議事録・録音・録画の必要性

コラム

団体交渉は、複数回開催されることが多く、適切に協議を続けていくために、議事録や録音・録画により記録を残しておくことが必要といえます。ここでは、団体交渉に関する記録について、ご説明します。

団体交渉の内容を記録する必要性

通常、団体交渉は、1回では終わらず、何度も行われます。また、その協議も数時間に及ぶこともあります。記録を付けておかないと、団体交渉の経緯や内容が分からなくなり、適切な協議を行えなくなってしまいます。そのため、適切な団体交渉を行うために、団体交渉の内容を記録に残すべきです。

団体交渉において議事録は作成すべきか?

団体交渉の内容を記録に残す方法は、いくつか考えられます。正確な記録のために、録音をして記録に残すことも大切ですが、通常、理路整然と話をすることは困難です。そのため、後から聞き返しても、話の内容を掴めないということが起こり得ます。また、話合いが長時間に及ぶと、録音を聞き返すことは容易ではありません。

そのため、録音だけでなく、議事録を作成して、団体交渉の内容をまとめておくのが良いといえます。

議事録の作成目的

上記のとおり、議事録は、備忘録としての役割を果たしますが、議事録を作成する目的は、それだけにとどまりません。議事録は、何らかの問題が起きた際の証拠にもなります。備忘録や証拠として使用できるように議事録を作るべきといえます。

議事録に記載する内容

上記のとおり、議事録は備忘録としての役割と、証拠としての役割があります。いつ、誰が、どのような内容を話したかという記録を残すべきですので、議事録には、日時、参加者、協議内容を記載するのが良いでしょう。

また、次回の団体交渉までに検討すべき事項が設定されることもあります。その際には、検討事項の記録も残しておくのがよいといえます。

議事録へのサインについて

労働組合から、作成をした議事録にサインを求められることがあります。しかし、正確ではない議事録にサインをしてしまうと事実と異なる協議がなされたという証拠になってしまいます。また、場合によっては、議事録にサインしたことで労使協定が成立してしまうこともあります。

そのため、いくら議事録という表題になっているとしても、安易にサインをしてはなりません。サインをしなければならないとしても、慎重に検討をした上で、行うようにしましょう。

団体交渉の内容を録音・録画する必要性と注意点

議事録によって、団体交渉の協議の内容等を記録に残すことができますが、一言一句間違いのない記録を付けることは不可能です。正確な記録を残すために、議事録を付けるとともに、録音等も残しておくのがよいといえます。

録音をする際には、「録音します」などと、一言、断ってから録音を開始するのが良いでしょう。また、録音機器は、机上に置いて録音するのがよいと考えられます。机上の方がクリアに録音できる上、乱暴な発言も抑止できる効果を期待できます。

団体交渉の記録が争点となった判例

ここでは、団体交渉に関する議事録の信用性が否定された事例を紹介します。

事件の概要

議事録に関する部分に絞って記載をします。組合と被告(医療法人)とが団体交渉をしていたところ、当時、録音しないことが合意されていました。そして、第2回の団体交渉において、組合は議事録を作成したものの、被告には、内容の確認を求めておらず、労使双方の確認を得た議事録は作成されていないという状況でした。

このような状況において、原告は、第2回の団体交渉において、「過半数代表の選出に管理監督者である事務長が関与しないように求めたのに対し、被告が無理である旨の回答をした」との主張をし、団体交渉時の議事録が証拠の一つとして使用されていました。他方で、被告は、「事務長に関する要求はなかった」との主張を行っていました。

裁判所の判断(令和2年(ワ)第32845号・東京地方裁判所・判決)

裁判所は、「本件組合の作成した議事録は、被告の確認を経ていないものであるから…、その内容が交渉内容を正確に反映したものであるとまでは認め難い。また、第2回団体交渉は、録音がされていなかった…。そうすると、本件組合が具体的にいかなる要求をし、被告がこれにいかなる回答したのかについては判然としないといわざるを得ないから、本件組合が同団体交渉において過半数代表者の選出に事務長が関与しないよう求めたのに対し、被告が無理である旨回答した事実については、これを認めことはできない。」とし、議事録を証拠として、原告の主張を認定することは出来ない旨の判断を下しました。

ポイント・解説

裁判所は、被告の確認を経ていないことを理由として、議事録が交渉内容を正確に反映したとまでは認めがたいとの判断を下しています。当然ですが、議事録を片方のみで作成した場合、内容を自由に記載することができます。そのため、自ずと、議事録の信用性は落ちることとなります。

今回は、録音しないとの合意がなされており、議事録を裏付ける証拠もない状況でした。このような場合において、一方が議事録を作成したときは、他方の確認を得ておくのがよいと考えられます。

よくある質問

以下では、よくある質問にご回答します。

団体交渉における議事録の作成について、法的義務はあるのでしょうか?

団体交渉において議事録を作成すべき法的義務はありません。もっとも、議事録は、備忘録としても、証拠としても、重要な役割を果たすと考えられます。そのため、法的義務がないとしても、議事録を作成しておいた方が良いでしょう。

労働組合側から録音・録画の要求があった場合、会社側も録音・録画すべきでしょうか?

労働組合側から録音・録画の要求があった場合には、会社側も録音・録画をしておいた方が良いでしょう。録音・録画に関しては、後から一部を切り取られて証拠として利用される可能性があります。そのような場合に、会社側にも録音・録画があれば、提出されていない部分を証拠として提出することができます。
労働組合側から録音・録画が求められた場合には、会社側においても録音・録画をしておくべきでしょう。

団体交渉時の内容を無断で録音することは違法ですか?

録音は、団体交渉の場で話をしたことを記録に残す行為です。団体交渉の場で話をした内容は、その相手には、伝わっており、録音は、その内容を記録に残すだけであるため、無断で録音をしたとしても、直ちに違法とはいい難いところです。
もっとも、秘密で録音をしたことがトラブルの原因になりかねません。そのため、断りを入れてから録音をすべきでしょう。

労働組合側の録画で、会社側にだけカメラを向けられることは問題ないのでしょうか?

録画をすべき義務も、録画を禁止する義務もありませんので、どのように録画をするかは自由といえます。そのため、会社側にだけカメラを向けられるということが直ちに問題とは考え難いところです。
もっとも、会社側にだけカメラが向けられている場合、労働組合の行動などを記録に残すことはできません。双方が映るようにカメラの向きを調整するよう申し入れたり、会社側でも、録画するなどして対応をした方がよいといえます。

録音・録画した団体交渉の内容は、文章に起こして保管しておいた方が良いですか?

裁判において、録音・録画を証拠として使用する場合、その内容を反訳して提出する必要があります。この点から考えると、録音・録画の内容を文章に起こしておいた方がよいと言えます。
もっとも、実際に裁判になった際に、反訳をするということでも問題はありません。そのため、無理に、文章に起こす必要はないといえます。

労働組合から団体交渉時の録音・録画を求められました。拒否すると不当労働行為にあたりますか?

団体交渉において、必ずしても、録音等は必要ではなく、これを拒否したというだけで、直ちに不当労働行為に当たるとは考えられません。ただし、会社側が、録音等を理由として、団体交渉自体を拒否した場合には、不当労働行為に当たると考えられます。
録音等によって、団体交渉の内容を記録に残すことができるというメリットもありますので、双方が録音等をする形で団体交渉を実施するのがよいと考えられます。

労働組合が作成した議事録にサインをしてしまいました。後から取り消すことはできますか?

原則として、一度、サインしたものを後から取り消すことはできません。場合によっては、議事録が労使協定になるということもありますので、サインをする場合には、慎重に行うべきです。

議事録の内容を、会社の顧問弁護士に開示しても問題ないですか?

議事録の内容を、会社の顧問弁護士に開示することは問題ありません。弁護士は、代理人として、団体交渉に参加することも可能であり、議事録の記録があれば、これまでの団体交渉の結果を踏まえて対応を考えることも可能となります。弁護士に相談する際には、議事録の内容を見せた方が良いでしょう。

労働組合側の暴言・脅迫行為を録音することができれば、団体交渉を打ち切ることは可能ですか?

確かに、暴言・脅迫行為があった場合には、団体交渉を打ち切る理由になり得ます。ただし、団体交渉の打ち切りが認められるためには、暴言・脅迫行為が継続する見込みが高いことが必要となります。まずは、暴言・脅迫行為を止めるように伝え、それでも暴言・脅迫行為が続く場合に、団体交渉を打ち切ることを検討しましょう。
なお、暴言・脅迫行為があった場合、一旦、冷静になる時間を設けるということは問題ないと考えられます。冷静に話が出来そうにないときは、休憩時間を設けたり、後日、話をするなどの対応を取ることが考えられます。

団体交渉時の録音データを改ざんした場合、会社はどのような責任を問われますか?

例えば、裁判において、録音データを改善して、証拠として提出した場合、違法な行為として損害賠償義務が課される可能性があります。また、改ざんが発覚した場合、その録音データの証拠能力は否定されます。加えて、仮に、改ざんデータで勝訴判決を得て、それが確定したとしても、後々、改ざんしたことが発覚すれば、その裁判がひっくり返る可能性もあります。

議事録は、労働組合側と使用者側で別々に作成すべきでしょうか?

労働組合側と使用者側とで一緒に議事録を作成できれば、より信用性が高い議事録を作成することができます。しかし、議事録の内容に関して意見の対立が生じる可能性もあります。また、双方が議事録にサインをすると、労使協定が成立したと判断される可能性もあります。そのため、労働組合側と使用者側で別々に議事録を作成した方がよいと考えられます。

団体交渉の記録で不備が無いよう、人事労務を得意とする弁護士がサポートさせて頂きます。

ここでは、団体交渉に関する記録についてご説明しました。団体交渉の記録は、備忘録としても、証拠としても重要なものです。長期間にわたる団体交渉において、重要なものであり、記録に不備がある場合、後々、証拠として使用できないということも起こり得ます。
弁護士法人ALG&Associatesは、人事労務に関して、多数の経験を有しています。お困りのことがありましたら、ぜひご相談ください。

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会社は、労働組合から団体交渉の申し入れがあった場合、誠実に対応する義務を負っています。そのため、基本的には、団体交渉に応じる義務があります。一方、労働組合からの要求全てに応じなくてはならないかというと、そうではありません。労働組合からの要求の中には、およそ根拠のない不当なものもあるのが実情です。

ここでは、会社が労働組合から不当な要求をされたケースにおいて、とるべき対応について解説していきます。

労働組合から不当な要求をされてしまったら

まず、労働組合からの団体交渉申し入れには、原則として応じなければなりません。しかし、中には、不当な団体交渉の申し入れも存在します。このような場合には、会社としては拒否することも必要になってきます。

会社には不当要求に応じる義務がない

会社は、団体交渉の申し入れがあったのに対し正当な理由なく拒否すると、不当労働行為となってしまいます。そのため、基本的には、拒否できないと考えられます。もっとも、例外的に、労働組合からの要求が不当なものである場合には、会社は団体交渉を拒否できると考えられます。

団体交渉の要求に応じるべきか否かの判断

では、どんな要求であれば会社は拒否できるのでしょうか。
労働者からの団体交渉の要求に応じる義務があるか否かは、その内容が義務的団交事項にあたるか否かによります。以下では、義務的団交事項について、解説していきます。

義務的団交事項とは

義務的団交事項とは、労働者から団体交渉の申し入れがあった場合に、会社が断ることができない事項をいいます。そして、労働者の労働条件や待遇、労使関係に関連する事項の中で使用者が決定・変更可能な事項がこれにあたると考えられています。

団体交渉において不当な要求をされた場合の対応例

団体交渉における不当な要求については様々ありますが、以下のケースを見ていきましょう。

団体交渉義務の範囲外の要求があった場合

団体交渉に応じる義務がある事項、つまり、上記の義務的団交事項にあたらない団体交渉については、会社はこれに応じる義務はありません。もちろん、会社の判断により応じることも可能ですが、応じないからといって、不当労働行為にあたるわけではありません。

社長の出席を強要させられた場合

団体交渉の場に社長を出席させるように要求されることがあります。しかし、団体交渉の場に社長が出席する義務はありません。社長は、会社の中でいわば最終決定権者といえるので、団体交渉の場に出席すると、本来は持ち帰って慎重に検討すべき事項についても、その場で判断するよう求められることも考えられるため、会社としては避けるべきと言えます。

暴言・暴力・脅迫行為等があった場合

過去に、団体交渉の場において労働者から暴言・暴力・脅迫行為等があった場合で、今後も同じように暴言等がありそうな場合、会社は、団体交渉を拒否できると考えられます。もっとも、労働者から謝罪や今後は暴言等を控える旨の表明があった場合は、以降は応じる義務が出てくると考えられます。

要求額が法的根拠を欠く過大なものである場合

労働者から金銭の支払いを要求されている場合において、その要求金額が法的根拠を欠く過大なものであるケースがあります。この場合でも、会社には誠実交渉義務があるため、必要な資料等で説明する義務はあると考えられます。

もっとも、会社が資料等を示して説明したにもかかわらず、労働者が根拠ある反論等をすることなく団体交渉を要求する場合は、団体交渉を拒否することが許されると考えられます。

