監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
車社会において、交通事故の発生は避けて通れないことです。
しかし、ひとたび人身事故が起こると、けがのためにしばらく働けなかったり、そうでなくても治療費が必要になっていきます。
交通事故は、加害者による不法行為(民法第709条)ですので、被害者は、加害者に対して、必要な賠償を請求することができます。
しかし、加害者に十分な資力がない場合、いくら損害賠償請求権があるといっても、被害者は、損害を回復させることができません。
そのため、自賠責保険という強制加入の保険が存在しており、被害者は、自賠責保険会社から最低限の救済を受けられるようになっています。
ここでは、被害者が自賠責保険会社に行う「被害者請求」と呼ばれる手続きについて、ご説明をいたします。
目次
交通事故の被害者請求とは
被害者請求というのは、交通事故の被害者が加害者の自賠責保険会社に対し、被害者自らが直接損害賠償額の請求を行うことをいいます。
後述のとおり、加害者が自賠責保険会社に請求することも可能ですが、加害者の請求がなければ、被害者が自賠責保険会社から賠償を得られないとすれば、被害者救済のための制度として十分に機能しません。
そのため、法は、被害者にも加害者の自賠責保険会社に直接請求できることを認めています。
なお、被害者請求は、自動車損害賠償保障法第16条に根拠があることから、「16条請求」ともいいます。ここでは「被害者請求」に統一して表記します。
加害者請求との違い
被害者が加害者の自賠責保険会社に請求することを「被害者請求」というのに対し、加害者が、自賠責保険会社に請求することを「加害者請求」といいます。
そもそも、自賠責保険は、交通事故の被害者を救済するための制度ですので、加害者が受け取った保険金を被害者のために充てる制度でなければなりません。
そのため、加害者請求を行うには、先に、被害者に損害賠償をする必要があるとされています。もう少し厳密にいうと、加害者は、被害者に対して支払った損害賠償額を限度として保険金の請求が可能とされています。
交通事故で被害者請求できるもの
自賠責保険から支払いがなされる損害の対象には以下のものがあります。
なお、後遺障害慰謝料及び後遺障害逸失利益は後遺障害が認定された場合に、死亡慰謝料、死亡逸失利益及び葬儀費は被害者が交通事故により亡くなった場合に支払いがなされます。
| 損害賠償項目 | 内容 |
|---|---|
| 治療費関係 | 治療費、付添看護費、交通費など |
| 文書料 | 交通事故証明書、印鑑登録証明書、住民票などの発行手数料 |
| 休業損害 | 事故による傷害のために発生した収入の減少 |
| 入通院慰謝料 | 事故による怪我で入院・通院しなければならなくなった精神的・肉体的苦痛による補償 |
| 後遺障害慰謝料 | 事故により後遺障害が残ったことによる精神的・肉体的苦痛に対する補償 |
| 後遺障害逸失利益 | 後遺障害の影響により将来的な収入が減ったことによる補償 |
| 死亡慰謝料 | 事故により死亡したことによる精神的・肉体的苦痛に対する補償 |
| 死亡逸失利益 | 本人が生きていれば得られた収入から本人の生活費を控除したもの |
| 葬儀費 | 通夜、祭壇、火葬、埋葬、墓石に要する費用 |
請求できる保険金の上限額
自賠責保険では、保険金(賠償金)の上限が定められています(具体的な上限は、以下のとおりです。)。
例えば、傷害部分では120万円が上限となっており、いくら交通事故によって、これを超える損害が発生していたとしても、120万円以上の保険金(賠償金)は支払われません。
| 傷害部分 (治療費、入通院慰謝料、休業損害など) |
120万円 |
|---|---|
| 後遺障害部分 (後遺障害慰謝料、逸失利益など) |
後遺障害等級に 応じて75万~4000万円 |
| 被害者が死亡した場合 (死亡慰謝料・逸失利益など) |
3000万円 |
被害者請求のメリット
①示談を待たずに賠償金がもらえる
通常、事故の加害者から賠償金を得るためには、先に示談をする必要があります。
示談成立のためには、資料収集をし、その後加害者と協議、合意という過程を経る必要がありますので、賠償金を得るためには、どうしても時間がかかります。
一方で、被害者請求は、一定の資料を集める必要があるものの、加害者との示談をすることなく、自賠責の基準に沿った賠償を得ることが可能です。
一般には、加害者と示談をするよりも、必要な資料を集めて自賠責保険会社に請求する方が早いことが多いですから、示談よりも早く賠償金を得られることが被害者請求のメリットの一つです。
