監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
目次
休業損害とは
休業損害とは、交通事故を原因として、仕事を休んだことによって収入が減少したことによる損害です。
一方で、似た用語としまして、休業補償というのがあります。休業補償は、勤務中または通勤中に遭った交通事故が原因で怪我などを負い、仕事を休むことになった労働者に対して支払われる補償です。休業補償は、労災保険から支払われるのに対し、休業損害は、自賠責、任意の保険会社又は加害者から支払いを受けるという点で異なります。
以下では、休業損害について、述べていきます。
休業損害の計算方法
休業損害の計算方法は、自賠責保険による自賠責基準、加害者が加入する保険会社が定める任意保険基準、過去の裁判例をもとにした弁護士基準があります。任意保険基準は、自賠責保険よりも若干高めとなることがありますが、独自で定めた基準であるうえ、内容が公表されていません。そこで、自賠責基準、弁護士基準での休業損害の計算方法について述べていきます。
なお、自賠責基準の場合には、1日6100円(令和2年3月31日以前の事故の場合には5700円)として計算しますが、弁護士基準の場合、1日当たりの休業損害額については手取り額ではなく、給与合計額をもとに計算します。
自賠責基準での計算
自賠責基準の休業損害は
6100円×休業日数
です。
収入の減少が6100円を超えることの立証ができる場合には、日額最大1万9000円を限度として支払いがされます。休業により収入の減少があった場合に限らず、有給休暇を取得して休業した場合も休業日数に含まれます。
なお、自賠責から支払われる金額は、傷害部分の損害として120万円までという制約がありますので、上記計算式で算出される金額の満額が支払われるとは限りません。
弁護士(裁判)基準での計算
弁護士基準の休業損害は、
日額基礎収入額×休業日数
です。
自賠責基準では、日額6100円となりますが、弁護士基準では被害者の職業や収入に応じた基礎収入額をもとに休業損害を算出します。また、自賠責基準と異なり、支給額の上限も定められていません。
基礎収入について
休業損害の請求をする際、弁護士基準では、上記のとおり、基礎収入額をもとに損害額の計算をします。つまり、基礎収入額の算定が重要となってきます。
勤務先に、休業損害証明書という書類の記載をしてもらい、当該書類に記載の過去3か月分の給与をもとに、1日当たりの基礎収入額を計算します。一方で、休業損害証明書の取得ができないような職種、例えば、自営業者の方や主婦の方などの場合には、別の計算方法によります。
以下では、基礎収入の算定の仕方について説明していきます。
給与所得者
給与所得者の場合には、休業損害証明書をもとに基礎収入を算出します。
事故前3か月の収入が75万円だった場合、
75万円÷90日=日額8333円
が基礎収入となります。
弁護士基準として算出する場合、90日ではなく、実際に稼働した日数をもとに日額の基礎収入を計算します。この場合、上記計算よりも請求額が高くなります。
なお、給与の変動が大きい場合、過去3か月の平均価格をもとに算定しますし、変動して増額するのであれば、就労時の契約書等などの根拠資料をもとに増額することを立証していく必要があります。
自営業者
自営業者の場合、給与所得者のように休業損害証明書が作成されません。そのため、自営業者の方が休業損害を請求する場合、別途資料を要します。事故前年の所得税確定申告所得によって、収入を認定し、日額を計算します。固定費については、控除せずに基礎収入を計算します。
事故前年の所得が合計500万円だった場合、
500万円÷365日=日額1万3699万円
となります。
なお、申告所得額が過少となり、事故前に相当上回る収入を得ているものの、実所得額を確定する証拠が不十分な場合には、賃金センサスを用いて基礎収入を認定することもあります。
専業主婦(夫)と兼業主婦
専業主婦の場合、家事労働を経済的に評価し、
事故前年の女子の平均賃金÷365日
で算出された金額が基礎収入となります。ただし、事故時から日数が経過していくにつれて症状が回復していき、家事労働への支障も徐々に緩和していくことも考えられますので、家事労働への影響を、事故時から最初の3か月を100%、次の60日を50%、残りの90日を30%と計算する方法もあります。
兼業主婦の場合、主婦としての休業損害又は実収入をもとに計算することが出来ます。平均賃金で計算した場合よりもパート収入で得た実年収の方が高額である場合には、パート収入で得た実年収を基礎収入として計算します。