事前に知らされていない質問があった場合

団体交渉においては、労働組合から事前に協議事項・質問事項が示されることが多いです。しかし、事前に知らされていない質問がされることも、ないわけではありません。その場合、内容が義務的団交事項にあたるのであれば、回答拒否という対応はできません。

ただ、その場で回答ができないこともありますので、会社としては、その場で結論を出すのではなく、持ち帰って検討のうえ回答することをお勧めします。

団体交渉の不当要求に関する判例

労働組合が会社に対し団体交渉を申し入れ、会社と労働組合で、団体交渉の回数を重ねていても話し合いが平行線となったことから、会社が労働組合からの要求を拒否し交渉を打ち切った事案について、以下紹介します。

事件の概要

労働組合が会社に対し、団体交渉を申し入れました。この団体交渉の内容は、会社の再建と解雇の撤回についてでした。会社としては、交渉には誠実に対応し、約2か月の間で5回の団体交渉が行われました。しかし、会社としては、労働組合からの要求にはいずれも応じられないと考えており、労働組合との交渉は進まず、平行線状態となりました。

そして、会社は、もはやこれ以上交渉の余地はないと判断し、以降の労働組合からの団体交渉を拒否しました。これに対し、労働組合が、会社が団体交渉を拒否するのは不当労働行為にあたると主張しました。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、以下のように判断しました。

裁判所は、本件における労働組合と会社との団体交渉の経過を検討し、救済命令が発令された時点においては、会社と労働組合の主張は対立しており、いずれかの譲歩により交渉が進展する見込みはなく、団体交渉を継続する余地はなくなっていたというべきであるとして、会社が「団体交渉の継続を拒否していたことに正当な理由がないとすることはできない。」(事件番号:平成3年(行ツ)第160号事件裁判年月日:平成4年2月14日裁判所:最高裁第二小法廷)

と判断しました。

ポイントと解説

労働組合から義務的団交事項についての団体交渉申し入れがあった場合、会社は、誠実に対応する義務があります。しかし、団体交渉に対応する義務と、要求そのものを受け入れる義務は別問題です。

上記判例の内容からは、会社が誠実に対応をしたがこれ以上交渉が進む見込みがないような状況になった場合には、以降の交渉を拒否しても、不当労働行為にはあたらないケースもあるということが分かります。

不当要求から会社を守るためには

労働者からの不当要求から会社を守るためには、何が義務的団交事項であるのかを理解することが重要です。そして、労働者からの要求があった場合、会社として応じる義務がある内容なのか、拒否できる内容なのか適切に判断できるようにしましょう。

団体交渉問題について弁護士に依頼するメリット

団体交渉問題について弁護士に依頼すれば、労働者からの要求に関し会社が応じる必要があるのか否かについて、正確に判断することができます。また、弁護士が団体交渉の場に出席することも可能です。そのため、その場で不当な要求がされた場合にも、適切な対応をすることができます。

よくある質問

以下では、労働者からの要求に関し、よくある質問について回答していきます。

労働組合からの全ての要求に対し、団体交渉に応じなければならないのでしょうか?

全ての要求に応じなければならないわけではありません。義務的団交事項に該当しないものについては、応じる義務はありません。

労働組合からタイムカードの提出を求められたのですが、拒否することは可能ですか?

会社は、団体交渉において、誠実交渉義務を負っていると解されます。そのため、必要な資料を示すなどして、労働者と誠実に交渉をしなければなりません。もしタイムカードの提出を拒否するのであれば、その合理的理由を示すべきでしょう。

未払賃金において法外な額を請求されました。これは不当な要求にあたりますか?

未払賃金における法外な額の請求は、会社に支払い義務がない以上、不当な要求にあたると考えられます。もっとも、誠実交渉義務との関係で、会社は、必要な資料を提示するなどして、労働者に説明をする必要があります。

労働組合による暴言や暴力行為があった場合、団体交渉を打ち切りにすることは可能ですか?

上記のとおり、労働者による暴言や暴力行為があった場合にまで団体交渉に応じるべき義務があるわけではないので、打ち切りにしても不当労働行為にはあたらないと考えられます。

一方的に日時を指定された団体交渉についても応じる必要はありますか?

労働者から指定された日時に必ず応じなければならないわけではありません。もっとも、指定された日に実施しないともはや団体交渉の意味がなくなるような場合には、何らかの形で応じなければならないと考えられます。

すでに解雇した社員に対する解雇撤回の団体交渉に応じる義務はありますか?

社員の地位についての交渉ですので、原則は応じなければならないと考えられます。もっとも、解雇から長期間が経過しているような場合には、団体交渉の拒否は正当と認める裁判例もあります。

労働組合による長時間にわたる団体交渉の強要は、不当な要求に該当しますか?

あまりに長時間にわたる団体交渉の要求は、不当な要求にあたる可能性があります。もっとも、毎回2時間以内という制限を課した事例で、当該制限は合理性を有しないと判断したものもありますので、時間を理由に打ち切ることについては、慎重な判断が必要です。

労働組合が会社に突然押し掛けてきた場合、団体交渉は拒否できますか?

その場で応じなければ団体交渉自体意味がなくなるような特殊な場合でない限り、必ずしも応じなければならないわけではありません。もっとも、このような場合でも、日程調整を行うなどして、誠実に対応するべきであるとはいえます。

会社の業績が良くないのに賞与の増額を要求されています。団体交渉に応じる必要はありますか?

会社の業績が良くないのに賞与を増額させる義務はない以上、増額自体に応じる必要はありません。もっとも、誠実交渉義務との関係から、必要な資料を提示して説明するなどの内容はすべきと考えられます。

労働組合から就業時間中に団体交渉を開催するよう要求されました。これは不当な要求に該当しますか?

就業時間中は、職務専念義務を課している会社が多いため、そのような場合には、就業時間中の団体交渉開催要求は拒否できると考えられます。もっとも、従業時間外には応じる旨伝えるなど、適宜の対応はすべきところです。

会社に対して不当な要求がなされたら、団体交渉問題に強い弁護士にご相談ください。

労働者の要求の中で、何が不当要求に当たるのかの判断は容易ではありません。また、不当要求にあたるとしても、ただ拒否すれば良いのか、別途の対応をすべきなのかなどについては、悩ましい部分かと思います。労働者とのトラブルを防ぐためにも、早めに弁護士にご相談することをお勧めいたします。

団体交渉には専門的な知識と経験が必要

団体交渉は、従業員の雇用関係について生じた問題や、労使関係の規律について、労働組合と協議することになります。取決めについては、労働基準法、労働契約法等の労働関係法規で認められた範囲内で行うことが必要となるため、協議の前提として労働関係法規の知識が必要となります。

また、労働関係法規の知識を前提として、労働条件について交渉することになります。交渉は、経験により差がつきますので、団体交渉の場で交渉をするのは、団体交渉の経験のある者が対応することをお勧めします。

有利に進めるには弁護士の関与が不可欠

上記のとおり、団体交渉をするにあたっては、労働関係法規の知識と団体交渉での交渉経験が必要となります。そして、これらを備えた上で、提案された条件が会社にとって有利であるのかどうかの判断は、とても難しいものです。
弁護士であれば、知識、経験及び経験に基づく条件の有利不利の判断をすることも可能であるため、団体交渉においては弁護士の存在が不可欠と言えるでしょう。

団体交渉における弁護士の役割

団体交渉にあたっては、交渉の窓口として立つ以外にも、交渉方針を定める際、協議の成立時の法的助言をすることにあります。

団体交渉で弁護士に依頼することのメリット

団体交渉で弁護士に依頼することのメリットを以下具体的に説明いたします。

経験に基づく交渉戦略の立案

通常の交渉は、「交渉に応じない」という選択肢がありますが、団体交渉においては、会社に誠実交渉義務が課せられているため、「交渉に応じない」という選択肢をとることは出来ません。
そのため、交渉の結果、協議が成立するかどうかは別として、交渉に応じることが必要になります。交渉に応じることと、相手方(労働組合)の要求をすべて受け入れることは別問題です。

したがって、交渉に応じるにあたって、相手方の要求をどの程度受け入れるのか、受け入れないのか、こちらから条件を提示するのか、どのよう条件を提示するのか等どのように交渉を進めるかという交渉戦略を立てることが必要となります。
弁護士であれば、それまでの経験から、会社と打ち合わせの上、適切な交渉戦略を立てることが可能となるでしょう。

迅速な対応と最良な解決策の提案

団体交渉は、通常労働組合から開催、日程等の申入れを受けます。日程については、会社の担当者の予定もありますので、調整を申し入れることは可能ですが、あまり先の日程にすることは、事実上団体交渉を拒否していると主張される可能性があります。

そのため、団体交渉を申し入れられた場合には、迅速に準備を整えて対応することが必要になります。
弁護士が関与していれば、迅速に準備を整えて団体交渉に臨むことも可能となります。

事態の悪化・会社の不利益を防ぐ

特に従業員の解雇や残業代の請求をされている場合には、団体交渉で協議が成立せず、労働審判や訴訟手続に移行してしまった場合、未払賃金が嵩んだり、残業代に付加金が追加されたりする可能性があり、団体交渉の時点で解決した方が会社の不利益を最小限にできる場合があります。
弁護士であれば、団体交渉のその後の手続に進むことによるメリット・デメリットを助言することも可能です。

弁護士が味方につくことで冷静な話し合いができる

当事者同士の交渉は、どうしても客観的に判断をすることが難しく、感情的になってしまいがちです。これは、会社対労働組合という組織同士の交渉であったとしても、交渉にあたるのが人間同士である以上同様です。
弁護士であれば、感情的対立の無い第三者として、冷静な話し合いをすることができます。 

交渉中止や和解の落としどころを判断できる

団体交渉は、会社には交渉に誠実に応じる義務があるものの、労働組合の要求を全て受け入れることを求められているわけではありません。そのため、誠実に交渉した結果、交渉が成立しないと判断できる場合には、交渉決裂として、団体交渉を終了させることも可能です。

もっとも、会社側が誠実に交渉したと思っていても、労働組合側が会社の誠実交渉義務を尽くしていないと主張する可能性、上記のとおり、交渉を決裂させた結果、かえって会社に不利益が生じる可能性等考えられます。
このような可能性をできるだけ避けるため、弁護士を関与させれば、合理的な交渉の終了時期、交渉の落としどころを判断することができます。

労務トラブルを未然に防ぐ体制づくりをサポートするためにも顧問契約の締結を

上記のとおり、団体交渉をするにあたり、弁護士を関与させることにはメリットがあります。
しかし、本来は、労働組合から団体交渉の申入れを受ける前に問題を解決する、そもそも問題を発生させないということが望ましい形です。

そのためには、日常的に弁護士に相談し、労務トラブルが発生しにくい体制を作っていく、問題が発生した場合には、早期に対応をするといった形をとるために、弁護士と顧問契約を締結し、日ごろからすぐに弁護士に相談できる体制を作ることが有用であると考えます。

団体交渉に関するQ&A

団体交渉に関してよくあるご質問について以下お答えいたします。

団体交渉を申し入れられた場合、会社は必ず応じる必要があるのでしょうか?

会社は、労働組合からの団体交渉の申入れに対して、法的に誠実に対応する義務が課されています(労働組合法第7条第2号)。そのため、正当な理由なく団体交渉を拒否することは出来ません。
もっとも、どのような内容の団体交渉の申入れにも上記のような義務が生じるものではありません。
内容によっては、団体交渉に応じなくとも問題ない場合がありますので、労働組合の要求を正確に把握し、弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

恫喝まがいの団体交渉を受けたとき、弁護士に対応してもらうことは可能ですか?

恫喝等をするような相手方の請求は、正当なものである可能性は低いため、弁護士を入れて交渉をすべきと考えます。

団体交渉が裁判に発展した場合、弁護士に代理人として出廷してもらうことは可能ですか?

裁判に発展した場合、会社が直接対応する以外、第三者に代理人にしてもらう場合には、弁護士であることが必要となります。
むしろ、司法書士、社会保険労務士、会計士などでは、裁判の代理人になってもらうことは出来ないのでご注意ください。                       

団体交渉申入書の回答書の作成方法についてもアドバイスして頂けますか?

申入れ書に対する回答の内容はもちろん、交渉場所、交渉事項の選別等の判断は、その後の交渉の流れに影響します。そのため、初動の段階で弁護士に相談して、対応をすることをお勧めします。

団体交渉を弁護士に依頼した場合、解決までの期間はどれくらいかかりますか?

団体交渉は、期間に制限があるわけではありません。そのため、交渉の状況によって長期にも短期にもなります。短期であれば1か月から2か月程度、場合によっては半年以上かかる場合もあります。

弁護士に依頼することで、団体交渉による不当労働行為を回避することは可能ですか?

上記のとおり、会社は団体交渉において不当労働行為(労働組合法7条2項)に該当する行為をしないように注意することが必要となります。団体交渉の申入れを受けた段階だけではなく、交渉の終了する段階でも注意をする必要があります。 どのような場合に不当労働行為に当たるのか否か微妙な判断をするためには弁護士にご依頼いただくことが有用です。

弁護士に団体交渉を代理出席してもらった場合、社長本人の出席は必要ですか?

