監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
目次
交通事故における示談とは
示談とは、「民事上の紛争を裁判によらずに当事者間の合意で解決すること。民法上の和解契約のこと。」(『広辞苑 第六版』)をいいます。
つまり、交通事故においては、事故当事者に損害賠償請求権(治療費や慰謝料、休業損害等)が発生し、事故当事者間ではその金額を巡って種々の争点が生じますが、これを訴訟といった裁判手続を利用することなく、当事者間の交渉を行い、互いに譲歩して金額等を合意し紛争解決すること、すなわち、和解契約を締結することが、いわゆる示談です。
示談金はどのように決めるのか
損害額の算定にあたっては、いくつかの基準があります。
この基準には、裁判所の損害額算定基準(裁判基準)、自賠責保険の支払基準(自賠基準)、任意保険会社内部の支払基準(任意基準)があります。
自賠基準による支払額は「国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準(自動車損害賠償責任保険の保険)」(自賠法16条の3第1項、国土交通省告示平成13年12月21日告示第1号)に従っており、その支払額には上限が設けられているため(自賠法13条12項、自賠法施行令2条)、自賠責の支払のみでは、十分な補償が受けられないことが多いです。
そこで、不足部分を担保するための保険が任意保険です。任意保険では、任意基準がありますが、この基準は、あくまで保険会社独自の内部的基準であり、対外的な拘束性はありません。
なお、任意保険会社は、一括払い(任意保険会社が自賠責保険金と任意保険金の合計金を支払い、後に任意保険会社から自賠責保険会社に対して自賠責保険金を請求する支払方法)の示談金を提示する場合には、自賠責保険の限度内では、自賠責基準を下回ってはならないとされております(「自動車損害賠償保障法及び関係省令の改正等に伴う事務の実施細目について」平成14年3月11日国自保第2358号通知)。
示談書には法的効力があるのか
示談書には、事故当事者が合意した最終的な損害額等の金額が記載されており、有効な合意(和解契約)である以上は、事故当事者は当該内容に法的に拘束されることになります。
したがって、例えば、損害賠償の支払い義務を負う者が、和解契約の定めに反して、金銭の支払いをしなかったような場合には、示談書に記載された和解契約の内容に基づいて裁判所に訴訟の提起を行うことが可能です。
請求を認容する判決を得た場合には、当該判決に基づき、相手方に強制執行(金銭の差し押え等)を行うことができます。
示談はいつから始めればいいのか
示談は多くの場合にはいわゆる症状固定以降ないし後遺障害の認定結果が判明した段階から開始されます。この段階になると、全ての損害額が明らかになるからです。
症状固定とは、身体の諸機関・組織が健康時の状態に完全に回復した状態のみをいうのではなく、傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果(傷病の回復・改善)が期待できなくなった状態をいいます。したがって、「傷病の症状が、投薬・理学療法等の治療により一時的な回復が見られるに過ぎない場合」など症状が残像している場合であっても、医療効果が期待できない判断される場合には、症状固定と判断されることになります。
なお、交渉によっては、後遺障害の認定結果が判明する前に先行して後遺症を除いた傷害部分のみ示談するということも、相手方が同意すれば可能です。
保険会社から示談金が提示されても、すぐにサインしない
保険会社から示談金を提示されても、すぐにサインしてはいけません。まずは、示談金額の妥当性を弁護士に確認するべきです。ほとんどの保険会社の示談案は保険会社の基準で示談金額を算定しているため、増額の余地があることが極めて多いからです。
示談してしまったが、当時には想定していなかった後遺障害が発生した場合に争えるか
示談する場合には、示談書にその余の請求の放棄条項や、または、これ以上の債権債務がないことを確認する旨の清算条項が付されるのが通常です。
そこで、権利放棄条項や清算条項が付された示談書を以て示談をした後、示談当時は予期していなかった後遺障害が発生した場合において、当該後遺障害に関する損害賠償をなお請求できるのか、権利放棄条項・清算条項の効力が問題になります。
この点について、最高裁昭和43年3月15日判決は、「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない」と判断しています。
