監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
交通事故で後遺障害が残った場合、精神的損害に対する賠償金である「慰謝料」の他に、将来稼げるはずであった減収分に相当する「逸失利益」を請求することができます。 算定方法によっては金額が大きく変動する項目なので、大まかなことは知っておくと安心です。
目次
後遺障害逸失利益とは
交通事故が原因で後遺障害が残った場合、仕事や日常生活に様々な支障が出てきます。その支障が労働能力が喪失したからと捉え、労働能力の喪失の結果、被害者が将来得られたであろう収入を失ったことによる損害を指して、後遺障害逸失利益といいます。
後遺障害逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益は、交通事故前の収入又は収入とみなされる額(基礎収入)に、後遺障害による労働能力の喪失した割合(労働能力喪失率)と、労働能力喪失期間に対応した中間利息を控除して現在価値に修正するための係数(ライプニッツ係数)を乗じて求めることができます。
計算式にすると、
後遺障害逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
となります。
各項目については、後ほど見ていきましょう。
基礎収入の算出方法
基礎収入とは、年間にどれくらいの収入を得られたのかを言います。
原則として、被害者が交通事故に遭う前の収入を基準にしています。ただし、現実的には収入のない主婦(主夫)や学生でも認められることが多く、その場合には前年度の収入を観念できないため、賃金センサスによる平均賃金を基準とすることもあります。
また、年金や家賃収入、株式の配当等の不労所得に当たるものについては、後遺障害の影響(減収)を受けないため、基礎収入には含まれません。
給与所得者(会社員など)
原則として、交通事故の前の現実収入(賞与等を含む)を基準とします。
一般的には、交通事故の前年度の源泉徴収票に記載してある金額を基礎収入として計算します。
個人事業主(自営業など)
原則として、交通事故の前の申告所得を基準とします。
一般的には、交通事故の前年度の確定申告に記載のある所得金額に青色申告特別控除等現実に支出していない金額を加えた額を基礎収入として計算します。
会社役員
原則として、会社から受け取る役員報酬のうち、利益配当部分(実際に働いたかどうかで金額が変わらない部分)については基礎収入に当たらないとされています。
実際の労働状況から、役員報酬のうち労務の対価に当たると認められる部分があることを証明できる場合には、この労務対価部分のみを基礎収入とすることができます。
家事従事者(主婦・主夫など)
原則として、賃金センサスによる女性労働者の全年齢平均賃金を基準とします。現実収入がなくても、家事労働は金銭的に評価できるものとして、経済的利益の損失が認められるからです。現実収入という基準がないので算定不能かとも思われますが、家事労働という労働内容から、「主夫」であっても、女性労働者の全年齢平均賃金を基準とします。
兼業主婦(主夫)等、現実収入がある場合には、パート収入等算定可能な基準を用いることが多いです。
なお、一人暮らしの家事労働については、原則として逸失利益は認められません。そのため、家事労働についての逸失利益を求める場合には、住民票や自認書等、同居家族がいることの証明が必要です。
無職
現実に被害者の収入が減少していないため、原則として、後遺障害逸失利益は存在しません。
しかし、被害者に労働意欲や労働能力があり(休職中等)、将来的に就労する蓋然性を証明できる場合には、就労後の収入や交通事故前に就労していたときの収入を参考に基礎収入を計算します。
学生
原則として、賃金センサスによる男女別全年齢平均賃金を基準とします。現在時点では現実収入がなくても、将来的に就労する可能性が高いと認められるからです。
大学生や、大学進学の可能性が見込まれる場合には、賃金センサスによる大卒の男女別全年齢平均賃金を基礎収入とすることがあります。
高齢者
有職者か無職者かによって変わります。
有職者の場合は、上記のとおり計算します。
無職者である場合には、労働意欲や労働能力があり、将来的に就労する蓋然性を証明できる場合には、賃金センサスによる男女別年齢別平均賃金を基礎収入とすることがあります。
幼児・児童
原則的には、学生と同じです。