団体交渉に社長本人が出席することは必須ではありません。
社長がいれば、団体交渉において検討な必要について、その場で決定することができるかもしれませんが、その場ですぐに決定してしまうことが交渉経過として適切とは限りません。戦略上出席するか否かは、交渉を担当する弁護士と相談する必要があります。

労働者側の交渉担当者についても、弁護士が担当することがあるのでしょうか?

労働組合も弁護士に依頼して、弁護士に交渉を担当することは可能です。そのため、労働者側(労働組合側)の交渉担当者が弁護士であることも十分あり得ます。

弁護士と顧問契約した場合、就業規則の整備についても相談することは可能ですか?

弁護士は、団体交渉に限らず、日常の労務相談や就業規則の作成・改定等の依頼をすることは可能です。

団体交渉のトラブルは深刻化する恐れがあります。早期解決のためにも弁護士に依頼することをお勧めします。

上記のとおり、団体交渉には知識や交渉経験が必要となり、現場での微妙な判断が必要となることもあります。対応を間違えると、会社にとって不利益になったり、紛争が悪化してしまう可能性があります。
そのような事になることを防ぐために、団体交渉を申し入れられた場合には、弁護士に依頼することを強くお勧めいたします。

労働者を雇って会社経営している場合には、団体交渉に直面するリスクが潜在的にあります。また、団体交渉を申し込まれれば、正当な理由なく拒むことができません。
では、どのように対応していけば良いのでしょうか。

使用者の誠実交渉義務とは

団体交渉において、合意に向けて誠実に交渉する義務を、誠実交渉義務といいます。
誠実交渉義務が課せられていることから、使用者は、団体交渉において、団体交渉への出席拒否という形式的な拒否だけでなく、団体交渉の場での要求事項についての具体的な話合いを回避するという実質的な拒否も禁止されています。

労働組合との団体交渉

では、使用者側は、団体交渉で何を行えばよいのでしょうか。
組合の代表者と面会において、誠実に合意の形成に向けて協議し、使用者としての回答や主張も行い、必要に応じて使用者の回答や主張の根拠の説明や必要な資料を提示していくことになります。
状況によって、労働組合の同意を得て、WEBや電話、書面による方法を用いて交渉を行うこともありますが、原則として、労使が直接話し合う形式で行うことが求められていますので、労働組合がWEBや電話等の方法により交渉を行わないことを理由に交渉を拒否すると、不当労働行為となります。

使用者は労働組合に譲歩する義務まで有するのか?~誠実交渉義務の相対性について~

使用者の誠実交渉義務がどこまで求められるのかは、組合側の要求事項や対応によって相対的に変わります。
例えば、組合側の要求や対応が社会的相当性を欠くものであった場合まで対応しなければならないという義務はありません。
また、団体交渉が申し込まれた場合でも、使用者側が譲歩しなければならないという義務まではありません。

労働組合からの要求と会社側の対応方法資料提供の要請にはどの程度応じるべきか?

要求事項の検討に必要な資料等の提供であれば、可能な限り応じる必要がありますが、組合側から提供の要請を受けた資料をすべて提供しなければならないというわけではありません。
提供できない場合には、組合側に対して、当該資料を提供できない適切かつ具体的な理由を説明する等の誠実な対応をする必要があります。

誠実交渉義務の判断基準

様々な事情を総合的に考慮して、使用者が誠実に組合との合意の形成に向けた可能性を探ったといえるかにより判断されます。例えば、以下のような事情が考慮されます。

・使用者側の組合の合意を求める努力の有無・程度
・組合側の要求の具体性や追求の程度
・使用者側の回答又は反論の提示の有無・程度
・使用者側の回答又は反論の具体的根拠についての説明の有無・程度
・使用者側の必要な資料の提示の有無・程度等

団体交渉における誠実交渉義務違反~不当労働行為とみなされるケース~

注意が必要な対応は、以下のとおりです。

・合意する意思がないと初めから明確に宣言する等の交渉態度
・協議内容について決定権限のない方による空転させるだけの対応
・拒否や一般論のみで、協議内容について実質的に検討しないような交渉態度
・論拠もなく合理性を欠く回答に終始する対応
・要求事項に対する回答、説明、資料開示等、具体的な対応が不足する対応

誠実交渉義務に関する判例

事件の概要

本件は、組合との団体交渉において、会社が代表取締役を出席させず、資料を提示して説明しなかったことが不当労働行為であるとして争われた事案です。(東京地裁令和元年(行ウ)第444号・長澤運輸不当労働行為救済命令取消請求事件)

裁判所の判断

資料の提示については、資料の提出を行わず、その理由を世間水準である旨を抽象的に述べるのみであった会社の対応は、自己の主張の論拠を組合に具体的に説明し、見解の対立の解消に向けた努力をしていたものと評価することはできないとされました。

ポイントと解説

本件の会社は、形式的には団体交渉に応じていても、実質的な対応としては組合が交渉上の検討材料として求めた資料を開示せず、その説明をしているものの具体的な説明ではありませんでした。
このように、団体交渉に出席し、一応の回答をしていたとしても、客観的に見て、適切かつ具体的な説明や資料の提示をしていなければ、不当労働行為の責任を追及されることになりかねません。そのため、団体交渉においては、内容的にも誠実な対応をしていくことが不可欠です。

誠実交渉義務に関するQ&A

使用者は労働組合の要求に必ず応じる義務があるのでしょうか?

誠実交渉義務は、組合の要求に対して合意や譲歩を行うという義務ではありません。
譲歩ができない場合であっても、交渉事項に関する組合側の要求に対し、使用者の主張及びその論拠を示し、見解の対立の解消を目指す義務です。そのため、組合の要求に必ず応じる義務はありません。

団体交渉の申し入れがあったらまず何をすべきでしょうか?

まず、組合側が求める要求事項について、実質的な交渉権限を有している方の中から担当者を決定し、そのうえで組合側の担当者と連絡を取り合い、双方すり合わせのうえ団体交渉の日時・場所等について決定すべきです。

労働組合からの不当な要求にはどう対応すべきですか?

使用者が「不当な要求」と考えて拒否しても、裁判所等から不当労働行為と判断される可能性は否定できません。
そのため、まずは組合側の主張をしっかりと聞き理解し、使用者側としての具体的な意見を述べ、回答を行うなど、誠実な対応をすべきです。

労働組合からの団体交渉の申し入れを放置するとどうなりますか?

団体交渉の申入れの放置は、それ自体が誠実に対応していないと判断されかねず、不当労働行為として使用者が不利益を被る可能性があるため、避けるべきです。

団体交渉の際、文書や電話のみで対応することは不当労働行為にあたりますか?

労働組合が、文書や電話のみでの対応を認めている場合においては、不当労働行為には当たらないと考えられます。
しかし、対面を要求されているにもかかわらず文書や電話のみでの対応しかしないと拒否してしまえば、誠実に対応していないと判断されかねず、不当労働行為に当たると判断されます。

労働組合との交渉で、双方の主張が対立したまま交渉が打切りとなることは不当労働行為にあたりますか?

それだけで不当労働行為に当たるということはありませんが、誠実に対応しなかった末に、労働組合側の納得を得られず打ち切りとなった場合には、不当労働行為と判断される可能性があります。

労働組合から要求された資料は全て提示する必要があるのでしょうか?

要求事項の検討に必要な資料等の提供であれば、可能な限り応じる必要がありますが、組合側から提供の要請を受けた資料をすべて提供しなければならないというわけではありません。 ただし、提供できない場合には、組合側に対して、当該資料を提供できない適切かつ具体的な理由を説明する等の誠実な対応をする必要があります。

解雇した社員が加入している労働組合から団体交渉を求められた場合、応じる必要はありますか?

解雇が不当解雇と判断された場合には、解雇時に遡って労働者の地位が認められ、使用者が雇用する労働者に当たります。また、解雇した社員であっても、解雇そのものについて協議事項にする場合や、退職条件などを団体交渉の協議事項にする場合には、雇用する労働者と同様に扱われます。 そのため、応じる必要があります。

交渉担当者を弁護士にすることを認めなければ、団体交渉に応じないとすることは不当労働行為にあたりますか?

交渉の代理人として弁護士を介入させるのは一般的ですので、必ずしも不当労働行為に当たるとは限りませんが、協議事項について決定権限を持つ方を同席させることを求められて応じない場合という場合には、不当労働行為とされる場合があります。

組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉を打ち切ることはできますか?

組合側が暴力や脅迫行為に及んだ場合、団体交渉の態様が社会的な相当性を超えていると判断できますので、団体交渉を打ち切り、組合側が謝罪して今後暴力行為を行わないことを文書で誓約しない限り、団体交渉に応じないという対応も正当と判断される例もあります。

従業員が加盟している外部の労働組合から団体交渉を要求された場合、応じる必要はあるのでしょうか?

応じる必要があります。これは、外部の労働組合でも、労働組合である以上、団体交渉権がありますので、使用者側が正当な理由なしに団体交渉を拒否すると不当労働行為になるからです。

団体交渉において代表取締役が出席しないことは不当労働行為に該当しますか?

団体交渉において、代表取締役が出席しないことのみをもって不当労働行為に該当するというわけではありません。
ただし、代表取締役の代わりに、組合側が求める協議事項について実質的な交渉権限を有している方が出席する必要があります。

団体交渉に関する問題解決は、専門的知識・経験を有する弁護士にお任せください。

団体交渉において、誠実な対応をしていたかどうかは客観的に判断されます。ALGでは、数多くの団体交渉のご依頼を受けてきました。
そのため、過去の事例等も踏まえ、労働組合から団体交渉の申入れを受けたときの初動やその後の対応についてアドバイスを行うことができます。
また、団体交渉の場に出席し、使用者側の代理人として組合側との交渉を行うこともできます。お困りの際は、ぜひALGにお問い合わせください。

ハラスメント被害の申告があった場合、会社としては、申告されたハラスメントがあったか否かに関して調査をする義務があります。
この義務に違反して、調査をしなかった場合や、十分な調査をしなかった場合には、会社自身が損害賠償責任を負うこともあります。
ここでは、被害者に対する調査の進め方や被害者に対して配慮すべきことについてご説明いたします。

ハラスメントの調査における被害者への対応

ハラスメントの調査に際して、被害者からのヒアリングは欠かせません。
もっとも、被害者にとって、ハラスメント被害は、思い出したくもない事実です。また、ハラスメント調査が行われると、報復を受けるのではないかと心配になる方もいます。そのため、ハラスメント調査にあたって被害者への配慮は欠かせません。

プライバシー保護

被害者にとって、ハラスメント被害は、自身の人格に関わるものも多々含まれており、ハラスメント被害に遭ったということ自体を知られたくないと考える方は珍しくありません。被害者が安心して話をするためにも、プライバシーを保護することが重要です。
他方で、被害者が誰なのかも不明な状況では、他者から聞き取りをすることができません。
そのため、被害者の情報、ハラスメントの内容等に関しては、秘密として厳格に管理し、調査やその後の対応において、必要な範囲でのみ開示することが重要です。

精神的負担の軽減

被害者からの聴取に当たっては、被害者に、被害内容を述べてもらうことになります。当然、被害者は、ハラスメント被害を受けた際の出来事を思い出しながら、話をすることになりますが、このような辛い出来事を思い出すこと、その話をすることには、少なからず精神的負担が生じます。

そのため、調査に当たっては、被害者の負担が大きくならないように注意をすることが大切です。例えば、聴取が長時間にならないようにしたり、被害者が体調不良を訴えた場合には、その時点で聴取を止め、続きを別日にするといった配慮が考えられます。また、被害者の精神的ダメージが大きい場合には、カウンセリングを勧めるということも考えられます。

このような配慮をすることなく、聴取をした結果、被害者の体調を悪化させた場合、安全配慮義務違反が生じることもあります。被害者の体調を十分に配慮して、調査をしましょう。

加害者との隔離

ハラスメントが発生した際、被害者と加害者が接触できる状況にあると、更なるハラスメント被害を発生させる可能性があります。そのため、被害者と加害者が接触しなくてもよい状況にすることが重要です。
これについて、調査の結果、ハラスメントの事実が確認できている場合には、配置転換をするなどして、被害者と加害者とを隔離するということが考えられます。

他方で、調査中においては、ハラスメントの有無を判断する前であるため、加害者の業務に対する支障も踏まえて、必要な範囲で隔離を考えることとなります。会社の状況やハラスメント被害の内容等にもよりますが、暫定的に、業務内容や就業場所を変更して接触しないようにするという方法が考えられます。また、場合によっては、自宅待機命令を出すということもあり得ます。
なお、調査時点では、ハラスメントの事実が確認できていないのであり、会社の都合で、自宅待機を命じることとなります。そのため、原則として、自宅待機期間中においても、給与の支払いが必要になると解されます。

復職支援

ハラスメント被害を受けたことで、被害者が休職しているということも考えられます。この場合には、被害者が復職できるように支援することも大切なことです。
例えば、被害者が加害者と接触をしないような隔離措置は、安心して復職ができる環境を作りの一環となります。また、加害者が報復行為をしないように注意することなどが考えられます。
状況によっては、カウンセリングを勧めるなどして被害者の精神的な復調を図るということも考えられます。

