監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
遺言書を作成すること自体は、例えば一人の人に全ての財産を相続させるというような簡単な内容であれば、法律家ではない方でも十分に可能です。
しかし、少し複雑な内容の遺言を作るときには、きちんとした知識が必要となります。また、遺言書の作成者が亡くなったときにどのような手続きをしなければならないのかは、実は遺言書の種類によって異なり、相続が完了するために必要な時間も異なります。
また、相続法が改正され、遺言書に関する法律もいくつか改正されたことから、遺言書について、以前にはなかった制度なども生まれています。
ここでは、遺言書に関する基本的なルールや制度をご説明いたします。
目次
遺言書とは
遺言書とは、遺産分けについて、遺言を遺す人の希望を法的に確実なものにするための書面です。もっとも、遺言書としての効力を生じさせるためには、法律の定める要件を満たす必要があり、また、遺言書といえども、その効力には一定の制限があり、たとえ遺言書に書いたとしても実現することのできない事柄もあります。
遺書、エンディングノートとの違い
遺言書と似たようなものに、エンディングノートがあります。もっとも、遺言書とエンディングノートとの間には大きな違いがあります。
端的に言えば、遺言書は「法的書面」、エンディングノートは「メモ書き」です。
もっとも、そうであるからといってエンディングノートは遺言書に劣るというわけではありません。両者の違いはあくまでその目的や用途の違いによるものです。
遺言書は、遺産分けについて、作成者の希望に法的な根拠を与え、強制力を持たせるための書面です。一方でエンディングノートはあくまで「メモ書き」ですから、その記載内容から、家族がご本人の希望を知るための手掛かりとなる可能性はありますが、実際にその希望に家族が従うかどうかは定かではありません。
もっとも、遺言書は書き方などが法律で決められている書面ですから何でも自由にかけるわけではありません。また、気持ちの整理をすること等には使えませんから、そういった面ではエンディングノートは優れているといえます。
遺言書の種類
遺言書には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言などの3種類があります。
もっとも、このうち秘密証書遺言はほとんど使われることがありません。実際に作成されるのは自筆証書遺言と公正証書遺言です。
このうち、遺言をする人が手書きで作成するのが自筆証書遺言であり、公証人というプロの公務員が作成するのが公正証書遺言です。
一般に安全で確実な遺言をするには公正証書遺言で遺言をするべきだといわれています。
また、遺産を受け取る側の視点から見ても、自筆証書遺言によって相続手続きをするには裁判所で「検認」という手続きを行わなければならず、時間と手間がかかる上、裁判所にも出頭しなければなりませんが、公正証書遺言であればこの検認手続きは不要となります。
遺言書の保管場所
自筆証書遺言の場合、多くは自宅、それも権利証等の大切な書類の保管場所であったり金庫の中等に保管されていたりすることが多いです。自宅以外では銀行の貸金庫なども保管場所としては多いといえます。
また、新たに、法律によって法務局に自筆証書遺言を預けることも可能となりました。
一方で公正証書遺言の場合、作成した公正役場で遺言書の原本が保管されますが、法律的に効力のある遺言書の写しが遺言を作成した方にも交付されるため、この写しは、自筆証書遺言と同じ、自宅や銀行の貸金庫に保管されていることが多いです。
遺言書はその場で開封しないようにしましょう
自宅で、封のされている封筒に入っている自筆証書遺言を見つけた場合、その封筒の開封は裁判所の「検認」の手続きで行うことが必要です。自筆証書遺言を見つけたからといって、その場で開封してはいけないというのが法律の決まりとなっています。 これに違反すると過料の制裁を受ける恐れがありますので十分に注意が必要です。
開封には検認の申立てが必要
自筆証書遺言で、かつ、法務局での保管制度を利用していない遺言書については、裁判所による検認の手続きによって遺言書の開封を行う必要があります。
よって、公正証書遺言や、自筆証書遺言でも法務局での保管制度を利用しているものについては、検認の手続きは不要です。
「勝手に開封すると効果がなくなる」は本当か?
