労務

能力・適格性が欠如する問題社員対応

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善

監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士

  • 問題社員

少子化等の影響により、近年、従業員の採用が困難になってきている中小企業は少なくありません。そのため、従業員の採用に関して、選考基準を緩めることになり、結果的に、その企業が要求する能力や適格性が欠如している者を採用してしまうという状況が増えています。

目次

能力不足・適格性が欠如していることの問題点

企業が求める能力が不足していることや適格性が欠如している場合、その者に、安心して業務を任せることができません。しかし、その従業員に安心して業務を任せることができないというだけでなく、企業や他の社員に対して様々な悪影響を及ぼすことがあります。

企業や他の社員に及ぼす影響

従業員の能力が不足していたり、適格性が欠如していたりしたとしても、何らかの業務を任せることになります。このような場合、通常の能力を有する従業員には必要のない管理業務や、教育指導等の労務管理のコストが増大します。
また、能力が不足していたり、適格性が欠如したりしている従業員が存在すると、周りの従業員がその者の業務をフォローする必要が生じます。周りの従業員が、能力不足等の従業員のフォローをすることにストレスを感じるようになると、仕事に対するモチベーションが低下するなどの影響も生じます。

能力・適格性の欠如は解雇理由になり得るのか?

業務遂行能力が不足していたり、従業員としての適格性が欠如していたりすることは、解雇理由となります。ただし、以下にみるように、能力不足や適格性が欠如しているという事実があれば、直ちに、解雇が有効となるわけではありません。

解雇権濫用法理との関係

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(労働契約法16条)。そのため、能力不足等の事由により解雇することに、合理的な理由があるか、社会通念上相当であるかが、問題となります。

裁判所による能力不足による解雇の判断基準

能力不足の解雇に関して、確立された解雇の判断基準はありません。しかし、職務上の能力が不足していることを理由に、就業規則上の解雇事由に該当するというためには、「単なる職務上の能力不足があったというのでは足らず、その程度・内容が、当該職員の勤務経歴のほか、職務上生じた支障の内容や程度、当該支障を生じた経緯、当該職員に対する改善指導の有無及び内容、当該職員に対する懲戒処分の有無や内容、配転や降格・降級による対処の可否、今後の改善の見込みの有無・程度、その他の諸般の事情に照らし、もはや雇用関係を維持することも相当でないといえるような程度、内容にわたっていることを要するというべきである」と言及した裁判例があり(東京地判平成26年4月11 平成24(ワ)第19313号)、どのような事情を裁判所が考慮要素としているかをうかがい知ることはできます。

企業は解雇回避のために努力する必要がある

上記の裁判例の考え方にもみられるように、裁判所は、単なる職務上の能力不足があったというのみでは、解雇事由に該当するとは判断しません。また、能力不足の内容・程度のみならず、懲戒処分の有無や、配転等の対処など、今後の改善の見込みなども考慮し、企業が、できる限り解雇を回避するために努力をしたどうかを考慮の要素として重視しています。

改善の機会を与える

裁判所の考え方からすると、能力不足の従業員に対し、企業が改善の機会を与えることは非常に重要です。改善の機会を与えずに、解雇という手段を選択すると、解雇を回避するための努力を十分に尽くしていないことから、解雇が有効と判断される可能性はほぼないでしょう。改善の機会を与えてもおよそ改善する余地がないといった例外的な場合であれば、改善の機会を与えることが不要となるケースも想定できますが、改善の余地がないと立証することは非常に困難であるといえますので、必ず、改善の機会を与えておくべきです。

適切な教育指導をする

企業が適切な教育指導を行うという点も、能力不足による解雇を有効とするためには非常に重要な事実です。能力不足の従業員に、解雇した時点で、改善の見込みが存在すると認定された場合には、解雇が無効と判断される可能性は非常に高くなります。企業が、当該従業員に、適切な教育指導を行わないまま、解雇を行った場合には、いまだ改善の見込みが存在するとして、解雇を無効と判断されると思われますので、適切な教育指導を十分に行うことを心掛けてください。

配転や懲戒処分の検討

上記の裁判例においても、配転による対処や懲戒処分の有無が考慮要素に掲げられています。これは、裁判所は、能力が不足しているといっても、別の業務であれば、要求される水準の能力を発揮できる可能性があり、他の業務における能力を確認し、その業務が務まるのであれば、解雇すべきでないと考えているためです。
懲戒処分が要求されるのは、単なる教育指導では、改善しない場合であっても、懲戒処分という強い手段を用いれば改善する余地があると考え得るからです。
そのため、当該従業員に、懲戒処分をしても、改善しないので無駄であるとして、処分をしないのではなく、無駄であっても、懲戒処分を行っておくことが重要です。