実年収が算定できない場合には、賃金センサスをもとの基礎収入を算定します。これは、下記のURLに掲載のように、年齢、性別、学歴などにより、平均的賃金を掲載した表をもとに算出します。
会社役員
会社役員の場合、役員報酬は、労務提供の対価部分と利益配当の実質をもつ部分とに分けられますが、休業損害の基礎収入は、労務提供の対価部分をもとに算出します。利益配当部分については、休業損害の算出に当たって考慮されません。
無職(失業中)
休業損害は、交通事故を原因として休業して損害が生じた場合に認められる項目です。そのため、無職・失業中の場合には、交通事故を原因として損害が生じたと言えませんので、休業損害は認められません。もっとも、事故前に就職先が決定している場合、被害者の就労の能力・就労の意思・就労の蓋然性が認められる場合には、賃金センサスや失業前の収入額を基礎収入として休業損害を請求できる可能性があります。
休業損害の計算時に用いる稼働日数とは?
稼働日数は、実際に労働した日数のことです。
休業損害は、基礎収入額と休業日数をもとに算出しますが、弁護士基準では、基礎収入額を事故前3か月の給与合計額を当該期間の実稼働日数で算出します。
有給休暇を取得した場合、実際に仕事をしているのでありませんが、稼働日数は、給与が発生する対象となる日ですので、基礎収入額の計算のうえでも、実稼働日数に、有給取得日も含めて計算します。
遅刻・早退した日がある場合、遅刻・早退した日の勤務時間の合計時間を1日あたりの勤務時間で割って出た日数を稼働日数として計算に加えます。
休業日数の算定
休業日数とは、事故による傷病のために仕事を休む必要があると認められる日数です。ただし、休んだ時期、傷病の内容、治療経過などから、総合的に判断されます。そのため、実際に休んだ日数全てが休業日数として認められるとは限りません。
休業日数を証明するためには
給与所得者の場合、休業損害証明書に、休んだ日付や早退・遅刻した日付及び時間を記載してもらうことで、具体的な休業日数を明らかにしていきます。
土日に通院した場合
土日に通院した場合、基本的には、土日を休業損害算定のための休業期間に入れて計算しません。
もっとも、任意保険基準では、休業初日から連続して休業している場合、土日も通院しているなら、土日も含めて休業日数として扱われます。
有給を使用した場合
有給を使用した場合でも、本来なら自分のために自由に使用できる日を事故による傷害のために欠勤せざるを得ない日に充てたことになりますので、有給休暇を取得して休業した日数も休業損害算定のための休業日数に入れて計算します。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
休業損害の計算例
休業損害の計算方法は、自賠責基準の場合か弁護士基準の場合かという、どの基準を用いて計算するかで、金額が異なってきますし、給与所得者、自営業者、主婦などの職種によって算定方法や必要となる資料も異なってきます。そこで、以下では、それぞれの場合での計算方法を見ていきます。
給与所得者
①給料の変動がない場合・事故前3ヶ月の給料 120万円・休業日数 30日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×30日=18万3000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
1日当たりの基礎収入は、
120万円÷90日=1万3333円
となります。なお、稼働日数が90日よりも短いのであれば、90日ではなく、稼働日数をもとに1日当たりの基礎収入を計算します。
この場合の休業損害は
1万3333円×30日=39万9990円
となります。
②給料の変動がある場合・1ヶ月前の給料 25万円・2ヶ月前の給料 20万円・3ヶ月前の給料 23万5000円・休業日数 45日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×45日=27万4500円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
1日当たりの基礎収入は、
(25万円+20万円+23万5000円)÷90日=7611円
です。なお、稼働日数が90日よりも短いのであれば、稼働日数をもとに1日当たりの基礎収入を計算します。
この場合の休業損害は
7611円×45日=34万2495円
となります。
自営業者の休業損害の計算例
① 前年度所得400万円・固定費15万円・休業日数50日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×50日=30万5000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
