パワーハラスメントとは、「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③の要素をすべて満たすもの」を言います(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)参照)。
昨今、様々な会社でパワーハラスメントが問題となる場面があります。今回は、パワーハラスメントへの具体的な対応について説明していきます。
企業におけるパワーハラスメント対応の重要性
パワーハラスメントは、労働者の労働意欲を低下させたり、労働者の精神面での傷病の原因になったりもするので、賃金を支払って労働力を提供させている会社にとっては損失になります。
また、これから述べるとおり、会社の責任を問われることもあり、法制度上もパワーハラスメントへの対応が義務付けられたため、会社におけるパワーハラスメントへの対応は、とても重要です。
重大な経営リスクになりかねないパワハラ問題
まず、会社においてパワーハラスメント問題が生じた場合、会社の責任を問われることもあるため、重大な経営リスクにつながりかねません。
というのも、会社は、労働者に対し、安全配慮義務(良好な職場環境を維持し、安全に配慮する義務)を負っています。そのため、パワーハラスメントが発生した場合、会社は労働者に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
また、使用者責任(労働者が第三者に損害を与えた場合、会社にその損害の賠償の責任を負わせる、民法上の規定です。)に基づき、労働者が別の労働者に対して行ったパワーハラスメント行為に対して、会社にも損害賠償義務が発生する場合もあります。
このようなもののほかにも、パワーハラスメントの発生が公になった場合、企業のイメージの低下につながります。
これらのことから、パワーハラスメントは、ひいては企業の重大な経営リスクになりかねません。
労働施策総合推進法改正によるパワハラ防止対策の法制化
労働施策総合推進法が改正されたことによって、職場のパワーハラスメント対策が法制化され、すでに施行されています。
会社は、どのような対応をしていくべきでしょうか。
パワハラ防止法が成立した背景
それまではパワーハラスメントに関して、パワーハラスメントの定義や会社の措置義務等を定めた法律はありませんでした。
パワーハラスメント問題が社会問題化してきたことにより、パワーハラスメント防止対策の強化のため、会社に対し、措置義務を課し、措置をガイドラインで明示する方法等が検討され、最終的に改正となりました。
パワハラ防止法の施行に向けて企業はどう取り組むべきか?
会社としては、パワーハラスメント防止に向けた
- 方針等の明確化及びその周知や啓発
- 労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場に置けるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
といった、社内体制を整備する義務が生じます。
そのため、会社には、社内でのルール作成や社内教育を進めることによる環境整備や意識改革が必要となります。
- ルール作成
就業規則にパワーハラスメント防止の関係規定を設けること
パワーハラスメントの予防や解決に向けたガイドラインを作成すること等です。 - 社内教育
パワーハラスメントに関する社内研修を行うこと
外部講師をよんでパワーハラスメントのセミナーを実施すること
等、具体的にどんなことがパワーハラスメントに当たるのかを知り、学ぶ機会を設けること等です。
パワーハラスメントに該当する言動例
パワーハラスメントに当たる言動としては、以下のようなものが考えられます。
- 身体的な攻撃
教育目的という名目を付けての体罰など、暴行行為や傷害行為は、パワーハラスメントに当たります。 - 精神的な攻撃
「いつでもクビにできる」という発言や、他の労働者の前での強い口調での𠮟責など、暴言や嫌味的な発言をすることもパワーハラスメントに当たります。 - 人間関係からの切り離し
無視し会話をしない、飲み会に誘わないなど、仲間外し等も、パワーハラスメントに当たります。 - 過大要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制したり、仕事の妨害をすることも、パワーハラスメントに当たります。 - 過小要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことも、パワーハラスメントに当たります。 - 個の侵害
私的なことに過度に立ち入ることも、パワーハラスメントに当たります。
このように、パワーハラスメントに当たる行為は、多種多様です。
パワハラ発生時に企業が取るべき対応とは
まず、迅速かつ正確に事実関係を確認し、パワーハラスメントの有無について判断する必要があります。パワーハラスメントがあったと判断した場合には、調査報告書を作成し、被害者への配慮措置を行い、加害者に対する処分等の措置を行い、再発防止に向けた措置を講ずるべきです。
ヒアリングによる事実調査
まずは、迅速かつ正確な事実関係の確認のための、ヒアリングによる事実調査を行うべきです。
これは、被害者も加害者も、同じ事実に対する感じ方が違ったりするので、客観的な事実から判断する必要があるからです。
当事者双方へのヒアリングのほか、現場に居合わせた労働者へのヒアリング、当事者間のメールのやり取り等について確認すべきです。
ヒアリングをする際に一番重要なのは、いつどこで誰が誰にどのように何をしたのか(5W1H)で事実を確認していくことです。人によって主語が異なってくる場合があるので、混乱しないためにも必要です。
また、当事者双方の言い分に食い違いが認められる場合には、メールや録音等、客観的な資料が重要となってきます。
就業規則の規定に基づく判断
同じ職場に被害者と加害者が揃っている状況ですので、これからも会社を運営していく観点から、当事者双方の言い分を聞いたうえで、わだかまりが生じないように処分を下していくことが必要です。
そのためには、懲戒処分の法的な根拠となる就業規則の規定に基づき判断及び手続きを進めていく必要があります。
パワハラの加害者に対する処分について
事実調査によって、パワーハラスメントが認められ、かつその行為が悪質だった場合には、加害者には懲戒処分を下すことを検討すべきです。
しかし、その悪質性の程度にもよりますが、多くの場合は、いきなり懲戒解雇を行うことはできないことに注意が必要です。まずは、実際になされた過去の処分事例との均衡を考慮しつつ、譴責、出勤停止等の軽い処分等を検討し、就業規則に基づいて処分すべきです。
パワハラの事実を確認できなかったときの対応
パワーハラスメントの事実が、ヒアリング等の調査や証拠収集等によって明らかになれば、加害者に対して適切な処分を講じる必要があります。
一方で、調査を行っても、両当事者の言い分が食い違い、客観的な証拠もないなど、パワーハラスメントの事実が明らかにならない場合も多数あります。その場合には、就業規則に基づいて会社が加害者を処分することは困難です。
しかし、労働者がパワーハラスメントを訴えている以上、当該労働者が働きにくさを感じていることは事実だと考えられます。そのため、会社としても、その労働者から何に働きにくさを感じているのか等の事情を確認し、今後の働き方の希望等を聞き取る等、職場環境の改善に努め、その社員が抱える不満や不安等を解消していく必要があります。
パワーハラスメントに関する裁判例
教育目的での殴打についての判断をした裁判例に、東京高裁の平成18年3月8日判決(平17年(ネ)第5063号)があります。
事件の概要
接客訓練中、上司が部下に対し、接客時の表情が不十分であるとして、ポスターを丸めたもので部下の頭部を強く約30回殴打し、さらにクリップボードで部下の頭部を約20回殴打した事案です。
裁判所の判断
暴行の程度(強さや回数)等を考慮すると、教育目的であったとしても違法性がないとは認められないと判断して、上司に対して、部下に対する慰謝料として20万円の支払いを命じました。
ポイントと解説
上司が部下等に対して、教育や監督目的で、あるいはミスをしたことに対する叱責として、殴る、蹴る等の暴行を振るうことがしばしあるようです。
しかし、このような生命、身体に対する暴行それ自体が違法です。刑事上の犯罪行為にも当たります。
今回取り上げた裁判例においても、上司が部下に対する接客訓練中に殴打したというものであり、たとえ教育目的であったとしても許されるものではないと判断されました。
プライバシーの保護・不利益取扱いに関する留意点
法律上、パワーハラスメントについての相談をしたことやヒアリングへの協力の際事実を述べたことを理由とする解雇やその他の不利益な取り扱いは禁止されています。
そのため、会社としても、パワーハラスメントに関して相談をした労働者や調査に協力した労働者のプライバシーを保護し、不利益に取り扱わないように注意しなければなりません。
パワーハラスメントの予防に向け、企業はどう取り組むべきか?
これまで述べてきたとおり、法改正によって会社には
- パワーハラスメント相談窓口の設置
- パワーハラスメント発生後の再発防止策の策定
- 社員がパワーハラスメントをした場合の処分内容の就業規則への明記
- 相談者のプライバシーの保護の徹底
等が義務付けられています。
会社は、この義務に対応するような社内体制の整備に取り組んでいくべきです。
パワハラに関するQ&A
部下を宗教に勧誘する社員をパワハラとして処分することは可能ですか?
処分には慎重になる必要があります。
宗教への勧誘は、個の侵害としてパワーハラスメントに該当する恐れがあります。また、宗教については、特に個人の内面の自由の問題であって、特に個の侵害としてパワーハラスメントに該当する恐れが大きいといえます。
もっとも、いきなり懲戒処分をするのではなく、事実関係、特に、どのような態様での勧誘だったのか等の確認を行い、口頭で注意等をし、それでもやめない場合には懲戒処分を検討することになるでしょう。
被害者へのケア、行為者からの謝罪や今後はそのようなことは行わないことの約束等、職場内の人間関係の改善にも配慮すべきです。
部下から嫌がらせを受けていると相談がありました。部下から上司に対する嫌がらせもパワハラにあたるのでしょうか?
上司に対して部下が「優越的な関係」にあり、実際の言動がパワーハラスメントに当たるのかが問題になります。
「優越的な関係」は、職務上の地位だけでなく、業務上必要な知識・経験を有しており、その者の協力を得られなければ業務を円滑に進めることが困難な同僚や部下も当たる場合があります。
また、同様に、職場の同僚や部下が集団となった場合の無視等の嫌がらせも、パワーハラスメントに該当する場合があります。
場合によりますので、まずは詳細な事実の聞き取りが必要です。
パワハラのヒアリングを会社近くのカフェで行うことは問題ないですか?
調査内容が守秘義務によって守られることを担保するため、個人名をあげることを控えることを事前に約束させたり、社員があまり使わない店、人が少ない店を選んだりする配慮が必要です。
これは、相談窓口制度の信用性を担保するためには、絶対に必要です。会社の近くでなくとも、不特定多数人が出入りするカフェでヒアリングを行うことは、相談者や行為者のプライバシーが守られない恐れがありますので、同様の配慮が必要です。
パワハラ加害者を解雇する場合も、解雇予告手当の支払いは必要でしょうか?
労働基準監督署による除外認定を受ければ、解雇予告手当の支払いは不要です。
原則は解雇予告手当の支払いが必要になりますが、例外的に、「労働者の責めに帰すべき事由」で解雇する場合は、労働基準監督署による除外認定を受ける必要がありますが、支払いが不要になります。ただし、この「労働者の責めに帰すべき事由」は、即時解雇を正当化するに足る事由に限定されますので、極めて限定的なものになります。
そのため、具体的なパワーハラスメント行為の重大性、悪質性の程度にもよりますが、多くの場合は解雇予告手当の支払いは必要となります。
パワハラを行った社員に対し、配置転換を命ずることは問題ないですか?
会社は、雇用契約に基づき、合理的な裁量の範囲内で、労働者に対して配置転換等の人事権を行使することができます。
・業務上の必要性がない場合
・業務上の必要性がある場合でも、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき
・業務上の必要性がある場合でも、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
には、人事権の濫用として無効になるので、注意が必要です。
会社は、パワーハラスメントがあったときはもちろん、パワーハラスメントがあったとまでは判断できない場合でも、さらなる職場環境の悪化を防ごうとする措置として配置転換を行うことがある場合があることも考えれば、上記に該当しない限りは、配置転換は認められると考えられます。
社員からパワハラの相談を受けましたが、自分だけでは解決できません。同僚に相談してもいいですか?
