監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
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従業員の賃金の減額は、自由にできると勘違いされていませんか?賃金は、労働契約における最も重要な契約の内容であり、契約の一方当事者である使用者が、従業員との合意によることなく、賃金を自由に減額できるわけではありません。
従業員の賃金の減額については、適切な手続き等を踏まなければ、減額が無効と判断されるリスクがあります。
以下では、従業員の賃金の減額について説明を行います。
目次
賃金の減額はどのような時に行われるのか?
従業員の賃金を減額する場合には、以下のようなケースがあります。
①会社都合による減額
②人事異動や人事評価による減額
③懲戒処分としての減額
④欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除による減額
会社都合による減額
会社都合により、従業員の賃金を減額する場合には、会社の経営状況が悪化した場合に、人件費を抑えて経営状況を改善する目的で、従業員の賃金を減額するケースがあります。また、賃金制度を年功序列的な制度から成果主義賃金制度に変更する場合に、賃金の減額が生ずる場合もあります。
人事異動や人事評価による減額
人事異動により、従業員の賃金に減額が生じる場合もあります。例えば、人事異動により、職位や役職が降格され、これに伴い賃金が減額される場合や、担当職務の変更により、それまで受領していた手当が不支給となり賃金が減額される場合があります。また、人事評価において、低評価となり、職務等級制における給与等級が引き下げられ、これに伴い賃金が減額される場合があります。
懲戒処分としての減給
会社における服務規律違反や業務命令違反等に対する懲戒処分において、減給処分が行われることがあります。懲戒処分としての減給は、一時的なものであり、減給後の給与がそのまま維持されるわけではありません。
欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除について
従業員が、欠勤・遅刻・早退をするなどして、所定労働時間の労働を行わなかった場合に、不就労時間に相当する賃金を控除して賃金を支払う場合にも、賃金は減額されます。
賃金を減額する際の注意点
賃金の減額は、使用者が自由に行えるわけではないので、適切な方法によらなければ、賃金の減額が無効となります。無効と判断された場合には、従業員は、減額された賃金を請求することができます。以下では、賃金の減額が無効とならないために注意すべき点を解説します。
使用者による一方的な賃金の減額は認められない
使用者と労働者は、労働契約を締結しています。一方の当事者である使用者が、契約の最も重要な内容である賃金を、一方的に減額することはできません。
労働者の自由意思に基づく同意とは?
使用者が、従業員に対し、賃金の減額を申し入れ、労働者が減額に同意した場合には、賃金を減額することができます。もっとも、労働者から賃金の減額に同意を得ていた場合であっても、その同意は有効な同意ではないとして、争われる可能性があります。裁判例においては、労働者が、賃金の減額に同意した場合であっても、その同意が労働者の自由意思に基づくものと認められる客観的合理的理由が認められなければ、有効な同意があったとは認めず、賃金の減額は無効であると判断しています。
就業規則の不利益変更には要件がある
賃金の減額について、労働者の同意が得られない場合に、就業規則の変更により賃金を減額することも可能です。しかし、労働者の賃金を減額する就業規則の変更を行うことは、就業規則の不利益変更にあたります。就業規則の不利益変更が認められるためには、その就業規則の変更に合理性が認められる必要があります(労働契約法第10条)。
不利益変更における合理性の判断基準とは?
就業規則の不利益変更について合理性の有無は、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らし合理的なものかどうか判断されます(労働契約法10条)
減給できる額には限度がある(労働基準法91条)
懲戒処分による減給は、1回の事案について平均賃金の1日分の半額を超えてはならないとされています(労働基準法91条)。また、複数の事案について減給処分を行う場合でも、1賃金支払期における賃金の10分の1を超えて減給することはできません。
限度額の規制が適用されないケースとは?
