監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
亡くなった親族が遺言書を残していたとしても、それが民法の要件を充たしておらず、無効となってしまうケースは少なくありません。一方で、形式上民法の要件を充たしていないように見えても、場合によっては実務上有効と考えられているケースもあります。どのような場合に無効となるかについて、全てが一概に決まっているわけではなく、判断は容易ではありません。
ここでは、遺言書が無効となるケースについて解説します。
目次
遺言書に問題があり、無効になるケース
民法は、遺言書の方式について、記載事項や作成についていくつか規定をしています。このような規定に反した遺言は、原則として無効になると考えられています。例えば、日付や名前が書かれていなかったり、証人の立会いが必要であるにも関わらずその立会いがなかったりした場合が挙げられます。また、遺言書は、遺言者の意思によって書かれなければなりませんので、第三者の意思が介入したような場合にも、原則として無効と考えられています。
日付がない、または日付が特定できない形式で書かれている
遺言書は、日付を記載しなければならないとされています。遺言書作成時の意思能力の有無や、複数の遺言書が存在する場合にどちらが先に書かれたものかの判断のために必要だからです。そのため、「〇月吉日」等、日にちを特定できないような記載の遺言書は、無効と考えられています。一方、具体的な年月日が記載されていなくても、「○月末日」や「70歳の誕生日」等、日にちまで特定可能な記載の仕方であれば、有効と考えられています。
遺言者の署名・押印がない
遺言書は、遺言者の署名・押印がなければならないとされています。そのため、それらを欠く場合は、その遺言書は原則として無効となります。しかし、署名については、本人を特定するのがその趣旨であるため、例えば通称名を記載した場合などには、署名として有効とされています。なお、署名はあるものの押印がない場合も、その遺言書は無効とされます。押印については、法律上特に指定はありありませんが、遺言者の意思を正しく伝えるためにも、実印を用いるのが望ましいでしょう。
内容が不明確
遺言書の内容が不明確な場合でも、遺言者の意思を合理的に探究し、できる限り有効なものとして解釈すべきものとされています。そして、その解釈については、まずは遺言書に記載されている内容から行い、遺言書の記載のみでは解釈が困難な場合には、遺言書の文言を前提にしながら、遺言書の条項と遺言書の全記載との関連、遺言書作成当時の事情及び遺言書の置かれていた状況などを考慮して、遺言書の解釈をするとされています。
訂正の仕方を間違えている
遺言書の訂正の仕方について、民法は、「加変その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない」と規定しています。そのため、例えば、「子のA」の部分に斜線を引き「子のB」と記載したが、そこに訂正印がない場合、その訂正は無効となります。その結果、この場合、元の「子のA」という記載が読めるのであれば、その部分が有効となります。
共同で書かれている
民法は、「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない。」と規定しています。例えば、同じ用紙に夫婦共同で遺言を作成したような場合を指します。このような場合、遺言の撤回が自由にできなくなり、遺言者の最終意思の確保という遺言制度の趣旨に反すると考えられるからです。もっとも、別の用紙で遺言を作成した上でそれをホッチキスで止めるなど、容易に切り離しが可能な状態であれば、その遺言書は有効であると考えられています。
認知症などで、遺言能力がなかった
民法は、「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。」と規定しています。ここでいう「能力」とは、自己の行為の結果を弁識する能力を意味すると解されています。そのため、認知症等でこのような能力を欠いている状態で作成された遺言書は、無効となります。この遺言能力については、医師の医学的判断を尊重しつつ、裁判所の法的判断により決められます。そのため、医師が認知症と判断したとしても、それだけで必ず遺言能力が否定されるわけではありません。
誰かに書かされた可能性がある
遺言書を誰かに脅されて書かされたり、本人が認知症等であることから他人にそそのかされて書かされたりした遺言書は、遺言者本人の意思によらないものであり、無効となります。しかし、このような遺言書であっても、後から、それが遺言者本人の意思ではなかったということを立証するのは容易ではありません。例えば、遺言者が認知症等であったという場合、遺言書が作成された年月日と医師の診断書を照らし合わせるなどして、遺言書が作成された当時に遺言者に判断能力が乏しかったと立証できれば、遺言書は無効となると考えられます。
証人不適格者が立ち会っていた