自分だけでは解決できないことを正直にその人に伝え、会社のパワーハラスメント相談室や通報窓口等に相談するよう伝えるべきでしょう。
パワーハラスメントは、被害者にとって重大な問題ですし、基本的には職場に加害者がいるため、仕事がしづらくなる等の理由で他人に走られたくない問題です。そのため、同僚に相談することは控えるべきです。
パワハラの実態を調査するために、社内アンケートを実施することは問題ないでしょうか?
社内のパワーハラスメントの予防策として、パワーハラスメントに関するルールを作成し、社員にパワーハラスメントの防止が重要な課題であることを理解してもらい、意識改革を行うことと関連して、社員向けにパワーハラスメントに関するアンケートを行うことは、有益といえます。
これは、会社が重要と捉えていることを社員に伝え、加えて、社員の意識を知ることができる機会になるからです。
アンケートで出てきた社員の意識を踏まえたセミナーや社内研修を行うこともできるため、社内教育も充実したものになるでしょう。
パワハラ問題について、相談者と行為者の主張が一致しない場合、会社はどのような対応を取るべきでしょうか?
両当事者で主張が一致せず、客観的な証拠からも十分な事実の確認ができない場合、第三者からのヒアリングを検討することになります。
第三者からのヒアリングの際には、相談者のプライバシーの保護のため、
・相談者の了解を得ること
・第三者の人数を絞ること
・第三者に対し、ヒアリング事項に関し守秘義務を課すこと
が重要です。
重要なのは、結局どちらが正しいのかはわからなかったということも決して珍しいことではないため、白黒の決着をつけることにこだわらないようにすることです。
正当な指導かパワハラかを判断する基準はありますか?
業務上の指導・監督目的での行為でも、受け手側に過度な心理的負担を与え、その人格権を侵害する等の行為は、パワーハラスメントに当たり、違法になります。
その行為がパワーハラスメントに当たるかどうかは、当該行為の目的や手段、態様、当事者双方の力関係、人間関係等の様々な事情を総合的に考慮して判断されます。
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)では、パワーハラスメントに当たる例や当たらない例があげられていますので、参考になります。
パワハラの再発防止にはどのような取り組みが有効となりますか?
再発防止に向け、加害者との定期的な面談や助言、社内での再発防止研修等、当事者や社内の意識に訴えかける方策を実施することかと考えられます。また、原因や背景になっている問題を取り除くことも重要です。
両当事者の間に入る形での支援や、謝罪の場の取り持ち、配置転換や、業務改善が必要になってくる場合もあります。
パワハラに関する社内ルールを、就業規則に規定することは可能ですか?
社内のパワーハラスメント予防策としての、パワーハラスメントに関するルール作成に関連して、就業規則にパワーハラスメントの定義及びパワーハラスメントを禁止する旨、パワーハラスメントが怒ってしまった場合の処分方法等を規定することが一般的です。
独立したパワーハラスメント防止規程を定める場合もありますが、あくまでわかりやすくするために分けただけで、就業規則の一部となります。そのため、労働基準監督署への届出手続き等、就業規則の変更に関する手続きが必要です。
パワハラがあったことを裏付ける証拠にはどのようなものがありますか?
・会話(直接でも電話でも)の録音
・両当事者の間のメールやSNSでのやり取り等
・加害者の作成した文書等
・防犯カメラの映像
・暴行で傷害を負った場合や精神的に追い詰められうつ病等を発症した場合の担当医師の作成に係る診断書
・パワーハラスメントの現場を見聞きしていた人の証言
・被害者自身が社内の相談窓口や警察等に相談した際に作成された記録(心療内科の医師の診療録、友人に相談したやり取りの記録等も含まれます。)
・被害者自身が作成した日記、メモ、備忘録等
など、様々なものが考えられます。
社内に設置する相談窓口の担当者は、どのような人材を選任すべきでしょうか?
公正かつ真摯に対応することができることに加え、口の堅い人材を選任すべきです。
これは、相談をした労働者が、相談担当者の言動によって、さらなる被害を受けることが決してないようにするためです。可能であれば、性別や年代が異なる複数人を担当者とすることが望ましいです。
また、一連の調査内容が守秘義務によって守られることが、相談窓口制度の信用性を担保するために重要なので、社員の認識として口が堅い人物とされている人を担当者とすることが望ましいです。
パワーハラスメントが発生した場合の対処法は、労働問題を専門的に扱う弁護士にお任せください。
会社が組織を運営していくうえで、労働者からのパワーハラスメントの相談に乗り、適切に対応することは、法改正により義務化されました。しかし、多くの会社では、いまだパワーハラスメントについて適切な対応をする体制が整っていません。
そこで、パワーハラスメント等の法的な問題に対応するために、発生した場合にすぐに弁護士に相談できる体制を整えておくことも、一つの手段です。
パワーハラスメント対応等について不安がある場合には、労務に関するご相談を多くご依頼いただいており、多くの労務問題に触れ、労務問題に精通した当事務所に、いつでもご相談ください。
会社において適切に賃金を支払っていると認識していても、従業員から残業代を請求される場合があります。このような場合、求められるままに支払うことも、いかなる場合にも支払いを拒否することも適切とはいえません。どのように対応すべきでしょうか。以下で説明していきます。
従業員から残業代を請求された場合の対応
従業員の請求に反論の余地があるかを検討する
賃金の請求は労働者の正当な権利とされているため、残業代を不当に支払わない場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金(労基法119条1号)という罰則を受ける可能性があります。また、労基署による立ち入り調査を受ける可能性もあります。罰金等の不利益を受けることを避けるため、まず、支払う必要がないという正当な反論の余地があるかを検討しましょう。
支払い義務のある残業代を計算する
残業には、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業(「法外残業」といいます。)と所定労働時間は超えるが法定労働時間内の残業(「法内残業」といいます。)があります。法外残業及び法内残業のいずれに対しても残業代を支払う必要があります。法外残業については、労基法37条に従い、割増賃金を支払う必要がありますが、法内残業については、就業規則等に定めのない限り割増賃金を支払う必要はありません(割増賃金ではなく所定労働時間を超過した時間に対応する賃金は支払う必要があります。)まずは、残業時間を算定し、支払うべき残業代があるか否か、あるとしてその額がいくらになるかを算定する必要があります。
和解と反論のどちらで対応するかを決める
残業代の計算結果に応じて、和解と反論のいずれの方法で対応するかを決定します。すなわち、支払うべき残業代がある場合、相手方との間で支払うべき額について交渉し、和解することが考えられます。一方で、支払うべき残業代がない場合、交渉や労働審判又は訴訟において、その理由について反論することが考えられます。
労使間の話し合いにより解決を目指す
労使間の話し合いにより解決を目指す方法として、労働者と個別に交渉を行う方法がありますが、労働組合から団体交渉の申し入れがなされることもあります。労働組合から団体交渉の申し入れがあった場合、会社は、この申し入れが正当なものである限り、これに応じる義務があります。
労働審判や訴訟に対応する
未払い賃金の支払いを求めて従業員から労働審判を申し立てられたり訴訟を提起されたりした場合、不当な請求が認められることのないよう、適切に対応する必要があります。特に、労働審判は、迅速な解決のために通常の訴訟よりも審理も迅速に行われるため、会社においても迅速かつ適切な対応が必要となります。
残業問題に詳しい弁護士に依頼する
労働審判や訴訟に迅速かつ適切に対応するには、労働審判・訴訟の手続や労働法実務に関する十分な知識、経験を要するため、会社が単独で対応することは容易ではありません。そこで、残業問題に詳しい弁護士に依頼することも有効な対応策といえます。まずは相談をご検討ください。
残業代請求に対する会社側の5つの反論ポイント
従業員からの残業代請求への反論として、①従業員が主張する労働時間に誤りがある、②会社側が残業を禁止していた、③従業員が管理監督者に該当する、④固定残業代(みなし残業代)を支給している、⑤残業代請求の消滅時効が成立しているという5つのポイントがあります。以下ではこれらのポイントについて説明していきます。
①従業員が主張している労働時間に誤りがある
この反論は、従業員が請求する残業代に対応する残業時間が、誤っており、残業時間や残業代請求が過大であるとの反論です。従業員が自己の労働時間を正確に把握できていない場合、会社としては、タイムカード等の資料を提示して、過大となる請求部分について残業代を支払う必要がないと反論することとなります。
②会社側が残業を禁止していた
会社が残業を禁止しており、実際に残業がなされていない状況であったのであれば、そもそも残業時間がなく、会社は残業代を支払う必要はないこととなります。ただし、残業を黙認していなかったかについての確認が必要です。残業の黙認があった場合、黙示の残業命令があったとして、残業代の支払いが命じられることが多いためです。
③従業員が管理監督者に該当している
この反論は、残業代を請求する従業員が、そもそも法律上残業代を支払う必要のない管理監督者にあたるため、残業代を支払う必要がないとの反論です。この管理監督者にあたるかは、役職名から形式的に判断されるのではなく、権限等から実質的に判断されることに注意が必要です。
④固定残業代(みなし残業代)を支給している
この反論は、固定残業代の制度を採用している場合、想定されている残業時間について残業代は支払い済みであり、支払う必要がないとの反論です。もっとも、この反論が認められるためには、固定残業代が通常の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分が明確に区分されていることといった要件を満たす必要があることに注意が必要です。
⑤残業代請求の消滅時効が成立している
残業代を含めた賃金の請求権については、従業員が請求できるようになった時から3年間行使しないときは時効により消滅します(労働基準法改正により賃金債権の消滅時効は5年とされました(労基法第115条)が、当面の間3年間とされています(労基法附則第143条。)。この反論は、従業員による残業代請求が、請求できるようになった時から3年以上経過したため、時効により消滅しており、もはやこれを支払う必要がないとの反論です。
残業代請求の訴訟で会社側の反論が認められた裁判例
事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
平成27年(ワ)33400号・東京地方裁判所・平成30年3月22日判決
登録型派遣添乗員の会社に対する未払残業代請求事件において、会社が支給していた固定残業代の支払いが有効とされた事例
裁判所の判断
労働者側は、固定残業代合意が有効となるために、①労働契約において所定労働時間に対する対価の具体的金額及び割増賃金に当たる部分の具体的金額並びに固定残業代として支払われた額が何時間分の労働の対価であるかが示され、かつ、支給時に支給対象の時間外労働の時間数と当該額が労働者に明示されていなければならない、②労基法所定の計算方法による額が、その部分(固定残業代)を上回るときはその差額を賃金の支払時期に支払うことが合意(「精算合意」)されていることが必要であると主張しました。
労働者側の主張に対し、裁判所は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができれば、必ずしも労働者が一見して判別することが必要とは解されないとして、労働者が主張する①を満たさなくとも、固定残業代の合意は有効となると判断しました。
そのうえで、会社の就業規則、賃金通知書及び就業条件明示書の記載から通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とに判別することができると判断しました。
また、②について清算合意が必要であるとは解されないと判断しました。
ポイント・解説
本判決においては、通常の労働時間の賃金と割増賃金に当たる部分との判別において、就業規則、賃金通知書及び就業条件通知書の記載で判別可能であると判断されました。もっとも、就業規則等の記載を整えておけば足りるというわけではなく、実際にどのような趣旨で固定残業代が支給されているかは重要なポイントとなります。
また、本判決において清算合意は不要であるとされたものの、労基法所定の計算方法による額が固定残業代を上回る場合には、その差額を支払う義務はありますので、会社としてはきちんと差額精算を行うべきです。
従業員からの残業代請求に対応する際の注意点とポイント
残業代請求を無視しない
支払うべき残業代を支払わなかった場合、既述のような罰金等の不利益を受ける可能性があるほか、遅延損害金や、未払いの残業代に加えて、労基法114条に基づく「付加金」を支払わなければならない可能性があります。これらの不利益を避けるため、従業員からの残業代支払い請求は無視しないようにしてください。
労働基準監督署への対応は誠実に行う
労働基準監督署から、残業代の支払いについて問い合わせがなされることがあります。この場合、誠実に対応するようにしてください。そうしないと、立ち入り検査が行われ、法令違反があれば是正命令を受け、これに従わない場合には罰則が科せられる可能性もあります。
労働時間の管理体制を見直す
従業員から未払の残業代請求がなされる場合、労働時間の管理が適切に行われていないことが考えられます。この機会に、従業員の労働時間の管理体制を見直すことにより、将来同様の未払の残業代請求がなされることを防止することが重要です。
弁護士に残業代請求の対応を依頼するメリット
残業代請求に応じるべきかどうかアドバイスできる
残業代請求に対しては、支払いの必要性の有無や額を算定することが容易でないことがあります。弁護士に相談、依頼すれば、適切に残業時間や額を算定でき、算定結果に基づき適切なアドバイスを行うことが可能です。
労働審判や訴訟に発展した場合でも対応できる
請求額に対して反論があり、従業員との交渉がまとまらない場合、労働審判や訴訟で争うこととなります。この労働審判や訴訟への対応については必ずしも弁護士に委任する必要はありませんが、適切に対応するには専門的な知識や経験を要し、会社が単独で行うことは容易ではありません。特に労働審判については、迅速な対応が必要となるため、弁護士に依頼するメリットが大きくなります。
残業代以外の労務問題についても相談できる
弁護士にご依頼いただいた場合、当該残業代請求に関連する残業代以外の労務問題についても相談を受けて適切なアドバイスを行うことが可能です。
従業員から残業代を請求されたら、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい。
残業代を請求された場合、労働法や実務に関する専門的な知識と経験を有する弁護士のアドバイスを受けることが有効な対応策となることはすでに述べた通りです。弁護士法人ALGには、豊富な専門的知識や経験を有する弁護士が多数所属しています。残業代請求への対応にお困りの場合は、まず、弊所にご相談ください。
懲戒処分について、きちんと懲戒事由を就業規則等で定めていたとしても、実際に行った懲戒処分が有効なものであるといえるためには、当該懲戒事由が存在することやその懲戒処分が懲戒権の濫用ではないといえることが必要です。
以下、懲戒処分において注意すべきポイントについてご説明します。
懲戒処分を行う場合の注意すべきポイントとは?