よく誤解されているところですが、検認の手続きを経ずに自筆証書遺言を開封してしまったからといって、遺言書そのものが無効となるわけではありません。
依然として中身の遺言書は有効な遺言書ですので大切に保管し、適切に検認等の手続きを行うようにしましょう。
知らずに開けてしまった場合の対処法
封筒に遺言書であることが書かれておらず、無地の封筒を空けたら中から遺言書が出てきてしまった場合など、遺言書であることを知ることができずに開けてしまうことも考えられます。
しかし、この場合は、中身が遺言書であることは知ることができなかったわけですから、検認の手続きに違反したとして過料の制裁を受けることはないものといえるでしょう。
一方で、中身が遺言書であることは知っていたが、検認を経ないで遺言書を開封してはいけないことを知らずに開けてしまったというケースも考えられます。この場合、法律を知らなかっただけですので厳密にいえば法律違反であることは変わりません。
しかし、悪質なケースでなければ、実際には過料の制裁を受けずに済むケースもありますし、このように開けてしまったからといって直ちに相続人としての資格を失うわけではありません。このような場合は弁護士や裁判所に適切に相談するようにしましょう。
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遺言書の内容は何よりも優先されるのか
遺言書は、遺言を作成した人の希望に法的な強制力を与えるものですが、一定の限界があります。以下、そのうちのいくつかについてご説明します。
遺言書の内容に相続人全員が反対している場合
遺言書で遺産分けについて決められていたとしても、相続人全員の合意によって、別の分け方を合意した場合は、そちらの方が優先されます。つまり、相続人全員が合意することができるのであれば、で遺産分割協議を新たに行うことによって遺言書の内容を覆すことができるのです。
もっとも、相続人以外の第三者への遺贈(公的機関への寄付(遺贈)や友人・知人への遺贈など)は、相続人全員の合意によっても、(遺留分の範囲を除いては)これを覆すことはできません。
遺言書に遺産分割協議を禁止すると書かれていたら
遺言書によって、遺産の分割を一定期間にわたって禁止することができます。この場合には、相続人は定められた期間においては、遺産を分割することができません。
しかし、この期間は5年を超えることはできないとされていますので、遺言書によっても5年を超える期間、遺産分割を禁止することはできません。
遺言書の内容に納得できない場合(遺留分)
遺言書によっても遺留分の権利を奪うことはできません。
例えば、相続人として、妻、長男、長女の3人がいる場合に、遺言書で第三者に全ての財産を引き継がせるとしたとしても、妻には相続財産の4分の1、長男・長女には各8分の1の金額の遺留分の権利が存在します。
よって、妻、長男及び長女は合わせて相続財産の2分の1にあたる金額を支払うよう、当該第三者に請求することができます。
なお、この遺留分の金額を請求するかどうかは、遺留分の権利がある人の判断に委ねられていますので、遺留分の権利がある人が遺留分の請求をしないという判断をするのであれば、遺言書に欠かれた通りの財産分けを実現することができます。
遺言書の通りに分割したいけれど、反対する相続人がいる場合
遺言書が存在する場合でも、その内容に反対する相続人がいるケースも存在します。 そのような場合には、その遺言書の通りの財産分けを行おうとしても、当該反対している相続人の協力が得られないことによって、財産分けの手続きがスムーズにできないことがあります。 このようなことの無いよう、遺言書で遺言執行者を指定しておいたり、相続開始後に遺言執行者を選任することが考えられます。 遺言執行者は、当該遺産を相続する相続人以外の相続人の協力が得られなくても、遺言執行者の権限で相続手続きを進めていくことができるため、スムーズな手続きが期待できます。
遺言書で指定された財産を受け取りたくない場合
遺言書で指定された財産を受け取りたくない場合、当該財産も含めて全ての財産を相続しないことは可能です。
もっとも、遺言書で指定された財産のうち、一部は受け取りたいが、一部は受け取りたくないということは原則できません。このような場合には相続人全員で遺産分割協議を改めて行って合意をする必要があります。
遺言書が2通出てきた場合
同じ作成者の遺言書が2通出てきた場合、原則として、作成された日付が新しい方が有効となります。
もっとも、遺言書が2通存在するが、それぞれが別々の財産についての分け方を指定していて、お互いに矛盾や重複がない場合は、2通とも有効な遺言書となり得ます。
2通以上の遺言書が出てきた場合、それぞれ相矛盾する内容であるのか、それぞれどこまでが有効なのかについては、難しい判断が必要となる場合もありますので、このような場合は弁護士に相談することをお勧めします。
遺言書にない財産が後から出てきた場合
遺言書による財産分けの指定において、指定から漏れた財産がある場合や、遺言書による指定がない財産が後から見つかった場合、当該財産については、相続人全員による遺産分割協議が必要となります。
全ての相続財産の分け方を決めることは、遺言書を作成する上での義務ではありませんが、指名から漏れた財産があると、遺言書があるのに遺産分割協議をしなければならないこととなってしまうため、うっかり漏れてしまうことの無いように注意する必要があります。
遺産分割協議の後に遺言書が出てきた場合、どうしたらいい?
遺産分割協議の後に遺言書が出てきた場合、原則としては、遺言書が優先します。
4.1において、遺言書がある場合でも、相続人全員が遺産分割協議をして合意をすれば、遺言書の内容を覆すことができることをご説明しましたが、そのような遺産分割協議が有効であるためには、相続人全員が、遺言書が存在していることやその内容をきちんと理解していることを前提に、遺産分割協議を行ったことが必要となります。
遺産分割協議の後に遺言書が出てきた場合、相続人は遺言書の存在を知らずに遺産分割協議を行ったわけですから、このような前提を欠くこととなります。
もっとも、遺言書が出てきた後に、当該遺言書の存在と内容を前提として、改めて相続人全員で遺産分割協議を行い、合意したのであれば、遺言書の内容を覆すことは可能であると考えられます。
遺言書が無効になるケース
先ほどもご説明した通り、遺言書は、作成するにあたり、一定の要件を満たす必要があります。
まず、自筆証書遺言においても、公正証書遺言についても、きちんと遺言書を作ることのできる判断能力がなければなりません。
そのため、遺言書を作成した時点で、認知症により全く判断能力がなかったと認定されれば、遺言書は無効となります。なお、認知症でも遺言を作成することのできる能力が残っていれば、遺言書は有効となりますので、認知症であれば即遺言書が無効となるわけではありません。
また、公正証書遺言の場合は、プロである公証人が判断能力の有無も判断するため、無効となることはほとんどありません。
また、決められた様式を守る必要があるため、作成日の記載がない、署名がない、自筆証書遺言において手書きで書くべき部分をパソコンで作成した場合なども遺言書は無効となってしまいます。
遺言書に関するトラブルは弁護士にご相談ください
遺言書は、簡単な内容であれば、一般の方でも十分に作成が可能ですが、遺言書の作成や、その内容に基づいた財産分けをするにあたっては、様々な法律上のルールがあり、これを踏み外してしまうと、遺言書が無効となったり、思わぬトラブルとなったりする可能性があります。
遺言書は、作る人の全財産にかかわる非常に重要な書面ですので、少しでも心配なことやトラブルがあれば、気軽に弁護士に相談することをお勧めします。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)