民法は、未成年者、推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族、公証人の配偶者、四親等内の親族、書記及び使用人については、遺言の証人又は立会人となることができないと規定しています。このような証人不適格者が証人として立ち会って作成された遺言は、公正証書遺言の方式に反することになるため、原則として無効となります。しかし、このような証人不適格者が同席していた場合でも、「立会人」としてではなく、その者によって遺言の内容が左右されたり遺言者が自己の意思に基づいて遺言をすることを妨げられたというような特段の事情がない限り、その遺言書は有効と考えられています。
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遺言書の内容に不満があり、無効にしたい場合
遺言の内容に納得がいかない場合や、無効であると考える場合は、まずは相続人同士の話し合いで解決することが前提となります。話し合いで解決できない場合、「遺言無効の調停」を申し立てることになり、調停でも解決できない場合は、「遺言無効確認訴訟」を提起することになります。例えば、一人に全部相続させる遺言について、他の相続人は、遺留分侵害額請求では、法定相続分の半分しか受け取ることができませんが、遺言の無効が認められれば、法定相続分を受け取ることができます。
遺言無効確認調停
遺言無効確認調停は、まずは話し合いで遺言の無効の主張をすることになります。そして、調停は双方の合意がないと成立しないため、合意に至らない場合は、遺言無効確認訴訟を提起することになります。ただし、調停で解決することが難しいと予想される場合は、調停を省略して訴訟を提起することが可能です。なお、相続の場合は、あらかじめ関係者の意思が概ね明らかになっていることも多く、調停を省略することも多いです。
遺言無効確認訴訟
遺言無効確認訴訟とは、遺言が法的に無効であることを裁判所に認定してもらう手続きです。
遺言無効確認訴訟では、基本的に、遺言の無効を主張する相続人が原告となり、それ以外の相続人や受遺者が被告となります。もし遺言で遺言執行者が指定されていれば、遺言執行者が被告となります。
そして、例えば、遺言無効確認訴訟で「遺言能力があったか」について争う場合は、遺言書が作成された当時の遺言者の認知状況が分かる資料(診断書やカルテなど)を用意することが考えられます。「遺言の自筆性」について争う場合は、遺言者の筆跡がわかる資料(手帳や日記など)を用意し、筆跡鑑定を行うこととなります。
時効は無いけど申し立ては早いほうが良い
遺言無効確認訴訟については、時効はなく、いつまでに提起しなければならないという期限はありません。しかし、遺言書が作成されてから時間が経つにつれて、当時の状況を立証するのは困難となっていきます。そして、当時の状況(遺言者の認知状況や筆跡等)の立証ができない場合は、遺言を無効とすることはできなくなります。そのため、遺言書の有効性を争う場合は、当時の状況を立証できる資料が処分されないうちに、早めに行うべきといえるでしょう。
遺言書を勝手に開けると無効になるというのは本当?
秘密証書遺言と、法務局以外で保管されていた自筆証書遺言は、開封前に家庭裁判所の検認手続きを経る必要があります。検認手続きを行う趣旨は、遺言者が偽造・変造されることの防止であるので、遺言の有効性に影響を与える性質のものではありません。そのため、検認前に開封したとしても、その遺言書が無効になるものではありません。
検認前に開封してしまった場合。そのままの状態で家庭裁判所に提出し、事情を説明して、検認手続きを行うようにしましょう。
遺言書が無効になった裁判例
被相続人は、①平成19年3月に公正証書遺言を、②平成24年9月に自筆証書遺言を、③平成24年10月に公正証書遺言を作成しました。この事案では、②、③の当時、被相続人に遺言能力があったかどうかが争点となりました。裁判所は、被相続人の成年後見開始の審判の際に作成された鑑定書の信用性を認めた上で、遅くとも平成25年時点においては重度のアルツハイマー認知症であり、平成24年6月頃から夜間徘徊を繰り返し、同年3月〜10月にはトイレ以外の場所で排泄するといった行動に及んでおり、②、③の時点では、認知能力が著しく低下していたと判断しました。そして、このことは、③の遺言書作成時に公証人からの問いに的確に回答できていなかったこととも整合すること等から、②、③の遺言書は、被相続人に遺言能力がない状態で作成されたものであり、無効であると判断しました。
遺言書が無効かどうか、不安な方は弁護士にご相談ください
遺言書の無効を主張するには、その遺言が無効であることを立証するための証拠を収集する必要があります。遺言が無効であることを立証するための証拠は、診断書やカルテ、遺言者の手帳や日記を基にした筆跡鑑定などがありますが、簡単に収集できるものではありません。
相続案件を扱っている弁護士は、このような証拠の収集や分析に慣れており、その上で遺言無効に効果的な主張をすることができます。
遺言書が無効ではないかとお考えの方は、一度弁護士にご相談されることをお勧めします。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)