労働契約法は、その15条で、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めています。
つまり、懲戒処分は合理的な理由があり、かつ相当なものであるといえなければ無効となります。
処分の相当性があること
何の理由もなく懲戒処分することは明らかに合理的な理由を欠くことになりますが、労働者が懲戒されるべき行為を行い、合理的な理由があるとしても、その処分には相当性がなければなりません。
懲戒の対象となる労働者の行為の内容、当該行為のなされた状況、その悪質性の程度などとバランスの取れた懲戒処分でなければなりません。
弁明する機会を与える
有効な懲戒処分をするためには、適正な手続きを取る必要もあります。
そのため、対象者に弁明の機会を与える必要があります。対象者自身の話を聞くことで、対象者にも説明の機会を与え、その上で懲戒処分の対象となる行為の有無や内容等を認定していく必要があります。
重大な規則違反でも与えるべきか?
重大な規則違反であっても、対象者に弁明の機会を与える必要があります。むしろ、重大な規則違反に対する懲戒処分であれば、処分が重くなることも考えられますから、弁明の機会を与えることの重要性はより高くなるともいえます。
懲戒処分の対象となる行為の有無や内容が、一見して明らかで疑いの余地もないというような特別の場合であれば、弁明の機会を与えずとも懲戒処分が有効となることも考えられますが、原則として弁明の機会を与える必要があると考えるべきであるといえます。
段階的な処分の実施
懲戒処分の相当性との関係で、段階的な懲戒処分という方法があります。
これは、懲戒処分の対象となる問題行為に対して、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは口頭注意や比較的軽い懲戒処分(戒告等)を課し、対象者に改善の機会を与えるというものです。口頭注意や戒告等と合わせて、対象者に対し改善のための指導等を行うことも考えられます。
そして、この結果として、対象者の行動や態度等が改善され、問題が解決すれば一番良いのですが、対象者が同じような問題行為を繰り返す場合、段々と重い処分を課していくことになります。
このような段階的な懲戒処分の結果として下されたより重い懲戒処分(懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止処分、減給処分等)は、このような段階を踏んでのものであることを理由として、段階を踏むことなくいきなり下された重い懲戒処分と比べて、その相当性が認められやすいものといえます。
懲戒処分を行うための法的な要件とは?
懲戒処分を行うためには、就業規則等に懲戒事由が定められていること、実際に懲戒事由が存在していること、当該懲戒処分が相当であること、当該懲戒処分が適正な手続きに基づいていることが必要です。
従業員に問題行為があれば懲戒処分できるのか?
従業員に問題行動がある場合でも、原則として、就業規則等に懲戒事由が定められており、当該問題行動がそれに該当することが必要です。
また、当該問題行動が、定められた懲戒事由に該当する場合でも、懲戒処分を行うにあたって適正な手続きが取られている必要があります。
さらに行うことのできる懲戒処分は、当該問題行動の内容や悪質性等に比して相当な処分でなければなりません。
当該問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合を除き、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは、口頭注意や戒告などの処分とともに当該社員を指導することが考えられます。
まずは指導することで改善を促す
先ほども述べたように、社員の問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合は別として、仕事上のミスや怠慢などである場合、いきなり懲戒処分するのではなく、まずは口頭注意とともに指導することが考えられます。
これにより、社員の業務に対する態度や行動を改善してもらうことが目的です。
何度もこのような指導をしたが改善されなかったという場合に、段々と重い懲戒処分としてくことが適切であるといえます。
懲戒処分の根拠となる就業規則
会社や雇い主が、従業員に対して懲戒処分をすることができることには、どのような根拠があるのかについて、大きく分けると2つの考え方があります。
ざっくりというと、組織としての秩序を守るために当然に認められるというものと、労働契約や就業規則などに定めることによってはじめて懲戒処分が可能になるというものです。
現在において、この二つの考え方のうち、裁判所がいずれを正しいとしているのかは断言できません。
しかし、後者のように契約によってはじめて懲戒処分ができると考えているように読み取れるものもあり、リスク管理という観点からも懲戒処分の根拠となる就業規則の規定等は定めておくべきでしょう。
懲戒処分に該当する問題社員の具体例とは?
懲戒処分に該当する具体例としては、無断の欠勤や度重なる遅刻、業務命令に対する違反行為、会社内でのハラスメント行為など様々なものが考えられます。
これらの行為に対して懲戒処分を行うためには、これらの行為それぞれの内容や悪質性に比して社会通念上相当であるといえる懲戒処分を行う必要があります。
私生活における非行は懲戒処分の対象か?
私生活上の非行についても、懲戒処分の対象となりうるものはあります。就業規則の定め方にもよりますが、会社の名誉や信用を毀損する行為であったり、刑罰放棄に抵触する行為などとして懲戒処分を行うことが考えられます。
ただし、業務上の非行と比べて、本来的にはプライベートな行為である私生活上の非行については、懲戒処分を行うにあたって、本当にそれが懲戒事由に該当するのか、該当するとして、当該懲戒処分を課すことが社会通念上相当であるのかという点が、より厳しく判断されることとなります。
問題社員を懲戒解雇とする場合の注意点
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分です。そのため、その有効性はより一層厳しく判断されることとなります。
懲戒解雇を検討する際には、対象となった行為の内容や悪質性の高さや、それまでの懲戒処分等の履歴(過去に指導をしたり、より軽い懲戒処分を行うなどして改善を促したが改善しなかったといった事情があるか否か)、対象となる従業員の職務の内容や立場、対象となる行為が会社の名誉や信用等に与える影響等、さまざまな事情に照らして、最も重い懲戒解雇をするとしてもやむを得ないといえるような相当性が認められるかを十分検討する必要があります。
退職金の減額・不支給は認められるか?
懲戒解雇の場合には、同時に退職金の全額又は一部の不払いとなることを定めているのが通常です。
しかし、このような退職金の不払いも、必ずしも認められるとは限りません。
懲戒解雇が相当性を欠くなどの理由で無効である場合はもちろん、懲戒解雇そのものは有効であっても、退職金の不払いについてその一部又は全てが無効(退職金について一部や全部を支払え)とされた裁判例もあります。
このような裁判所の根拠としては、過去の退職金の支給例や、当該懲戒解雇の対象となった行為が、過去の功労を完全に失わせるほどのものであったのかなどの判断があるようです。
懲戒処分の有効性が争われた裁判例
実際に、懲戒処分、その中でも最も重い懲戒解雇の有効性が争われた裁判例を見ていきましょう。
事件の概要
この事件は、従業員が、正式な契約締結前にこれを成約したものとして計上した上、後に実際には契約を成立させないことが明らかになったにもかかわらず、先に行った成約したものとしての計上を取り消さなかったこと、新規の顧客との取引をする際の要件であった与信設定をせず、仕入れ代金を支払う際の条件にも反して、本来支払ってはいけない仕入れ代金を支払ったこと、虚偽の注文文書の作成等にも関与したことなどを理由として、会社が懲戒解雇を行い、従業員がこの有効性等を争ったものです。
裁判所の判断
東京地方裁判所平成17年11月22日判決は、上記のような従業員の行為について、就業規則上の懲戒解雇事由に当たると認定した上で、上記のような従業員の行為には、その前提として組織としての関与や当時の代表取締役の判断があり、従業員の責任や関与の度合いを大きいものとしてみることはできないとした上、当該代表取締役については取締役の解任もされず、退職金の返還も求められていないことなどからして公平性の点からも疑問があるなどとして、解雇権の濫用にあたると判断した。
ポイント・解説
この事件においては、従業員の行った行為は、懲戒解雇の事由に該当すると裁判所も判断しています。
それでも、会社の行った懲戒解雇が解雇権の濫用として無効となったのは、当該従業員の行為が、当該従業員個人の利益のために行われたものではなく、むしろ当時の代表取締役の判断に基づくもので、組織としての関与があったため、従業員個人の責任を大きなものとしてみることができないこと、そして、本来より重い責任を問われるべきともいえる、当時の代表取締役については、会社は取締役の解任もせず、退職金の不払いや返還も求めていなかったことから、従業員のみ懲戒解雇とするのは公平性を欠くということが、裁判所の判断の大きなポイントであるといえます。
問題社員の懲戒処分でトラブルとならないためにも、労働問題に強い弁護士に相談することをお勧めします。
懲戒処分、特に懲戒解雇のような重い懲戒処分を行おうとするときには、本当にそのような重い懲戒処分を行うことができる状況であるのか、十分に検討した上で、適切な手続きに基づいて処分を下す必要があります。
このような検討や手続きを怠ると、懲戒処分によって、さらなるトラブルを招き、会社が窮地に立たされるおそれもあります。難しい判断をするにあたっては、弁護士に相談することをおすすめします。
労働基準法では、賃金は通貨で支払うことが原則とされています。しかし、キャッシュレス決済の普及などから、2023年4月1日施行の改正法により、デジタルマネーによる賃金の支払いが解禁となります。
以下では、デジタルマネーによる賃金の支払いを採用する企業に求められる対応について解説していきます。
2023年4月より解禁される「給与のデジタル払い」とは?