ハラスメント被害者に対する調査の流れ

ハラスメントの相談があった場合、まず、被害者に対するヒアリングを行います。その後は、加害者に対するヒアリング、(目撃者等がいれば)必要に応じて目撃者等からのヒアリングを行います。なお、客観証拠がある場合には、その提出も求めていきましょう。
これらの調査を基にして、ハラスメントに該当する事実の有無を判断します。
調査の結果、ハラスメントがあると判断した場合には、必要な対応を行うとともに、被害者に対して調査結果の概要を伝えることとなります。
なお、調査方法の詳細は、以下のページをご参照ください。

ハラスメント被害者からのヒアリング

被害者からのヒアリングにおいては、ハラスメントの具体的内容(日時、場所、方法、経緯など)を聞いていくことになります。また、被害者からのヒアリングに限らずですが、ヒアリング結果については、記録化(録音や報告書にまとめるなど)していきましょう。なお、報告書を作成したときは、被害者に、その内容を確認してもらい、内容に間違いがない場合には、署名をしてもらうべきでしょう。

また、ハラスメントに関して、メールやLINE等の客観的な証拠がある場合もあります(典型的には、メールやLINEでハラスメント行為をしていた場合が考えられます。)。その場合には、メールやLINEなどの提出も受けるべきです。
なお、被害者からのヒアリングの後には、加害者へのヒアリングを行います。加害者へのヒアリングの詳細は以下のページをご参照ください。

ヒアリングを行うときの注意点

ヒアリングは、実際に会って行うのが良いでしょう。メールや電話でのヒアリングも考えられますが、メールなどの文字コミュニケーションでは十分に聞き取りができないこともあります。また、電話では表情が分からず、十分なコミュニケーションが取れないことがあるためです。そのため、原則としては、対面でのヒアリングとすべきでしょう。
被害者からのヒアリングに当たっては、正確に事実を聞くことが重要です。ヒアリングにおいて、否定したり、指導したりしてしまうと、被害者が委縮してしまい、話ができなくなるおそれがありますので、まずは、否定等をせずに、事実を聞くようにしましょう。
なお、上述のとおり、被害者の体調に対する配慮が欠かせません。不必要に、何度も聴取することは避けるべきであり、聞き漏らしなどがないように、あらかじめヒアリングシートを作成しておくことも重要です。そのほか、ヒアリングマニュアルを作っておくとよいでしょう。

ハラスメント被害者の意向確認

ハラスメントの事実には、被害者のプライバシー情報を含んでいます。また、被害者の意向が尊重されないと思われてしまうと場合、ハラスメントに関して、相談しづらい会社になってしまいかねません。そのため、被害者の同意を得た上で、その後の調査に進むべきです。
被害者が、その後の調査に進むことを希望したり、同意した場合には、加害者に対するヒアリング等の調査に入っていくことになります。

被害者が調査を希望しない場合

意向を確認した結果、被害者が、その後の調査に進むことを希望しないということもあります。理由は様々でしょうが、大事にしたくない、加害者等からの報復が怖いといったことが考えられます。
しかし、会社にとっても、ハラスメント問題は解決すべきものであり、見て見ぬふりをしておくものではありません。
まずは、被害者を説得して、調査の同意を得ることを試みるべきでしょう。被害者に、その後の調査に進みたくない理由を聞き、その理由に応じて、説得を試みることになります。
それでも、調査を進めることの同意を得られない場合には、無理に調査を進めるべきではありません。その場合には、ハラスメント被害が生じていることを伏せた状態で、全体向けの研修やハラスメント規程の整備などを行い、ハラスメントの防止に努めることが考えられます。

被害者が退職した場合の調査について

場合によっては、被害者が休職していたり、退職しているということもあります。このような場合でも、被害申告があった以上、会社としては、ハラスメントの調査を行う義務がありますので、まずは、被害者が調査に協力をしてくれるのかを確認する必要があります。

調査に協力してくれるということであれば、電話、メール等を通じて、被害者からのヒアリングを行うこととなります(本人からの了承が得られれば、対面でのヒアリングも考えられます。)。他方で、調査に協力しないという場合、それ以上の調査は困難ですので、一般的なハラスメント防止策(研修等)を実施することを考えることになります。

ハラスメント判定後の被害者への対応

被害者からのヒアリング、加害者からのヒアリング、その他目撃者等からのヒアリングを行った後には、調査結果を基にして、ハラスメントの有無を判断することになります。
加害者がハラスメントに該当する事実を認めている場合や、メール、LINE等の客観的証拠でハラスメントの事実が確認できる場合は、比較的容易にハラスメントを認定できると考えられます。他方で、加害者がハラスメントの事実を否定し、かつ、客観的証拠もない場合には、双方の言い分を踏まえて、ハラスメントの事実の有無を判断するほかありません。
なお、加害者がハラスメントを認めないなど、意見が食い違う場合の判断基準については、後述のページをご参照ください。 ここでは、ハラスメントが確認された場合と、ハラスメントが確認できなかった場合に分けて、その後の対応についてご説明します。

ハラスメントの事実が認められた場合

ハラスメントが確認された場合、被害者に対して、その調査結果を報告することになります(なお、加害者や第三者のプライバシーを害する可能性がありますので、調査結果の概要を伝えるにとどめておくべきです。)。
また、確認されたハラスメントの内容に応じて、加害者に対する懲戒処分等を行うことが考えられます。ほかにも、就労環境を整備するために、配置転換を行うなどして、被害者と加害者とは接触しないようにすることも重要です。

ハラスメントの事実が認められなかった場合

調査の結果、ハラスメントが認められなかった場合においても、被害者には、その旨を報告することとなります。
ハラスメントの事実が確認された際と同様に、調査結果には他者のプライバシー情報が含まれているため、調査結果の詳細な内容までは伝えるべきではありません。他方で、被害者は、ハラスメント被害を受けていると認識している訳ですから、説明が簡素過ぎると、十分な調査が行われなかったと認識されかねません。
そのため、加害者や第三者のプライバシーに配慮しながら、調査結果、調査内容、ハラスメントに該当しないと判断した理由、根拠を示して説明することとなります。

ハラスメント調査の段階から弁護士に依頼すべき理由

被害者と加害者の言い分に食い違いがない場合や、客観的証拠がある場合には、比較的容易にハラスメントを判断することができるでしょう。
しかし、双方の言い分が真っ向から対立しているということも珍しくなく、現実的には、ハラスメントがあったか否かを判断することは容易ではありません。また、言い分の食い違いの程度が大きくない場合であっても、確認された事実がハラスメントに該当するか否かを判断することも簡単ではないでしょう。

このように事実認定やハラスメントに該当するか否かの判断は、容易ではありません。そのため、法律に精通している弁護士にハラスメントの調査を依頼することを検討すべきでしょう。
また、外部弁護士による調査の方が、会社自身が調査するよりも、中立的な立場で調査ができるというメリットもあります。
このように、ハラスメントの調査段階で、弁護士に依頼するということは、有効な手段の一つといえます。

ハラスメントの内部調査や被害者への対応でお困りの際は弁護士にご相談下さい。

ここでは、主に被害者に対する調査という視点から、ハラスメントの相談があった際の注意点等をご説明しました。上記でも記載しましたが、ハラスメントの調査は容易ではなく、また、調査によって確認された事実を基にした判断も容易ではありません。
また、被害者が調査に関して不信感を抱いたり、中立的な立場で話を聞いてくれていないと判断したりした場合、被害者からのヒアリングが困難になってしまいます。
ハラスメントは、被害者にとっても大変な問題ですが、会社にとっても、解決すべき重要な問題です。
ハラスメントに関する調査や調査結果に基づいた判断に際して、お困りのことがありましたら、弁護士法人ALG&Associatesにまでご相談ください。

近年問題となってきたカスタマーハラスメントについて、どのような場合にカスタマーハラスメントにあたるのか、カスタマーハラスメントについて、どのような対策、対応をすべきであるのか、以下においてご説明いたします。

企業にはカスタマーハラスメントから社員を守る義務がある

企業は、社員に対して、労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう配慮する義務があり、後述する通り、カスタマーハラスメントにより、社員の就業環境が害されないよう対策を講じる義務があるといえます。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは

厚労省の告示から考えると、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」と略します。)とは、顧客等からの著しい迷惑行為をいうと解されます(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」参照)。具体的な行為としては、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求が示されています。

カスハラとクレームはどう違うのか?

クレームとは、サービスに対する苦情や改善要求、契約あるいは法律上の権利請求(特に損害の補填の請求)を求める場合と考えられます。
一方、カスタマーハラスメントは、上記のとおり、顧客等からの暴行、脅迫、暴言、著しい不当な要求等の迷惑行為をいいます。
 したがって、クレームは、当事者間の契約内容に対する違反等正当な理由があることを前提としているのに対して、カスタマーハラスメントは、契約違反の有無にかかわらず、顧客等からの迷惑行為をいいます。

クレームの悪質性を判断する難しさ

暴力行為や脅迫行為があれば、悪質な行為であり、カスハラに当たると判断することは難しくないと考えられます。他方で、商品やサービスへの不満とひどい暴言とを区別することは容易ではありません。また、正当な要求と不当な要求を区別することも困難でしょう。
商品やサービスへの不満は、それが正当な内容であればクレームでしょうが、その方法が暴言や暴力なのであれば、カスハラと判断されると考えられます。

カスタマーハラスメントについて企業が取るべき対応

カスハラは、いつ生じるかわからないため、企業としては、カスハラが起こった場合に備えて、事前にマニュアル等の対応フローを準備して、社員に対して周知・指導をする等の取組を行うことが望ましいとされます。
具体的には、①カスハラの対応体制、方法をあらかじめ決めておく、②カスハラの社内における具体的な対応について社員教育を行う、③カスハラを受けた社員が相談できるよう相談対応者、又は相談窓口を設置し、企業として適切に対応できるようにする、④繰り返されるカスハラについては、一人で対応させず、複数名、あるいは組織的に対応させる等カスハラの被害を受けた社員に対して配慮した措置をとる等が考えられます。

カスタマーハラスメントに関する裁判例

事件の概要

原告は、被告が運営するコールセンターでコミュニケーターとして勤務していたところ、当該コールセンターには、顧客から事業に関係ない電話、卑猥な内容や暴言を含む電話があり、業務として当該顧客の電話に対応していた原告が、当該顧客によるわいせつ発言や暴言等に触れさせないようにすべき安全配慮義務違反があったとして損害賠償請求を求めた事案です。

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

当該訴えに対して、裁判所は、被告が顧客の「わいせつ発言や暴言、著しく不当な要求からコミュニケーターの心身の安全を確保するためのルールを策定した上、これに沿って」対処していた上、前日まで卑猥な発言を繰り返した顧客であっても1日の最初の1回は話を聞くようにとの指示が被告からあったものの、「いったん視聴者からわいせつ発言がされたときには、コミュニケーターにおいて直ちに」被告が策定したルール上の対応をとることを認めていることに照らすと、コールセンターの顧客対応業務の目的や重要性等に鑑み、やむを得ないとしています。
 また、被告では、無料カウンセリングが受けられるほか、毎年ストレスチェックを実施し、「産業医の面接指導が必要と判断された場合には、希望により面接指導を受けることができるようになっていること……を総合考慮すれば、」被告について、原告に対する安全配慮義務を怠ったと認めることは出来ないとしています。(令和2年(ワ)第284号(横浜地方裁判所川崎支部令和3年11月30日判決))

ポイントと解説

本件は、カスタマーハラスメントの問題に関する企業の労働者に対する義務について判断した点に意義があります。
企業が顧客によるカスハラを防止する措置をとることは困難ですが、社員に対してその就業環境を保護するためにカスハラに対して望ましい取り組みが求められています。
当該取組については、企業の労務内容や業種に合わせた体制の構築が求められており、本件の被告が策定したルールは、社員の心身の安全に配慮しつつ、コールセンターという業務内容上最低限カスハラをする顧客に対応しなければならない場合があることを認めている裁判例となります。

職場におけるハラスメントの法改正と企業対応

職場におけるハラスメントとしては、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメントなどが挙げられます。
この点、2022年4月1日以降パワーハラスメントの防止措置について中小企業も義務の対象とされたことにより、現在は、いずれのハラスメントについても、法は企業に対して防止措置を義務付けています(パワーハラスメント:労働施策総合推進法、セクシュアルハラスメント:男女雇用機会均等法、マタニティハラスメント:男女雇用機会均等法、介護休業法)。

カスハラに関するよくある質問

カスハラで従業員が長時間拘束された場合の対処法を教えて下さい。

 対面の場合には、理由を説明し、応じられないことを明確に伝え、それでもなお、従業員を拘束する状態が続くようであれば、お引き取り願うこと、電話であれば、同様の対応をして電話を切ることが考えられます。
 また、状況に応じては、弁護士への相談、警察への通報も検討していただくことも考えられます。

カスハラ問題で裁判に発展した場合、カスハラの事実を裏付ける証拠にはどのようなものがありますか?