しかし、女子については、出産や育児による離職等を要因とする男女間の賃金格差を適用されるいわれはないため、全年齢平均賃金で計算することもあります。
労働能力喪失率
労働能力喪失率とは、後遺障害により労働能力が喪失した割合のことです。
原則として、労働能力喪失率表(自動車損害賠償保障法)に基づいて、後遺障害逸失利益を計算することになる。
被害者の年齢・性別・後遺障害の部位・職務内容等によって、実際に被害者の労働能力がどれほど喪失したか異なるため、被害者それぞれの事情を考慮して最終的な労働能力喪失率を決めることになります。
また、同じ等級内でも、号数によって労働能力がどれほど喪失したかが異なり、いくつかの等級が併合している場合にも異なるため、後遺障害等級に応じて定められた労働能力喪失率よりも低い割合で計算されることもあります。
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
第1級~第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
労働能力喪失期間の算出方法
労働能力喪失期間とは、後遺障害によって労働能力が喪失してしまうと考えられる期間のことをいいます。
原則として、労働能力喪失期間の始期を症状固定日、労働能力喪失期間の終期を67歳としています。後遺障害の程度によっては、労働能力喪失期間の終期を67歳よりも短い期間で計算することもあります。
幼児~高校生
始期は18歳、終期は67歳とすることが多いです。
交通事故時に将来的に大学進学が見込まれる場合には、始期を22歳(医学部等卒業年によっては異なる)、終期を67歳とする場合もあります。
大学生
始期を22歳(医学部等卒業年によっては異なる)、終期を67歳とする場合もあります。
会社員
症状固定時の年齢から67歳までの年数を労働能力喪失期間とします。
高齢者
68歳以上である場合は、簡易生命表(厚生労働省作成)による平均余命の2分の1の年数を労働能力喪失期間とします。
67歳以下の場合は、症状固定時の年齢から67歳までの年数と、平均余命の2分の1の年数のどちらか長い方を労働能力喪失期間とします。
中間利息の控除
中間利息の控除とは、将来受け取る予定だった収入を現在の価値に修正することです。
後遺障害逸失利益は、将来数年~数十年かけて受け取るはずだった収入を、一括で受け取ることになります。そうすると、預金等した場合に利息が付き、将来受け取る予定だった収入を上回る額を受け取ることになってしまいます。これを修正し、過剰な賠償請求にならないようにするために調整するのが、中間利息の控除です。
ライプニッツ係数
ライプニッツ係数とは、中間利息を控除するために用いられる、労働能力喪失期間に対応した係数のことです。
令和2年4月1日より前に発生した事故の場合は、改正前の民法の法定利率5%が適用されます。令和2年4月1日以降に発生した事故の場合は、法定利率の3%を用います。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
後遺障害逸失利益の計算例
16歳の高校生 後遺障害等級8級に該当した場合
16歳の男子高校生(1年生または2年生)・大学進学予定なしの場合
基礎収入は賃金センサスによる男性全年齢平均賃金、労働能力喪失率は表の後遺障害等級第8級の値に基づき45%、労働能力喪失期間は高校卒業時の18歳~67歳の47年間で計算します。
(基礎収入)545万9500円
(労働能力喪失率)45%
(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)24.038(47年間+2年の無収入期間)
545万9500円×45%×24.038=5905万5957円
50歳の公務員 後遺障害等級12級に該当した場合
50歳の男性公務員・年収600万円の場合基礎収入は前年度の源泉徴収票記載の収入金額(今回の例では600万円)、労働能力喪失率は表の後遺障害等級第12級の値に基づき14%、労働能力喪失期間は50歳~67歳の17年間で計算します。
(基礎収入)600万円
(労働能力喪失率)14%
(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)13.1661(17年間)
600万円×14%×13.1661=1105万9524円
※会社員は上記の計算になることが多いですが、公務員は会社員より身分保障が手厚い場合が多いので、定年までは労働能力喪失率を低くし、定年後は通常通りとする場合があります。