給与のデジタル払いとは、電子マネーや決済アプリで給与の振り込みが可能となる制度です。給与の支払い方法については、これまで通貨による支払いが原則でしたが、キャッシュレス決済が普及している世の中に合わせ、給与の支払いもデジタル化する動きが加速しています。
政府が給与のデジタル払いを推し進める背景
給与を銀行振込みで行っている会社が外国人労働者を雇う場合、当該外国人労働者は、銀行口座開設の手続きが必要となります。一方、給与のデジタル払いを行う場合、銀行口座開設は不要ですので、会社は外国人労働者を雇いやすくなるでしょう。このように、政府としては、企業が外国人労働者を円滑に雇いやすくし、これまでよりもより多くの外国人労働者を受け入れることができるよう、給与のデジタル払いを制度化したといえます。
また、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、給与の支払い、受け取りについてもキャッシュレスを活用するニーズも一定程度見られている点も、政府が給与のデジタル払いを推し進める理由として挙げられます。
給与のデジタル払いの仕組み
まずは、従業員の給与の金額を計算します。この点は、これまでの銀行振込の場合と同様です。そして、給与の金額が確定したら、会社の資金移動業者アカウントから、従業員の資金移動業者のアカウントに対し、支払いを行います。資金移動業者とは、資金決済法に基づいて登録を受けた事業者をいいます。そして、資金移動業者がデジタルマネー給与を取り扱うためには、厚生労働大臣の指定を受ける必要があります。厚生労働省から指定を受けた資金移動業者のことを、「指定資金移動業者」といいます。
労働基準法の「賃金支払いの5原則」
賃金については、➀通貨で、②直接労働者に、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定の期日を定めて支払わなければなりません(労働基準法24条)。これは、「賃金支払いの5原則」と呼ばれています。
デジタル給与を導入するメリット
企業がデジタル給与を導入する場合、以下のように、いくつかのメリットが挙げられます。
以下、詳しく解説していきます。
従業員の満足度向上
日頃からキャッシュレス決済を利用している従業員にとっては、キャッシュレス決済の口座にチャージする手間が省けて、支払われた給与をすぐに使うことができて、便利です。また、キャッシュレス決済は、キャッシュバックやポイント還元が充実しているものが多いため、給与が現金や銀行振り込みで支払われるより、キャッシュバックやポイント還元を受ける機会が広がるといったメリットも考えられます。
業務の効率化
デジタル給与を導入した場合には、給与の支払いを電子化することができるため、給与支払い業務の効率化が期待できます。ただし、指定資金移動業者口座(キャッシュレス決済の口座)の上限額は、100万円とされています。そのため、100万円を超えた場合には、労働者があらかじめ指定した銀行口座へ当日中に振込みがなされるよう措置しておく必要があります。
振込手数料の削減
デジタルマネーによる支払いをする場合、銀行より振込手数料が安い傾向にあります。そのため、これまで銀行振り込みにより給与を支払っていた会社については、コスト削減が期待できます。
外国人労働者等の人材確保
デジタル給与の支払いは、金融機関の口座を持っていない労働者に送金することも可能です。そのため、金融機関の口座を持っていない外国人労働者などを受け入れやすくなると考えられます。
デジタル給与を導入するデメリット
デジタル給与の導入は上記のようなメリットがある反面、以下のようなデメリットも挙げられます。
運用コストや従業員の負担増加
会社がデジタル給与を導入するにあたり、デジタル給与による支払いのためのシステム構築や、従業員のID情報などの漏洩・紛失を防止するための対策が必要となるため、会社には一定の運用コストが発生する可能性があります。
また、従業員からすると、公共料金の支払いなど、キャッシュレス決済に対応していないものの支払いのために、現金化や銀行口座への振り込みをする手間がかかります。
セキュリティ面のリスク
電子マネーや決済アプリは、インターネットを利用しています。そのため、フィッシング詐欺などにより不正に従業員の情報が盗まれたり、資金移動業者への不正アクセスにより従業員の個人情報が流出する恐れがあります。会社としては、デジタル給与のシステムを構築するにあたり、セキュリティ面の対応も必須といえるでしょう。
資金移動業者の破綻リスク
資金移動業者が破綻してしまった場合、給与の支払を受ける口座の残高については保証機関から速やかに弁済を受けることができます。ただし、具体的な弁済方法については資金移動業者により異なりますので、事前に確認してくことをお勧めします。
給与のデジタル払いをするには労働者の同意が必要
給与のデジタル払いをするには、労働者の同意が必要となります。
以下、詳しく解説します。
労使協定の締結
会社に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合は、当該労働組合と、当該労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者との間で、給与のデジタル払いの対象となる労働者の範囲や取扱指定資金移動業者の範囲などにつき、労使協定を締結する必要があります。
労働者に対する説明
会社がデジタルマネーにより給与の支払いを行おうとする場合には、従業員が銀行口座への振り込みや証券総合口座への払込みによる給与支払いも選択できるよう選択肢を示さなければなりません。
また、会社は、口座残高の上限が100万円であること、指定資金事業者が破綻した場合保証機関により口座残高の弁済が行われることなど、所定の事項を説明の上、従業員から個別の同意を得る必要があります。
給与のデジタル払いの導入のために必要な準備
会社が給与のデジタル払いを導入する場合、一定の準備が必要となります。
以下、詳しく解説します。
就業規則(給与規定)の改定
会社の就業規則には、賃金の支払方法を記載しなければなりません。そのため、会社が給与のデジタル払いを導入する場合には、それまでと賃金の支払方法が変わりますので、就業規則の改定が必要となります。
給与システムの対応
これまで銀行振り込みにより従業員に給与を支払っていた会社が給与のデジタル払いを導入する場合は、当然ながら、給与を支払うシステムが変わることとなります。そのため、デジタル払いに対応するために、会社のシステムを整備する必要があります。
労働者の情報収集・管理
会社が給与のデジタル払いをする場合、対象となる従業員が利用する決済アプリなどのID情報の収集が必要となります。また、従業員から収集した決済アプリなどの情報については、漏洩・紛失することがないよう、厳重に管理する必要があります。
給与のデジタル化への対応でお困りの際は、弁護士法人ALGにご相談ください。
給与のデジタル化については、キャッシュレス化が進む世の中のニーズに合致した画期的なシステムですが、上記でご説明したとおり、注意すべき点が少なくありません。また、システムを導入するにあたり、会社が整備しなければならない事項も多岐にわたります。
弁護士法人ALGには、労務問題に精通した弁護士が多数在籍しています。
まずは、一度ご相談ください。
近年、解雇した従業員から解雇の有効性を争われて、激しい紛争になったということを、耳にすることが多くなってきました。不当解雇となると、復職までの間の給与を支払わなければならず、会社としては大変な事態です。ここでは、解雇に関して、ご説明いたします。
「不当解雇」と「正当解雇」の違い
解雇に合理的理由があり、かつ、解雇することが社会通念上相当である場合には、正当解雇となります。一方で、これらの事情がない場合、つまり、解雇に合理的理由がない場合、不当解雇になります。
このように、解雇に合理的理由があり、かつ、解雇が社会通念上相当な場合には正当解雇、このような事情を欠く場合には不当解雇となります。
不当解雇と判断されるケースとは?
上記のとおり、解雇に合理的な理由がない場合、解雇が相当ではない場合には不当解雇となります。そのため、たとえば、単なる好き嫌いだけで解雇したような場合には、合理的な理由がない解雇と判断される可能性が高いでしょう。また、特定の従業員を狙い撃ちするために整理解雇(いわゆるリストラ)を装った場合や、従業員本人に反省の機会を与えないまま解雇した場合には、解雇の相当性を欠くと判断され、不当解雇と判断される可能性が高いです。
法律上で制限されている解雇にはどのようなものがあるか
法律上、解雇が制限されている場合があります。これには、以下のようなものがあります。
① 国籍、信条又は社会的身分を理由とした解雇
② 業務上の負傷又は疾病にかかる療養のための休業期間中の解雇
③ 性別、婚姻・妊娠・出産を理由とする解雇
④ 産前産後休業、育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、所定外労働の制限等の申出等を理由とする解雇
⑤ 労基署をはじめとする監督機関に対し労働基準法違反を申告したことを理由とする解雇
⑥ 組合員であることを理由とする解雇
⑦ 公益通報をしたことを理由とする解雇
代表的なものを挙げましたが、上記を理由として解雇することは許されません。仮に上記を理由として解雇した場合には、不当解雇に当たります。
どのような場合に正当な解雇と判断されるのか?
解雇の正当性を判断する基準とは?
上記のとおり、正当解雇として認められるためには、客観的に合理的な理由が認められ、かつ社会通念上相当と認められることが必要となります。
しかし、一口に解雇といっても様々な状況があるため、その状況に応じて、合理的理由があるか否か、相当か否かが判断されます。以下において、整理解雇(いわゆるリストラ)と懲戒解雇に関して、ご説明します。
整理解雇(リストラ)は正当な解雇となるか?
解雇理由の一つに整理解雇と呼ばれるものがあります。「リストラ」という方がイメージしやすいかもしれませんが、会社の業績が悪いため人員整理をしなければならない場合や経営上の判断として事業場を閉鎖する場合などに行われる解雇です。整理解雇が正当か否かは、次の要素を基に判断されています。
①人件費や仕事量などからその会社で人員を削減する必要があるか
②解雇のほかに手段がないか(例えば、人件費以外を削減する、他の部署への人事異動をするなど、対象者の解雇を回避するための手段がないか)
③解雇の対象者を選定が恣意的ではなく合理性のある選定となっているか
④解雇に際しての十分な説明をするなど適正な手続きを取ったか
上記の観点から解雇の合理性、相当性を判断し、合理的かつ相当であると判断された場合、正当解雇となります。
制裁としての懲戒解雇の場合は?
解雇と言われて最初にイメージするのは、懲戒解雇ではないでしょうか。この懲戒解雇というのは、単に解雇するというものではなく、制裁として解雇するというものです。
ところで、会社の制裁としては、譴責・訓告、減給、出勤停止などがありますが、懲戒解雇は労働者としての地位を失わせるため、最も強力な制裁です。そのため、懲戒解雇は、普通解雇や整理解雇よりも厳しく判断される傾向にあります。
懲戒解雇が有効となるためには、まず、就業規則に懲戒解雇についての定めが必要となります。つまり、懲戒解雇をするためには、あらかじめ何が懲戒解雇の対象になるのかを明示しておかなければなりません。
また、形式的には、懲戒解雇の対象となる行為があったとしても、軽微な行為に対して懲戒解雇をするのはやりすぎです。そのため、懲戒解雇の対象となる行為があったというだけでなく、その行為の重大性、本人の反省の有無・程度、過去の懲戒歴の有無・内容、本人の弁明内容、解雇以外の手段の有無などを踏まえて、懲戒解雇が合理的であり、かつ、社会通念上相当であるということが必要です。
なお、懲戒解雇した後に、別の事情が分かったとしても、その事情を考慮して、懲戒解雇の合理性、相当性を判断することはできません。あくまでも懲戒解雇時点で示した事情を基にして、懲戒解雇の合理性、相当性が判断されます。
上記のとおり、懲戒解雇事由の定め、懲戒解雇事由に当たる事情があり、かつ懲戒解雇に合理性・相当性がある場合に、懲戒解雇が正当として許されます。
会社が不当解雇を行うとどうなるのか?