弁護士に頼むか自力で解決か
示談交渉は、交通事故当事者ご自身で行うことができます(未成年者が事故当事者の場合には、親権者等の法定代理人になります。)。
示談は当事者が損害賠償の額に合意すれば成立しますので、弁護士に依頼することは絶対に必要とはいえません。
しかし、交通事故の損害賠償実務は複雑であり、自力で解決を目指すと、相手方が提示している賠償額が妥当なのか、相手方が説明している内容は正しいのかという疑問を持つことになります。
そのために、貴重な時間を割いて交通事故の損害賠償について調査して示談交渉を行われる方もおられます。しかし、一般の方が、法律の専門家であり、かつ、日常業務として交通事故を大量に扱っている弁護士と同じ水準の知識を得ることは極めて困難であると言わざるを得ません。
そのため、自力で解決をせず、弁護士に解決を委ねて示談交渉の全てを委任される方がたくさんおられます。
賠償金額が大幅に増額することは決して珍しいことではない
保険会社の示談金の提示に納得できずに、弁護士に示談交渉を依頼したところ、数百万円単位で賠償金額が増加することは珍しくありません。
これは、示談交渉で最初から保険会社が裁判基準で示談金を提示することがほとんどないためです。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
弁護士に依頼するメリットとデメリット
弁護士に交通事故の示談交渉を依頼するメリットとしては、交通事故に精通している弁護士に依頼すれば、自分で交渉するよりも有利な結果を得られる可能性が極めて高くなります。例を挙げると、保険会社は被害者本人が示談交渉をしている場合には、保険会社の基準で損害賠償額を提示し、その額で示談が成立することも多くみられます。しかし、弁護士が介入すると、保険会社の基準よりも損害賠償額が高い裁判基準に近い金額で示談が成立することが多くなります。
また、交通事故の示談交渉は相手方に対し金銭の支払を求めていく鉱床であることから、非常にストレスがかかる行為です。弁護士に依頼すれば、弁護士が相手方との交渉を行うので、被害者が示談交渉を行うことによるストレスから解放されることが弁護士に依頼するメリットと言えます。
弁護士に依頼するデメリットは、弁護士に対して報酬を支払わなければならないことです。被害者の被害が軽微で損害賠償額が少額である場合には、損害賠償額を弁護士費用が上回ることありえます。このような場合には、弁護士を依頼することは困難となるでしょう。
弁護士費用特約の活用
自動車の任意保険には弁護士費用特約をつけることができます。弁護士費用特約とは、損害賠償請求を行う際の弁護士費用を保険会社が支払ってくれるという特約です。
この弁護士費用特約に加入していると、弁護士費用を気にすることなく弁護士を依頼することができます。そのため、損害額が少額で費用倒れとなるため弁護士に依頼することができなかった被害者が弁護士費用特約を活用し弁護士に依頼することができます。
また、弁護士を依頼しても費用倒れとはならない交通事故であっても、弁護士費用特約の保険金で弁護士費用が賄えることから、弁護士に依頼し同額の損害賠償金を相手方が支払った場合は、弁護士費用特約に加入していない場合に比べて、現実に手にすることができる賠償金の額が多くなります。
加害者が約束通り示談金を払わない場合
加害者が保険会社に加入していれば、示談が成立すればその示談金額を相手方が加入する保険会社が支払ってくれます。しかし、相手方が任意保険に加入していない場合には、加害者との間で示談が成立しても、加害者が約束通りに示談金を支払わない場合があります。
このような場合には、加害者を相手取り訴訟により示談金の支払いを求める必要があります。
示談がまとまらなかったら・・・
交通事故の損害賠償は示談で終了することが多いですが、双方が合意に至らないことも多くみられます。
このような場合には、交通事故紛争処理センターという機関で話し合いを持ったり、裁判所で行われる交通調停という手続きで話し合いによる解決を目指したり、訴訟手続きによる解決を目指すなどの方法があります。
これらの手続きのうち、どの手続きを取るべきかについては、その事案の争点や解決の見通しなどから判断する必要があります。
このような判断を行うことは、各手続きに精通した弁護士でなければ難しいので、示談の見込みがなくなれば、必ず、交通事故に精通した弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)