- 公認会計士の業務
- 弁護士の業務
- 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
- 不動産鑑定士の業務
- 弁理士の業務
- 税理士の業務
- 中小企業診断士の業務
【企業業務型】
- 以下の4要件を全てみたす業務で、かつ労使委員会で定められたもの(労働基準法38条の4第1項第1号)
① 業務が所属する事業場の事業の運営に関するものであること(例えば対象事業場の属する企業等に係る事業の運営に影響を及ぼすもの、事業場独自の事業戦略に関するものなど)
② 企画、立案、調査及び分析の業務であること
③ 業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること
④ 業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること
法律で定められた手続きを経る必要がある
裁量労働制を導入するのであれば、就業規則に定めるのみでは足りず、以下のとおり、専門業務型、企画業務型それぞれに定められた手続きを経ることが必要となっています。
【専門業務型】
- ① 労使協定を過半数労働組合又は過半数代表者と締結する
- ② 個別の労働契約や就業規則等を整備し、所管の労働基準監督署に協定届を届出る
- ③ 当該従業員本人の同意を得る
- ④ 制度を実施する
【企画業務型】
- ① 「労使委員会」を設置する
- ② 労使委員会で所定の事項を決議する
- ③ 個別の労働契約や就業規則等の整備をし、所轄の労働基準監督署に議決届を届出る
- ④ 当該従業員本人の同意を得る
- ⑤ 制度を実施する
不同意者に対する不利益な取り扱いの禁止
労働者の同意については、令和6年4月1日から要求されるようになりましたが、同時に、同意をしなかった当該従業員に対して解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことが規定されています。
また、労使協定または労使委員会で同意の撤回の方法等を定めることが必要となります。
労働者の健康・福祉を確保する義務がある
裁量労働制は、労働時間が長時間になってしまう可能性があるため、既に述べた通り、労働時間の把握・管理をする必要があることに加え、当該従業員の健康・福祉の確保措置として、以下の1と2からそれぞれ1つずつ実施するのが望ましいとされています。
1 長時間労働の抑制や休日確保を図るための事業場の適用労働者全員を対象とする措置
- ① 就業から始業までの一定時間以上の休息時間の確保(勤務間インターバル)
- ② 深夜業(22時~5時)の回数を1か月で一定回数以内とする
- ③ 労働時間が一定時間を超えた場合の制度適用解除
- ④ 連続した年次有給休暇の取得
2 勤務状況や健康状態の改善を図るためのここの適用労働者の状況に応じて講ずる措置
- ① 医師による面接指導
- ② 代償休日・特別な休暇付与
- ③ 健康診断の実施
- ④ 心とからだの相談窓口の設置
- ⑤ 必要に応じた配置転換
- ⑥ 産業医等による助言・指導や保健指導
苦情処理措置を定める必要がある
苦情処理措置については、
- 苦情の申し出の窓口及び担当者
- 取り扱う苦情の範囲
- 処理の手順・方法
等その具体的内容を明らかにすることが望ましいとされています。
加えて、
- この仕組みについては当該授業員が苦情を申し出やすい仕組みとすること
- 取り扱う苦情の範囲について当該従業員に適用される評価制度及びこれらに付随する事項に関する苦情を含むこと
が望ましいとされています。
裁量労働制であっても割増賃金は発生する
既に述べた通り、裁量労働制は、時間外労働・休日労働等に関する規定の適用が除外されるわけではありません。
そのため、労使協定又は労使委員会で定めたみなし労働時間数が法定労働時間を超える場合には、36協定の締結や時間外労働・休日労働に対する割増賃金の支払いをする必要があります。
裁量労働制を適切に運用するためには
裁量労働制は、適切に運用することができれば当該従業員のワークライフバランスを整えることに役立つことになりますが、適切な運用がされなければ、当該従業員は長時間労働を強いられることになります。