これまで見てきたように、解雇に客観的に合理的な理由がない、解雇が社会通念上相当でない場合には、不当解雇となります。このような場合、どうなってしまうのでしょうか。
不当解雇となる場合、解雇は無効と判断されます。この場合、会社と従業員との間の雇用契約が継続していると判断されますが、雇用契約が継続しているにも関わらず、会社の責任で従業員が働けなかったことになりますので、従業員が働けなかった期間に対応する賃金(いわゆる「バックペイ」と言われるものです。)の支払いをしなければなりません。また、解雇が無効と判断された後も、復職を認めない場合には、復職させなかった間の賃金も支払わなければなりません。
会社に対する罰則はあるか?
不当解雇と判断されてしまった場合、会社に対して罰則はあるのでしょうか。
後述のとおり、解雇に当たっては解雇予告・解雇予告手当の支払いが必要となりますが、これらの対応をしなかった場合や、解雇禁止期間中の解雇、労基署に対する労基法違反を申告したことを理由とした解雇の場合は、会社には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。
このように、一定の場合には、罰則も規定されていますので、十分注意が必要です。
損害賠償を請求される可能性について
不当解雇を理由にバックペイ以外の損害賠償を請求される可能性はあるのでしょうか。
会社が不当解雇を行った場合、バックペイなどの支払いはもちろんですが、それを超えて精神的に苦痛や悲しみなど精神的損害を与えたとして、慰謝料の支払いが命じられる可能性があります。
バックペイのほかに賠償義務も生じる可能性があるので、不当解雇にならないように、十分な注意が必要です。
解雇が正当であると認められるためには
解雇が正当であると認められるために、会社側ではどのような対策をすべきでしょうか。
まず、解雇事由を就業規則に定めておき、従業員にこのような場合には解雇されるという事由を明確にしておく必要があります。
また、上記事由に該当する理由のもと、適正な手続きを経て解雇する必要があります。
解雇事由を就業規則に定める必要性
労働基準法上、就業規則に解雇事由を記載することが義務付けられています。そのため、就業規則には明確に解雇事由を定めておきましょう。
普通解雇の場合、就業規則に定めがない理由でも解雇できますが、労働契約上、当然の義務違反以外の理由では解雇ができなくなります。また、就業規則に定めがないと、従業員への説明も難しくなるでしょうから、この意味でも就業規則に明確に解雇事由を定めておくべきです。
解雇予告・解雇予告手当などの適正な手続きを行う
解雇に当たっては、解雇予告または解雇予告手当の支払いが必要となります。具体的には、解雇する場合、対象者に対して30日前までに解雇予告をするか、解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)を支払う必要があります。これらを行わずに解雇した場合、直ちに解雇が無効になるというわけではありませんが、上記のとおり、解雇予告・解雇予告手当の不払いに対しては、刑事罰の可能性もありますので、いずれかの対応を必ず行いましょう。
そのほかの適正手続きとしては、従業員側に対して改善の機会を与えたり、弁明の機会を付与することが重要です。
解雇の正当性について争われた裁判例
事件の概要
業務過誤、事務遅滞を長年継続して引き起こしてきた職員に対し、必要な指導を再三に渡り行ったにも関わらず改善されなかったとして、対象者の能力不足を理由に解雇した事例です。
裁判所の判断(東京高等裁判所平成27年4月16日判決 平成26年(ネ)2976号)
長年にわたり、会社として必要な指導や配置転換、部署異動、業務内容の変更を行い、対象者の雇用継続のための努力を続けていたこと、対象者の従業員としての資質・能力を欠く状況について、改善の見込みが極めて低いこと、対象者のサポートのために上司や同僚が対応にあたることとなり、会社の業務に相当の支障をきたしていたことを理由に、対象者の能力不足を理由とする解雇を認めました。
ポイントと解説
この事例は、長期にわたって指導、指導が実らなければ部署移動、それでもだめなら業務内容の変更と、事業所として出来得る限りの努力をし、それでも改善が見込めなかったという、会社側の相当程度の努力が認められたものと考えられます。
また、会社の業務への影響も大きいものだったため、客観的に見ても引き続き対象者を雇用することは困難な状況も考慮されたものと考えられます。
このように、能力不足による解雇の場合には、改善の見込みがあるか否かが重要な要素となり、継続的な指導が欠かせません。その上で、本件においては、解雇を回避するために、手段を尽くしたということも加味されて解雇が有効と判断されました
解雇の正当性で判断に迷ったら、企業法務の専門家である弁護士に相談してみましょう。
現在、従業員側の権利を守ろうという意識は高まってきています。このような中で、社長とそりが合わない、会社と方針が合わないなどという理由での一方的な解雇は、従業員側から訴えられ、金銭的にも時間的にも大きな損失が出るという事態になりかねません。
会社として、解雇に踏み切らなければならない状況もあるでしょう。解雇についてお困りのことがあったときや、将来起こるかもしれない紛争に備えておきたい場合は、まずは弁護士にご相談ください。就業規則の定め方から実際の解雇手続きに至るまで、あらゆる面でお手伝いができると思います。
会社内ではいろいろな役割があり、業務上の必要性が生じて配置転換(職務内容や勤務場所の変更)をするということもよくあると思います。
しかし、配置転換の命令をしたにもかかわらず、従業員に拒絶される場合があります。
このような場合には、どうしたらよいのでしょうか。
以下では、配置転換に関して、ご説明をいたします。
従業員は原則として人事異動(配置転換)を拒否できない
通常、労働契約や就業規則で、「会社は、従業員に対して人事権をもつ」という趣旨の規定を設けています。
このような規定を設けている場合には、原則として、従業員は、会社から命じられた配置転換について、拒絶することはできません。
配置転換の根拠となる「人事権」とは?
企業は、人事に関して広い範囲の決定権を持っています。これを、「人事権」と言います。人事権は、法律に明文の規定はないものの、労働契約や就業規則により認められるものと考えられています。
人事は、従業員の地位の変動や処遇に関することを言いますが、配置転換も、この人事の一つであり、企業は、人事権の行使の一環として配置転換を行うこととなります。
人事権に基づく配置転換を拒否された場合の対処法
では、配置転換を拒否された場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
配置転換を拒否された場合における対応としては、以下のようなものが考えられます。
従業員の個別状況を確認し、十分な説明を行う
まずは、従業員から、配置転換を拒否する理由や、従業員の状況などについて聞き取りを行うことが考えられます。
一度、配置転換を拒否された状況ではありますが、従業員との関係を考えると、従業員の理解を得て、配置転換を行うべきです。そのため、この聞き取りで判明した理由や当該従業員の事情を踏まえつつ、当該従業員に、配置転換が必要な理由を説明したり、従業員の状況に応じた対応方法を提案するなどして従業員と話をすべきでしょう。
従業員に真摯に対応することで、法的な議論に踏み込まずに解決できる可能性が高まります。
給与や手当などの待遇面を見直す
2-1で聞き取った、従業員が配置転換を拒否する理由に、待遇面が含まれている場合には、給与や手当などの待遇面を見直すということも考えられます。
他の従業員とのバランスなどもあるため、給与や手当などの待遇面を見直せるかは、個々の会社の状況や、従業員の意向にもよると考えられます。そのため、待遇面を見直せるとは限りませんが、待遇面から従業員の理解を得るということも一つの方法といえます。
懲戒処分を検討する
従業員が頑なに配置転換に従わず、かつ、配置転換の拒否に関して正当な理由がない場合には、会社としては、懲戒処分を行うことも考えられます。
実際に懲戒処分をするにあたっては、従業員側の言い分を十分に聞き取る必要があります。また、従業員が適切に判断できるように、配置転換が必要な理由を十分に説明しておくべきです。
懲戒処分は簡単に行うことができるものではありません。どの手段も功を奏せず、かつ、懲戒をしなければならないほど配置転換拒否に合理性がない場合の最終手段と考えておきましょう。
配置転換の拒否を理由に懲戒解雇できるか?