②後遺障害等級の認定に有利
後遺障害等級の申請は、加害者側からでも行うことができます。
しかし、加害者が、積極的に被害者のために動くとは考え難いため、十分な資料等を収集せずに後遺障害申請をする可能性が高いと考えられます。
被害者請求では、被害者が自分自身のために後遺障害の申請を行いますので、自分の状態に合わせて必要な資料の収集等を行うことができます。
後遺障害等級認定の結果にどこまで影響を及ぼすのかは不明なところがありますが、被害者請求の方が後遺障害等級の認定には有利であると考えられます。
被害者請求のデメリット
手続きが煩雑
被害者請求を行うためには、交通事故証明書、医師の診断書などの必要資料を収集しなければなりません。
状況によって必要となる資料も異なりますが、交通事故に何度も遭う方は少ないでしょうから、不慣れな資料収集等をして対応をしなければなりません。
けがの痛みがある中で行わなければなりませんから、普段よりも、一層負担は大きいでしょう。このような手続きの煩雑性が被害者請求のデメリットの一つといえます。
被害者請求をした方がいいケース
加害者が任意保険に未加入の場合
多くの場合、加害者は、強制加入の自賠責保険のみならず、任意保険にも加入しています。しかし、中には任意保険に加入していない方もいます。
任意保険に加入していない理由は様々でしょうが、主な理由として考えられるのは資力の問題です。つまり、保険料の負担が厳しいことから、任意保険に加入していないことが想定されます。
この場合、被害者は、加害者から賠償金を得ることは容易ではありません。
そのため、最低限の補償を受けるためにも、被害者請求を行うべきといえます。
示談交渉が長引く可能性がある場合
上述のとおり、示談をするよりも、被害者請求の方が早く賠償金を得ることができます。
通常、事故に遭うと、休業を余儀なくされたり、そうでなくても通院の負担が生じます。
そのため、被害者にとって、賠償金が得られない状況が続くのは辛いことでしょう。
被害者請求をすれば、通常、一定の賠償金を得ることができます。
そのため、示談交渉が長引く可能性が高い場合には、被害者請求を考えても良いでしょう。
後遺障害等級認定の申請をする場合
後遺障害等級認定の申請をする場合には、被害者請求を考えるべきです。
上記でも述べましたが、加害者請求と比較すると、被害者請求の方が適切な資料を基に後遺障害等級認定の審査を受けることができるためです。
そのため、治療を受けてもなお症状が残存し、後遺障害等級の申請を考える場合には、後遺障害に関する被害者請求をした方が良いといえます。
被害者の過失割合が大きい場合
被害者にも過失がある場合、過失相殺が行われます。
例えば、加害者の過失が70、被害者の過失が30とします。
この場合、被害者は、過失相殺によって、加害者に対して、損害額全体のうち7割しか請求できません。
しかし、自賠責保険では特殊なルールが取られており、被害者の過失が7割未満であれば、過失がない場合と同様の損害賠償額を得ることができます。
被害者の過失が大きい場合には、加害者からの賠償金よりも、自賠責保険の賠償金の方が高くなることがあります。
この場合、自賠責保険から賠償金を得た方が有利になりますので、被害者請求をした方が良いと考えられます。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
被害者請求の手続き方法・流れ
被害者請求の流れは、概要は以下のとおりです。
まず、必要な資料(具体的な内容は後述)を収集します。
その後、加害者の自賠責保険会社に、その資料を提出して、申請を行います。
その後、自賠責保険会社は、請求書類に不備がないかを確認し、損害保険料率算出機構の自賠責損害調査事務所に送付します。
損害保険料率算出機構では、損害の調査を行い、賠償の可否やその金額を判断します。
そして、損害保険料率算出機構は、自賠責保険会社に結果を報告し、自賠責保険会社は、その結果に基づいて被害者に損害賠償額を支払います。
被害者請求に必要な書類
被害者請求に必要な資料は、損害の種類(傷害、後遺障害、死亡)によって異なります。
共通して必要となるのは、以下のものがあります。
- 保険金(共済金)・損害賠償額・仮渡金支払請求書
- 交通事故証明書(人身事故)
- 事故発生状況報告書
- 診断書(死亡の場合には、死体検案書(死亡診断書))
- 診療報酬明細書
- 印鑑登録証明書
そのほか、状況によって、通院交通費明細書(通院に交通費が必要になった場合)、休業損害証明書(休業をしていた場合)といったものが必要となります。
また、後遺障害の申請を考える場合には、後遺障害診断書が必要となります。
支払われるまでの期間はどれくらい?