公務員に対する減給処分においては、労働基準法の適用がないため、労働基準法91条の限度額を超えて減給処分がなされます。公務員の減給処分については、報道されることも多く、一般企業においても同様の減給処分が可能であるとの誤解をされている場合があるのでご注意ください。
減給処分ができる期間にも注意が必要
減給処分は、1回の事案については、平均賃金の1日分の半額以内の減給を1回だけ行えます。平均賃金の1日分の半額以内の減給を何日にもわたってできるわけではないのでご注意ください。
労働基準法の適用がない公務員については、不祥事の際に「減給○か月分」などという報道がなされることがあり、民間企業においても、数カ月にわたって減給が可能であると誤解されている方もいらっしゃるので注意が必要です。
賃金の減額が「人事権の濫用」にあたる場合は無効
人事異動や人事評価に伴う賃金の減額が、労働契約や就業規則の定めにより制度化されており、かつ、その人事異動や人事評価が正当なものであれば、労働者の同意がなくとも、賃金の減額は有効となります。もっとも、賃金減額の前提となる人事異動や人事評価が人事権の濫用にあたる場合には、賃金の減額も無効と判断されます。
賃金の減額による労使トラブルを防ぐための対策
賃金の減額は、労働者にとって最も不利益の大きい労働条件の変更です。そのため、他の労働条件の変更以上に訴訟などで争われるリスクがあります。そのようなリスクを回避するためには、賃金の減額をせざるを得ない場合であっても、いかに述べる労使トラブルを防ぐための対策を取ったうえで、賃金の減額を行うことが必要です。
従業員に対して十分な説明を行う
従業員の同意を得て賃金を減額する際に、十分な説明をすることなく、従業員から賃金減額の同意書面を取り付けて減額を行うケースが多くみられます。
しかし、賃金の減額は従業員にとっては、通常、同意する動機がないものであり、十分な説明なく同意書のみを取り付けた場合、その同意が従業員の自由な意思に基づくものと認められる客観的な合理的理由が認められる可能性はほとんどありません。そのため、従業員に賃金減額の同意を取り付ける場合には十分な説明を行うことが必須です。
代償となる措置を講じる
また、従業員の同意を得て、賃金を減額する場合には、賃金減額に対する代償となる措置を講ずるべきです。賃金減額をする必要性があったとしても、減額に対する代償措置がない場合には、同意を取り付けたとしても、同意が従業員が自由な意思に基づくものと認められる客観的合理的理由があると認められにくくなります。
賃金減額に関する証拠は書面で残しておく
口頭による従業員の同意だけで賃金の減額がなされているケースがあります。しかし、口頭による同意は、従業員に同意の存在を争われた場合に、同意があったことを立証することができません。また、従業員に対し、賃金減額について十分な説明をした場合であっても、その説明を行った事実を書面等で残しておかなければ、十分な説明をされなかったとして、賃金減額の同意の存在を争われて、その同意が労働者の自由な意思に基づくものと認められる客観的合理的理由は認められないとの認定をされかねません。
したがって、賃金減額に関する証拠は書面等で残しておくことが必要です。
賃金の減額に関する裁判例
以下では、賃金(退職金)の減額に関して争われた裁判例を解説します。
事件の概要
事案は、二つの信用組合の合併にあたり、退職金の支給基準が変更され、変更後の基準では著しく退職金の額が低額となることについて、労働者が同意書に署名押印をした事案において、労働者がかかる同意は無効であるとして、旧基準のとおりの退職金の支払いを求めた事案です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所(平成25年(受)第2595号・平成28年2月19日最高裁判決)は、就業規則などに定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、同意が、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものとしました。
そして、同意書への労働者の署名押印が労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くしていないとして、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻しました。
ポイント・解説
裁判所は、退職金が減額となる労働条件の変更に関し、労働者が同意書を作成していたにもかかわらず、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くしていないとして、原判決を破棄しました。
これは、会社から賃金などの減額について同意を求められた場合には、労働者が同意書に署名押印などをせざるを得ない立場にあることを考慮したものと考えられます。
上記の判例の立場からすれば、労働者から同意を得ることにより、賃金の減額を行う場合には、同意に関する書面を作成するのみでは賃金の減額に対する同意の存在が認められるには十分でないということができます。
労働者から賃金の減額に関する同意書を取得するのは当然として、同意を得る前に十分な説明を行い、かつ、賃金減額に関する代償措置を設けるなどして、労働者が自由な意思に基づいて同意をしたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認定されるように注意する必要があります。
賃金の減額によるトラブルを防ぐために、弁護士がアドバイスいたします。
賃金の減額は、労働者にとり、最も重要な労働条件を不利益に変更するものです。そのため、賃金の減額の有効性を争われるリスクは、他の労働条件よりも高いということができます。特に、労働者の解雇等が問題となって紛争となった際に、過去に行った賃金の減額の有効性があわせて争われるケースは非常に多いといえます。
賃金の減額が無効であると判断された場合には、使用者は、労働者に対し、減額した賃金を遡って支払う必要が生じ、その支払いは使用者にとって大きな負担となり得るものです。
賃金の減額のような労働条件の不利益な変更を有効に行うためには、裁判例を踏まえた適切な対応をとることが必要不可欠であるといえます。
賃金の減額を検討されている場合には、減額を行う前に、是非、専門家である弁護士にご相談されることをお勧めします。
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