仮に、配置転換命令が有効であり、かつ、従業員が正当な理由なく配置転換拒否をしていたとしても、直ちに配置転換拒否を理由に懲戒解雇ができるわけではありません。
そもそも、懲戒解雇は、従業員の地位を奪う処分であり、懲戒の中でも一番重い処分となります。このような重い処分を容易に下すことはできません。
従業員が配置転換を拒否する理由が合理性ではないとしても、余程の事情がない限りは、懲戒解雇処分まではすべきではないでしょう。
配置転換の拒否が認められるケースとは?人事異動の制限について
配置転換を命じる権利が就業規則や労働契約上認められているとしても、どのような配置転換でも行えるわけではありません。
では、どのような場合に、配置転換命令が無効となるでしょうか。以下では、配置転換命令が無効となる場合について、ご説明をいたします。
職種や勤務エリアが限定されている場合
労働契約において、従業員の職種や勤務エリアが限定されているということがあります。このような契約の場合、契約外の職種や勤務エリアで勤務することは想定されていません。そもそも人事権は、労働契約や就業規則により認められているのであり、契約外の職種や勤務エリアでの勤務を命じることは、人事権の範囲外となります。
そのため、職種や勤務エリアが制限されている場合において、その職種、勤務エリアを逸脱するような配置転換命令は無効となります。
業務上の必要性がない場合
この場合、配置転換命令は無効になります。
もっとも、業務上の必要性については、当該配置転換が、当該従業員でなければ成立しないというような、高度の必要性まで求められるわけではありません。
むしろ、人事権が広い範囲で認められていることからか、業務上の必要性については緩く考えられています。会社の合理的運営に寄与すると認められる、例えば、「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点」が少しでもあれば、業務上の必要性が認められる傾向にあります。
従業員が被る不利益が大きすぎる場合
典型的なものとして、遠隔地への配置転換のうち、以下の事情が認められるものが挙げられます。
- 子供が小さい、転校を伴うなど、子を育てていくために、遠隔地への配置転換を避ける必要がある場合
- 当該従業員が家族の介護を行っている、又は施設を移るために高額な費用が掛かるなど、遠隔地への配置転換を避けなければならない事情がある場合
- 引っ越しを伴わない距離だとしても、通勤時間の増加が極端な場合
これらのような場合には、従業員が被る不利益が大きいという理由で、配置転換を拒否することが認められる可能性があります。
配置転換の動機・目的が不当な場合
配置転換の根拠は、会社が有する広い範囲の人事権に求められます。
人事権は、会社の業務上必要だからこそ、行使が認められます。
そのため、配置転換の動機や目的が不当な場合、すなわち、嫌がらせなどの目的で、会社の事業の遂行と何ら関係がない場合は、人事権の行使が認められず、配置転換は認められません。
賃金の減額を伴う配置転換の場合
従業員が被る不利益が特に大きいものとして、賃金の減額が挙げられます。
そのため、賃金の減額を伴う配置転換命令は、賃金の変更を生じないその他の配置転換命令に比して、有効性を厳しく判断される傾向にあります。
ただし、賃金の減額を伴うときでも、当該減額による不利益が小さいときには、配置転換命令は有効と判断される場合もあります。減額による不利益が小さいか否かは、賃金額のみでなく、追加の手当てや経過措置、労働時間などを加味して判断されます。
人事異動(配置転換)を適切に行うためのポイント
これまでに述べてきたことをまとめると、
①契約上、人事権が認められる範囲内か
②配置転換を行う会社の事業上の必要性を、客観的な会社の状況などの根拠をもとに説明できるか
③配置転換の対象になっている従業員の不利益を、十分な聞き取り等により把握できており、不利益が大きい場合は、待遇等の配慮によって代替するなどの対応を十分に尽くしているか
④従業員へ、事前に十分な説明は尽くされているか
が、配置転換を適切に行うための重要なポイントと言えます。
配置転換の有効性が問われた裁判例
会社が人事権の行使として行う配置転換命令にどのような制約が課されているのかを判示し、配置転換が有効かを判断した判例に、東亜ペイント事件判決(最高裁昭和61年7月14日判決)があります。
事件の概要
神戸営業所から名古屋営業所への配置転換(転勤)命令を拒否したことを理由として懲戒解雇された従業員が、当該懲戒解雇の無効を主張した事案です。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
労働協約及び就業規則に、業務上の都合により従業員に転勤命令を出すことができるという定めがあり、現に転勤を行うという現実の運用もなされているような場合には、勤務地を限定する合意がない限り、個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し、当該従業員に転勤を命令して労務を提供するよう求める権限があるとして、配置転換を命令する権利を認めました。
そのうえで、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なくない影響を与えることから、使用者の転勤命令権を濫用することは許されないとしました。
そして、濫用に当たる場合の例として、
①業務上の必要が認められない場合、
②業務上の必要が認められても、他の不当な動機・目的でなされたとき
③業務上の必要が認められても、従業員に対して、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるとき
これらの「特段の事情」がある場合を挙げています。
そして、業務上の必要性は、「当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難い」ほどの高度の必要性に限定されず、「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点」が少しでもあれば、業務上の必要性を認めるべきと判断されています。
ポイント・解説
配置転換命令権の根拠が労働協約及び就業規則の定め及びそれに基づく実際の運用に求められるとしています。
また、配置転換命令権を濫用することは許されないことを示し、濫用の具体例等を述べ、濫用に当たる場合は配置転換命令が無効になることを示しました。
ただし、濫用かどうかの判断に用いられる「業務上の必要性」については、緩やかに判断されています。
このように、配置転換命令権があるとしても、その権利の行使が濫用に当たる場合には、当該配置転換命令が無効になるという判断枠組みが示され、これは後の判例でも踏襲されています。
配置転換命令を拒否されてお困りなら、労働問題に特化した弁護士にご相談下さい
配置転換命令は、会社の業務上の必要性と、従業員に生じる不利益や感情的問題などが絡み合う、複雑な問題です。
弁護士への相談は、争いが激化して法的な議論を交わさなければならないという段階になってはじめてするというものではありません。このような問題の場合は、争いが激化する前に、事前にうまく立ち回るという観点からのご相談も多いです。
まずは、紛争を未然に防ぐという観点からも、お気軽にご相談ください。
これまで、労働者の副業・兼業については、就業規則等で禁止されている企業が多く、労働者の副業・兼業を認めない企業が多数を占めてきました。
しかし、副業・兼業を希望する労働者が増加するなかで、政府による「働き方改革実行計画」おいて、副業・兼業の普及を図るという方向性が示され、労働者の副業・兼業を認める企業が増加しています。
そこで、企業が、労働者の副業・兼業を認めるにあたり、注意すべき点について解説をします。
副業を認めるには就業規則の見直しが必要
これまで、就業規則において、労働者の副業・兼業を禁止する規定を定めていることが一般的であったといえます。そのため、副業・兼業を認めるためには、禁止規定を廃止する必要があります。
それでは、副業・兼業禁止規定を廃止すれば、その他の定めを置くことなく、副業・兼業を認めてよいのでしょうか。
就業規則への規定がないまま副業を認めるリスク
結論から申し上げますと、就業規則で副業・兼業禁止規定を廃止するだけでは、不十分です。確かに、副業・兼業禁止規定を廃止すれば、副業・兼業は可能となります。しかし、本業の労働時間に加えて、副業・兼業で労働を行うことにより、労働者が長時間労働で健康を害する可能性があります。
企業は、企業は、労働者が、過重労働によって、健康を害さないように配慮する義務を負っているため、副業・兼業を認めるのであれば、副業・兼業による労働も含めて過重労働を防止するために制度を設計する必要があります。
厚生労働省が公表している「モデル就業規則」
それでは、副業・兼業を認めるにあたり、どのような事項を定めるべきかについて厚生労働省が公表している「モデル就業規則」を見てみましょう。
副業に関して就業規則に規定すべき事項とポイント
モデル就業規則においては、原則として、勤務時間外に他の会社等の業務に従事することができると定めたうえで、例外的に副業・兼業を禁止できる場合を定めています。
その禁止事由は、以下のとおりです。
①労務の提供上の支障がある場合
⓶企業秘密が漏洩する場合
③会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④競業により、企業の利益を害する場合
①の禁止事由により、労働者が健康を害するような長時間労働を行う場合には副業・兼業を禁止することができます。②から④までの事由については、副業・兼業により企業に生じやすいリスクを回避するために禁止事由に掲げられています。
また、労働者が、副業・兼業を行う前にその内容を書面で届出させることにより、①から④までの禁止事由に該当しないかどうかを事前に確認できるよう定めています。
副業を認める範囲・対象者
副業・兼業を認める際に、全ての労働者を対象とするのではなく、一部の労働者に限って副業・兼業を認めるということは可能でしょうか。
副業・兼業を認めない企業は多いものの、労働者には、職業選択の事由があり、かつ、就業時間以外は自由に利用できることから、原則として、副業・兼業は認められるべきものです。もっとも、本業に支障が生じる場合にまで、企業が副業・兼業を認めるべきとはいえないので、特定の種類の労働者について副業・兼業をすること自体が、本業の労務の提供に支障があるといった場合には、当該種類の労働者については、副業・兼業を認めないという制度も許容され得ると考えます。
しかし、副業・兼業の対象となる事業は多種多様であり、副業・兼業する事業の内容を問わずに、特定の種類の労働者が副業・兼業することが、労務の提供に支障があると判断できることは想定し難いといえます。
そのため、対象者を限定するのではなく、希望する副業・兼業する予定の事業の内容等と当該労働者の業務内容等を具体的に検討したうえで、労務の提供に支障がある等の事由を明示して、副業・兼業を認めるかどうかを判断する制度が望ましいと考えます。
副業先の業務内容を制限できるか?
たとえば、ある企業において営業職についている労働者が、副業先で営業職に就いた場合、本業で得た取引先の情報を副業先で利用する恐れが生じます。このように、業務内容から、企業に損害が生じうる可能性が高いといえる場合もあり得るので、そのようなケースを事前に類型化して、副業先の業務内容を制限することは許されると考えます。
副業を認める時間帯や期間を定めても良いか?
本業である企業における所定労働時間に副業・兼業を認めれば、労務の提供に支障が生じるのは当然ですが、所定時間外であっても、時間外労働を命じる可能性もあるため、所定労働時間にあまりに近接した時間帯に副業・兼業を認めることは労務の提供に支障が生じ得ます。
企業によっては、繁忙期には時間外労働を命ずることが多くなる企業もあり、そのような企業においては、繁忙期以外に副業・兼業を認めるという制度にも合理性があるため、期間を定めて副業・兼業を認めることも可能です。
副業の届出・申請手続き
副業・兼業を認める場合であっても、労働者から、事前に副業・兼業の届出や申請を必要とするように制度を設計すべきです。
その際に、副業・兼業の事業内容、当該労働者の業務内容、所定労働時間なども明らかにさせ、本業の労務の提供に問題がないかを確認して、副業・兼業を認めるかどうかを判断できるようにすべきです。
申請における「許可制」と「届出制」の違いとは?
副業・兼業を認める場合の「許可制」と「届出制」の違いは何でしょうか。
許可制とは、労働者から副業・兼業の申請を受けても、企業が許可をしなければ、労働者は副業・兼業ができないのに対し、届出制であれば、労働者は届出を出すことにより、副業・兼業を行うことが可能となります。
会社の利益を害する副業の禁止
副業・兼業する事業が、当該企業が行っている事業と同一であったり、同種のものである場合、副業・兼業を認めると当該企業の利益を害することになります。
労働者が、このような事業を副業・兼業することを、企業が禁止することには合理性があり、会社の利益を害する副業・兼業を禁止することは問題ありません。
就業規則に違反した副業は懲戒処分の対象か?
