
監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
- 労働審判
昨今、労働者の権利意識の高まりにより、雇止めをしたことで、労働者から雇止めの無効を主張され、裁判所に労働審判の申立てがされることがあります。
労働者から雇止めの無効を主張されて、労働審判が申立てられた場合、会社としては、どのような対応をするべきなのでしょうか。以下では、雇止めの無効が主張された場合に、どのような主張・準備をしていくべきか、解説していきます。
目次
雇止めとは?労働契約法上のルール
そもそも、「雇止め」とは、有期労働契約(期間の定めのある労働契約)が更新されずに、期間満了で終了することをいいます。期間満了による労働契約を終了させるとしても、労働者の保護のため、労働契約法により雇止め法理というルールが定められています。
雇止め法理(労働契約法19条)
労働契約法19条は、有期労働契約が、実質無期タイプ(同条1号)、または、期待保護タイプ(同条2号)のいずれかに該当する場合に、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない雇止めを無効とする「雇止め法理」を定めています。
雇止めが無効とされた場合、労働者は、雇止め前と同じ条件で働くことができます。
実質無期タイプは、有期労働契約が反復して更新され、その雇止めが無期労働契約の解雇と社会通念上同視できると認められる場合(1号)、期待保護タイプは、労働者が契約期間の満了時にその有期労働契約が更新されるものと期待することに合理的な理由があると認められる場合(2号)と定められています。
無期転換ルール(労働契約法18条)
労働契約法18条は、「無期転換ルール」を定めています。
これは、有期労働契約が更新され、通算契約期間が5年を超えた労働者から申込みがあった場合、会社はその労働者との労働契約を期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換しなければならないというルールです。
この申込みがあった時点で無期労働契約に転換するため、会社側がこれを拒否することはできないことに注意が必要です。
雇止めで労働審判を起こされたら?会社側が主張すべき反論
労働者から労働審判の申立てをされて雇止めの有効性を争われた場合、会社側としては、労働契約法19条の要件を満たさないことを示す事実関係や法的主張を行っていき、反論を準備していくことが必要です。
雇止め法理の要件毎にどのような主張をしていくか、説明していきます。
①無期雇用(正社員)と同視できない
労働契約法19条1号が適用されるのは、有期契約労働者が、契約更新が反復継続して行われ、無期雇用の労働者(正社員)と変わらない状態で働いており、雇止めが解雇と同視できるような場合です。
会社側は、当該労働者が、正社員とは明確に異なっていたことを主張します。
業務内容が異なる場合
労働者が正社員と明確に異なるとの主張をするために、業務内容の範囲が異なることを主張していくことが必要です。
このためには、正社員と比べて当該有期契約労働者の業務内容が限定的であること、一時的な業務に従事していたことなど、労働者と正社員のそれぞれの具体的な業務内容を示しながら、業務内容が異なることを示していきます。
業務内容が限定的であることに伴って責任の範囲も限定されていること、業務内容の違いに関わって、正社員と異なって配置転換や昇進が無いこと、就業規則や給与規定の適用が正社員と区別されること、正社員と異なって賞与や退職金の規定、福利厚生が異なることを主張することも有用です。
②契約更新の期待を持たせる事情はなかった
労働契約法19条2号が適用されるのは、労働者が契約更新を期待することに合理的な理由がある場合です。会社側は、更新の期待を持たせるような事情がなかったことを具体的に反論します。
「契約更新の期待を持たせる事情」とは?
「契約更新の期待を持たせる事情」は、雇用の臨時性・常用性、更新の回数、雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続の期待をもたせる使用者の言動などの事情を考慮して判断されます。
会社としては、例えば、更新の有無が毎回厳格に審査されていたこと、自動更新の合意や慣行がなかったこと、更新のたびに契約書を締結し、雇用期間の満了が意識されていたこと、会社側が更新を確約するような発言をしていないこと、更新しない可能性について事前に説明していたこと、明確に更新しない理由を伝えていたこと、雇用契約書に「更新はしない」または「更新する場合がある」など、更新の可能性が限定的である旨が明記されていたこと、契約書の更新条項に、更新の条件が明確に記載されていたこと、更新回数が少ないこと、更新を前提としない一時的な業務であることを主張して、契約更新の期待を持たせる事情が無いことを主張していきます。
③雇止めに関して合理的な理由がある
上記の他にも、雇止めの有効性を主張するために、雇止めに客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる事情が必要です。
このため、会社側は、雇止めの合理的な理由を具体的に主張することが必要です。
【ケース別】雇止めが認められる合理的な理由とは?