30歳の主婦 後遺障害等級14級に該当した場合
基礎収入は賃金センサスによる女性労働者の全年齢平均賃金、労働能力喪失率は表の後遺障害等級第14級の5%、労働能力喪失期間は30歳~67歳の37年間で計算します。
(基礎収入)381万9200円
(労働能力喪失率)5%
(労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数)22.167(37年間)
381万9200円×5%×22.167=423万3010円
むち打ち等の場合には、労働能力喪失期間を5年で計算するため、
381万9200円×5%×4.580=87万4597円
となります。
後遺障害逸失利益を増額させるポイント
後遺障害等級が上級であるほど労働能力喪失率が高くなり、現実の収入に近づくことになるので、適切でない場合には異議申立てをしましょう。ただし、後遺障害の等級認定の基準にのっとって判断されるため、基準に該当しない場合には異議申立てをしても等級は上がりません。
基礎収入は、これまで見てきたとおり、職業や年齢で計算方法が異なるため、適切な計算方法で算出されたものでない場合は、交渉すべきです。
労働能力喪失率についても、これまで見てきたとおり、個々の事情によっては定められた労働能力喪失率どおりにならないこともあるので、十分に精査して交渉すべきです。
減収がない場合の後遺障害逸失利益
原則として、減収がない場合には後遺障害逸失利益は認められません。ただし、どのような場合でも認められないとすると、妥当な結果とならない場合があるため、例外的に「特段の事情」がある場合には、後遺障害逸失利益が認められます。
被害者自身の努力によって減収が生じていない場合や、勤務先の配慮によって減収が生じていない場合は、特段の事情がある者として、後遺障害逸失利益が認められます。
後遺障害逸失利益に関する解決事例・裁判例
耳鳴りなどの症状から後遺障害等級12級相当の認定が受けられ、後遺障害逸失利益などの増額に成功した事例
依頼者は頸椎捻挫、腰椎捻挫、両耳鳴りの症状が生じ、約8か月間の通院治療を受けることとなりました。
担当弁護士は、依頼者が症状固定を迎えた後、後遺障害等級認定申請を行った結果、両耳鳴症につき、後遺障害等級12級相当の認定を受けました。
12級相当の認定を受けたため、それを前提に相手方と賠償額の交渉に臨んだところ、相手方は、両耳鳴症は事故直後に発症した症状ではない等と主張し、頚椎捻挫、腰椎捻挫のむち打ち症相当の14級相当として、後遺障害逸失利益について労働能力喪失率は5%、労働能力喪失期間は3年と、非常に低水準といえる回答をしてきました。
担当弁護士は、医療記録等の精査や、依頼者の本件事故前後の稼働内容を整理して主張立証を行った結果、当方主張に近い内容で和解が成立しました。
弁護士が介入したことで学生の後遺障害逸失利益と後遺障害等級14級9号が認められた事例
自転車対車の事故で、依頼者は頚椎捻挫、腰椎捻挫、左上腕骨近位不全骨折等と診断され、延長交渉を行いながら約8か月間の通院治療を受けることになりました。
肩の痛みや可動域制限、首や腰の痛みが残存したため後遺障害申請を行いましたが、自賠責からは後遺障害非該当との回答が返ってきたため、異議申立てをすることにしました。異議申立てに当たっては、カルテの記載や事故当時の状況から後遺障害に認定されるべきことを積極的に主張した結果、肩と腰の痛みの症状につき後遺障害14級9号が認定されました。
示談交渉においては、依頼者が症状固定時高校2年生であること等から、逸失利益の発生は認められないとの反論もありましたが、高校在学時にはアルバイトで月数万円の収入があったことから逸失利益は発生し、卒業後は進学せず働く可能性もある以上当然逸失利益は発生すると主張して請求を行ったところ、請求通りの後遺障害逸失利益が認められました。
後遺障害逸失利益は弁護士に依頼することで増額できる可能性があります
後遺障害逸失利益は、将来の生活を補償するための大切な賠償金の一つです。被害者請求で適切な後遺障害等級の認定を受け、基礎収入の計算方法を適切に選ぶことで、増額できる可能性があります。
弁護士は、後遺障害逸失利益の獲得だけでなく、治療中は窓口の交代、交渉に入ってからは全般の賠償金の獲得についても尽力しますので、まずはご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)