 カスハラの内容・態様等によりますが、店舗や事業所に訪問して暴言暴力を振るうようなものであれば、防犯カメラ等が証拠になりうると考えます。

不良品など店側の過失に対するクレームもカスハラにあたるのでしょうか?

不良品など店側の過失に対する返品交換要求自体は、顧客として正当な要求となるため、カスハラには当たりません。しかし、店側の過失に乗じて過剰な要求をする場合や、暴言暴力を伴う場合にはカスハラにあたりうると考えます。

悪質なクレームにより、従業員が土下座を強要されました。強要罪に該当しますか?

顧客が単なる謝罪を超えて、土下座を要求する場合には、強要罪にあたり得ます。

会社の名誉毀損に該当するネット上の書き込みは、削除してもらえるのでしょうか?

 ネット上に会社の名誉を毀損する書き込みをした場合には、削除をすることは可能と考えます。
 ただし、その方法については、書き込まれたコンテンツやサイトやコンテンツプロバイダ等が任意の削除に応じない場合には裁判手続きによる削除請求が必要となります。

SNSへの書き込みによる誹謗中傷に対し、損害賠償を請求することはできますか?

当該書き込みにより企業側に損害が生じていること(損害の発生と書き込みと損害発生の因果関係)が認められる場合には、損害賠償請求をすることは可能です。
また、損害賠償請求をするのであれば、前提として、書き込みをした人物を特定する必要があるため、損害賠償請求をする前に情報開示請求等の手続きが必要となります。

カスハラによる不当な金銭要求があった場合、金銭は支払った方が良いのでしょうか?

当該金銭要求が不当なものであれば、応じる必要はありません。

カスハラにより従業員がメンタルヘルス不調となった場合、会社はどのような措置を取るべきでしょうか?

カスハラにより従業員がメンタル不調となった場合には、業務上の事由による傷病に該当するため、従業員に対しては、医療機関への受診と労災申請をするように指導をし、医師から休業を要する判断がされれば、休業を支持することになります。また、同時に労働基準監督署に労働災害の報告をする必要があると考えます。

客から「家族を傷つけるぞ」などという暴言を浴びせられました。脅迫罪に該当しますか?

当該発言は、親族の生命身体に対する害意の告知に該当すると考えられるため、脅迫罪にあたりうると考えらえます。

カスタマーハラスメントには毅然とした態度が求められます。ハラスメント問題でお悩みなら、一度弁護士にご相談ください。

カスタマーハラスメントは、カスハラをした顧客に対する対応、カスハラの被害を受けた社員への対応と多面的に対応する必要があります。特に前者については、態様については民事だけではなく、態様によっては、刑事上の対応も必要になります。
そのため、カスハラについてお困りであれば、一度弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。

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セクシュアルハラスメントは、就労環境を著しく害するものであり、企業として、放置することができない問題です。ここではセクシュアルハラスメント対応に関して、説明していきます。

セクシャルハラスメント(セクハラ)が企業にもたらす損失

セクシュアルハラスメント(セクハラ)が生じた場合、被害を受けた者だけでなく、その周囲の者からしても働きにくい状況が作られてしまいます。このような問題を放置すると従業員のモチベーションの低下や作業効率の低下が生じるだけでなく、従業員離れにつながる可能性もあります。
さらに、セクハラ問題を放置した場合、安全配慮義務違反を理由として、企業に対する損害賠償請求も認められかねず、企業に生じる損失は計り知れません。

男女雇用機会均等法による「セクハラ」の定義

男女雇用機会均等法11条1項には、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、…必要な措置を講じなければならない。」(同法第11条第1項)と定められています。

ここから、セクハラとは、①職場における性的な言動であって、②その性的な言動に対する労働者の対応に対して不利益を与えること(対価型)、または、性的な言動により就業環境を害すること(環境型)といえます。

職場のセクハラ発生時に取るべき対応とは

セクハラ問題が発生しないように防止策を講じていても、セクハラ問題が発生してしまうことがあります。
ここでは、実際にセクハラが発生した場合に取るべき対応について説明します。

ヒアリングなどによる事実調査

セクハラ問題が発生した場合、それが事実なのか、事実として具体的にどのような内容なのかなどを調査する必要があります。
具体的には、被害者、加害者からのヒアリングを行うことになります。また、第三者がいる場面での身体接触や性的言動といったセクハラである場合には、目撃者からのヒアリングも検討する必要があります。

被害者に対する場合でも、加害者に対する場合でも、ヒアリングによって、大きな負担を与える可能性があります。そのため、相手の体調を十分に配慮した上でヒアリングを行いましょう。
また、ヒアリングの結果については、書面にするなど証拠化してください。そのほか、メール、LINEなど、証拠がある場合には、そのコピーを得ておくことも重要です。

被害者と加害者の隔離

調査の結果、セクハラ問題が生じていると判明した場合、被害者と加害者が接触しないようにすることを考える必要があります。被害者からすると、加害者と一緒に働くこと自体が苦痛でしょうし、また、被害者と加害者が接触する状況を放置することは、更なるセクハラ問題を生じさせかねません。
会社の状況やよって、具体的に取れる対応は変わりますが、担当業務の変更や部署異動などにより、被害者と加害者とが接触しなくても済むように対応を取ることが必要です。

加害者に対する処分の検討

ヒアリングによって把握した事実を基にして、加害者に対して処分を下すか否か、処分を下すとしてどのような処分が適切かを検討することになります。
セクハラの内容、同種事案における過去の処分結果、就業規則の定めなどを考慮して具体的な処分を決定することになります。

被害者へのフォロー

就業規則に定めがある場合には、それに従って被害者に調査結果を報告することとなります。また、就業規則に定めがない場合でも、被害者に調査結果の要旨を報告した方がよいでしょう。
そのほか、被害者にメンタル不調が生じている場合には産業医による面談やカウンセラーによるカウンセリング、場合によっては休職等の対応を考えることになります。

再発防止のための措置

事業主としては、今後、セクハラ問題が発生しないように、防止措置を取ることも考えなければなりません。
例えば、セクハラに関する研修を行う、懲戒処分を公表する(ただし、加害者のプライバシーには配慮する必要があります。)、社内メール等を用いてセクハラに対する注意喚起を行なうことなどが考えられます。

セクハラの相談者・加害者等に対するプライバシー保護

セクハラ問題は相談者(被害者)にしても、加害者にしても、知られたくない情報が含まれています。つまり、相談者(被害者)からするとセクハラ被害に遭ったという事実を知られること自体苦痛でしょうし、また、加害者としてもセクハラ行為をしたと知られることは社会的名誉が害されることになりかねません。
目撃者についても、問題に巻き込まれたくないという思いがあり、目撃者として供述したということを知られたくない場合が多々あります。 そのため、セクハラの調査、処分に際して、相談者、加害者等のプライバシーには十分に配慮しましょう。

セクシャルハラスメントに関する裁判例

ここでセクハラに関する裁判例を一つ紹介します。

事件の概要

本件は、医療事務職員が、勤務していた病院の理事長から、肩に手を回して抱き寄せられたり、足を足で触れられたり、腰を抱き寄せられたりなどの身体接触を受けたとして、勤務していた病院及び理事長に対して損害賠償を求めたものです。

裁判所の判断(名古屋地方裁判所岡崎支部令和5年1月16日判決 令和2年(ワ)第935号、同936号損害賠償請求事件)

本件は、セクハラ行為を裏付ける客観的証拠が多くなく、原告の供述の信用性が問題となりました。 裁判所は、①客観証拠・争いのない事実と原告供述の一致が認められること、②原告供述内容に合理性があること、③1対1で接している際の出来事であり、目撃証人が居ないことが原告供述の信用性を減殺するものではないことなどから原告の供述内容が信用できるとして、理事長のセクハラ行為を認定しました。そして、裁判所は、病院には安全配慮義務違反があるとして、理事長には不法行為が成立するとして、それぞれに対し、慰謝料(病院には70万円、理事長には30万円)を支払うよう命じました。
なお、原告は、慰謝料の金額に関して、逸失利益的な側面を主張していましたが、裁判所は、原告が退職や転職を自由に決定できることから逸失利益的な側面については認められないと判断しました。

ポイントと解説

本件は、セクハラ行為を裏付ける客観的証拠が乏しい状況でしたが、上記のとおり、客観証拠・争いのない事実との整合性、原告供述内容の合理性、目撃証人が居なくても不合理な状況ではないことなどから、原告の供述の信用性を認め、セクハラ行為があったと認定しています。
LINE、メールなどを通じたセクハラであれば証拠が残りますが、身体接触や口頭で直接述べられたことについてはなかなか証拠が残りません。客観的証拠が乏しい場合であっても、それだけでセクハラがないと判断するのではなく、被害者が述べる話に合理性があるのか、客観的証拠が乏しくてもやむを得ない事情があるのかなども考慮して、セクハラの有無を判断する必要があるでしょう。

法改正によるセクシャルハラスメント等の防止対策の強化

令和5年6月16日に、刑法の改正が行われ、不同意わいせつ(旧強制わいせつ)、不同意性交等(旧強制性交等)に関する規定が変更されました。その中で、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること」によって同意しない意思を形成・表明させずに、または、同意しない意思を形成・表明できない状態に乗じて、わいせつ行為、性交行為等をした場合に刑事罰が科されることが規定されています。
つまり、職場内の地位を利用したわいせつ行為等に対して、刑事罰が成立しやすい法改正がなされており、ますますセクハラ防止対策を強化しなければならない状況にあります。

法改正に向け企業に求められる取り組み

上記のとおり、職場内のセクハラに関して、刑事責任が問われやすくなっています。
従前同様、セクハラに対する啓発をすることはもちろんのこと、職場の地位を利用したわいせつ行為、性交行為等に対して刑事罰が科される可能性があることの周知をして行く必要があるでしょう。

セクハラに関するQ&A

ここでは、セクハラに関するご質問にお答えします。

就業規則でセクハラに関する規定を設けたいのですが、どのようなことを記載しておけば良いでしょうか?

事業主には、セクハラに対する方針を明確化し、労働者に周知・啓発することが求められています。
その周知・啓発の方法の一つとして就業規則の定めがありますが、就業規則には、セクハラを行ってはならないこと、どのようなものがセクハラに当たるのか、セクハラを行った場合にどのような対応、処分を取るのかを記載しておくのが良いでしょう。

セクハラがあった際は解雇処分とすることを、就業規則に記載することは可能ですか?

セクハラがあった場合、会社の規律を害していることになりますので、セクハラ行為を懲戒事由とすることは可能です。セクハラ行為の内容によっては、懲戒解雇が妥当な場合もあるでしょうから、就業規則に、セクハラがあった場合に、懲戒解雇とする旨の記載をすることも可能です。
もちろん、実際に懲戒解雇にすべきか否かは、具体的なセクハラ行為の内容次第です。全てのセクハラに対して懲戒解雇ができるというわけではありませんので、実際の適用には注意が必要です。

セクハラ防止措置を講じない会社に対する罰則規定はありますか?

セクハラ防止措置を講じていないことに対する罰則規定はありません。
ただし、厚生労働大臣は、セクハラ防止措置に関して、必要があるときには、事業主に対して、報告を求め、また、助言、指導、勧告をすることができます。また、勧告に従わない場合、その旨を公表することも可能です。
なお、厚生労働大臣からの求めに反して、報告をしない場合、虚偽の報告をした場合には、20万円以下の過料が課される可能性があります。

セクハラの目撃者など、第三者から事情聴取をする際に気を付けることはありますか?

セクハラ問題は、被害者にとっても、加害者にとっても知られたくない事実であり、プライバシーに配慮して事情聴取をする必要があります。そのため、第三者から事情聴取をする場合には、その者に対して、調査内容はもちろんのこと、調査があったこと自体も口外をしないよう注意をする必要があります。
また、目撃者などの第三者の中には、問題に巻き込まれたくないと考える者も多くいるでしょう。そのため、第三者が事情聴取で話した内容や聴取に応じたという事実に関して、無用に開示することはないことを約束することも大切であると考えられます。

セクハラ加害者に対する処分について、社内で公表することは問題ないでしょうか?

社内で公表すること自体が直ちに問題になるものではありません。ただし、セクハラ加害者が特定されるような形で公表した場合、加害者の名誉やプライバシーを侵害することになりかねません。
そのため、セクハラ加害者の氏名、部署名は公表すべきではありません。また、セクハラ行為の詳細を記載すると加害者を特定できてしまうことがあるため、セクハラ行為の詳細を公表することも控えるべきでしょう。

被害者と隔離するために被害者を配置転換することは、不利益取り扱いに該当しますか?

加害者と隔離するためとはいえ、被害者を配置転換することはセクハラ相談に対する不利益取扱いに当たる可能性があります。基本的には、加害者を配置転換すべきといえます。
ただし、被害者が自ら配置転換を希望した場合や、会社の状況上、加害者を配置転換できない場合などにおいては、被害者を守るためのやむを得ない措置といえる場合があると考えられます。

セクハラで解雇処分とする場合でも退職金の支払いは必要でしょうか?