退職勧奨

仮に、能力不足等の従業員に対し、解雇が可能である状況であったとしても、まずは、当該従業員に対し、退職勧奨を行うべきです。解雇は、万全の準備をしていたとしても、無効と判断されるリスクがあるので、合意退職が可能なのであれば、合意退職を最優先すべきだからです。

問題社員を解雇する際の留意点

解雇する場合の留意点は、解雇の有効性が訴訟等で争われた場合、企業が、解雇が有効であることを主張立証する必要があるところです。客観的に能力不足等が存在したとしても、これが立証できなければ、能力不足がなかったものとして判断されますので、解雇は無効と判断されることになります。

証拠の重要性

能力不足を解雇事由とする場合、どのような証拠をもって能力不足を立証するかは非常に重要です。営業成績などのように客観的な数字で把握できる業務の場合は、客観的な数字を示す証拠を提出することで立証が可能となります。しかし、客観的な数字で業務の遂行能力を図り難い業務の場合、能力不足であることを示すためには、具体的な業務の処理状況を記録化するなどして、立証するほかありません。

新卒採用・中途採用の取り扱い

能力不足を理由とする解雇に関しては、新卒採用と中途採用で異なる対応をすべき場合があります。

新卒採用の場合

新卒採用の場合、業務経験がなく、業務遂行が水準に達していないところから、教育指導により能力を高めていくことが予定されています。そのため、能力不足により解雇を行うことは、中途採用に比べて、より慎重に行うべきです。

中途採用の場合

中途採用の場合で、これまでの職務経験を考慮して、その職務に従事するために採用を行った場合などには、新卒採用等の場合に比して、能力不足による解雇は認められやすいでしょう。このような採用を行っている場合には、会社が要求している能力も明確となっており、会社がその能力を教育指導により高めていくことが予定されていないからです。もっとも、このような場合でも、会社はできる限り、教育指導を行っておくべきであり、中途採用であるからと言って教育指導が不要というわけではないのでご注意ください。

協調性の欠如による解雇の妥当性

従業員に、周囲との協調性が欠如している者がいても、当該労働者が、自分に与えられた業務を滞りなく処理している状況において、協調性の欠如のみをもって、解雇を行うことは非常に難しいといえます。
そのため、問題となっている協調性の欠如がみられる行動について、改善するように業務命令を出す必要があります。その業務命令に従わなければ、業務命令違反となり、この業務命令違反が繰り返されることは、正当な解雇事由となりえます。注意が必要な点は、業務上の必要性がなければ業務命令が無効となる点です。業務命令で改善を求める場合は、協調性の欠如により、業務に支障が生じている点を改善するように命令することが必要であり、協調性は欠如しているが、業務上の支障が生じていないという場合には、業務命令として改善を求めることはできないのでご注意ください。

能力不足である管理職への対応

管理職が能力不足であるといった場合、降格など処分により、管理職の任を解き、平社員として業務にあたらせることが可能です。そのため、中途採用により、特に一定の役職で業務を行うことを前提に雇用契約を締結したような者でない限りは、能力不足を理由に解雇を行うべきではありません。

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例を紹介します。

事件の概要

コンピュータ入力等のミスに対し、修正を命じられたにもかかわらず、これを放置し、別の新たなミスを生じさせていった従業員に対し、能力不足を理由とする解雇が行われ、その解雇の向こうが争われた事案

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、当該労働者が、解雇の4年前までは、おおむね標準の評価を受けていたことや、ミスを行った業務が当該労働者にとり慣れない業務であったこと、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があること、人事考課が著しく悪いものについて、降格という措置も予定されていることなどを指摘し、解雇を無効と判断しました(平成13年(ワ)第1914号 平成14年3月22日大阪地裁判決)

ポイント・解説

裁判例は、当該労働者に対する会社からの過去の評価が標準の評価であったことを指摘し、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があることを指摘しています。この考え方は、当該労働者に任せた業務を遂行する能力がなくとも、他に業務遂行が可能な業務があれば、能力不足により解雇することはできないとの考え方によるものです。
また、降格という措置があることの指摘は、そのような措置を採ることなく解雇したことについて、解雇が相当ではないとの考えに基づくものです。すなわち、能力不足に対する対応として、解雇は、最終手段とすべきであり、それまでに取り得る手段を全て行い、解雇を回避する努力をすべきという考え方です。
能力不足による解雇を検討する場合には、適切な教育指導などに加え、配転や、降格処分などその他の対処を十分に行ったうえで、それでも、改善の見込みが見られない場合に、最終手段として解雇を選択する必要があるといえるでしょう。

よくある質問

改善の機会を与えたにも関わらず、再度重大なミスをした社員の解雇は認められますか?

ミスの内容や、教育指導の内容によっては、解雇が認められる可能性はあります。

試用期間中に能力不足であることが判明した場合、解雇することは認められますか?

教育指導を行っても、改善の見込みがないという場合には、解雇することは可能です。

問題社員への対応がパワハラに該当するのはどのようなケースですか?