雇止めの合理的な理由は、代表的なケースとしては、会社側の事情としては会社の経営の悪化があること、労働者側の事情としては、業務命令に反していること、能力が不足していること、健康上の不安があることなど理由などが挙げられます。
経営の悪化によって雇止めをする場合には、人員削減をすべき程度の会社の状況か、当該労働者を選定する合理的な理由があるか、配置転換などによって雇止め以外の手段をとることができないか、具体的に主張していくことが必要となります。
業務命令違反や能力不足によって雇止めをする場合には、指導をしているか、どのような指導をしているか、他の業務を行わせることができないか、などを具体的に主張していくことが必要です。
健康上の不安がある場合には、休職を経て復職をさせることが難しい状況なのか、などを具体的に主張していくことが必要です。
バックペイや慰謝料を請求された場合に主張すべき反論
労働審判では、雇止めの無効と同時に、雇止め期間中の賃金(バックペイ)や慰謝料が請求されることがあります。
バックペイの請求に対する反論
バックペイとは、雇止めが無効とされた場合に、労働者が働けなかった期間の賃金として会社が支払うべき金額です。会社側は以下の点を主張し、バックペイの減額または不払いを主張します。
例えば、雇止めに労働者が素直に応じている、労働意欲が喪失している、他社での就労により収入を得ている、といった事情をもとに、バックペイの支払が必要ないこと、バックペイの減額をすべきとの反論をすることが考えられます。
正社員との待遇差による慰謝料請求への反論
有期契約労働者が、正社員との間に不合理な待遇差があるとして慰謝料を請求してくる場合があります。これに対して会社側は、労働契約法20条の「不合理な待遇差の禁止」に違反しないことを主張します。
このためには、当該有期契約労働者と正社員では、職務内容、業務を命じる範囲、責任の程度が異なり、その差が待遇差の合理的な根拠となっていること(職務内容、配置変更の有無、責任の程度の違い)、正社員は長期的な育成を前提とした人材活用が行われている一方、有期契約労働者は特定の業務や期間を限定した雇用であること(人材活用の仕組みの違い)、会社への貢献度、勤務成績、勤続年数など、待遇差に合理的な理由があることを具体的に説明していきましょう。
労働審判(雇止め)の答弁書を作成するうえでのポイント
答弁書は、会社側の主張を労働審判委員会に伝える最初の重要な書面です。
なぜ労働審判では答弁書が重要となるのか?
答弁書は、第1回期日前に、会社側の主張や立場を労働審判委員会(裁判官1名、労働審判員2名)に伝える最初の機会です。その後の審理の方向性を左右する重要な資料となります。
労働審判は、原則として3回以内の期日で審理を終結させる短期集中型の手続きです。このため、最初の答弁書で会社側の主張を漏れなく、かつ簡潔に分かりやすく提示することが不可欠です。
また、答弁書に記載された内容は、その後の裁判官による事実認定の基礎となります。不明確な点があると、不利な事実認定をされる可能性があります。
このため、主張すべき事実関係を明確に主張していくためにも、答弁書の記載が重要です。
労働者が請求している内容を把握する
答弁書は、労働審判の申立書に記載された内容を争うことを明確に示すための書面です。
このため、答弁書を作成する前に、労働者側から提出された申立書を詳細に読み込み、申立書のどの部分にどのような反論をするのか考えていくためにも、申立書の内容を正確にとらえることが必要です。
申立書には、大きく、①請求の趣旨、②請求の原因が記載され、③希望する解決方法の記載がされることがあります。
①請求の趣旨は、労働者が何を求めているのか、端的に記載されます。
雇止めの無効を求めるのか、雇止めの無効を求める以外にも、賃金の支払や慰謝料を求めるのか、などが記載されます。
②請求の原因には、雇止めの無効を主張する理由として、更新の期待を抱く事情などが記載されます。
また、賃金を求める場合には、雇用契約の内容、慰謝料を求める場合には慰謝料が発生すべき事情が記載されます。
③希望する解決方法としては、復職や金銭解決としてどの程度の金銭を求めるのか、記載されることがあります。
このような内容を正確に把握したうえで、会社の立場として、どの点を争っていく必要があるのか、対応関係が分かるように、答弁書の作成をしていくことが必要です。