懲戒解雇の場合でも、原則として、退職金を支払う必要があります。
もっとも、就業規則において、懲戒解雇の場合に退職金の減額、不支給が定められていることがあり、そのときには、退職金の減額、不支給ができる場合があります。
ただし、退職金の減額、不支給が認められるのは、退職金に功労報償的性格が認められることを根拠としています。そのため、セクハラ問題が過去の功労を抹消、減じるほどのものと認められなければ退職金の減額、不支給は認められません。

LINEやメールのやりとりは、セクハラを裏付ける証拠として有効ですか?

もちろん、内容次第にはなりますが、LINEやメールのやりとりは、セクハラを裏付ける証拠として有力な証拠と考えられます。
例えば、LINEやメールでしつこく食事や遊びに行くことを誘っていたりしていた場合には、そのLINE、メールのやり取りがセクハラを裏付ける直接的な証拠になると考えられます。また、そのような直接的な内容ではなかったとしても、連絡内容、連絡頻度などから、セクハラを推認させることもありますので、LINE、メールのやり取りは重要な証拠になると考えられます。

匿名でのセクハラ相談にはどのように対応したら良いでしょうか?

匿名でのセクハラ相談の場合、相談者からヒアリングを行うことができません。そのため、相談された内容に応じて対応する必要があります。
例えば、目撃者がいるような相談の場合には、目撃者及び加害者からヒアリングすることを考えることになります。他方で、相談内容が抽象的で誰にヒアリングしていいのか不明確な場合には、全体に対してセクハラの注意喚起を行なうなどの対処を取るほかないでしょう。

セクハラ相談者が虚偽の申し立てをしていた場合の解決法を教えてください。

まずは、相談内容が虚偽か否かを慎重に判断する必要があります。
その調査の結果としては、次の3つのパターンが考えられます。

①調査の結果、セクハラ問題が本当に起きていた場合 ②セクハラの申告が虚偽であった場合 ③真偽が不明であった場合

このうち、①と③については、虚偽の申立てとはいえませんので、相談者に対して処罰をするということは適切ではありません。他方で、調査の結果、セクハラの申告が全くの虚偽であると分かった場合(②の場合)については、虚偽の申告によって会社の業務を妨害したといえますので、懲戒処分を検討することになります。
ただし、安易に虚偽の申告として処分を下すのは、セクハラ被害の申告を委縮させかねません。そのため、虚偽申告か否かは慎重に検討すべきでしょう。

再発防止として、セクハラに関する研修を男性社員のみに受講させることは可能ですか?

事業主には、セクハラ防止措置を講じる義務が課されていますが、性別に関わらずセクハラの加害者となり得ることを考えると、男性社員のみにセクハラに関する研修を行ったとしても、事業主としての責務を果たしたとはいえないと考えられます。そのため、性別を問わず研修を実施すべきでしょう。

取引先からセクハラを受けたと相談がありました。社外の人からのセクハラ被害にはどう対処すべきでしょうか?

社外の人からのセクハラ被害であっても、事業主として対応しなければならないことに違いはありません。もっとも、加害者が取引先の者であるため、会社内で解決することは困難です。
この点、事業主は、他の事業主からセクハラを行わないよう雇用管理上必要な措置を講じるよう求められた場合、これに応じるように努めなければならないとされています(男女雇用機会雇均法11条3項)。
そこで、取引先に対して、セクハラの被害を伝えて対応するように求めたり、苦情を申し入れたりするなどして、対処していくことになります。

女性から男性への性的な言動も、セクシャルハラスメントにあたるのでしょうか?

セクハラに当たり得ます。セクハラは、意に反する性的な言動であり、誰が発言したかは関係ありません。そのため、男性から女性への性的な発言だけでなく、女性から男性への性的な発言もセクハラに当たり得ます。また、男性から男性への性的な発言、女性から女性への性的な発言もセクハラに当たり得ます。

LGBTに対するセクハラがあった場合、会社ではどのような対応を取るべきでしょうか?

LGBTに対するセクハラと他のセクハラを区別する理由がありません。そのため、会社は、他のセクハラと同様に、LGBTに対するセクハラに対応する必要があります。
なお、LGBTに関して、まだまだ十分に理解されているとはいい難い状況です。LGBTに関する理解がなければ、LGBTのセクハラ問題に対応できませんので、LGBTに関して理解がある者が担当する、または、十分に理解を深めた上で対応することが必要です。

職場におけるセクシャルハラスメント問題の早期解決は、法律の専門家である弁護士にお任せください。

セクハラ問題によって職場の就労環境は害されているのであり、早期に解決しなければ、従業員の信用を失っていくおそれもあります。他方で、安易にセクハラの事実を判断することなどできないのであり、十分な調査を尽くす必要があります。また、セクハラに当たる発言か否かを判断することが困難な場合もあります。
セクハラ問題に関して早期に解決したいなどの場合、専門家たる弁護士の協力を得ることは重要な方法の一つです。セクハラ問題に関してお困りのことがありましたら、弁護士法人ALG&Associatesにまでご相談いただければと思います。

パワーハラスメントとは、「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③の要素をすべて満たすもの」を言います(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)参照)。

昨今、様々な会社でパワーハラスメントが問題となる場面があります。今回は、パワーハラスメントへの具体的な対応について説明していきます。

企業におけるパワーハラスメント対応の重要性

パワーハラスメントは、労働者の労働意欲を低下させたり、労働者の精神面での傷病の原因になったりもするので、賃金を支払って労働力を提供させている会社にとっては損失になります。

また、これから述べるとおり、会社の責任を問われることもあり、法制度上もパワーハラスメントへの対応が義務付けられたため、会社におけるパワーハラスメントへの対応は、とても重要です。

重大な経営リスクになりかねないパワハラ問題

まず、会社においてパワーハラスメント問題が生じた場合、会社の責任を問われることもあるため、重大な経営リスクにつながりかねません。
というのも、会社は、労働者に対し、安全配慮義務(良好な職場環境を維持し、安全に配慮する義務)を負っています。そのため、パワーハラスメントが発生した場合、会社は労働者に対し、安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

また、使用者責任(労働者が第三者に損害を与えた場合、会社にその損害の賠償の責任を負わせる、民法上の規定です。)に基づき、労働者が別の労働者に対して行ったパワーハラスメント行為に対して、会社にも損害賠償義務が発生する場合もあります。

このようなもののほかにも、パワーハラスメントの発生が公になった場合、企業のイメージの低下につながります。
これらのことから、パワーハラスメントは、ひいては企業の重大な経営リスクになりかねません。

労働施策総合推進法改正によるパワハラ防止対策の法制化

労働施策総合推進法が改正されたことによって、職場のパワーハラスメント対策が法制化され、すでに施行されています。
会社は、どのような対応をしていくべきでしょうか。

パワハラ防止法が成立した背景

それまではパワーハラスメントに関して、パワーハラスメントの定義や会社の措置義務等を定めた法律はありませんでした。
パワーハラスメント問題が社会問題化してきたことにより、パワーハラスメント防止対策の強化のため、会社に対し、措置義務を課し、措置をガイドラインで明示する方法等が検討され、最終的に改正となりました。

パワハラ防止法の施行に向けて企業はどう取り組むべきか?

会社としては、パワーハラスメント防止に向けた

  • 方針等の明確化及びその周知や啓発
  • 労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  • 職場に置けるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

といった、社内体制を整備する義務が生じます。
そのため、会社には、社内でのルール作成や社内教育を進めることによる環境整備や意識改革が必要となります。


  • ルール作成
    就業規則にパワーハラスメント防止の関係規定を設けること
    パワーハラスメントの予防や解決に向けたガイドラインを作成すること等です。
  • 社内教育
    パワーハラスメントに関する社内研修を行うこと
    外部講師をよんでパワーハラスメントのセミナーを実施すること
    等、具体的にどんなことがパワーハラスメントに当たるのかを知り、学ぶ機会を設けること等です。

パワーハラスメントに該当する言動例

パワーハラスメントに当たる言動としては、以下のようなものが考えられます。

  • 身体的な攻撃
    教育目的という名目を付けての体罰など、暴行行為や傷害行為は、パワーハラスメントに当たります。
  • 精神的な攻撃
    「いつでもクビにできる」という発言や、他の労働者の前での強い口調での𠮟責など、暴言や嫌味的な発言をすることもパワーハラスメントに当たります。
  • 人間関係からの切り離し
    無視し会話をしない、飲み会に誘わないなど、仲間外し等も、パワーハラスメントに当たります。
  • 過大要求
    業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制したり、仕事の妨害をすることも、パワーハラスメントに当たります。
  • 過小要求
    業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないことも、パワーハラスメントに当たります。
  • 個の侵害
    私的なことに過度に立ち入ることも、パワーハラスメントに当たります。

このように、パワーハラスメントに当たる行為は、多種多様です。

パワハラ発生時に企業が取るべき対応とは

まず、迅速かつ正確に事実関係を確認し、パワーハラスメントの有無について判断する必要があります。パワーハラスメントがあったと判断した場合には、調査報告書を作成し、被害者への配慮措置を行い、加害者に対する処分等の措置を行い、再発防止に向けた措置を講ずるべきです。

ヒアリングによる事実調査

まずは、迅速かつ正確な事実関係の確認のための、ヒアリングによる事実調査を行うべきです。
これは、被害者も加害者も、同じ事実に対する感じ方が違ったりするので、客観的な事実から判断する必要があるからです。

当事者双方へのヒアリングのほか、現場に居合わせた労働者へのヒアリング、当事者間のメールのやり取り等について確認すべきです。
ヒアリングをする際に一番重要なのは、いつどこで誰が誰にどのように何をしたのか(5W1H)で事実を確認していくことです。人によって主語が異なってくる場合があるので、混乱しないためにも必要です。
また、当事者双方の言い分に食い違いが認められる場合には、メールや録音等、客観的な資料が重要となってきます。

就業規則の規定に基づく判断

同じ職場に被害者と加害者が揃っている状況ですので、これからも会社を運営していく観点から、当事者双方の言い分を聞いたうえで、わだかまりが生じないように処分を下していくことが必要です。
そのためには、懲戒処分の法的な根拠となる就業規則の規定に基づき判断及び手続きを進めていく必要があります。

パワハラの加害者に対する処分について

事実調査によって、パワーハラスメントが認められ、かつその行為が悪質だった場合には、加害者には懲戒処分を下すことを検討すべきです。

しかし、その悪質性の程度にもよりますが、多くの場合は、いきなり懲戒解雇を行うことはできないことに注意が必要です。まずは、実際になされた過去の処分事例との均衡を考慮しつつ、譴責、出勤停止等の軽い処分等を検討し、就業規則に基づいて処分すべきです。

パワハラの事実を確認できなかったときの対応

パワーハラスメントの事実が、ヒアリング等の調査や証拠収集等によって明らかになれば、加害者に対して適切な処分を講じる必要があります。
一方で、調査を行っても、両当事者の言い分が食い違い、客観的な証拠もないなど、パワーハラスメントの事実が明らかにならない場合も多数あります。その場合には、就業規則に基づいて会社が加害者を処分することは困難です。

しかし、労働者がパワーハラスメントを訴えている以上、当該労働者が働きにくさを感じていることは事実だと考えられます。そのため、会社としても、その労働者から何に働きにくさを感じているのか等の事情を確認し、今後の働き方の希望等を聞き取る等、職場環境の改善に努め、その社員が抱える不満や不安等を解消していく必要があります。

パワーハラスメントに関する裁判例

教育目的での殴打についての判断をした裁判例に、東京高裁の平成18年3月8日判決(平17年(ネ)第5063号)があります。

事件の概要

接客訓練中、上司が部下に対し、接客時の表情が不十分であるとして、ポスターを丸めたもので部下の頭部を強く約30回殴打し、さらにクリップボードで部下の頭部を約20回殴打した事案です。

裁判所の判断

暴行の程度(強さや回数)等を考慮すると、教育目的であったとしても違法性がないとは認められないと判断して、上司に対して、部下に対する慰謝料として20万円の支払いを命じました。

ポイントと解説

上司が部下等に対して、教育や監督目的で、あるいはミスをしたことに対する叱責として、殴る、蹴る等の暴行を振るうことがしばしあるようです。
しかし、このような生命、身体に対する暴行それ自体が違法です。刑事上の犯罪行為にも当たります。
今回取り上げた裁判例においても、上司が部下に対する接客訓練中に殴打したというものであり、たとえ教育目的であったとしても許されるものではないと判断されました。

プライバシーの保護・不利益取扱いに関する留意点

法律上、パワーハラスメントについての相談をしたことやヒアリングへの協力の際事実を述べたことを理由とする解雇やその他の不利益な取り扱いは禁止されています。
そのため、会社としても、パワーハラスメントに関して相談をした労働者や調査に協力した労働者のプライバシーを保護し、不利益に取り扱わないように注意しなければなりません。

パワーハラスメントの予防に向け、企業はどう取り組むべきか?

これまで述べてきたとおり、法改正によって会社には

  • パワーハラスメント相談窓口の設置
  • パワーハラスメント発生後の再発防止策の策定
  • 社員がパワーハラスメントをした場合の処分内容の就業規則への明記
  • 相談者のプライバシーの保護の徹底

等が義務付けられています。
会社は、この義務に対応するような社内体制の整備に取り組んでいくべきです。

パワハラに関するQ&A

部下を宗教に勧誘する社員をパワハラとして処分することは可能ですか?