年間固定費15万円として、1日あたりの基礎収入を計算すると
(400万円+15万円)÷365日=1万1370円
上記1日あたりの基礎収入をもとに休業損害を計算すると
休業損害=1万1370円×50日=56万8500円
となります。
② 前年度所得(固定費込み)1500万円・休業日数90日・税金対策のため1000万円で申告していた
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×90日=54万9000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
実際の収入が確定申告よりも少なかった場合、売上表、金銭出納帳、銀行口座の通帳などをもとに、申告額よりも所得が高かったことを主張する必要があります。しかし、確定申告という公的書類を重視する傾向にありますので、実所得額が申告額を上回っている場合、申告額で計算される傾向にあります。実所得額と申告額のそれぞれの場合での休業損害の計算をします。
ア 所得額1500万円で計算する場合
1日あたりの基礎収入=1500万円÷365日=4万1096円
休業損害=4万1096円×90日=369万8640円
イ 申告額1000万円で計算する場合
1日あたりの基礎収入=2万7397円
休業損害=2万7397円×90日=246万5730円
となります。
申告額と実際の所得額が一致しない場合には、上記のように受け取れる休業損害の金額に差が出てきますので、請求する際には注意が必要です。
主婦の休業損害の計算例
①兼業主婦・パート収入月8万・週4日勤務・通院日数50日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×50日=30万5000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
パート収入をもとに基礎収入を計算する場合ですが、月8万円、週4日勤務、月16日勤務として計算すると
1日あたりの基礎収入は
8万円÷16日=5000円
となります。
上記の1日あたりの基礎収入をもとに計算しますと
休業損害=5000円×50日=25万円
となります。
この場合、以下に述べるような、専業主婦としての基礎収入をもとに計算した方が有利となりますので、弁護士基準で損害額請求する場合には、専業主婦として計算します。
②専業主婦・通院日数60日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×60日=36万6000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
女性、大学卒、年齢35歳、令和元年の賃金センサスをもとにしますと、平均賃金は、488万8100円となります。これをもとに1日あたりの基礎収入を計算しますと
488万8100円÷365日=1万3392円
となります。
上記1日あたりの基礎収入をもとに、休業損害を計算しますと
休業損害=1万3392円×60日=80万3520円
となります。
アルバイトの休業損害の計算例
①事故前3か月分の収入36万円・休業日数20日
⑴ 自賠責基準の場合
休業損害=6100円×20日=12万2000円
となります。
⑵ 弁護士基準の場合
1日あたりの基礎収入は
36万円÷90日=4000円
となります。なお、実際の稼働日数が90日よりも短いということであれば、稼働日数をもとに1日あたりの基礎収入を計算します。
上記基礎収入をもとに休業損害を計算しますと
休業損害=4000円×20日=8万円
となります。
なお、自賠責の場合、治療費、慰謝料、休業損害を含めて120万円の限度額の範囲内での支払いとなりますので、自賠責に請求した場合に、上記のような自賠責基準の休業損害の支払いを受けられるとは限りません。
休業損害の計算についてわからないことがあれば弁護士にご相談ください
これまで、休業損害の計算方法について説明してきましたが、交通事故に遭われた方の事情によっては、上記の枠内で説明することが困難となることが多数あります。また、給与所得者の場合には、休業損害証明書や源泉徴収票の提出で足りることもありますが、他の場合には、別途収入を示す資料が必要となることもあります。その場合に、どういった資料の提出が必要となるか迷われることもあると思います。
休業損害の請求で損をしないように、少しでも迷われた方は遠慮なくご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)