会社としては、後のトラブルを避けるために、裁量労働制を導入した場合には、適切な運用を心掛ける必要があります。
労働時間を正確に把握・管理する
既に述べたとおり、裁量労働制により労働時間をみなされるとしても、実労働時間を把握しなくてもよいということにはなりません。
労働時間の把握にあたっては、当該従業員の自己申告によるものではなく、タイムカードや事業所への入退室記録等のように客観的な方法により把握するべきとされます。
そして、当該従業員の実際の勤務状況にm十づいて、会社側が当該従業員の健康を確保するための措置をする必要があります。
遅刻や早退の取り扱いについて
裁量労働時間制を採用した場合、業務遂行の方法や労働時間の配分に関しては当該従業員が決定することができることになります。
しかし、裁量労働時間制は、フレックスタイム制のように出退勤時間まで自由に決定することができることを認めているわけではないため、就業規則等に定めた始業時間と終業時間に基づき出退勤をする必要があります。
そのため、当該従業員が労働時間の配分に関して自分が決められるからといって、正当な理由なく遅刻や早退を繰り返せば、懲戒処分等の対象になり得ます。
ただし、賃金算定にあたっての労働時間は、労使協定や労使委員会で定められた労働時間を働いたとみなされることから、遅刻や早退のために所定労働時間通りに就労していないことを理由として賃金を控除することは許されません。
仮にそのような対応をした場合には、会社に「時間の配分を指定した」として裁量労働時間制の適用対象外と判断される可能性があります。
労働基準法に違反した場合の罰則
労働基準法上、裁量労働時間制の導入・運用の規定に違反したことに対する罰則の規定はありません。
ただし、既に述べたとおり、時間外労働・休日労働等に関する規定の適用は除外されていませんので、これらの規定に違反した場合には、罰則を受ける可能性があります。
裁量労働制の導入でお悩みの方は、弁護士に相談し、適切なアドバイスを受けましょう。
裁量労働時間制の導入・適用にあたっては様々手続きが必要となる上、フレックスタイム制や事業場外みなし労働時間制等と混同して、運用を誤る可能性があります。
また、従業員保護の観点から、導入に必要な手続きや運用の方法について改正が繰り返されています。
そのため、裁量労働時間制の導入を検討されている場合には、弁護士にご相談いただき、また、導入後の運用についても法改正に対応することができるように継続的に弁護士のご相談いただくことをお勧めいたします。
労働条件は、労働者にとって重要な事柄です。ただ、会社の状況によっては、その労働条件を変更しなければならないときがあるでしょう。
労働者に有利な方向で労働条件を変更するのであれば特に問題はありません。
しかし、不利な方向への変更となると話が変わります。
労働者の生活に影響する話ですので、不利益変更を行うためには、法律上の制限があります。
ここでは、労働条件の不利益変更について、ご説明をいたします。
どのような変更が「不利益変更」にあたるのか?
変更前と変更後の労働条件を比較して、労働者に実質的な不利益が生じる場合には、不利益変更に当たります。ただ、労働者に不利益な変更といえるか判断が難しい場合もあります。
例えば、成果主義を導入し、労働者によっては給与が下がる可能性があるものの、ほとんどの労働者の給与が上がると見込まれる場合は、どうでしょうか。
結論から言えば、この例のように一部の労働者であっても労働条件が低下する可能性がある以上は、不利益変更に当たると考えられます。
経営悪化による減給などの場合は?
減給は、労働者が得られる給与(利益)を減らすことですから、不利益変更に当たります。
これは、経営悪化という状況があっても変わりがありません。
確かに、会社が倒産して無職になるよりも減給の方が労働者のためにもなるから不利益ではないという見方もあるかもしれません。
しかし、給与の減額という実質的な不利益が生じている以上、労働者にとって不利な変更であることに違いはありません。したがって、経営悪化による減給でも不利益変更に当たります。
労働条件の不利益変更が認められるための条件とは?