処分には慎重になる必要があります。
宗教への勧誘は、個の侵害としてパワーハラスメントに該当する恐れがあります。また、宗教については、特に個人の内面の自由の問題であって、特に個の侵害としてパワーハラスメントに該当する恐れが大きいといえます。
もっとも、いきなり懲戒処分をするのではなく、事実関係、特に、どのような態様での勧誘だったのか等の確認を行い、口頭で注意等をし、それでもやめない場合には懲戒処分を検討することになるでしょう。
被害者へのケア、行為者からの謝罪や今後はそのようなことは行わないことの約束等、職場内の人間関係の改善にも配慮すべきです。

部下から嫌がらせを受けていると相談がありました。部下から上司に対する嫌がらせもパワハラにあたるのでしょうか?

上司に対して部下が「優越的な関係」にあり、実際の言動がパワーハラスメントに当たるのかが問題になります。
「優越的な関係」は、職務上の地位だけでなく、業務上必要な知識・経験を有しており、その者の協力を得られなければ業務を円滑に進めることが困難な同僚や部下も当たる場合があります。
また、同様に、職場の同僚や部下が集団となった場合の無視等の嫌がらせも、パワーハラスメントに該当する場合があります。
場合によりますので、まずは詳細な事実の聞き取りが必要です。

パワハラのヒアリングを会社近くのカフェで行うことは問題ないですか?

調査内容が守秘義務によって守られることを担保するため、個人名をあげることを控えることを事前に約束させたり、社員があまり使わない店、人が少ない店を選んだりする配慮が必要です。
これは、相談窓口制度の信用性を担保するためには、絶対に必要です。会社の近くでなくとも、不特定多数人が出入りするカフェでヒアリングを行うことは、相談者や行為者のプライバシーが守られない恐れがありますので、同様の配慮が必要です。

パワハラ加害者を解雇する場合も、解雇予告手当の支払いは必要でしょうか?

労働基準監督署による除外認定を受ければ、解雇予告手当の支払いは不要です。 原則は解雇予告手当の支払いが必要になりますが、例外的に、「労働者の責めに帰すべき事由」で解雇する場合は、労働基準監督署による除外認定を受ける必要がありますが、支払いが不要になります。ただし、この「労働者の責めに帰すべき事由」は、即時解雇を正当化するに足る事由に限定されますので、極めて限定的なものになります。
そのため、具体的なパワーハラスメント行為の重大性、悪質性の程度にもよりますが、多くの場合は解雇予告手当の支払いは必要となります。

パワハラを行った社員に対し、配置転換を命ずることは問題ないですか?

会社は、雇用契約に基づき、合理的な裁量の範囲内で、労働者に対して配置転換等の人事権を行使することができます。

・業務上の必要性がない場合
・業務上の必要性がある場合でも、他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき
・業務上の必要性がある場合でも、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
には、人事権の濫用として無効になるので、注意が必要です。

会社は、パワーハラスメントがあったときはもちろん、パワーハラスメントがあったとまでは判断できない場合でも、さらなる職場環境の悪化を防ごうとする措置として配置転換を行うことがある場合があることも考えれば、上記に該当しない限りは、配置転換は認められると考えられます。

社員からパワハラの相談を受けましたが、自分だけでは解決できません。同僚に相談してもいいですか?

自分だけでは解決できないことを正直にその人に伝え、会社のパワーハラスメント相談室や通報窓口等に相談するよう伝えるべきでしょう。
パワーハラスメントは、被害者にとって重大な問題ですし、基本的には職場に加害者がいるため、仕事がしづらくなる等の理由で他人に走られたくない問題です。そのため、同僚に相談することは控えるべきです。

パワハラの実態を調査するために、社内アンケートを実施することは問題ないでしょうか?

社内のパワーハラスメントの予防策として、パワーハラスメントに関するルールを作成し、社員にパワーハラスメントの防止が重要な課題であることを理解してもらい、意識改革を行うことと関連して、社員向けにパワーハラスメントに関するアンケートを行うことは、有益といえます。 これは、会社が重要と捉えていることを社員に伝え、加えて、社員の意識を知ることができる機会になるからです。
アンケートで出てきた社員の意識を踏まえたセミナーや社内研修を行うこともできるため、社内教育も充実したものになるでしょう。

パワハラ問題について、相談者と行為者の主張が一致しない場合、会社はどのような対応を取るべきでしょうか?

両当事者で主張が一致せず、客観的な証拠からも十分な事実の確認ができない場合、第三者からのヒアリングを検討することになります。
第三者からのヒアリングの際には、相談者のプライバシーの保護のため、

・相談者の了解を得ること
・第三者の人数を絞ること
・第三者に対し、ヒアリング事項に関し守秘義務を課すこと

が重要です。
重要なのは、結局どちらが正しいのかはわからなかったということも決して珍しいことではないため、白黒の決着をつけることにこだわらないようにすることです。

正当な指導かパワハラかを判断する基準はありますか?

業務上の指導・監督目的での行為でも、受け手側に過度な心理的負担を与え、その人格権を侵害する等の行為は、パワーハラスメントに当たり、違法になります。
その行為がパワーハラスメントに当たるかどうかは、当該行為の目的や手段、態様、当事者双方の力関係、人間関係等の様々な事情を総合的に考慮して判断されます。
「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)では、パワーハラスメントに当たる例や当たらない例があげられていますので、参考になります。

パワハラの再発防止にはどのような取り組みが有効となりますか?

再発防止に向け、加害者との定期的な面談や助言、社内での再発防止研修等、当事者や社内の意識に訴えかける方策を実施することかと考えられます。また、原因や背景になっている問題を取り除くことも重要です。
両当事者の間に入る形での支援や、謝罪の場の取り持ち、配置転換や、業務改善が必要になってくる場合もあります。

パワハラに関する社内ルールを、就業規則に規定することは可能ですか?

社内のパワーハラスメント予防策としての、パワーハラスメントに関するルール作成に関連して、就業規則にパワーハラスメントの定義及びパワーハラスメントを禁止する旨、パワーハラスメントが怒ってしまった場合の処分方法等を規定することが一般的です。
独立したパワーハラスメント防止規程を定める場合もありますが、あくまでわかりやすくするために分けただけで、就業規則の一部となります。そのため、労働基準監督署への届出手続き等、就業規則の変更に関する手続きが必要です。

パワハラがあったことを裏付ける証拠にはどのようなものがありますか?

・会話(直接でも電話でも)の録音
・両当事者の間のメールやSNSでのやり取り等
・加害者の作成した文書等
・防犯カメラの映像
・暴行で傷害を負った場合や精神的に追い詰められうつ病等を発症した場合の担当医師の作成に係る診断書
・パワーハラスメントの現場を見聞きしていた人の証言
・被害者自身が社内の相談窓口や警察等に相談した際に作成された記録(心療内科の医師の診療録、友人に相談したやり取りの記録等も含まれます。)
・被害者自身が作成した日記、メモ、備忘録等

など、様々なものが考えられます。

社内に設置する相談窓口の担当者は、どのような人材を選任すべきでしょうか?

公正かつ真摯に対応することができることに加え、口の堅い人材を選任すべきです。
これは、相談をした労働者が、相談担当者の言動によって、さらなる被害を受けることが決してないようにするためです。可能であれば、性別や年代が異なる複数人を担当者とすることが望ましいです。
また、一連の調査内容が守秘義務によって守られることが、相談窓口制度の信用性を担保するために重要なので、社員の認識として口が堅い人物とされている人を担当者とすることが望ましいです。

パワーハラスメントが発生した場合の対処法は、労働問題を専門的に扱う弁護士にお任せください。

会社が組織を運営していくうえで、労働者からのパワーハラスメントの相談に乗り、適切に対応することは、法改正により義務化されました。しかし、多くの会社では、いまだパワーハラスメントについて適切な対応をする体制が整っていません。

そこで、パワーハラスメント等の法的な問題に対応するために、発生した場合にすぐに弁護士に相談できる体制を整えておくことも、一つの手段です。

パワーハラスメント対応等について不安がある場合には、労務に関するご相談を多くご依頼いただいており、多くの労務問題に触れ、労務問題に精通した当事務所に、いつでもご相談ください。

会社において適切に賃金を支払っていると認識していても、従業員から残業代を請求される場合があります。このような場合、求められるままに支払うことも、いかなる場合にも支払いを拒否することも適切とはいえません。どのように対応すべきでしょうか。以下で説明していきます。

従業員から残業代を請求された場合の対応

従業員の請求に反論の余地があるかを検討する

賃金の請求は労働者の正当な権利とされているため、残業代を不当に支払わない場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金(労基法119条1号)という罰則を受ける可能性があります。また、労基署による立ち入り調査を受ける可能性もあります。罰金等の不利益を受けることを避けるため、まず、支払う必要がないという正当な反論の余地があるかを検討しましょう。

支払い義務のある残業代を計算する

残業には、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える残業(「法外残業」といいます。)と所定労働時間は超えるが法定労働時間内の残業(「法内残業」といいます。)があります。法外残業及び法内残業のいずれに対しても残業代を支払う必要があります。法外残業については、労基法37条に従い、割増賃金を支払う必要がありますが、法内残業については、就業規則等に定めのない限り割増賃金を支払う必要はありません(割増賃金ではなく所定労働時間を超過した時間に対応する賃金は支払う必要があります。)まずは、残業時間を算定し、支払うべき残業代があるか否か、あるとしてその額がいくらになるかを算定する必要があります。

和解と反論のどちらで対応するかを決める

残業代の計算結果に応じて、和解と反論のいずれの方法で対応するかを決定します。すなわち、支払うべき残業代がある場合、相手方との間で支払うべき額について交渉し、和解することが考えられます。一方で、支払うべき残業代がない場合、交渉や労働審判又は訴訟において、その理由について反論することが考えられます。

労使間の話し合いにより解決を目指す

労使間の話し合いにより解決を目指す方法として、労働者と個別に交渉を行う方法がありますが、労働組合から団体交渉の申し入れがなされることもあります。労働組合から団体交渉の申し入れがあった場合、会社は、この申し入れが正当なものである限り、これに応じる義務があります。

労働審判や訴訟に対応する

未払い賃金の支払いを求めて従業員から労働審判を申し立てられたり訴訟を提起されたりした場合、不当な請求が認められることのないよう、適切に対応する必要があります。特に、労働審判は、迅速な解決のために通常の訴訟よりも審理も迅速に行われるため、会社においても迅速かつ適切な対応が必要となります。

残業問題に詳しい弁護士に依頼する

労働審判や訴訟に迅速かつ適切に対応するには、労働審判・訴訟の手続や労働法実務に関する十分な知識、経験を要するため、会社が単独で対応することは容易ではありません。そこで、残業問題に詳しい弁護士に依頼することも有効な対応策といえます。まずは相談をご検討ください。

残業代請求に対する会社側の5つの反論ポイント

従業員からの残業代請求への反論として、①従業員が主張する労働時間に誤りがある、②会社側が残業を禁止していた、③従業員が管理監督者に該当する、④固定残業代(みなし残業代)を支給している、⑤残業代請求の消滅時効が成立しているという5つのポイントがあります。以下ではこれらのポイントについて説明していきます。

①従業員が主張している労働時間に誤りがある

この反論は、従業員が請求する残業代に対応する残業時間が、誤っており、残業時間や残業代請求が過大であるとの反論です。従業員が自己の労働時間を正確に把握できていない場合、会社としては、タイムカード等の資料を提示して、過大となる請求部分について残業代を支払う必要がないと反論することとなります。

②会社側が残業を禁止していた

会社が残業を禁止しており、実際に残業がなされていない状況であったのであれば、そもそも残業時間がなく、会社は残業代を支払う必要はないこととなります。ただし、残業を黙認していなかったかについての確認が必要です。残業の黙認があった場合、黙示の残業命令があったとして、残業代の支払いが命じられることが多いためです。

③従業員が管理監督者に該当している

この反論は、残業代を請求する従業員が、そもそも法律上残業代を支払う必要のない管理監督者にあたるため、残業代を支払う必要がないとの反論です。この管理監督者にあたるかは、役職名から形式的に判断されるのではなく、権限等から実質的に判断されることに注意が必要です。

④固定残業代(みなし残業代)を支給している

この反論は、固定残業代の制度を採用している場合、想定されている残業時間について残業代は支払い済みであり、支払う必要がないとの反論です。もっとも、この反論が認められるためには、固定残業代が通常の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分が明確に区分されていることといった要件を満たす必要があることに注意が必要です。

⑤残業代請求の消滅時効が成立している

残業代を含めた賃金の請求権については、従業員が請求できるようになった時から3年間行使しないときは時効により消滅します(労働基準法改正により賃金債権の消滅時効は5年とされました(労基法第115条)が、当面の間3年間とされています(労基法附則第143条。)。この反論は、従業員による残業代請求が、請求できるようになった時から3年以上経過したため、時効により消滅しており、もはやこれを支払う必要がないとの反論です。

