労務

人事権に基づく配置転換を拒否された場合の対処法

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善

監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士

  • 異動

会社内ではいろいろな役割があり、業務上の必要性が生じて配置転換(職務内容や勤務場所の変更)をするということもよくあると思います。
しかし、配置転換の命令をしたにもかかわらず、従業員に拒絶される場合があります。
このような場合には、どうしたらよいのでしょうか。

以下では、配置転換に関して、ご説明をいたします。

従業員は原則として人事異動(配置転換)を拒否できない

通常、労働契約や就業規則で、「会社は、従業員に対して人事権をもつ」という趣旨の規定を設けています。
このような規定を設けている場合には、原則として、従業員は、会社から命じられた配置転換について、拒絶することはできません。

配置転換の根拠となる「人事権」とは?

企業は、人事に関して広い範囲の決定権を持っています。これを、「人事権」と言います。人事権は、法律に明文の規定はないものの、労働契約や就業規則により認められるものと考えられています。
人事は、従業員の地位の変動や処遇に関することを言いますが、配置転換も、この人事の一つであり、企業は、人事権の行使の一環として配置転換を行うこととなります。

人事権に基づく配置転換を拒否された場合の対処法

では、配置転換を拒否された場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
配置転換を拒否された場合における対応としては、以下のようなものが考えられます。

従業員の個別状況を確認し、十分な説明を行う

まずは、従業員から、配置転換を拒否する理由や、従業員の状況などについて聞き取りを行うことが考えられます。

一度、配置転換を拒否された状況ではありますが、従業員との関係を考えると、従業員の理解を得て、配置転換を行うべきです。そのため、この聞き取りで判明した理由や当該従業員の事情を踏まえつつ、当該従業員に、配置転換が必要な理由を説明したり、従業員の状況に応じた対応方法を提案するなどして従業員と話をすべきでしょう。
従業員に真摯に対応することで、法的な議論に踏み込まずに解決できる可能性が高まります。

給与や手当などの待遇面を見直す

2-1で聞き取った、従業員が配置転換を拒否する理由に、待遇面が含まれている場合には、給与や手当などの待遇面を見直すということも考えられます。

他の従業員とのバランスなどもあるため、給与や手当などの待遇面を見直せるかは、個々の会社の状況や、従業員の意向にもよると考えられます。そのため、待遇面を見直せるとは限りませんが、待遇面から従業員の理解を得るということも一つの方法といえます。

懲戒処分を検討する

従業員が頑なに配置転換に従わず、かつ、配置転換の拒否に関して正当な理由がない場合には、会社としては、懲戒処分を行うことも考えられます。

実際に懲戒処分をするにあたっては、従業員側の言い分を十分に聞き取る必要があります。また、従業員が適切に判断できるように、配置転換が必要な理由を十分に説明しておくべきです。
懲戒処分は簡単に行うことができるものではありません。どの手段も功を奏せず、かつ、懲戒をしなければならないほど配置転換拒否に合理性がない場合の最終手段と考えておきましょう。

配置転換の拒否を理由に懲戒解雇できるか?

仮に、配置転換命令が有効であり、かつ、従業員が正当な理由なく配置転換拒否をしていたとしても、直ちに配置転換拒否を理由に懲戒解雇ができるわけではありません。

そもそも、懲戒解雇は、従業員の地位を奪う処分であり、懲戒の中でも一番重い処分となります。このような重い処分を容易に下すことはできません。
従業員が配置転換を拒否する理由が合理性ではないとしても、余程の事情がない限りは、懲戒解雇処分まではすべきではないでしょう。

配置転換の拒否が認められるケースとは?人事異動の制限について

配置転換を命じる権利が就業規則や労働契約上認められているとしても、どのような配置転換でも行えるわけではありません。
では、どのような場合に、配置転換命令が無効となるでしょうか。以下では、配置転換命令が無効となる場合について、ご説明をいたします。

職種や勤務エリアが限定されている場合

労働契約において、従業員の職種や勤務エリアが限定されているということがあります。このような契約の場合、契約外の職種や勤務エリアで勤務することは想定されていません。そもそも人事権は、労働契約や就業規則により認められているのであり、契約外の職種や勤務エリアでの勤務を命じることは、人事権の範囲外となります。

そのため、職種や勤務エリアが制限されている場合において、その職種、勤務エリアを逸脱するような配置転換命令は無効となります。

業務上の必要性がない場合

この場合、配置転換命令は無効になります。
もっとも、業務上の必要性については、当該配置転換が、当該従業員でなければ成立しないというような、高度の必要性まで求められるわけではありません。

むしろ、人事権が広い範囲で認められていることからか、業務上の必要性については緩く考えられています。会社の合理的運営に寄与すると認められる、例えば、「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点」が少しでもあれば、業務上の必要性が認められる傾向にあります。