傷害部分の請求のみであれば、通常、必要書類を提出してから概ね1か月程度の期間で支払いがなされます。
また、後遺障害部分の請求をするためには、後遺障害等級の認定が必要となりますので、必要書類を提出してから、通常、2~3か月程度の期間が必要となります(状況によって、短くなることも、長くなることもあります。)。
もちろん、申請に不備がある場合や、必要書類に不足がある場合、追加の資料収集等が必要となり、その分、支払いがなされるまでの期間も延びます。
支払い時期を考えても適切に申請することが大切です。
加害者の保険会社がわからない場合
通常、交通事故が発生した場合には、警察に届け出ますが、そうすると、自動車安全運転センター発行の交通事故証明書を取得することができます。
この交通事故証明書には、当事者の自賠責保険会社の記載がありますので、交通事故証明書を取得することで、加害者の自賠責保険会社を特定することが可能です。
交通事故証明書は、被害者請求をするためにも必要な書類ですので、早めに取得をしておくのが良いでしょう。
被害者請求には時効がある
自賠責保険会社への請求にも時効があります。
時効は、権利を行使することができるときから3年です。
例えば、傷害部分の時効は、通常、事故日から3年、後遺障害部分であれば症状固定日から3年となります。また、死亡部分の時効は、死亡時点から3年です。
時効が成立すると、自賠責保険から賠償を得られなくなりますので、時効を迎える前に、必要な請求をする必要があります。
また、時効が完成しそうなときは、時効期間の延長(更新)をすることも可能です。
申請が間に合わない場合には、時効の更新手続きを取ることを考えましょう。
なお、民法改正によって、人の生命又は身体を害する不法行為の時効は5年に延長されました(改正前は3年でした。)。
しかし、民法改正後も、自賠責保険の時効は3年のままです。
民法の時効とは異なる期間が定められていますので、ご注意ください。
被害者請求を弁護士に依頼するメリット
①必要書類を自分で集める手間が省ける
上述のとおり、被害者請求をするためには、必要書類の取得が必要となります。
中には、弁護士では取得ができないものもありますが、多くの資料は弁護士においても取得をすることが可能です。また、交通事故に精通している弁護士であれば、状況に応じて必要な資料を把握しているでしょう。
そのため、弁護士に依頼をした場合、資料収集に関する手間が省けることになります。
繰り返しになりますが、交通事故でけがを負っている中で必要資料を収集することは容易ではありません。資料取得の手間が省けるということは、被害者にとって大きなメリットであるといえます。
②後遺障害等級認定の可能性が高まる
けがの内容によって、想定される後遺障害等級は異なりますが、弁護士に依頼をした場合、想定される後遺障害等級に応じた対応が可能となります。
また、弁護士は、法的な観点から、後遺障害に関する意見書を作成することも可能です。
適切な資料、意見がなければ後遺障害等級が認定される可能性が下がるでしょうから、弁護士に依頼することで後遺障害等級認定の可能性が高まると考えられます。
③示談交渉を任せられる
交通事故に関して、弁護士に依頼する場合は、被害者請求のみならず、交通事故全般を依頼することになります。
これは、加害者又は加害者加入の任意保険会社との交渉を含みますので、弁護士への依頼することによって示談交渉を任せることも可能です。
損害賠償に関する交渉は、日常で経験することがないでしょう。
弁護士は、専門家として、法的紛争を取り扱っていますから、弁護士に示談交渉を任せることができる点は大きなメリットといえます。
交通事故の被害者請求は弁護士にお任せください
ここでは、被害者請求に関することを説明いたしました。
しかし、実際に被害者請求を行うべきか否か、被害者請求をするとして、どのような手続きを選択するかは、個々の状況を踏まえて判断する必要があります。
何度も交通事故に遭っているような場合でなければ、交通事故に関する十分な知識がなく、適切な対応を判断することは困難と思われます。
被害者請求も含め、交通事故でお困りのことがあれば、ぜひ、専門家である弁護士にご相談ください。

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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)
