監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
- 健康経営
「健康経営」という言葉をご存じでしょうか。「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること(経産省HP参照)ですが、従業員への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上等につながると考えが得られています(同HP)。
このような「健康経営」を戦略的に実践するためには、企業全体が組織として、健康経営に取り組む必要があります。
目次
従業員の健康管理は企業経営において重要な課題
我が国は、出生率が低下し、生産年齢人口が減少を続けています。多くの企業において、若年層の採用ができず、労働力の確保が企業経営における重要な問題となっています。全体としての生産年齢人口が減少をする中で、労働力を確保するためには、これまで定年で雇用契約が終了していた高齢者についても、雇用期間を延長して、仕事を続けてもらうことや、人材の流出を防ぐ取り組みが必要となってきます。
従業員の健康状態が悪化すると企業の生産性が低下するだけでなく、人材の離職を招いたり、人材の確保が難しくなるなどの影響が生ずるため、従業員の健康管理を行うことは、現代における企業経営において重要な課題となっています。
従業員の健康的な働き方とは
長時間労働が、過労死やうつ病などの精神疾患、脳梗塞などの疾病の原因となりうることは、広く世間に知られるようになりました。従業員の健康的な働き方としては、まず、労働者の心身に悪影響を及ぼすような長時間労働を避け、適切な労働時間で働くことが重要です。
また、労働時間が長時間に及ばなくとも、仕事内容や職場環境で強いストレスがかかり、従業員の心身を害することもあります。このような仕事内容や職場環境のストレスについては、適切な休暇を取得したり、職場環境を適切に改善することなどで、ストレスを緩和するなどの対策が必要です。
働き方改革の推進と「健康経営」について
「働き方改革」は、「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「育児や介護との両立」などの働く方のニーズの多様化に伴い、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作るために、働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指すもの(厚労省HP参照)です。
働き方改革を推進するための法律においては、労働者の残業時間の上限規制について罰則を設けたり、企業に労働者の有給休暇を義務付ける規制が設けられるなど、「健康経営」の考え方と共通する部分が少なくありません。
そのため、企業が、適切に働き方改革を推進していくことは、健康経営を実践するきっかけとなるでしょう。
企業が健康経営に取り組むメリット
労働者の心身の健康状態が損なわれている場合、労働者は、十分な能力を発揮できません。企業が健康経営に取り組み、労働者の心身を健康な状態に保つことができれば、生産性の向上、ひいては業績の向上につながるというメリットがあります。
また、生産年齢人口の減少に伴い、労働者にとって、就業先の選択肢はこれからも増えていくことでしょう。健康経営に取り組み、労働者の心身を健康に保つことができれていれば、人材の離職を防ぐことにつながり、また、人材の確保にもつながるというメリットがあります。
健康的な働き方を実現するには組織マネジメントが重要
健康的な働き方を実現するためには、労働時間が適切に管理され、仕事内容や職場環境についても、状況に応じた改善がなされる必要があります。
上記のような管理や改善は、労働者の個人的な努力では対応できるものではなく、企業が組織として、管理・改善を行う必要があります。そのため、労働者の健康的な働き方を実現するためには、組織マネジメントが重要となります。
経営理念の公表と意識改革
企業が、長時間労働の危険性などを理解しつつも、現実には、長時間労働が是正されないという企業は少なくありません。職場環境の問題として取り上げられるパワハラやセクハラの問題についても、問題であることは理解されながらも、現実には、改善されないという企業もあります。
これは、建前としては、長時間労働やパワハラ等はすべきでないが、企業内部の意識として、これを許容する考えが支配的であるためです。
そのため、働き方改革を推進し、健康経営を目指すうえでは、経営理念として、健康経営を目指すことを宣言公表し、企業内部の意識を改革していくことが重要です。
労働時間の適切な管理
長時間労働を抑制するための手段として、使用者が労働者の労働時間を適切に管理することが必要ですが、中小の企業においては、労働時間の適切な管理がなされていない企業が少なくありません。
使用者が、労働時間の適正な把握のために講ずべき措置としては、①タイムカード等により、始業・終業時刻の確認及び記録すること②賃金台帳を適正に記載し、③労働時間の記録に関する書類を保存することが必要です。また、④労務管理を行う部署の責任者が、労働時間管理上の問題点を把握し、その解消を図ることや、⑤労働時間等設定改善委員会等の労使協議組織を活用し、問題点やその解消を図ることも重要です。
職場環境の改善