名誉を害するような発言や侮辱的な発言を行って指導することや、大声で恫喝するなどの指導がパワハラとされるケースで多く見られます。

社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、損害賠償を請求することは可能ですか?

社員の度重なるミスにより、会社が損害を被った場合、会社は社員に対し、損害賠償をすることは可能です。もっとも、損害の全額について賠償は認められず、一部の賠償しか認められません。これは、社員の活動により企業は利益をあげているので、損害が生じた場合に、そのすべてを社員に請求できるのでは、会社は利益のみを得て、損害を従業員に負わせることになることが、不公平と考えられているからです。
度重なるミスの場合は、社員に重過失ありとして、会社からの損害請求は認められますが、単純なミスである場合(過失にとどまる場合)には、損害賠償請求は認められません。

再三注意しても勤務態度の改善がみられない社員を解雇する場合、解雇予告は必要でしょうか?

普通解雇を行う場合には、解雇予告は必要です。懲戒解雇で、即時解雇を行う場合には解雇予告は不要となります。

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは問題ないですか?

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは無効と判断されると考えます。懲戒解雇に伴う退職金の減額の場合において、減額する規定の有効性が争われ、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると考えられていることから、能力不足を理由に減額する規定を設けていても、有効と解される可能性はないと考えます。

会社が問題社員に与えた改善の機会や、指導に関する記録は残しておくべきでしょうか?

問題社員を解雇するケースでは、訴訟で、解雇事由が存在する証拠を提出する必要が生じる可能性がありますので、必ず、記録は保存するようにしてください。

問題社員への退職勧奨が違法となるケースについて教えて下さい。

退職勧奨が違法となるケースは、半強制的に退職を迫ったり、執拗に退職を迫ったりするケースです。社員が、明確に退職勧奨に応じない意思を示した場合には、退職勧奨は取りやめるべきです。

協調性の欠如を理由に懲戒責任を問うことはできるのでしょうか?

服務規律に協調性に関する規定がある場合に、服務規律違反を懲戒行為として定めている場合には、服務規律違反として、懲戒処分を行うことは、形式的には可能です。しかし、「協調性の欠如」そのものを対象とするのではなく、「協調性の欠如」により生じている業務上の支障について改善するように命令を行い、その業務命令違反に対し懲戒処分を行うべきであると考えます。

取引先からの社員の勤務態度について申入れがあった場合、解雇することは可能ですか?

取引先からの勤務態度の申し入れのみで、社員を解雇することはできません。その申し入れについて、当該社員について改善の機会を与えるなどしても、改善の余地がないといった場合に、初めて解雇が可能となります。

社員の能力不足を理由に、職種を変更させることは認められますか?

雇用契約上、職種が限定されていなければ、業務上の必要により職種変更をすることは可能ですので、能力不足を理由として、職種を変更することは可能です。
専門職などで職種を限定して雇用契約を締結している場合には、本人の同意がなければ、職種変更はできません。この場合には、限定した職種を遂行する能力がない以上、職種変更に社員が同意しなければ解雇する必要があります。

能力不足・適格性欠如を立証するにはどのような証拠が必要ですか?

定量的に業務遂行能力を測れる業務であれば、その成績を示す資料が必要です。もっとも、そのような業務は一部に限られるので、基本的には、能力不足や適格性欠如を示す事実が生じた場合に、即時に書面などを当該社員に交付し、交付した書面を受領した証拠を残すことなどで証拠化することが必要です。
特に、能力不足や適格性の欠如は、改善の機会を与えたかという点も証拠化する必要があります。そのため、会社で、能力不足や適格性欠如を示す事実に関する記録を残していても、それだけでは、当該社員に教育指導を行ったかどうかが立証できません。また、会社の記録として、教育指導をしたという記録を残しても、実際には指導を受けていない等として、その記載内容を争われるリスクがあります。そのため、能力不足等に関する指導を行った際に書面を交付して、受領の証拠を残すことで、能力不足等の事実と教育指導を行った事実の双方の証拠を残すことが重要です。

問題社員への適切な対応について、企業労務に強い弁護士がアドバイスいたします。

問題社員への対応は、会社からの指導に対する問題社員の反応に応じて、臨機応変に対応を変えたり、一定の期間教育指導を継続するなどの対応が必要です。解雇を行った後に、ご相談を受けるケースでは、解雇無効の結論を動かす余地がないものがほとんどです。問題社員への対応は、現実の解雇を行う前の行動が重要です。問題社員への対応を行う場合には、初期対応の時点で、是非、弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

名古屋法律事務所 所長 弁護士 井本 敬善
監修:弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長
保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
愛知県弁護士会所属。弁護士法人ALG&Associatesでは高品質の法的サービスを提供し、顧客満足のみならず、「顧客感動」を目指し、新しい法的サービスの提供に努めています。

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