監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
ある人が亡くなって、相続が発生した際、被相続人が多額の債務を抱えていたなどの事情で、相続人が相続放棄をすることがあります。
基本的に、相続放棄をした場合、被相続人の財産や負債については、相続人は引き継ぎません。
この点については、皆さんもご存じかと思います。
しかし、相続放棄をすれば、一切の責任から解放されるというわけではありません。
相続放棄をした場合でも、「相続財産の管理義務」というものが課されることがあります。
以下、相続放棄をした際の、相続人の管理義務についてご説明します。
目次
相続放棄をしても残る管理義務とは
相続放棄をした相続人であっても、放棄の際に相続財産を現に占有している場合、相続人又は相続財産清算人に対し、その財産を引き渡すまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならないとされています。
元々は、相続放棄をした者は、当該相続放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならないとされていましたが、令和5年4月1日から改正されて、上記の管理義務が定められました。
相続放棄しても管理費用と労力はかかる
上記のように、相続放棄をしても、一定の管理義務を負うことがある以上、財産の性質によりその程度は変わってきますが、その財産を保存するための費用と、労力がかかることになります。
相続放棄をすれば、もう何も負担することはないと思う方は多いです。
しかし、ここで解説しているように、管理義務が課されることがありますので、その場合は、上記のように費用と労力がかかることがあるので、注意が必要です。
管理義務の対象となる遺産
ありとあらゆる財産について管理義務を課すとすると、相続人に過重な負担を課すこととなるといえます。
そのため、管理義務の対象については、「相続放棄時に相続財産を現に占有」している財産に限定されています。
そして、「現に占有」とは、その財産を事実上支配・管理していることを意味します。
例えば、亡くなった方の名義の家に住んでいる相続人については、その家について、保存義務を負うことになると考えられます。
管理って何をすればいい?管理不行き届きとされるのはどんなケース?
民法の条文上、「保存」と規定されていますが、具体的に、「保存」とは、何をすれば良いのでしょうか。
これについては、法律上明文で定められているわけではありません。
財産を滅失させたり、損傷する行為をしてはならないことについては争いのないところですが、これに加え、財産の現状を維持するための必要な行為までする義務があるかについては争いがあります。
この点については、財産の現状を維持するための必要な行為までする義務までは含まないというのが多数の見解とされています。
管理義務は誰にいつまであるの?
管理義務は、「相続放棄をした相続人」に課される義務です。
この義務の終期、つまり、いつまでこの義務が課されるかについては、他の相続人または相続財産清算人に対して、相続財産を引き渡すまでの間とされています。
もっとも、単に引き渡すのみで、保存義務を免れるわけではなく、他の相続人または相続財産清算人が管理を始めることができるようになるまで、保存義務は引き続き負うこととなります。
このように、いつまで管理義務が課されるのかについては、重要な点ですので、注意が必要です。
管理を始めることができるようになるまでとは?
「他の相続人が管理を始めることができるようになるまで」というのは、具体的に何を指すのでしょうか。
この点に関しては、通常は、他の相続人に相続財産を引き渡すことによって、その相続人が、現実にそれを管理できる状態になるまでのことを指すと考えられます。
民法改正の2023年4月1日以降は誰に管理義務があるのか明確になる
以前は、誰に管理義務が課されているのかについては不明確であり、はっきり判断することが難しい状況でした。
しかし、相続財産の管理については、2023年4月1日に法改正がありました。
当該法改正により、相続放棄をした場合の「管理義務」は、相続放棄の時に相続財産を現に占有している者が負うという点が、明確になりました。
そして、この点については、2023年4月1日以降に相続放棄をした場合に、適用されます。
民法改正以前に起きた相続でも適用される?
上記のとおり、改正後の法(新法)が適用されるのが、2023年4月1日以降に相続放棄をした場合ですので、相続自体がその前に発生していたとしても、相続放棄をしたのが同日以降であれば、新法が適用されます。
管理義務のある人が未成年、または認知症などで判断能力に欠ける場合
相続放棄を単独でするには、判断能力を備えている必要がありますので、判断能力を備えていない者についての相続放棄は、法定代理人・後見人等が行います。
そのため、管理義務を負うのが、未成年者であったり、認知症などにより判断能力に欠ける者である場合は、それらの者の法定代理人や後見人が、本人に代わって管理義務を負うこととなると考えられます。
管理義務のある人が亡くなった場合
相続財産の管理義務を負う者が亡くなるということも、考えられます。
この場合でも、相続財産の管理義務を負うのは、「相続の放棄をした者」であるところ、管理義務を負う者は、これに当たりません。
そのため、管理義務を負う者が亡くなったとしても、その者の相続人が管理義務を相続するわけではありません。
遺産の管理をしたくないなら相続財産管理人を選任しましょう
以上のように、相続放棄をしたとしても、すぐに相続財産に関する責任から解放されるわけではありません。
それでは、相続財産の管理をせずに済む方法はないのでしょうか。
以下では、相続財産清算人(旧:相続財産管理人)について、解説していきます。
相続財産清算人(旧:相続財産清算人)とは
「相続財産管理人」は、民法改正により「相続財産清算人」に名称が変わりました。
相続財産清算人は、相続人に代わり、相続財産の調査や管理などの役割を担う者をいいます。
一般的に、相続人がいない場合などによく選任されます。
また、弁護士などの専門家が選任されることも多いです。
職務内容としては、相続財産の管理や換価などが挙げられます。
選任に必要な費用
相続財産清算人の選任申立てには、800円分の収入印紙、郵便切手数千円、予納金が必要です。
予納金については、相続財産の中から返還されますが、もし相続財産が少額の場合には、返還を受けられず、自己負担となります。
選任の申立・費用の負担は誰がする?