就業規則の定めに違反して副業・兼業をした場合、形式的には、「就業規則違反行為」として懲戒処分の対象となります。しかし、実際に懲戒処分を下した場合に、その懲戒処分が必ずしも有効となるわけではありません。
その副業・兼業により本業の労務の提供に悪影響が出ている場合や秘密が漏洩している場合等、現実に企業に損害が生じでいるような場合でなければ、懲戒処分は無効と判断される可能性が高いといえます。
副業解禁における労務管理上の注意点
副業・兼業を解禁した場合、企業は、原則として、副業・兼業先の労働時間と本業の労働時間を通算して、労働時間の管理をする必要があります。ただし、企業が、副業・兼業先での労働時間を把握して、労働時間を通算管理することは労使ともに負担があります。そこで、厚労省の通達により、簡便な労働時間管理の方法として、モデルとなる管理方法が定められています。実際に副業・兼業を解禁される場合には、簡便な時間管理の方法を採用することを検討されてもよいでしょう。
副業による情報漏洩の防止
また、副業・兼業によって情報漏洩が生ずるリスクがあります。情報漏洩が生じうる事業や業務に関しては、リスク回避のために副業・兼業を認めないという対応のほか、営業秘密などについては、秘密管理を徹底することで、現実の情報漏洩リスクを軽減しておく必要があります。また、厳格な秘密管理を行うことにより、不正競争防止法により保護を受けることが可能となりえますので、秘密管理を厳格に行うことは有用です。
長時間労働を防ぐための措置
長時間労働を防ぐためには、副業・兼業先の労働時間についても、正確に把握して、長時間労働により健康を害する恐れが生じる場合には、労務の提供に支障が生ずる場合であるとして、副業・兼業の労働時間を短縮するように労働者に求めることが必要です。なお、副業・兼業は、労働者の所定労働時間外の行為ですが、本業の労務の提供に支障が生ずることは債務不履行であるので、上記のような場合には、企業は副業・兼業の労働時間の短縮を求めることが可能と考えます。なぜなら、本業の労務の提供に支障が生ずる場合に、副業・兼業を認めないことは認められると考えられているところ、一切の副業等を認めないという扱いよりも、労働時間の短縮を求める方がより、労働者にとって不利益が小さいからです。
副業について争われた裁判例
副業を行った労働者に対する懲戒処分の有効性が問題となった裁判例をご紹介します。
事件の概要
大学の英語学科の教員であったXが、大学の許可を得ずに、同時通訳業や語学学校の講師を務めていたこと等に関し、就業規則に定める無許可兼業に該当するなどとして、大学側が懲戒解雇を行った事案。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判では、同時通訳を実施するために休講、代講としたことについても争われましたが、ここでは、無許可兼業についてのみ解説します。
裁判所(東京地判平成19(ワ)第12956号 平成20年12月5日判決)は、懲戒事由に無許可兼業が定められていても、職場秩序に影響せず、労務提供に格別の支障を生じさせない程度・態様のものは含まれないとしたうえで、労働時間外に実施された語学講座の経営・語学学校の講師等の労務提供に支障を生じさせていないものは、無許可兼業にあたらないと判断しました。
ポイント・解説
上記の裁判例から明らかなとおり、就業規則で無許可兼業を懲戒事由と定めていたとしても、職場秩序に影響せず、労務提供に格別の支障を生じさせない程度・態様の兼業については、懲戒事由の該当性を否定されます。
今後、副業・兼業を解禁した企業において、副業・兼業に関する就業規則に反する事案が生じると思われますが、上記の裁判例から明らかなとおり、形式的に就業規則に反しているだけでは、懲戒処分は無効と判断されますのでご注意ください。
副業に関して就業規則をどのように定めるかでお悩みなら、企業法務の専門家である弁護士にご相談下さい。
副業・兼業を解禁する場合、当該企業は、適切な労働時間の管理を行うことが要求されることや、副業・兼業により企業に損害が生じないようにするために就業規則を整備する必要があります。就業規則の作成に悩まれたら、是非、弁護士にご相談ください。
コロナ禍で外出が少なくなったり、仕事が減ったりといった事情から、飲酒量が増え、アルコール依存の治療を行う医療機関への相談が増加しているといわれています。
コロナ禍において、テレワークを行っている労働者は少なくありませんが、自宅で勤務をすることから、勤務中に飲酒をしてしまうという労働者もいるようです。
以下では、テレワーク中の飲酒行為等についての対処方法を説明します。
テレワークの普及で懸念されるアルコール依存の増加
テレワークは、同僚や顧客などと対面することがないため、飲酒をした場合であっても、臭いで飲酒していることが発覚することがありません。そのため、勤務中に飲酒をしてしまうという労働者がいるようです。
また、テレワークにより、通勤する必要がなくなることから、終業後すぐに飲酒を始めて長時間の飲酒をすることにより飲酒量が増えてしまうという労働者もいるようです。
テレワーク中の従業員の飲酒で生じる企業リスク
当然ながら、飲酒を行い酒に酔った状態で業務を行うと、アルコールの影響による注意力や集中力の低下などから業務上のミスが生じる可能性があります。このような飲酒を原因とするミスにより顧客や使用者である企業に損害が発生するリスクが生じます。
また、テレワーク中の業務においても、使用者は労働者の生命身体に対する安全配慮義務を負っているため、使用者が、労働者の飲酒等を知りながら放置して労働者の健康を損なう結果を生じさせた場合には、会社の安全配慮義務違反が生ずるリスクがあります。
テレワーク中の飲酒で懲戒処分できるのか?
テレワーク中に飲酒した場合に、これを理由として懲戒処分は可能でしょうか?
勤務時間中の飲酒は「職務専念義務」「誠実労働義務」に違反
勤務時間中に、飲酒をすることは、飲酒行為自体が職務専念義務や誠実労働義務に違反します。そのため、テレワーク中の飲酒を理由に懲戒処分を行うことは可能です。
勤務時間前や休憩時間に飲酒していた場合はどうなる?
勤務時間前や休憩時間は、労働者は使用者の指揮命令下になく自由な行動をとることができるのが原則です。もっとも、勤務時間前や休憩時間の飲酒であっても、アルコールの影響により業務の遂行に悪影響が出ることが考えられます。そのため、勤務時間前や休憩時間の飲酒行為を懲戒対象とすることはできなくとも、酒気を帯びた状態で勤務していることを対象として懲戒処分をすることは可能であると思われます。
アルコールを飲みながらテレワークしている従業員への対処法
実際に、アルコールを飲みながらテレワークをしている従業員がいた場合にはどのように対処すべきでしょうか?
懲戒処分の前にまずは注意指導を行う
まず初めに行うべきなのは、懲戒処分ではなく飲酒行為に対する適切な注意指導です。懲戒処分が無効と判断されるリスクを回避するためには、不適切な行為に対し、注意指導を行ってもこれに従わない場合に懲戒処分を行うことが望ましいといえます。もっとも、大量の飲酒で酩酊状態になっている場合などは、最初から懲戒処分を行っても問題はありません。
就業規則の懲戒事由に該当するかが問題
勤務中の飲酒行為は、懲戒処分をするに足りる不適切な行為です。しかし、会社が労働者を懲戒処分するにあたっては、就業規則の懲戒事由に該当することが必要です。
就業規則において、業務中の飲酒行為そのものを懲戒事由としていなくとも、飲酒をしながら勤務をしている場合は、職務専念義務違反等に関する懲戒事由に該当し、懲戒処分が可能です。
懲戒解雇は処分が重すぎるとして無効になる場合も
懲戒処分の中で最も重い処分には懲戒解雇があります。労働者が懲戒事由に該当する行為をした場合にまれに、いきなり懲戒解雇を選択する使用者が見受けられます。
しかし、懲戒事由に該当する場合であっても、その懲戒事由に該当する行為に比べてその処分の内容が重すぎる場合には、処分の相当性を欠くとして、懲戒処分は無効となります。
勤務中の飲酒行為であっても、過去に注意や懲戒処分を行っていないにもかかわらず、いきなり懲戒解雇を行った場合には、無効と判断される可能性は高いといえます。
テレワーク中の飲酒を防ぐために企業がすべきこと
テレワーク中に労働者が飲酒することを防ぐために企業はどのようなことをすべきでしょうか?
就業規則に規定を設ける
就業規則に業務中の飲酒を禁止する規定を設けて、労働者に明示することは有用です。明確に就業規則で禁止して、これを周知しておくことで、企業として、労働者に対し、テレワーク中の飲酒行為には厳しい対応をすることを示すことができ、規定がない場合に比して、飲酒行為を抑止する効果があると考えます。
定期的にコミュニケーションを取る
テレワークは、事業場での勤務のように同僚とのコミュニケーションがとりづらいため、孤独感を感じる労働者もいます。孤独感や業務上のストレスが飲酒を行うきっかけとなることもあるため、テレワーク中の労働者と業務中にコミュニケーションをとることは、勤務中の飲酒を抑制する効果があると考えられます。
ストレスチェックを実施する
ストレスの解消が目的で飲酒をすることも多いため、テレワークを行っている労働者のストレスチェックを行うことも有用です。労働者の精神状態を把握し、ストレスを緩和するために業務量を調整するなどの対策をとることにより、ストレスを原因とする飲酒行為を抑制することが可能となります。
勤務時間中の飲酒行為に関する裁判例
勤務時間中の飲酒行為を理由として懲戒解雇がなされたところ、これを労働者が争った裁判例をご紹介します。
事件の概要
レストランを経営する企業にシェフとして勤務していた労働者が、勤務時間中に飲酒行為をしました。当該企業においては、勤務中の飲酒行為を禁止しており、懲戒事由として、「酒気帯びの状態での就業」を定めていました。当該企業は、上記の懲戒事由のほか、当該飲酒行為は、懲戒事由の「勤務時間中の私用」、当該会社の「秩序風紀を乱す行為」、「業務とは無関係の」当該会社「所有物の使用」にも該当するとして、当該社員を、懲戒解雇しました。
懲戒解雇された労働者は、当該懲戒解雇処分が不当であるとして、当該企業を相手に、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えを起こしました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
裁判所(東京地裁平成27年(ワ)第5935号、平成27年(ワ)第29152号、平成〇年〇月〇日判決)は、当該労働者の勤務中の飲酒行為は、当該企業が禁止する行為であり、懲戒事由に該当するという判断をし、懲戒事由には当たらないという当該労働者の主張を退けました。
しかし、懲戒解雇は、懲戒処分の中で最も重い処分であること、処分を受けた労働者が受ける不利益が多大なものであることから、本件が有期雇用契約の期間の途中でされたものであることから本件懲戒解雇には「やむを得ない事由」(労働契約法17条)が必要であると述べました。
そして、当該飲酒行為により、調理業務に支障が生じたことを認めるに足りる証拠がないこと、当該労働者の業務評価が高いこと、懲戒歴がないこと、これまで飲酒行為について注意・指導を受けたことがないことなどから、本件懲戒解雇は不当に重い処分であり、無効であると判断しました。
ポイント・解説
判決のポイントとしては、飲酒行為が「勤務時間中の私用」等の懲戒事由にも該当すると判断されている点です。勤務中の飲酒行為そのものを懲戒事由と定めていなくとも、他の懲戒事由該当性は認められると考えてよいでしょう。
特に重要な点は、飲酒行為が業務に与えた影響や、当該労働者の業務評価、懲戒歴、これまでの注意指導の有無などを考慮して、懲戒解雇は不当に重い処分であると判断している点です。
以上の裁判例から明らかなとおり、就業規則上、懲戒事由に該当し、懲戒解雇が選択できる場合であっても、当該行為に対して、懲戒処分が相当であるかについては、極めて慎重な対応が必要です。
テレワーク中の従業員対応でお悩みなら、労務問題に詳しい弁護士にご相談下さい。
テレワークという新しい働き方のもとでは、勤務中の飲酒といった、事業場内の労務管理では生じなかったトラブルへの対応が必要となるケースもあります。
懲戒処分、解雇といった労働者に対する不利益を生じさせる行為については、裁判所において無効と判断されるリスクがある行為であることから、過去の裁判所の判断を踏まえた対応が不可欠です。
労働者に対する不利益処分などを検討されている場合には、処分前に労務問題に詳しい弁護士にご相談されることをお勧めします。
自然災害が発生し、使用者が事業を休業した場合に、労働者への賃金の支払いの必要はあるのでしょうか。以下で、解説を行います。
自然災害で休業した場合、従業員の賃金を支払う必要はあるのか?
自然災害で休業した場合、「債権者の責めに帰すべき事由」(民法第536条第2項)により、就労できなくなったとはいえないので、使用者は、従業員に賃金を支払う義務はありません。
自然災害は「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するか?
自然災害で休業した場合、その休業が「使用者の責に帰すべき事由」(労働基準法第26条)による休業であれば、使用者は、従業員に対し、休業手当を支払う必要があります。
自然災害で休業手当の支払いが必要となる具体例
「不可抗力による休業」は、「使用者の責に帰すべき事由による休業」にあたりません。「不可抗力による休業」とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないとされています。
例えば、地震が発生した場合に事業場の施設や設備が被害を受けていない場合に、地震の影響により、通常の仕入れ先から原材料の仕入れが出来なくなったが、他の仕入れ先からの仕入れが可能であるにもかかわらず休業した場合等には、「使用者の責めに帰すべき事由」による休業として休業手当の支払いが必要となります。
自然災害で休業手当の支払いが不要となる具体例
地震により、事業場の施設や設備が被害を受け、事業場で事業を行うことができない状況にある場合には、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」とはいえないため、休業手当の支払いは不要です。
自然災害により半日など一部休業した場合はどうなる?
