監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
交通事故の被害者は、事故により発生した損害について、加害者に損害賠償を請求できます。しかし、実際の交渉や訴訟では、損害額について争いが生じることが少なくありません。では、交通事故の被害者が十分な補償を受けるためにはどういった点に気を付ければよいのでしょうか。
この記事では「慰謝料」に焦点を当てて説明していきます。
目次
交通事故における慰謝料とは
交通事故における「慰謝料」とは、事故の被害者が受けた精神的な損害です。精神的な損害は、事故の被害者がどれほどの精神的苦痛を受けたのか?ということを、金額として示すものです。もっと、精神的苦痛の程度を判断することは容易ではありません。そこで、一定の算定基準を基に、交渉や訴訟では事故に関わる様々な事情を踏まえて判断されることになります。
入通院慰謝料
「入通院慰謝料」とは、交通事故の被害者が事故による傷病の治療のため病院に入院したり医療機関に通院したりした場合の精神的損害に対する賠償です(入院費や治療費は財産的損害のうちの積極損害に分類されますので「入通院慰謝料」とはまた別に認められる余地があります)。
後遺障害慰謝料
後遺障害とは、治療をしてもそれ以上よくも悪くもならない場合(これを専門用語で症状固定をいいます)の障害をいいます。後遺障害が残った場合の精神的損害に対する賠償が「後遺障害慰謝料」です。慰謝料の額は後遺症等級(重さ)に伴い大きくなります。被害者としては症状を自覚していても、後遺障害と認定されなければ「後遺障害慰謝料」を受けることができないことに注意が必要です。
死亡慰謝料
「死亡慰謝料」とは、交通事故の被害者が死亡した場合の慰謝料をいいます。死亡した被害者自身は、加害者に対して自ら「死亡慰謝料」を請求することはできません。被害者の相続人が被害者の「死亡慰謝料」請求権を相続により取得し、加害者に対して請求することになります。事故により被害者が即死した場合であっても被害者自身の慰謝料請求権を観念し、加害者に請求できるとするのが通説的な見解です。
適正な交通事故慰謝料を算定するための3つの基準
交通事故慰謝料を算定するためには、①自賠責基準、②任意保険基準、③弁護士基準の3つの方法があります。以下、順に解説していきます。
自賠責保険基準
「自賠責基準」とは、交通事故の被害者が最低限受けられる補償を定める基準です。自動車損害賠償保障法に基づく基準で、3つの基準の中では一番低額です。
任意保険基準
「任意保険基準」とは、相手方が加入する任意保険会社が提示する金額です。自賠責基準よりも高額ですが、適正額ではありません。任意保険「基準」といっても、各保険会社に共通の基準があるわけではなく、保険会社ごとに様々です。
弁護士基準(裁判基準)
「弁護士基準」とは、被害者側弁護士が主張する金額です。通称「赤い本」(民事交通訴訟損害賠償額算定基準[公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部])に記載された基準にしたがって算定されます。3つの基準の中では最も高額になります。
交通事故慰謝料の算定方法
交通事故慰謝料の算定は基準により変わります。一般的には、弁護士基準(裁判基準)>任意保険基準>自賠責基準の順で高額になります。以下では、自賠責基準、弁護士基準(裁判基準)について解説をします(任意保険基準は各保険会社独自の基準で定められているため割愛します)。
入通院慰謝料
自賠責基準
入通院1日あたり4300円です。入通院の日数は、被害者の傷害の態様、実治療日数その他を勘案して、治療期間の範囲内とされます。実務上は、①実際に入院・通院した日数×2と②総治療期間のうち短いほうの期間とする運用がなされています。
弁護士基準
弁護士基準による場合、「赤い本」別表1・2を参照して算定します。原則として別表1を用いますが、むちうち症で他覚所見がない場合等(軽い打撲、軽い挫創(傷))は入通院期間を基礎として別表2を用います。その他入通院が長期にわたる場合や、傷害の部位、程度によって調整が必要な場合は別の取り扱いがなされることがあります。
後遺障害慰謝料
自賠責基準
後遺障害慰謝料の額は、認定された後遺障害等級により決まります。具体的な慰謝料額は、自動車損害賠償保障法(自賠法)施行令別表1、2に記載されています。例えば、介護を要する後遺障害等級2級と認定された場合、3,000万円の保険金が支払われます。
弁護士基準
後遺障害慰謝料は、①被害者本人の後遺症慰謝料、②近親者の慰謝料に分かれます。②近親者の慰謝料は、後遺障害等級1級、2級等の重度後遺障害の場合(すなわち被害者が死亡した場合に比肩するほどの重度の障害と評価される場合)に認められます。①被害者本人の後遺症慰謝料は後遺障害等級に従って算定されます(「赤い本」)。
死亡慰謝料
自賠責基準
死亡本人の慰謝料は400万円とされ、遺族の慰謝料については請求権者の人数により異なります。請求権者とは、被害者の父母、配偶者、子であり、請求権者が1人の場合には550万円、2人の場合には650万円、3人の場合には750万円とされます。被害者に被扶養者がいる場合はさらに200万円が加算されます。
弁護士基準
一家の支柱となるべき者が死亡した場合は2800万円、母親・配偶者が死亡した場合には2500円、その他(独身の男女、子供、幼児等)が死亡した場合には2000万円~2500万円とされます(「赤い本」)。なお、この金額は目安であり、個別具体的事情により増減されます。
通院期間別の入通院慰謝料相場比較
(例)通院期間3ヶ月・実通院日数45日の場合
自賠責基準 | 弁護士基準 |
---|---|
38万7000円 | 73万円(別表1)、53万円(別表2) |
自賠責基準による入通院慰謝料は、4300×通院期間(3か月=90日)/実通院日数の2倍(90日)=38万7000円になります。弁護士基準による入通院慰謝料は、別表1によれば73万円、別表2によれば53万円になります。