会社側の反論を裏付ける証拠を提出する
答弁書には、会社側の反論を裏付ける客観的な証拠を必ず添付します。
例えば、以下のような証拠が挙げられます。
- 労働契約書・雇用契約書(期間の定めが明記されているもの)
- 更新時の面談記録や議事録
- 就業規則、賃金規程、賞与規程、退職金規程など
- 人事評価シート、業務日報、指導記録など(勤務状況・能力不足を主張する場合)
- 経営状況を示す資料(経営上の理由を主張する場合)
- 雇用契約締結時の募集要項や求人票
- 電子メールやチャットの履歴
証拠は、番号を付けて特定し、答弁書の中でどの証拠の何ページが、どの主張を裏付けているのかを明確に記載することで、労働審判委員会の理解を助けます。
雇止めについて争われた裁判例
ここでは、雇止めの有効性が争われた裁判例を一つご紹介します。
事件の概要
私立大学に非常勤講師として雇われていた労働者に対して、雇止めをしたところ、雇止めの無効を主張されて、訴訟提起された事案です。
裁判所の判断(東京地判令和6年1月30日(令和3年(ワ)第25476号))
裁判所は、以下のように、判断して、雇止めを有効と判断しました。
「被告は、ある程度の期間で授業科目や人材が入れ替わることにより、教育内容及び教育方法に対する学生や社会のニーズを柔軟に反映することができるとの考え方に基づいて、非常勤講師との間で有期労働契約を締結してきたものということができる。」「そして、…被告は、平成28年4月1日以降に新たに非常勤講師との間で締結する有期労働契約について、更新の上限を設けることとし、本件契約書に他学部及び被告が設置する他の学校での有期労働契約(他の教職員資格を含む。)を通じて通算で5年に達するときは更新しない旨の本件更新上限条項を明記したほか、これと同趣旨の定めを設けた本件非常勤講師規程を制定しており、本件非常勤講師規程においては、非常勤講師は、「学部等において授業時間割又は年間授業計画等によって授業科目及び関連業務を行うため、期間を定めて任用される者」と定義され、更新について、学部等の次年度授業の開講状況等を考慮して決することとされるなど、授業時間割等の変更や人材の入れ替わりが念頭に置かれている。」
「また、…本件大学の非常勤講師は、授業の実施以外に研究活動や校務運営活動に係る業務等の一般的に中長期的に継続する性質を有する業務を行う専任教員とは異なり、その職務が授業及び授業実施に関わる業務に限定されている。そして、…、被告は、大学設置基準10条1項に沿って、専任教員に原則として1週間に5講義(10時間)の授業を担当することを求めるなど、授業科目をなるべく専任教員に担当させることとしており、専任教員が本件大学において担当するコマ数は、非常勤講師の担当するコマ数を1人当たりの平均値において大きく上回っている。」
「以上のような本件大学における非常勤講師の人事制度上の位置付け及びその運用に照らすと、被告と非常勤講師との間で平成28年4月1日以降に締結された有期労働契約による雇用が、本件更新上限を超えて、長期間にわたって継続することが想定されていたとはいい難い。」
と述べて、雇止めが有効であったと判断しました。
ポイント・解説
裁判所は、会社として、短期間での労働者の入れ替わりを想定し、更新上限を定めていたこと、正社員(上記事例の場合だと専任教員)との差異を認定して、雇止めの有効性を判断しています。
会社としては、更新上限を定めておくことも有用ですが、更新上限期間を超えない労働契約の実態となるように運用することにも注意が必要です。
雇止めで労働審判を訴えられたら、労働問題に詳しい弁護士にご相談下さい。
雇止めに関する労働審判は、労働契約法19条の解釈適用、事実関係の立証、適切な反論の組み立てなど、専門的な知識と経験が求められる複雑な手続きです。
特に、労働者側の主張を争う場合には、会社側の主張を裏付ける客観的な証拠をどれだけ収集・提示できるかが鍵となります。
労働審判は、迅速な解決を目指す手続きであるため、初動が非常に重要です。労働審判を申し立てられた場合は、速やかに労働問題に詳しい弁護士にご相談いただくことを強くお勧めします。
弁護士は、法的な観点から状況を分析し、最適な反論戦略を構築し、答弁書の作成や審判期日での対応をサポートすることで、会社様の利益を最大限に守ります。
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