労働条件は労働者の生活に影響する話ですので、不利益変更には一定の制限があります。
では、どのような条件を満たせば不利益に変更できるでしょうか。以下の3つの方法が考えられます。
一つ目は、労働者と合意をすることです。労働者の理解を得ることを考えても、後述の就業規則の変更による方法を考えても、まずは労働者との合意による方法を考えるべきです。
また、労働者の同意が得られない場合、就業規則を変更することによって、不利益変更が認められることがあります。これが二つ目の方法です。
就業規則の変更による不利益変更をするためには、変更に合理性があり、かつ、変更後の就業規則を周知することが必要です。最後に、労働協約の締結によって労働条件の不利益変更をする方法が考えられます。
労働条件の変更に合理性がある
変更の合理性があり、かつ、変更後の就業規則を周知することで労働条件を不利益に変更できます。
では、この「合理性」があるかは、どのように判断するのでしょうか。
労働契約法第10条では「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」とされています。
中でも、労働者の受ける不利益の程度が重要です。この不利益の程度に照らして、変更の必要性や内容の相当性が釣り合っていなければ合理性は否定される傾向にあるためです。
なお、一般に、変更の合理性が認められるためのハードルは高いですが、特に賃金、退職金など労働者にとって重要な労働条件については、より厳しく合理性が判断されています。
就業規則を周知している
就業規則の周知の方法は、①各作業場の見やすい場所への掲示、備え付ける方法、②労働者に書面を交付する方法、③電子データにて労働者が常時確認できるようにしておく方法があります。
変更後の就業規則についても、①~③の方法で開示すれば問題ありません。いずれの方法でも問題はなく、また、複数の方法を取ることも可能です。
労働条件の不利益変更を実施する方法
上記2でも記載をしましたが、不利益変更を行う方法として、①労働者との合意、②就業規則の変更、③労働協約の3つがあります。
ここでは、①労働者との合意による方法と、③労働協約による方法に関して、ご説明をいたします。
全ての労働者の合意を得る
労働条件は、労働者との合意内容ですから、労働者との合意があれば労働条件を変更することが可能です(労働契約法第8条)。
労働者の理解を得た上で労働条件を変更するということを考えても、労働条件を不利益に変更する場合、まずは労働者からの合意を得ることを考えることになります。
合意を得るべき労働者は、労働条件が変更される労働者全員です。全ての労働者に関わる条件変更をする場合には、全労働者からの同意を得ることが必要ということになります。
この同意には、労働者の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要があるとされています。
「自由な意思」といえるためには、十分な情報が必要です。また、変更後の労働条件が適切なものでないのに変更合意に応じる労働者はまずいないと考えられます。
そのため、適切な労働条件を設定した上で、労働条件を変更する必要性や労働者が受ける不利益の程度・内容などを書類にまとめるなどして労働者に十分に伝えること、また、不利益の程度が大きい場合には代替的な措置も用意することが重要になります。
パートやアルバイトの合意も必要?
パートやアルバイトにも関わる労働条件の変更を行う場合には、パートやアルバイトからの合意も必要です。もっとも、就業規則は、雇用形態ごとに作成をしていることが多いと考えられます。
つまり、正社員用の就業規則、パート・アルバイト用の就業規則と分かれており、設定されている労働条件も違うでしょう。
どのような労働条件を変更するのか、その変更を受ける労働者はどのような者なのかを考え、変更の対象となる労働者との間で合意を結ぶことを考えることになります。
「黙示の同意」は認められる?
労働条件の変更に関する合意は、明示的なもののみならず、黙示のものでも可能と考えられています。ただし、労働条件の不利益変更に関して、明示的な合意であっても、労働者の自由な意思に基づくものといえるかは慎重に見られています。
黙示の合意の場合、明確な合意がないわけですから、より一層、慎重に判断される傾向にあります。
そのため、不利益変更を行う場合には、労働者から明確な合意を得るべきです。
また、合意成立に関する証拠を取っておくことが大切です。
合意書を作るなどして、明示的な合意を目指しましょう。
会社に労働組合がある場合
会社に労働組合がある場合には、労働組合との合意(労働協約)によって不利益変更を行うということが考えられます。
組合員との関係では、労働組合との合意(労働協約)により労働条件の不利益変更が可能となるためです。ただし、3年を超える労働協約を結ぶことができないなど、いくつかの注意点があります。
実際に労働協約を締結する場合には、慎重に行う必要があります。
また、労働組合との合意では、原則として、組合員ではない労働者には効力が生じません(「原則として」と記載しているのは、一つの事業所の4分の3以上が加入する労働組合の場合、非組合員に対しても、労働協約の効力が及ぶためです。)。
そのため、労働組合との合意では、非組合員には労働協約の効力が及びませんので、組合員以外の労働者との合意が必要なことに注意が必要です。
一方的に労働条件を不利益変更するとどうなる?