残業代請求の訴訟で会社側の反論が認められた裁判例

事件の概要(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

平成27年(ワ)33400号・東京地方裁判所・平成30年3月22日判決
登録型派遣添乗員の会社に対する未払残業代請求事件において、会社が支給していた固定残業代の支払いが有効とされた事例

裁判所の判断

労働者側は、固定残業代合意が有効となるために、①労働契約において所定労働時間に対する対価の具体的金額及び割増賃金に当たる部分の具体的金額並びに固定残業代として支払われた額が何時間分の労働の対価であるかが示され、かつ、支給時に支給対象の時間外労働の時間数と当該額が労働者に明示されていなければならない、②労基法所定の計算方法による額が、その部分(固定残業代)を上回るときはその差額を賃金の支払時期に支払うことが合意(「精算合意」)されていることが必要であると主張しました。

労働者側の主張に対し、裁判所は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができれば、必ずしも労働者が一見して判別することが必要とは解されないとして、労働者が主張する①を満たさなくとも、固定残業代の合意は有効となると判断しました。
そのうえで、会社の就業規則、賃金通知書及び就業条件明示書の記載から通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とに判別することができると判断しました。

また、②について清算合意が必要であるとは解されないと判断しました。

ポイント・解説

本判決においては、通常の労働時間の賃金と割増賃金に当たる部分との判別において、就業規則、賃金通知書及び就業条件通知書の記載で判別可能であると判断されました。もっとも、就業規則等の記載を整えておけば足りるというわけではなく、実際にどのような趣旨で固定残業代が支給されているかは重要なポイントとなります。
また、本判決において清算合意は不要であるとされたものの、労基法所定の計算方法による額が固定残業代を上回る場合には、その差額を支払う義務はありますので、会社としてはきちんと差額精算を行うべきです。

従業員からの残業代請求に対応する際の注意点とポイント

残業代請求を無視しない

支払うべき残業代を支払わなかった場合、既述のような罰金等の不利益を受ける可能性があるほか、遅延損害金や、未払いの残業代に加えて、労基法114条に基づく「付加金」を支払わなければならない可能性があります。これらの不利益を避けるため、従業員からの残業代支払い請求は無視しないようにしてください。

労働基準監督署への対応は誠実に行う

労働基準監督署から、残業代の支払いについて問い合わせがなされることがあります。この場合、誠実に対応するようにしてください。そうしないと、立ち入り検査が行われ、法令違反があれば是正命令を受け、これに従わない場合には罰則が科せられる可能性もあります。

労働時間の管理体制を見直す

従業員から未払の残業代請求がなされる場合、労働時間の管理が適切に行われていないことが考えられます。この機会に、従業員の労働時間の管理体制を見直すことにより、将来同様の未払の残業代請求がなされることを防止することが重要です。

弁護士に残業代請求の対応を依頼するメリット

残業代請求に応じるべきかどうかアドバイスできる

残業代請求に対しては、支払いの必要性の有無や額を算定することが容易でないことがあります。弁護士に相談、依頼すれば、適切に残業時間や額を算定でき、算定結果に基づき適切なアドバイスを行うことが可能です。

労働審判や訴訟に発展した場合でも対応できる

請求額に対して反論があり、従業員との交渉がまとまらない場合、労働審判や訴訟で争うこととなります。この労働審判や訴訟への対応については必ずしも弁護士に委任する必要はありませんが、適切に対応するには専門的な知識や経験を要し、会社が単独で行うことは容易ではありません。特に労働審判については、迅速な対応が必要となるため、弁護士に依頼するメリットが大きくなります。

残業代以外の労務問題についても相談できる

弁護士にご依頼いただいた場合、当該残業代請求に関連する残業代以外の労務問題についても相談を受けて適切なアドバイスを行うことが可能です。

従業員から残業代を請求されたら、お早めに弁護士法人ALGまでご相談下さい。

残業代を請求された場合、労働法や実務に関する専門的な知識と経験を有する弁護士のアドバイスを受けることが有効な対応策となることはすでに述べた通りです。弁護士法人ALGには、豊富な専門的知識や経験を有する弁護士が多数所属しています。残業代請求への対応にお困りの場合は、まず、弊所にご相談ください。

懲戒処分について、きちんと懲戒事由を就業規則等で定めていたとしても、実際に行った懲戒処分が有効なものであるといえるためには、当該懲戒事由が存在することやその懲戒処分が懲戒権の濫用ではないといえることが必要です。

以下、懲戒処分において注意すべきポイントについてご説明します。

懲戒処分を行う場合の注意すべきポイントとは?

労働契約法は、その15条で、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めています。

つまり、懲戒処分は合理的な理由があり、かつ相当なものであるといえなければ無効となります。

処分の相当性があること

何の理由もなく懲戒処分することは明らかに合理的な理由を欠くことになりますが、労働者が懲戒されるべき行為を行い、合理的な理由があるとしても、その処分には相当性がなければなりません。
懲戒の対象となる労働者の行為の内容、当該行為のなされた状況、その悪質性の程度などとバランスの取れた懲戒処分でなければなりません。

弁明する機会を与える

有効な懲戒処分をするためには、適正な手続きを取る必要もあります。
そのため、対象者に弁明の機会を与える必要があります。対象者自身の話を聞くことで、対象者にも説明の機会を与え、その上で懲戒処分の対象となる行為の有無や内容等を認定していく必要があります。

重大な規則違反でも与えるべきか?

重大な規則違反であっても、対象者に弁明の機会を与える必要があります。むしろ、重大な規則違反に対する懲戒処分であれば、処分が重くなることも考えられますから、弁明の機会を与えることの重要性はより高くなるともいえます。

懲戒処分の対象となる行為の有無や内容が、一見して明らかで疑いの余地もないというような特別の場合であれば、弁明の機会を与えずとも懲戒処分が有効となることも考えられますが、原則として弁明の機会を与える必要があると考えるべきであるといえます。

段階的な処分の実施

懲戒処分の相当性との関係で、段階的な懲戒処分という方法があります。
これは、懲戒処分の対象となる問題行為に対して、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは口頭注意や比較的軽い懲戒処分(戒告等)を課し、対象者に改善の機会を与えるというものです。口頭注意や戒告等と合わせて、対象者に対し改善のための指導等を行うことも考えられます。

そして、この結果として、対象者の行動や態度等が改善され、問題が解決すれば一番良いのですが、対象者が同じような問題行為を繰り返す場合、段々と重い処分を課していくことになります。

このような段階的な懲戒処分の結果として下されたより重い懲戒処分(懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止処分、減給処分等)は、このような段階を踏んでのものであることを理由として、段階を踏むことなくいきなり下された重い懲戒処分と比べて、その相当性が認められやすいものといえます。

懲戒処分を行うための法的な要件とは?

懲戒処分を行うためには、就業規則等に懲戒事由が定められていること、実際に懲戒事由が存在していること、当該懲戒処分が相当であること、当該懲戒処分が適正な手続きに基づいていることが必要です。

従業員に問題行為があれば懲戒処分できるのか?

従業員に問題行動がある場合でも、原則として、就業規則等に懲戒事由が定められており、当該問題行動がそれに該当することが必要です。
また、当該問題行動が、定められた懲戒事由に該当する場合でも、懲戒処分を行うにあたって適正な手続きが取られている必要があります。
さらに行うことのできる懲戒処分は、当該問題行動の内容や悪質性等に比して相当な処分でなければなりません。

当該問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合を除き、いきなり重い処分を課すのではなく、まずは、口頭注意や戒告などの処分とともに当該社員を指導することが考えられます。

まずは指導することで改善を促す

先ほども述べたように、社員の問題行動が悪質な犯罪行為等であるなど特別な場合は別として、仕事上のミスや怠慢などである場合、いきなり懲戒処分するのではなく、まずは口頭注意とともに指導することが考えられます。

これにより、社員の業務に対する態度や行動を改善してもらうことが目的です。
何度もこのような指導をしたが改善されなかったという場合に、段々と重い懲戒処分としてくことが適切であるといえます。

懲戒処分の根拠となる就業規則

会社や雇い主が、従業員に対して懲戒処分をすることができることには、どのような根拠があるのかについて、大きく分けると2つの考え方があります。
ざっくりというと、組織としての秩序を守るために当然に認められるというものと、労働契約や就業規則などに定めることによってはじめて懲戒処分が可能になるというものです。
現在において、この二つの考え方のうち、裁判所がいずれを正しいとしているのかは断言できません。
しかし、後者のように契約によってはじめて懲戒処分ができると考えているように読み取れるものもあり、リスク管理という観点からも懲戒処分の根拠となる就業規則の規定等は定めておくべきでしょう。

懲戒処分に該当する問題社員の具体例とは?

懲戒処分に該当する具体例としては、無断の欠勤や度重なる遅刻、業務命令に対する違反行為、会社内でのハラスメント行為など様々なものが考えられます。
これらの行為に対して懲戒処分を行うためには、これらの行為それぞれの内容や悪質性に比して社会通念上相当であるといえる懲戒処分を行う必要があります。

私生活における非行は懲戒処分の対象か?

私生活上の非行についても、懲戒処分の対象となりうるものはあります。就業規則の定め方にもよりますが、会社の名誉や信用を毀損する行為であったり、刑罰放棄に抵触する行為などとして懲戒処分を行うことが考えられます。

ただし、業務上の非行と比べて、本来的にはプライベートな行為である私生活上の非行については、懲戒処分を行うにあたって、本当にそれが懲戒事由に該当するのか、該当するとして、当該懲戒処分を課すことが社会通念上相当であるのかという点が、より厳しく判断されることとなります。

問題社員を懲戒解雇とする場合の注意点

懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分です。そのため、その有効性はより一層厳しく判断されることとなります。

懲戒解雇を検討する際には、対象となった行為の内容や悪質性の高さや、それまでの懲戒処分等の履歴(過去に指導をしたり、より軽い懲戒処分を行うなどして改善を促したが改善しなかったといった事情があるか否か)、対象となる従業員の職務の内容や立場、対象となる行為が会社の名誉や信用等に与える影響等、さまざまな事情に照らして、最も重い懲戒解雇をするとしてもやむを得ないといえるような相当性が認められるかを十分検討する必要があります。

退職金の減額・不支給は認められるか?

懲戒解雇の場合には、同時に退職金の全額又は一部の不払いとなることを定めているのが通常です。
しかし、このような退職金の不払いも、必ずしも認められるとは限りません。
懲戒解雇が相当性を欠くなどの理由で無効である場合はもちろん、懲戒解雇そのものは有効であっても、退職金の不払いについてその一部又は全てが無効(退職金について一部や全部を支払え)とされた裁判例もあります。

このような裁判所の根拠としては、過去の退職金の支給例や、当該懲戒解雇の対象となった行為が、過去の功労を完全に失わせるほどのものであったのかなどの判断があるようです。

懲戒処分の有効性が争われた裁判例

実際に、懲戒処分、その中でも最も重い懲戒解雇の有効性が争われた裁判例を見ていきましょう。

事件の概要

この事件は、従業員が、正式な契約締結前にこれを成約したものとして計上した上、後に実際には契約を成立させないことが明らかになったにもかかわらず、先に行った成約したものとしての計上を取り消さなかったこと、新規の顧客との取引をする際の要件であった与信設定をせず、仕入れ代金を支払う際の条件にも反して、本来支払ってはいけない仕入れ代金を支払ったこと、虚偽の注文文書の作成等にも関与したことなどを理由として、会社が懲戒解雇を行い、従業員がこの有効性等を争ったものです。

裁判所の判断

東京地方裁判所平成17年11月22日判決は、上記のような従業員の行為について、就業規則上の懲戒解雇事由に当たると認定した上で、上記のような従業員の行為には、その前提として組織としての関与や当時の代表取締役の判断があり、従業員の責任や関与の度合いを大きいものとしてみることはできないとした上、当該代表取締役については取締役の解任もされず、退職金の返還も求められていないことなどからして公平性の点からも疑問があるなどとして、解雇権の濫用にあたると判断した。

ポイント・解説

この事件においては、従業員の行った行為は、懲戒解雇の事由に該当すると裁判所も判断しています。
それでも、会社の行った懲戒解雇が解雇権の濫用として無効となったのは、当該従業員の行為が、当該従業員個人の利益のために行われたものではなく、むしろ当時の代表取締役の判断に基づくもので、組織としての関与があったため、従業員個人の責任を大きなものとしてみることができないこと、そして、本来より重い責任を問われるべきともいえる、当時の代表取締役については、会社は取締役の解任もせず、退職金の不払いや返還も求めていなかったことから、従業員のみ懲戒解雇とするのは公平性を欠くということが、裁判所の判断の大きなポイントであるといえます。

問題社員の懲戒処分でトラブルとならないためにも、労働問題に強い弁護士に相談することをお勧めします。

懲戒処分、特に懲戒解雇のような重い懲戒処分を行おうとするときには、本当にそのような重い懲戒処分を行うことができる状況であるのか、十分に検討した上で、適切な手続きに基づいて処分を下す必要があります。
このような検討や手続きを怠ると、懲戒処分によって、さらなるトラブルを招き、会社が窮地に立たされるおそれもあります。難しい判断をするにあたっては、弁護士に相談することをおすすめします。