1日のうち一部分を休業した場合、その就労した時間については賃金を支払う必要があります。休業手当は、平均賃金の60%を支払わなければならないとされているため(労働基準法第26条)、一部就労に対し支払うべき賃金の額が、平均賃金の60%を超える額となる場合には、休業手当を支払う必要はありません。一部就労に対し支払うべき賃金の額が、平均賃金の60%を下回る場合には、平均賃金の60%と一部就労に対し支払うべき賃金との差額を、休業手当として支払う必要があります。
労基法26条と民法536条2項の違い
労働基準法第26条は、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、使用者に労働者に対し、休業手当を支払うことを義務付けています。
民法第536条第2項は、「債権者の責に帰すべき事由」による休業の場合には、労働者は賃金請求権を失わないことを定めています。
民法第536条第2項は、取引において債権者に帰責性のある場合には債務者が債務を履行しなくとも債権者は反対給付をしなければならないという過失責任の考え方に基づく規定であるのに対し、労働基準法第26条は、賃金によって生活をする労働者の生活保障という観点から使用者に休業手当の支払いを義務付ける規定です。
そのため、「使用者の責めに帰すべき事由」は。「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、会社側に起因する経営、管理上の障害を含むと解されています。
賃金の100%の支払いが必要となるケースとは?
休業が「債権者の責めに帰すべき事由よる休業」であれば、100%の賃金の支払いが必要となります。
例えば、事業主が、設備が老朽化していることを知りつつ漫然と放置していた場合に、設備が通常の安全性を有していれば被害を受けることがない程度の台風により、設備が被害を受け休業した場合などは、「債権者の責めに帰すべき事由による休業」と判断され、賃金の100%を支払う必要が生じます。
従業員とトラブルにならないために企業がすべき対応
自然災害などで休業が発生した場合に従業員との間でトラブルにならないために企業がなすべき対応について解説します。
就業規則等にルールを設けておく
まず、休業が発生する前に、就業規則等で自然災害による休業の場合のルールについて明確化し、従業員に周知しておくことが良いでしょう。なお、就業規則等で、自然災害による休業の場合にも賃金を支払う旨の規定を設けた場合には、これらの規定等に基づき賃金の支払い義務が生じますので注意してください。
有給休暇や振替休日で対応する
自然災害による休業に関しては、突発的に生ずるものであり事前に有給休暇を申請しておくことは困難です(休業が継続する場合を除く。)そのため、自然災害による休業の場合には、事後申請による有給休暇の取得を認めるという対応が考えられます。
また、自然災害による休業を要する日を休日に振り替えるという対応もあります。
賃金の非常時払いに対応する
労働基準法は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合には、既に行った労働に対する賃金を支払期日前に支払わなければならないと定めています(法第25条)。
そのため、自然災害が生じ、労働者が被災し、これに対応するための費用に充てるために賃金の支払いを求めた場合には、支払期限前であっても既に行った労働に対する賃金を支払う必要があります。
休業手当の支払い義務に違反した場合の罰則
休業手当の支払い義務を怠った場合には、30万円以下の罰金が定められていますので(労働基準法第120条)、適切な支払いを行うよう十分に注意してください。
「雇用調整助成金」の活用について
事業主が休業を行う場合、要件を満たせば雇用調整助成金により支払った休業手当負担額の一部の助成を受けることができる場合があります。特に、大規模な自然災害が生じた場合には、当該災害による休業に対する緊急の助成金などの制度が定められることがありますので、情報収集の上で利用を検討すべきでしょう。
休業中の賃金について争われた裁判例
自然災害が原因ではありませんが、休業中の賃金支払について争われた例を解説し、民法第536条第2項と労働基準法第26条の関係を説明します。
事件の概要
航空会社Y社の労働組合が、部分ストライキを実施した。これにより、空港における作業が困難となったため、Y社は予定便数や路線の変更をせざるを得なくなりました。その結果、運行が一時中止となり、就労の必要がなくなったXらに対し、Y社は休業を命じ、賃金を支払いませんでした。
これに対し、Xらは、民法第536条第2項による賃金の支払いを求め、賃金の支払いが認められない場合には、労働基準法第26条の休業手当が支払われるべきであると主張しました。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
判例(昭和57年(オ)第1189号昭和62年7月17日最高裁判所判決)は、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則である過失責任主義とは異なる観点を踏まえた概念であり、民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当であると判断しました。
そのうえで、ストライキは、Xらの所属する労働組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行ったものであることから、Y側に起因する事象ということはできないとして、休業手当請求権は認められないと判断しました。
なお、同一事件の労働者からの上告審において、賃金請求権についても認められないとの判断がなされています(昭和57年(オ)第1190号昭和62年7月27日最高裁判所判決)。
ポイント・解説
今回の紹介判例で押さえておくべきポイントは、労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」は民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき」事由による休業よりも、その範囲が広く、使用者側の経営上、管理上の障害も含むと解されている点です。
一般の取引における当事者間の「帰責性」と同様に「使用者の責にすべき事由による休業」を理解すると、休業手当を支払うべき場合に支払いを怠ってしまうので注意が必要です。
自然災害時の休業手当について、不明点等ございましたら弁護士にご相談ください。
労働基準法上の休業手当の支払い要件に関しては、「使用者の責に帰すべき事由による休業」という要件がありますが、その要件は解釈により通常の「帰責性」の概念よりも広く捉えられています。そして、実際の休業が「使用者の責に帰すべき事由による休業」といえるかという判断は、容易ではないことが少なくありません。労使トラブルを未然に防ぐために、休業を命ずる必要が生じた場合には、是非、弁護士に休業手当の支払いの有無についてご相談することをお勧めいたします。
企業においては、業務上の必要性から、従業員に対して転勤を命ずることがあります。この場合に、転勤を命ずる従業員が、育児中であったり、介護中であったりする場合には、どのような注意が必要なのでしょうか。以下で、注意点について説明します。
育児・介護中の従業員に対して転勤を命じることは可能か?
育児・介護中の従業員に対して転勤を命ずることは可能かどうか、以下で説明します。
転勤命令が権利濫用として無効になる場合とは
従業員に対する配転命令(配置転換・転勤)ついて、最高裁は、①業務上の必要性が存しない場合、または、②業務上の必要性が存する場合であっても、ア 他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは、イ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配転命令であるときは、権利濫用となると判断しています。
育児・介護休業法では従業員への配慮義務が定められている
育児・介護中の従業員への転勤を命ずるにあたっては、育児・介護休業法に注意する必要があります。
育児・介護休業法は26条において、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となるもる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の状況に配慮しなければならない。」として、育児・介護中の従業員に転勤命令を出す場合には、従業員の育児や介護に関し配慮すべき義務を定めています。
育児・介護休業法に関する指針・通達の内容
育児・介護休業法に関する通達においては、育介法26条の「配慮すべき義務」は、配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講じることまでを求めるものではありません、としています。
そのため、育児や介護についての配慮義務を尽くせば、育児中や介護中の労働者に対し、転勤命令を出すことは可能です。
育児・介護中の従業員に対して配転命令を出すときの注意点
以下では、実際に、育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出すときの注意点について説明します。
①就業規則等で転勤について定めておく
労働者に転勤命令を出すためには、労働契約や就業規則に、「業務の都合により、出張、配置転換、転勤を命ずることがある。」などの命令の根拠となる規定を定めておく必要があります。
②従業員の家庭の状況を把握する
使用者は、労働者に転勤命令を出すにあたり、その労働者の家庭の状況を把握し、その労働者が育児や介護を行っているのであれば、その育児・介護の状況、他の家族による養育・介護の状況、未成年者・要介護者の状況の詳細を確認する必要があります。
③転勤による負担を軽減できるか検討する
使用者は、労働者の養育・介護の状況を把握したうえで、転勤した場合に養育・介護を他の代替手段で行えるか、その代替手段を講じることができる時期、民間ケアサービス等の利用可能性、可能であった場合の利用可能開始期間などを確認して、できる限り、転勤による養育・介護に生ずる負担を軽減できるか検討する必要があります。
④転勤の目的や背景を十分説明する
育児・介護中の労働者に転勤命令を出した場合、その労働者だけでなく、その家族などに一定の負担が生じることは避けられません。そのため、育児・介護中の労働者に転勤命令を出すにあたっては、その転勤の目的や背景を十分に説明したうえで、その労働者が転勤対象者となった理由についても、本人が納得できる説明を行う必要があります。
⑤転勤命令は書面で交付する
転勤命令は、その労働者に対し書面を交付するなど、命令を下したことが客観的にわかる形で命令を出すことが望ましいでしょう。以下に述べるとおり、その労働者が転勤命令を拒否するケースもあるため、命令拒否に対する処分などを行う可能性が存在することから、命令を出した証拠は書面等により確保しておくことが望ましいからです。
育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員の対処法
具体的に、育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員が生じた場合の対処法を説明します。
育児や介護に関する証明書類の提出を求めてもよいか?
使用者は、育介法により、育児・介護中の労働者に転勤命令を出すにあたっては、養育・介護の状況に配慮すべきことを義務付けられています。そのため、養育・介護の状況を確認して配慮するため、労働者に、育児・介護に関する証明書類の提出を求めることは認められます。
育児・介護中の従業員への転勤命令に関する裁判例
以下では、実際に介護中の従業員への転勤命令の有効性が争われた裁判例を解説します。
従業員に対する転勤命令が有効とされた判例
夫婦共働きで、3歳の子を保育園に預けながらフルタイムで勤務している女性従業員に対し、東京都目黒区から八王子市所在の事業所への転勤命令が出されたことにつき、転勤命令の有効性が争われました。
判例(最高裁平成8年(オ)第128号平成12年1月28日判決)は、転勤により、その労働者の通勤時間が約1時間45分となることを認定し、転勤によりその労働者が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えると前はいえないと判断し、転勤命令を有効としました。
もっとも、本判決が出された後、平成13年育介法の改正により、転勤命令を出すにあたって使用者が労働者の育児・介護の状況に配慮すべき義務が定められているため、育介法の配慮義務を考慮した場合に同様の結論となるかは不明です。
従業員に対する転勤命令が無効とされた判例
従業員に対する転勤命令が無効と判断された判例には、以下のようなものがあります。
事案は、妻の病気の介護などを行っていた労働者に対し転勤命令が出されたものです(他の労働者に対す転勤命令も、同時に争われ、その転勤命令も無効と判断されています。)
転勤命令を出すことにつき、業務上の必要性は認めたものの、転勤命令を出した労働者の妻が精神病にり患しており、①その労働者が転勤により単身赴任した場合には、妻がその労働者と共に生活するという回復のための目標を失うことになることや、妻が家事分担について自ら行わなければならないと考えることによる審判が、妻の精神的安定に与える影響が大きいこと、②家族帯同で転居した場合であっても、全く知らない土地に住むことによる不安感や現在の主治医との信頼関係が消滅することは病状悪化に結び付く可能性があるなどとして、転勤命令がその労働者に与える影響は非常に大きいものとして、配転命令権の濫用にあたり、無効であると判断しました(大阪高裁平成17(ネ)第1771号平成18年4月14日判決)
従業員の転勤命令でお悩みなら、労働法務に詳しい弁護士にご相談下さい。
複数の事業所を有する企業にとっては、業務上の必要性から従業員に対し、転勤命令を出すことは少なくありません。転勤命令は、業務上の必要性があれば有効となるのではなく、労働者に生ずる不利益の程度が大きければ無効となる可能性があることにご注意ください。転勤命令の有効性が争われる場合には、同時に転勤命令を拒否したことを理由とする解雇の有効性が争われ、企業が敗訴した場合には、未払賃金の支払うという経済的な損害も発生します。労働者が転勤命令を拒否するケースにおける転勤命令の有効性についての判断は慎重な判断を要するので、労働法務に詳しい弁護士にご相談ください。