もし、労働者の同意などを得ずに、一方的に労働条件を不利益に変更した場合、どうなるでしょうか。
ここでは、一方的に不利益変更を行った場合に想定される問題について記載します。
労使トラブルが発生する
一方的に労働条件を労働者に不利に変更すれば、労働者の不満が溜まると考えられます。
そのため、いくら就業規則の不利益変更に合理性があれば労働条件の不利益変更が可能であるとはいえ、強引に変更すれば労使間のトラブルに発展しかねません。
また、労使間の協議が不十分な場合、変更までの経緯から、不利益変更の合理性が否定されやすくなります。
労使間のトラブルを避けることのみならず、不利益変更の有効性を考えても、十分な協議を行い、労働者の理解を得た上で不利益変更を行うことが大切です。
労働者のモチベーションが下がる
労働条件は労働者のモチベーションに直結すると考えられます。
これが不利になれば、労働者のモチベーション低下は避けられないでしょう。
特に労働者の理解を得ることなく労働条件が引き下げられれば、会社への不信感も募るでしょう。また、理解を得た場合と比較して、一層モチベーションに悪影響が生じると考えられます。
労働者のモチベーションを考えても、一方的な不利益変更は避けるべきです。
企業のイメージが悪くなる
強引な労働条件の引き下げは企業イメージにも関わってきます。
ホワイト企業、ブラック企業などといわれるように、労働条件は企業のイメージにも大きな影響を与えています。これが一方的に引き下げられたとなれば、企業イメージの悪化は避けられません。
また、労働条件の変更によって退職者が出たとなれば、口コミサイトにその旨の記載がなされる可能性もあります。企業イメージを考えても、労働条件を不利に変更しなければならない場合、労働者の理解を得た上で進めた方がよいといえます。
不利益変更をする際にやってはいけない行為
上述のとおり、労使間のトラブル、モチベーション、企業イメージなどを考えても、一方的に不利益変更を行うことは避けるべきです。また、労働者の合意を得て不利益変更を行う場合を想定しても、合理的な制度設計でなければ労働者の合意を得られないでしょう。
これは、変更の合理性にも関わる部分であり、労働条件の変更を考える際には、まずは適切な制度を考える必要があります。
裏を返すと、十分な制度設計をせぬまま、不利益変更に及ぶと労働者との合意が得られない上、変更の合理性も否定されることになります。そのため、適切な制度設計を行わずに不利益変更を進めることはやってはいけない行為といえます。
違法な不利益変更とその罰則
違法な不利益変更に対する直接の刑事罰は特にありません。
ただし、違法な不利益変更となると、労働条件の変更は無効となります。
賃金の引き下げが行われていた場合には、その減額が無効となりますので、差額の給与を支払わなければならなくなります。また、場合によっては、慰謝料請求が認められるとの指摘もあります。
違法な不利益変更をしても、それは無効となり労働条件は変えられません。
労働条件を変更するのは、会社の状況に変化があったためでしょう。
しかし、労働条件の変更が無効となれば、会社の経営状況にも大きな影響が生じるでしょう。罰則がないとしても、適切な方法で変更を行うべきといえます。
労働条件の不利益変更で争った裁判例
労働条件の不利益変更が争点になった裁判例をご紹介します。
事件の概要
この裁判例は、役職定年に関する就業規則の変更に関して、その有効性が争われた事案です。信用金庫である使用者(被告)は、就業規則を変更することにより役職定年を取り入れました。
これに対し、原告らは、使用者が導入した役職定年制を導入する就業規則の変更が無効であると主張し、使用者に対し、役職定年制が適用されなかった場合の給与、賞与及び退職金と原告らに実際に支払われた給与等との差額の支払いを求めました。
裁判所の判断(熊本地裁平成26年1月24日労判1092号62頁)
裁判所は、就業規則の不利益変更に関する基準を示したうえで、労働者が被る不利益の程度、労働条件の変更の必要性の内容、程度を検討した上で、不利益変更の合理性を否定し、変更を無効と判断しました。
まず、不利益の程度、労働者(原告ら)の不利益の程度については、役職定年によって、役職定年をした後、定年を迎えるまでの間、役職定年到達時の給与の額を基準とすると年10%の割合、定年を迎える時点では50パーセントの割合で削減されていくと認定し、役職定年到達後の労働者らの生活設計を根本的に揺るがしうる不利益性の程度が非常に大きなものとしました。