(例)通院期間6ヶ月・実通院日数(85日)の場合
自賠責基準 | 弁護士基準 |
---|---|
73万1000円 | 116万円(別表1)、89万円(別表2) |
(例)通院期間8ヶ月・実通院日数(140日)の場合
自賠責基準 | 弁護士基準 |
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103万2000円 | 132万円(別表1)、103万円(別表2) |
自賠責基準の場合、実通院日数140日の2倍=280日よりも通院期間8か月=240日が短いため、240日を入通院日数とします。そのため、4300円×240=103万2000円となります。
弁護士基準の場合、別表1によれば132万円、別表2によれば103万円になります。
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慰謝料以外にも請求できるものがある
慰謝料は、交通事故加害者に対する損害賠償の一部です。交通事故の被害者は、加害者に対して、慰謝料以外にも請求できるものがあります。以下、消極損害として休業損害、(後遺症)逸失利益、その他の損害について解説をします。
休業損害
「休業損害」とは、事故時から症状固定日までの間に仕事を休んだことによる損害です。「1日当たりの基礎収入×休業日数」により算定されます。「基礎収入」は、給与所得者の場合「3か月間の支給全額÷90日」で求められますが、個人事業主や、専業主婦、学生等の場合には、それぞれの状況に応じた算定方法があります。
逸失利益
「逸失利益」とは後遺障害逸失利益ともいいます。症状固定後に労働能力を全部または一部喪失させる障害が残る場合、それにより見込まれる収入の喪失または減少のことです。「逸失利益」は「1年当たりの基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間×ライプニッツ係数」により算定されます(被害者は本来毎年発生する賠償金を一時金として受け取ることになるため「ライプニッツ係数」により金額を調整します)。
その他に請求できるもの
物損として修理費用や故障車両を引き上げるレッカー代、修理期間中のレンタカー代等を請求することができます。また、積極損害として、入通院治療費や、これに伴う交通費等を請求することができます。
交通事故慰謝料を受け取るまでの流れ
「交通事故慰謝料」の算定には、入通院日数、後遺症等級認定が必要です。入通院日数、後遺症等級が確定するのは、症状固定日後です。相手方が任意保険会社に加入している場合、症状固定日後に「交通事故慰謝料」について相手方任意保険会社と交渉をすることになります。交渉の末、示談が成立すれば慰謝料が支払われます。
慰謝料の支払い時期について
慰謝料は示談成立後に支払われるのが原則です。では、慰謝料の先払いを受けるためにはどうすればよいでしょうか。相手方が加入する自賠責保険会社に対して被害者請求(16条請求)を行う方法がありますが、任意保険会社による一括対応が打ち切られる可能性があるため注意が必要です。相手方任意保険会社と交渉をするという方法もありますが、先払いの必要性が認められなければならず通常は困難です。
慰謝料の増減要素
上記の通り、慰謝料算定の基準はある程度決まっていますが、個別具体的な事情により、金額が大きく変わることがあります。以下では、慰謝料の増減要素について解説します。
慰謝料が増額するケースとは?
交通事故が故意による場合、無免許・飲酒運転・著しい速度違反等重過失による場合など、事故態様が悪質である場合には慰謝料が増額します。また、ひき逃げ、証拠隠滅等、事故後の対応が不誠実な場合にも慰謝料が増額します。事故後の対応が不誠実な場合の例として、加害者側保険会社が交渉段階、訴訟において、過度の過失相殺の主張をしたことが、相当な権利主張の範囲を著しく逸脱するものとして、慰謝料の増額事由と評価されたことがあります(神戸地判平成10年6月4日)(「赤い本」)。
慰謝料が減額する要素
傷害の部位・程度によっては慰謝料が減額されることがあります。程度の軽い神経症状、軽い打撲・挫創(傷)のみの場合には、慰謝料が低く認定されることがあります。
また、被害者に既往症があるなどの理由で、長期間の入院が必要になった場合、入通院日数の一部につき事故との因果関係が否定され、これに伴い慰謝料額も低く認定されることがあります。
適切な慰謝料を請求するために
必ず整形外科で見て貰う
適切な慰謝料を請求するためには必ず整形外科で見てもらうようにしましょう。慰謝料を請求するためには人身事故で処理をする必要がありますが(8.2)その際に整形外科医の診断書が必要になります。また、慰謝料算定のための資料となる入通院期間や、後遺障害等級認定の主張をするためにも、整形外科医の診断書や意見書が重要です。
人身事故で処理する
物損事故は、事故被害者に死亡者や負傷者のいない事故をいいます。これに対し人身事故とは、事故被害者に死亡者や負傷者がいる事故をいいます。人身事故で処理をしていない場合には、軽微な事故と評価され、後遺障害等級認定等で不利になることがあります。
慰謝料が減額する要素
適切な慰謝料を請求するためには、①弁護士基準によること、②慰謝料の増減事由(特に増額事由)について適切に認定されることが重要です。特に、②については、相手方保険会社との交渉や、相手方との訴訟における主張・立証がポイントになります。①、②のためには、弁護士に依頼することが必要です。
交通事故に関して不安があれば、弁護士へご相談ください
交通事故について適切な慰謝料を請求するためには、まず、弁護士基準による慰謝料額を請求することが重要です。また、慰謝料算定の基準が定められてはいるものの、実際の慰謝料額は、事故に関する一切の事情を考慮して算定されます。こうした事情について被害者自身が相手方保険会社や加害者に対して主張することは困難です。
交通事故に関して不安があれば経験豊富な弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)