監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
- 就業規則
これまで、労働者の副業・兼業については、就業規則等で禁止されている企業が多く、労働者の副業・兼業を認めない企業が多数を占めてきました。
しかし、副業・兼業を希望する労働者が増加するなかで、政府による「働き方改革実行計画」おいて、副業・兼業の普及を図るという方向性が示され、労働者の副業・兼業を認める企業が増加しています。
そこで、企業が、労働者の副業・兼業を認めるにあたり、注意すべき点について解説をします。
目次
副業を認めるには就業規則の見直しが必要
これまで、就業規則において、労働者の副業・兼業を禁止する規定を定めていることが一般的であったといえます。そのため、副業・兼業を認めるためには、禁止規定を廃止する必要があります。
それでは、副業・兼業禁止規定を廃止すれば、その他の定めを置くことなく、副業・兼業を認めてよいのでしょうか。
就業規則への規定がないまま副業を認めるリスク
結論から申し上げますと、就業規則で副業・兼業禁止規定を廃止するだけでは、不十分です。確かに、副業・兼業禁止規定を廃止すれば、副業・兼業は可能となります。しかし、本業の労働時間に加えて、副業・兼業で労働を行うことにより、労働者が長時間労働で健康を害する可能性があります。
企業は、企業は、労働者が、過重労働によって、健康を害さないように配慮する義務を負っているため、副業・兼業を認めるのであれば、副業・兼業による労働も含めて過重労働を防止するために制度を設計する必要があります。
厚生労働省が公表している「モデル就業規則」
それでは、副業・兼業を認めるにあたり、どのような事項を定めるべきかについて厚生労働省が公表している「モデル就業規則」を見てみましょう。
副業に関して就業規則に規定すべき事項とポイント
モデル就業規則においては、原則として、勤務時間外に他の会社等の業務に従事することができると定めたうえで、例外的に副業・兼業を禁止できる場合を定めています。
その禁止事由は、以下のとおりです。
①労務の提供上の支障がある場合
⓶企業秘密が漏洩する場合
③会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④競業により、企業の利益を害する場合
①の禁止事由により、労働者が健康を害するような長時間労働を行う場合には副業・兼業を禁止することができます。②から④までの事由については、副業・兼業により企業に生じやすいリスクを回避するために禁止事由に掲げられています。
また、労働者が、副業・兼業を行う前にその内容を書面で届出させることにより、①から④までの禁止事由に該当しないかどうかを事前に確認できるよう定めています。
副業を認める範囲・対象者
副業・兼業を認める際に、全ての労働者を対象とするのではなく、一部の労働者に限って副業・兼業を認めるということは可能でしょうか。
副業・兼業を認めない企業は多いものの、労働者には、職業選択の事由があり、かつ、就業時間以外は自由に利用できることから、原則として、副業・兼業は認められるべきものです。もっとも、本業に支障が生じる場合にまで、企業が副業・兼業を認めるべきとはいえないので、特定の種類の労働者について副業・兼業をすること自体が、本業の労務の提供に支障があるといった場合には、当該種類の労働者については、副業・兼業を認めないという制度も許容され得ると考えます。
しかし、副業・兼業の対象となる事業は多種多様であり、副業・兼業する事業の内容を問わずに、特定の種類の労働者が副業・兼業することが、労務の提供に支障があると判断できることは想定し難いといえます。
そのため、対象者を限定するのではなく、希望する副業・兼業する予定の事業の内容等と当該労働者の業務内容等を具体的に検討したうえで、労務の提供に支障がある等の事由を明示して、副業・兼業を認めるかどうかを判断する制度が望ましいと考えます。
副業先の業務内容を制限できるか?
たとえば、ある企業において営業職についている労働者が、副業先で営業職に就いた場合、本業で得た取引先の情報を副業先で利用する恐れが生じます。このように、業務内容から、企業に損害が生じうる可能性が高いといえる場合もあり得るので、そのようなケースを事前に類型化して、副業先の業務内容を制限することは許されると考えます。
副業を認める時間帯や期間を定めても良いか?
本業である企業における所定労働時間に副業・兼業を認めれば、労務の提供に支障が生じるのは当然ですが、所定時間外であっても、時間外労働を命じる可能性もあるため、所定労働時間にあまりに近接した時間帯に副業・兼業を認めることは労務の提供に支障が生じ得ます。
企業によっては、繁忙期には時間外労働を命ずることが多くなる企業もあり、そのような企業においては、繁忙期以外に副業・兼業を認めるという制度にも合理性があるため、期間を定めて副業・兼業を認めることも可能です。
副業の届出・申請手続き
副業・兼業を認める場合であっても、労働者から、事前に副業・兼業の届出や申請を必要とするように制度を設計すべきです。
その際に、副業・兼業の事業内容、当該労働者の業務内容、所定労働時間なども明らかにさせ、本業の労務の提供に問題がないかを確認して、副業・兼業を認めるかどうかを判断できるようにすべきです。
申請における「許可制」と「届出制」の違いとは?