一方で、労働条件の変更の必要性の内容、程度に関しては、被告の経営状況の悪化及び他の信用金庫と比較しても経費率が高く、人件費を削減する必要性を一定程度認めつつも、被告に近い将来における破綻や合併等の危機が具体的に迫っているような状況であったと認めるに足りる客観的な証拠はないとしました。
そして、役職定年の性質(55歳以上の職員にのみ著しい不利益を与えること)などに照らして就業規則の変更の相当性は低いと判断しました。また、代替措置(職員貸付条件の緩和)では、労働者(原告ら)への不利益を緩和する代替措置として機能しないとしました。
そして、労働者の受ける不利益の程度に対し、変更の必要性が高度なものではなく、代替措置も不十分なことから、変更までの経緯を考慮しても、合理的なものであるとは認められないと判断しました。
なお、一部の原告については、合意による労働条件の変更が認められています。
ポイント・解説
本件では、就業規則変更の合理性が否定されました。
変更された内容は役職定年であるところ、その本質は役職定年後の労働者の給与を減額するというものですから、労働者にとって重要な条件である給与に関する不利益変更といえます。
上述のとおり、給与に関する不利益変更は慎重に判断されます。本件でも、被告の経営悪化を認めつつも、破綻や合併等の危機が具体的に迫っていないと示されていますので、慎重な判断がなされているといえるでしょう。
また、本件では、就業規則変更の合理性を否定しつつも、一部の原告においては合意による労働条件の変更が認められています。この裁判例を見ても、まずは労働者と十分に協議し、個別同意による労働条件の変更を目指すべきといえます。
労働条件の不利益変更によるトラブルを回避するためにも、労働問題を専門とする弁護士にご相談下さい。
ここでは、労働条件の不利益変更について、ご説明をしました。労働条件を変更する場合というのは、会社側の経営状況に変動が生じた場合が多いのではないでしょうか。
そのときに無効な労働条件の変更をすれば、結果として会社の状況に適さない労働条件となりかねません。また、強引な不利益変更は、労使間のトラブルに発展しやすく、慎重に対応をすべき事柄です。
労働条件の不利益変更に関し、お困りのことがあれば、ぜひ労働問題を専門とする弁護士にご相談ください。
通勤手当は、不正受給の発生しやすい手当であると考えられます。
そのため、実は従業員が通勤手当を不正受給していたという事態に直面することも少なくないものといえます。
今回は、そのような通勤手当の不正受給が明らかになった場合に、会社としてどんな対応が必要となってくるのか、また、そもそもそのような不正受給を防ぐためにはどうすればよいのかについてお話します。
通勤手当の不正受給でよくある3つのパターン
まずは、よく起こりがちな不正受給の3つのパターンについてご説明します。
①会社に申請した経路よりも安い経路で通勤している
まずは、従業員が、実際には会社に申請している経路では通勤しておらず、それよりも安い経路で通勤しているというケースです。
つまり、虚偽の通勤経路の申告がなされているケースです。
②途中から通勤経路が変わっているにもかかわらず、変更の申請をしていない。
当初は、真実に即した通勤経路を申告して、通勤手当を受け取っていたが、その後、引っ越しや交通手段の変更等によって、通勤経路が変更され、必要な通勤費が減額しているにもかかわらず、変更の申請をせず、従前の通勤手当をもらい続けているという場合です。
③申請した住所地と異なる場所から通勤している
これは、そもそも、通勤手当の申請をするにあたって申請した住所が、真実とは異なっており、実際には申請している住所とは別のところから通勤しているため、本来必要な通勤費よりも高額の通勤手当を受け取っているというケースです。
通勤手当の不正受給が発覚した場合の会社側の対応
次に通勤手当の不正受給が発覚した場合に取るべき会社の対応についてご説明します。
不正受給の証拠を集める
まず、不正受給の事実を確認するためにも不正受給の証拠となるべきものを集めましょう。
具体的には、不正受給したと思われる従業員が通勤手当の申請をするにあたり提出した申請書類等 やこれに添付されていた交通費に関する領収書、会社が通勤手当を支払ったことやその金額がわかる書類(給与明細等)、当該従業員が会社に申請している住所のわかる書類(公的書類(免許証等)やその写しの提出がなされている場合はその書類も)を集めて確認することが考えられます。
場合によっては、当該従業員の同僚や上司等からの聞き取りをすることも考えられます。
本人に確認する
次に、きちんと証拠が集まり、不正受給の事実が確認できた場合や、疑いが強まった場合は、本人に確認することとなります。