職場環境を原因として、労働者の心身の健康が害される場合には、パワハラ、セクハラ等の各種のハラスメントがあります。
労働者から、パワハラ等のハラスメント被害の申告があった場合や、ハラスメント被害をうかがわせる状況を社内で発見した場合には、速やかに、ハラスメントの事実があるか否かについて、調査を行い、適切に職場環境を改善する必要があります。
ハラスメント事案では、加害者が、自分の行為が被害者に精神的苦痛を与えるものであることを認識していない場合や、職務上許される言動であると理解している場合が多くみられます。
そのため、ハラスメント事案について、事実の存在が確認された場合には、当該事案に対する処分等の対応のみならず、事実が確認できなかった場合であっても、ハラスメントに対する教育を施すなどして、ハラスメントが発生しない職場環境を構築することが必要です。
ハラスメントによるメンタルヘルス不調の防止
パワハラ等のハラスメント行為が行われた場合、これにより被害者となった労働者がメンタルヘルス不調を訴えることが多くみられます。当該ハラスメント行為について、加害者を処分し、再発防止策を講じたとしても、被害者のメンタルヘルス不調が直ちに改善するわけではありません。
そのため、ハラスメント行為を受けた者が、メンタルヘルス不調に至る前に、ハラスメント行為を発見し、対応する体制づくりをすることが重要です。
具体的には、ハラスメントに対する相談窓口を設置し、労働者に周知することで、より早い段階でハラスメントに対応することができる体制を整備することが重要です。
会社の健康管理責任が問われた判例
以下では、会社に従業員の健康管理責任いわゆる安全配慮義務違反が問題とされた判例を解説します。
事件の概要
Aは、大学卒業後、Yに採用され、ラジオ局ラジオ推進部に配属された。Yでは残業時間について、労働者の自己申告制がとられていた。Aは長時間労働を続けるうちに、うつ病にり患して、異常な言動をするようになった。しかし、上司らはAが休息できるような措置を取らなかった。その後、Aは自宅で自殺した。
遺族は、上記の長時間労働により、うつ病にり患したことが自殺の原因であり、安全配慮義務違反または不法行為を理由として、会社に対し、損害賠償を請求した。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判種類)
最高裁平成12年3月24日判決(平成10(オ)第217号・第218号)は以下のとおり判断しました。
①使用者は、その雇用する労働者の業務遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。
②Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があることを認め、Aの上司らは、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、Yの損害賠償責任を肯定した源信の判断は是認できる。
③被害者の性格などの心理的要因を損害賠償すべき額の決定にあたり一定の限度で斟酌することはできるが、労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様などが業務の過重負担に起因して損害の発生または拡大に寄与したとしても、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、その性格などを損害賠償すべき額の決定にあたり、斟酌することはできない、として、損害額の3割を減じた原審を破棄した。
ポイントと解説
本判決が示すように、使用者は労働契約に伴う安全配慮義務として労働者の健康に配慮する義務を負っています。
長時間の労働により、うつ病を発症し、労働者が自殺した事案においては、労働者の死亡という結果に労働者の性格などが影響していますが、本判決の判断枠組みに従い、過失相殺を認めず、損害の全額の賠償を使用者に認めるのが、裁判所の趨勢です。
長時間労働を原因とするうつ病の発症については、因果関係の存在が争点となるところですが、裁判例においては、精神障害の労災認定基準を参考にし、長時間労働がある場合にはうつ病の発症との因果関係が認められています。
労働者の労務管理を怠り、長時間の労働を容認することは、労働者の健康を害するのみならず、これを原因とした、多額の損害賠償請求リスクが生じることを意識すべきです。
従業員の健康な働き方を目指すなら、企業労務に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
従業員が健康的な働き方ができることは、生産性や業績の向上など効果があるだけでなく、使用者の損害賠償リスクを軽減するといった効果もあります。
しかし、企業の置かれている現状や企業文化などから、従来の働き方を変更することは容易ではありません。
そのため、法改正により労働時間の上限規制違反に対する罰則が設けられるなど、国は、法規制を用いて従業員の働き方を変えようとしています。このような法規制や法的リスクを理解することが、企業が、従来の働き方を変更するきっかけとなるでしょう。ぜひ、労務に詳しい弁護士にご相談いただき従業員の働き方を変えることを目指してください。
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