従業員が被る不利益が大きすぎる場合

典型的なものとして、遠隔地への配置転換のうち、以下の事情が認められるものが挙げられます。

  • 子供が小さい、転校を伴うなど、子を育てていくために、遠隔地への配置転換を避ける必要がある場合
  • 当該従業員が家族の介護を行っている、又は施設を移るために高額な費用が掛かるなど、遠隔地への配置転換を避けなければならない事情がある場合
  • 引っ越しを伴わない距離だとしても、通勤時間の増加が極端な場合

これらのような場合には、従業員が被る不利益が大きいという理由で、配置転換を拒否することが認められる可能性があります。

配置転換の動機・目的が不当な場合

配置転換の根拠は、会社が有する広い範囲の人事権に求められます。
人事権は、会社の業務上必要だからこそ、行使が認められます。
そのため、配置転換の動機や目的が不当な場合、すなわち、嫌がらせなどの目的で、会社の事業の遂行と何ら関係がない場合は、人事権の行使が認められず、配置転換は認められません。

賃金の減額を伴う配置転換の場合

従業員が被る不利益が特に大きいものとして、賃金の減額が挙げられます。
そのため、賃金の減額を伴う配置転換命令は、賃金の変更を生じないその他の配置転換命令に比して、有効性を厳しく判断される傾向にあります。

ただし、賃金の減額を伴うときでも、当該減額による不利益が小さいときには、配置転換命令は有効と判断される場合もあります。減額による不利益が小さいか否かは、賃金額のみでなく、追加の手当てや経過措置、労働時間などを加味して判断されます。

人事異動(配置転換)を適切に行うためのポイント

これまでに述べてきたことをまとめると、

①契約上、人事権が認められる範囲内か
②配置転換を行う会社の事業上の必要性を、客観的な会社の状況などの根拠をもとに説明できるか
③配置転換の対象になっている従業員の不利益を、十分な聞き取り等により把握できており、不利益が大きい場合は、待遇等の配慮によって代替するなどの対応を十分に尽くしているか
④従業員へ、事前に十分な説明は尽くされているか

が、配置転換を適切に行うための重要なポイントと言えます。

配置転換の有効性が問われた裁判例

会社が人事権の行使として行う配置転換命令にどのような制約が課されているのかを判示し、配置転換が有効かを判断した判例に、東亜ペイント事件判決(最高裁昭和61年7月14日判決)があります。

事件の概要

神戸営業所から名古屋営業所への配置転換(転勤)命令を拒否したことを理由として懲戒解雇された従業員が、当該懲戒解雇の無効を主張した事案です。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

労働協約及び就業規則に、業務上の都合により従業員に転勤命令を出すことができるという定めがあり、現に転勤を行うという現実の運用もなされているような場合には、勤務地を限定する合意がない限り、個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し、当該従業員に転勤を命令して労務を提供するよう求める権限があるとして、配置転換を命令する権利を認めました。

そのうえで、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なくない影響を与えることから、使用者の転勤命令権を濫用することは許されないとしました。

そして、濫用に当たる場合の例として、

①業務上の必要が認められない場合、
②業務上の必要が認められても、他の不当な動機・目的でなされたとき
③業務上の必要が認められても、従業員に対して、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるとき

これらの「特段の事情」がある場合を挙げています。

そして、業務上の必要性は、「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難い」ほどの高度の必要性に限定されず、「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点」が少しでもあれば、業務上の必要性を認めるべきと判断されています。

ポイント・解説

配置転換命令権の根拠が労働協約及び就業規則の定め及びそれに基づく実際の運用に求められるとしています。
また、配置転換命令権を濫用することは許されないことを示し、濫用の具体例等を述べ、濫用に当たる場合は配置転換命令が無効になることを示しました。
ただし、濫用かどうかの判断に用いられる「業務上の必要性」については、緩やかに判断されています。

このように、配置転換命令権があるとしても、その権利の行使が濫用に当たる場合には、当該配置転換命令が無効になるという判断枠組みが示され、これは後の判例でも踏襲されています。

配置転換命令を拒否されてお困りなら、労働問題に特化した弁護士にご相談下さい

配置転換命令は、会社の業務上の必要性と、従業員に生じる不利益や感情的問題などが絡み合う、複雑な問題です。

弁護士への相談は、争いが激化して法的な議論を交わさなければならないという段階になってはじめてするというものではありません。このような問題の場合は、争いが激化する前に、事前にうまく立ち回るという観点からのご相談も多いです。
まずは、紛争を未然に防ぐという観点からも、お気軽にご相談ください。

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善
監修:弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長
保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
愛知県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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