この場合において、特に懲戒処分を検討している場合には、必ず本人に弁明の機会を与えるようにする必要があります。
一方的に責め立てたりするのではなく、冷静に事実を確認するようにしてください。
不正受給額の返還を求める
本人の弁明も確認したうえで、不正受給の事実が認定できた場合には、不正受給金額の返還を求めていくこととなります。
この際、証拠となる資料等から、返還を求めるべき不正受給の金額を算定し、不正受給した従業員と間でも、返還すべき金額の認識を共通にしておく必要があります。
このような金額についての認識が共通となったら、きちんと返還に関する合意書を当該従業員と締結するようにしましょう。
懲戒処分を検討する
不正受給の事実が明らかとなった場合、不正受給金額の返還だけではなく、懲戒処分を検討することが考えられます。
どのような懲戒処分を下すべきかは、会社の就業規則や不正受給した金額の大きさ、不正の悪質性の高さなどにもよります。
なお、懲戒処分を検討せずに、漫然と事態を放置してしまうことは、同一の従業員が同じことを繰り返したときに重い懲戒処分をすることの妨げとなったり、会社の規律を守るうえでの問題が生じることも考えられますので、この点はきちんと検討する必要があります。
再発防止策を策定する
最後に、今後、そのような不正受給が発生しないように、再発防止策を講じることが考えられます。
もしも、これまで会社が、通勤手当の支払いに当たり、従業員から提出された申請書類等をきちんと確認せずに漫然と支払っていたということであれば、申請書類や添付された領収書等の資料の確認を徹底する必要があります。
そもそも適正な申請であるのかについて確認できる資料が不足していたというのであれば、今後は不足していた資料(例としては交通費の領収書や通勤定期券のコピー等)を提出させることも考えられます。
その他にも懲戒処分の規定等も含めた就業規則の見直しや申請内容の確認等を容易にし、不正の有無を確認しやすくする等の意味で、必要な経費の精算等のためのシステムを導入するといったことも考えられます。
また、不正受給がどのようなもので、これが懲戒の対象や刑事罰の対象ともなりえることについて、社内回覧や研修その他の方法によって、従業員への教育や周知徹底を行うことによって、従業員の意識を高め、不正受給はしてはならないという意識を高めることも再発防止につながります。
通勤手当の不正受給を理由に懲戒解雇できるか?
通勤手当の不正受給のみで懲戒解雇することは基本的には難しいものといえます。
もっとも、不正受給した金額やこれまで不正受給を繰り返していたかどうか、行為の悪質性、返還の意志の有無などといった事情の総合的な考慮により、懲戒解雇が認められる可能性もあります。
裁判例から見る不正受給と懲戒解雇
先ほども述べたように、通勤手当の不正受給のみで懲戒解雇をすることは一般的に難しいものといえます。
しかし、東京地方裁判所令和5年3月28日判決は、従業員が、住所の届出義務に違反して正確な住所を会社に届け出ないまま、虚偽の通勤経路が記載された通勤手当支給申請を繰り返し、21年間にもわたって170万円を超えるもの不正受給をしたケースにおいて懲戒解雇は、客観的に合理的で、社会通念上相当であるから有効であるとしています。
このように、金額も多額で不正受給が長期間にわたって繰り返されていたような悪質なケースでは、不正受給による懲戒解雇等も十分に認められるものといえます。
また、不正受給以外にも懲戒事由となるべき非違行為等がある場合には、これらと合わせて解雇の有効性が認められたケースもあります。
通勤手当の不正受給で詐欺罪は成立する?
通勤手当の不正受給について詐欺罪が成立するケースも考えられます。
特に明確に故意をもって虚偽の申請をし、これによって会社が騙されたために本来払うべき通勤手当よりも高額の通勤手当の支払いを受けたケースでは十分に詐欺罪が成立することが考えられます。
不正受給が故意に基づく悪質なケースでは、被害届の提出や刑事告訴も行うことも考えられますので、一度弁護士にご相談ください。
通勤手当の不正受給への対応や予防策でお困りの際は弁護士にご相談下さい。
最初にもお話した通り、通勤手当の不正受給は、類型的にも発生しやすい不正であるといえます。
個別に生じた不正受給に関する対応方法はもちろん、今後そのようなことが起きないためにどのようにすればよいのかといったことについても、十分な経験や法的知識のある弁護士に相談することが有効であるといえます。
不正受給に関する問題でお悩みの場合には、一度、弁護士にご相談ください。