副業・兼業を認める場合の「許可制」と「届出制」の違いは何でしょうか。
許可制とは、労働者から副業・兼業の申請を受けても、企業が許可をしなければ、労働者は副業・兼業ができないのに対し、届出制であれば、労働者は届出を出すことにより、副業・兼業を行うことが可能となります。
会社の利益を害する副業の禁止
副業・兼業する事業が、当該企業が行っている事業と同一であったり、同種のものである場合、副業・兼業を認めると当該企業の利益を害することになります。
労働者が、このような事業を副業・兼業することを、企業が禁止することには合理性があり、会社の利益を害する副業・兼業を禁止することは問題ありません。
就業規則に違反した副業は懲戒処分の対象か?
就業規則の定めに違反して副業・兼業をした場合、形式的には、「就業規則違反行為」として懲戒処分の対象となります。しかし、実際に懲戒処分を下した場合に、その懲戒処分が必ずしも有効となるわけではありません。
その副業・兼業により本業の労務の提供に悪影響が出ている場合や秘密が漏洩している場合等、現実に企業に損害が生じでいるような場合でなければ、懲戒処分は無効と判断される可能性が高いといえます。
副業解禁における労務管理上の注意点
副業・兼業を解禁した場合、企業は、原則として、副業・兼業先の労働時間と本業の労働時間を通算して、労働時間の管理をする必要があります。ただし、企業が、副業・兼業先での労働時間を把握して、労働時間を通算管理することは労使ともに負担があります。そこで、厚労省の通達により、簡便な労働時間管理の方法として、モデルとなる管理方法が定められています。実際に副業・兼業を解禁される場合には、簡便な時間管理の方法を採用することを検討されてもよいでしょう。
副業による情報漏洩の防止
また、副業・兼業によって情報漏洩が生ずるリスクがあります。情報漏洩が生じうる事業や業務に関しては、リスク回避のために副業・兼業を認めないという対応のほか、営業秘密などについては、秘密管理を徹底することで、現実の情報漏洩リスクを軽減しておく必要があります。また、厳格な秘密管理を行うことにより、不正競争防止法により保護を受けることが可能となりえますので、秘密管理を厳格に行うことは有用です。
長時間労働を防ぐための措置
長時間労働を防ぐためには、副業・兼業先の労働時間についても、正確に把握して、長時間労働により健康を害する恐れが生じる場合には、労務の提供に支障が生ずる場合であるとして、副業・兼業の労働時間を短縮するように労働者に求めることが必要です。なお、副業・兼業は、労働者の所定労働時間外の行為ですが、本業の労務の提供に支障が生ずることは債務不履行であるので、上記のような場合には、企業は副業・兼業の労働時間の短縮を求めることが可能と考えます。なぜなら、本業の労務の提供に支障が生ずる場合に、副業・兼業を認めないことは認められると考えられているところ、一切の副業等を認めないという扱いよりも、労働時間の短縮を求める方がより、労働者にとって不利益が小さいからです。
副業について争われた裁判例
副業を行った労働者に対する懲戒処分の有効性が問題となった裁判例をご紹介します。
事件の概要
大学の英語学科の教員であったXが、大学の許可を得ずに、同時通訳業や語学学校の講師を務めていたこと等に関し、就業規則に定める無許可兼業に該当するなどとして、大学側が懲戒解雇を行った事案。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判では、同時通訳を実施するために休講、代講としたことについても争われましたが、ここでは、無許可兼業についてのみ解説します。
裁判所(東京地判平成19(ワ)第12956号 平成20年12月5日判決)は、懲戒事由に無許可兼業が定められていても、職場秩序に影響せず、労務提供に格別の支障を生じさせない程度・態様のものは含まれないとしたうえで、労働時間外に実施された語学講座の経営・語学学校の講師等の労務提供に支障を生じさせていないものは、無許可兼業にあたらないと判断しました。
ポイント・解説
上記の裁判例から明らかなとおり、就業規則で無許可兼業を懲戒事由と定めていたとしても、職場秩序に影響せず、労務提供に格別の支障を生じさせない程度・態様の兼業については、懲戒事由の該当性を否定されます。
今後、副業・兼業を解禁した企業において、副業・兼業に関する就業規則に反する事案が生じると思われますが、上記の裁判例から明らかなとおり、形式的に就業規則に反しているだけでは、懲戒処分は無効と判断されますのでご注意ください。
副業に関して就業規則をどのように定めるかでお悩みなら、企業法務の専門家である弁護士にご相談下さい。
副業・兼業を解禁する場合、当該企業は、適切な労働時間の管理を行うことが要求されることや、副業・兼業により企業に損害が生じないようにするために就業規則を整備する必要があります。就業規則の作成に悩まれたら、是非、弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
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