労務

自然災害で休業した場合の従業員の賃金

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善

監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士

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自然災害が発生し、使用者が事業を休業した場合に、労働者への賃金の支払いの必要はあるのでしょうか。以下で、解説を行います。

自然災害で休業した場合、従業員の賃金を支払う必要はあるのか?

自然災害で休業した場合、「債権者の責めに帰すべき事由」(民法第536条第2項)により、就労できなくなったとはいえないので、使用者は、従業員に賃金を支払う義務はありません。

自然災害は「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するか?

自然災害で休業した場合、その休業が「使用者の責に帰すべき事由」(労働基準法第26条)による休業であれば、使用者は、従業員に対し、休業手当を支払う必要があります。

自然災害で休業手当の支払いが必要となる具体例

「不可抗力による休業」は、「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたりません。「不可抗力による休業」とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないとされています。
例えば、地震が発生した場合に事業場の施設や設備が被害を受けていない場合に、地震の影響により、通常の仕入れ先から原材料の仕入れが出来なくなったが、他の仕入れ先からの仕入れが可能であるにもかかわらず休業した場合等には、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業として休業手当の支払いが必要となります。

自然災害で休業手当の支払いが不要となる具体例

地震により、事業場の施設や設備が被害を受け、事業場で事業を行うことができない状況にある場合には、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」とはいえないため、休業手当の支払いは不要です。

自然災害により半日など一部休業した場合はどうなる?

1日のうち一部分を休業した場合、その就労した時間については賃金を支払う必要があります。休業手当は、平均賃金の60%を支払わなければならないとされているため(労働基準法第26条)、一部就労に対し支払うべき賃金の額が、平均賃金の60%を超える額となる場合には、休業手当を支払う必要はありません。一部就労に対し支払うべき賃金の額が、平均賃金の60%を下回る場合には、平均賃金の60%と一部就労に対し支払うべき賃金との差額を、休業手当として支払う必要があります。

労基法26条と民法536条2項の違い

労働基準法第26条は、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、使用者に労働者に対し、休業手当を支払うことを義務付けています。
民法第536条第2項は、「債権者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、労働者は賃金請求権を失わないことを定めています。
民法第536条第2項は、取引において債権者に帰責性のある場合には債務者が債務を履行しなくとも債権者は反対給付をしなければならないという過失責任の考え方に基づく規定であるのに対し、労働基準法第26条は、賃金によって生活をする労働者の生活保障という観点から使用者に休業手当の支払いを義務付ける規定です。
そのため、「使用者の責めに帰すべき事由」は。「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、会社側に起因する経営、管理上の障害を含むと解されています。

賃金の100%の支払いが必要となるケースとは?

休業が「債権者の責めに帰すべき事由よる休業」であれば、100%の賃金の支払いが必要となります。
例えば、事業主が、設備が老朽化していることを知りつつ漫然と放置していた場合に、設備が通常の安全性を有していれば被害を受けることがない程度の台風により、設備が被害を受け休業した場合などは、「債権者の責めに帰すべき事由による休業」と判断され、賃金の100%を支払う必要が生じます。

従業員とトラブルにならないために企業がすべき対応

自然災害などで休業が発生した場合に従業員との間でトラブルにならないために企業がなすべき対応について解説します。

就業規則等にルールを設けておく

まず、休業が発生する前に、就業規則等で自然災害による休業の場合のルールについて明確化し、従業員に周知しておくことが良いでしょう。なお、就業規則等で、自然災害による休業の場合にも賃金を支払う旨の規定を設けた場合には、これらの規定等に基づき賃金の支払い義務が生じますので注意してください。

有給休暇や振替休日で対応する

自然災害による休業に関しては、突発的に生ずるものであり事前に有給休暇を申請しておくことは困難です(休業が継続する場合を除く。)そのため、自然災害による休業の場合には、事後申請による有給休暇の取得を認めるという対応が考えられます。
また、自然災害による休業を要する日を休日に振り替えるという対応もあります。

賃金の非常時払いに対応する

労働基準法は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合には、既に行った労働に対する賃金を支払期日前に支払わなければならないと定めています(法第25条)。
そのため、自然災害が生じ、労働者が被災し、これに対応するための費用に充てるために賃金の支払いを求めた場合には、支払期限前であっても既に行った労働に対する賃金を支払う必要があります。

休業手当の支払い義務に違反した場合の罰則

休業手当の支払い義務を怠った場合には、30万円以下の罰金が定められていますので(労働基準法第120条)、適切な支払いを行うよう十分に注意してください。

「雇用調整助成金」の活用について

事業主が休業を行う場合、要件を満たせば雇用調整助成金により支払った休業手当負担額の一部の助成を受けることができる場合があります。特に、大規模な自然災害が生じた場合には、当該災害による休業に対する緊急の助成金などの制度が定められることがありますので、情報収集の上で利用を検討すべきでしょう。

休業中の賃金について争われた裁判例

自然災害が原因ではありませんが、休業中の賃金支払について争われた例を解説し、民法第536条第2項と労働基準法第26条の関係を説明します。

事件の概要

航空会社Y社の労働組合が、部分ストライキを実施した。これにより、空港における作業が困難となったため、Y社は予定便数や路線の変更をせざるを得なくなりました。その結果、運行が一時中止となり、就労の必要がなくなったXらに対し、Y社は休業を命じ、賃金を支払いませんでした。
これに対し、Xらは、民法第536条第2項による賃金の支払いを求め、賃金の支払いが認められない場合には、労働基準法第26条の休業手当が支払われるべきであると主張しました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

判例(昭和57年(オ)第1189号昭和62年7月17日最高裁判所判決)は、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点を踏まえた概念であり、民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当であると判断しました。
そのうえで、ストライキは、Xらの所属する労働組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行ったものであることから、Y側に起因する事象ということはできないとして、休業手当請求権は認められないと判断しました。
なお、同一事件の労働者からの上告審において、賃金請求権についても認められないとの判断がなされています(昭和57年(オ)第1190号昭和62年7月27日最高裁判所判決)。

ポイント・解説

今回の紹介判例で押さえておくべきポイントは、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」は民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき」事由による休業よりも、その範囲が広く、使用者側の経営上、管理上の障害も含むと解されている点です。
一般の取引における当事者間の「帰責性」と同様に「使用者の責にすべき事由による休業」を理解すると、休業手当を支払うべき場合に支払いを怠ってしまうので注意が必要です。

自然災害時の休業手当について、不明点等ございましたら弁護士にご相談ください。

労働基準法上の休業手当の支払い要件に関しては、「使用者の責に帰すべき事由による休業」という要件がありますが、その要件は解釈により通常の「帰責性」の概念よりも広く捉えられています。そして、実際の休業が「使用者の責に帰すべき事由による休業」といえるかという判断は、容易ではないことが少なくありません。労使トラブルを未然に防ぐために、休業を命ずる必要が生じた場合には、是非、弁護士に休業手当の支払いの有無についてご相談することをお勧めいたします。

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善
監修:弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長
保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
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