相続財産清算人の選任申立ては、利害関係人または検察官が行います。
「利害関係人」の典型例は、相続放棄をした者です。
必要な費用については、上記のとおりです。
相続財産管理人の選任方法
まず、亡くなった方の住所地を管轄する家庭裁判所に対し、選任の申立てを行います。
申し立てがあると、家庭裁判所は、審理を行い、相続財産の内容や被相続人との関係等を考慮し、相続財産清算人を選任します(選任しないこともあります。)。
相続財産清算人に選任されるために必要な資格等は特にありませんが、弁護士、司法書士などの専門家が選任されることが多いです。
相続放棄をした財産に価値がない場合、相続財産管理人が選任されないことがある
まず、相続放棄をした場合であっても、それだけで、相続財産清算人選任の申立てをする法的義務があるわけではありません。
そして、相続財産があまりなく、家庭裁判所に予納金を支払っても相続財産から返還を受けることが期待できないような場合は、相続財産清算人が選任されないことがあります。
相続に強い弁護士があなたをフルサポートいたします
管理義務に関するQ&A
相続放棄した土地に建つ家がぼろぼろで崩れそうです。自治体からは解体を求められていますが、せっかく相続放棄したのにお金がかかるなんて…。 どうしたらいいですか?
相続放棄をしたとしても、「相続を承認」したとみられる行為をすれば、相続放棄が無効になることがあります。
ご質問にある、家を解体するというのは、財産を処分する行為として、法律上「処分行為」に当たると考えられます。
そうすると、相続放棄をしていても、それが無効となってしまう可能性があります。
そうすると、家の解体はすべきではないといえます。
一方で、家を放置した結果、家が倒壊し、隣地の住人に損害が発生するといった事態も想定できます。
そこで、これまでご説明した、相続財産清算人の選任の申立てを行うことが考えられます。
相続財産清算人については、上記でご説明したとおりです。
全員相続放棄しました。管理義務があるなんて誰も知らなかったのですが、この場合の管理義務は誰にあるのでしょうか?
全員が相続放棄をすれば、誰も管理義務を負わなくなるのではないかとも思われますが、そうではありません。
全員が相続放棄をした場合については、相続財産を現に占有していた者の中で、最後に相続放棄をした者が管理義務を負います。
そのため、早いうちに相続放棄をする必要があると言えるでしょう。
相続放棄したので管理をお願いしたいと叔父に伝えたところ、「自分も相続放棄するので管理はしない」と言われてしまいました。私が管理しなければならないのでしょうか?
上記のとおり、全員が相続放棄をした場合については、相続財産を現に占有していた者の中で、最後に相続放棄をした者が管理義務を負います。
そのため、仮に叔父からこのように言われていたとしても、叔父が相続財産を現に占有しているのであれば、叔父が管理義務を負うこととなります。
もっとも、叔父が相続財産を占有しておらず、引渡しも受けていない中で相続放棄をしたのであれば、叔父は相続財産について管理義務を負わないため、引き続き相談者が管理義務を負います。
相続放棄したのに固定資産税の通知が届きました。相続しないのだから、払わなくても良いですよね?
固定資産税の納付に関しては、固定資産税の徴収において、どの者を課税者としているかを知っておく必要があります。
固定資産税については、基準日に登記簿等に登録されていた者を所有者として扱っています。
そのため、当該時点において登記簿等に登録されていれば、相続放棄をしたとしても、固定資産税の納税通知が届くこととなります。
固定資産税の支払いを免れるためには、相続放棄の事実を証する書面を役所に提出しましょう。
相続放棄後の管理義務についての不安は弁護士へご相談ください
相続財産の管理義務について理解している方は少ないのではないかと思います。
実際、これまでご説明したとおり、難しい点が多く、対応は容易ではありません。
また、場合によっては、多額の損害賠償義務を負ってしまう可能性があるため、それを回避するために、相続財産の管理義務に関する問題については、対応をする必要があります。
相続は、皆さんが直面する問題である一方で、上記のとおり管理義務については、複雑で対応が容易でない面がありますので、お早めに、専門家である弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)