育児、介護中の従業員に対して転勤命令をするときの注意点

コラム

企業においては、業務上の必要性から、従業員に対して転勤を命ずることがあります。この場合に、転勤を命ずる従業員が、育児中であったり、介護中であったりする場合には、どのような注意が必要なのでしょうか。以下で、注意点について説明します。

育児・介護中の従業員に対して転勤を命じることは可能か?

育児・介護中の従業員に対して転勤を命ずることは可能かどうか、以下で説明します。

転勤命令が権利濫用として無効になる場合とは

従業員に対する配転命令(配置転換・転勤)ついて、最高裁は、①業務上の必要性が存しない場合、または、②業務上の必要性が存する場合であっても、ア 他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは、イ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配転命令であるときは、権利濫用となると判断しています。

育児・介護休業法では従業員への配慮義務が定められている

育児・介護中の従業員への転勤を命ずるにあたっては、育児・介護休業法に注意する必要があります。
育児・介護休業法は26条において、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となるもる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の状況に配慮しなければならない。」として、育児・介護中の従業員に転勤命令を出す場合には、従業員の育児や介護に関し配慮すべき義務を定めています。

育児・介護休業法に関する指針・通達の内容

育児・介護休業法に関する通達においては、育介法26条の「配慮すべき義務」は、配置の変更をしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講じることまでを求めるものではありません、としています。
そのため、育児や介護についての配慮義務を尽くせば、育児中や介護中の労働者に対し、転勤命令を出すことは可能です。

育児・介護中の従業員に対して配転命令を出すときの注意点

以下では、実際に、育児・介護中の従業員に対して転勤命令を出すときの注意点について説明します。

①就業規則等で転勤について定めておく

労働者に転勤命令を出すためには、労働契約や就業規則に、「業務の都合により、出張、配置転換、転勤を命ずることがある。」などの命令の根拠となる規定を定めておく必要があります。

②従業員の家庭の状況を把握する

使用者は、労働者に転勤命令を出すにあたり、その労働者の家庭の状況を把握し、その労働者が育児や介護を行っているのであれば、その育児・介護の状況、他の家族による養育・介護の状況、未成年者・要介護者の状況の詳細を確認する必要があります。

③転勤による負担を軽減できるか検討する

使用者は、労働者の養育・介護の状況を把握したうえで、転勤した場合に養育・介護を他の代替手段で行えるか、その代替手段を講じることができる時期、民間ケアサービス等の利用可能性、可能であった場合の利用可能開始期間などを確認して、できる限り、転勤による養育・介護に生ずる負担を軽減できるか検討する必要があります。

④転勤の目的や背景を十分説明する

育児・介護中の労働者に転勤命令を出した場合、その労働者だけでなく、その家族などに一定の負担が生じることは避けられません。そのため、育児・介護中の労働者に転勤命令を出すにあたっては、その転勤の目的や背景を十分に説明したうえで、その労働者が転勤対象者となった理由についても、本人が納得できる説明を行う必要があります。

⑤転勤命令は書面で交付する

転勤命令は、その労働者に対し書面を交付するなど、命令を下したことが客観的にわかる形で命令を出すことが望ましいでしょう。以下に述べるとおり、その労働者が転勤命令を拒否するケースもあるため、命令拒否に対する処分などを行う可能性が存在することから、命令を出した証拠は書面等により確保しておくことが望ましいからです。

育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員の対処法

具体的に、育児・介護を理由に転勤を拒否する従業員が生じた場合の対処法を説明します。

育児や介護に関する証明書類の提出を求めてもよいか?

使用者は、育介法により、育児・介護中の労働者に転勤命令を出すにあたっては、養育・介護の状況に配慮すべきことを義務付けられています。そのため、養育・介護の状況を確認して配慮するため、労働者に、育児・介護に関する証明書類の提出を求めることは認められます。

育児・介護中の従業員への転勤命令に関する裁判例

以下では、実際に介護中の従業員への転勤命令の有効性が争われた裁判例を解説します。

従業員に対する転勤命令が有効とされた判例

夫婦共働きで、3歳の子を保育園に預けながらフルタイムで勤務している女性従業員に対し、東京都目黒区から八王子市所在の事業所への転勤命令が出されたことにつき、転勤命令の有効性が争われました。
判例(最高裁平成8年(オ)第128号平成12年1月28日判決)は、転勤により、その労働者の通勤時間が約1時間45分となることを認定し、転勤によりその労働者が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えると前はいえないと判断し、転勤命令を有効としました。
もっとも、本判決が出された後、平成13年育介法の改正により、転勤命令を出すにあたって使用者が労働者の育児・介護の状況に配慮すべき義務が定められているため、育介法の配慮義務を考慮した場合に同様の結論となるかは不明です。

従業員に対する転勤命令が無効とされた判例

従業員に対する転勤命令が無効と判断された判例には、以下のようなものがあります。
事案は、妻の病気の介護などを行っていた労働者に対し転勤命令が出されたものです(他の労働者に対す転勤命令も、同時に争われ、その転勤命令も無効と判断されています。)
転勤命令を出すことにつき、業務上の必要性は認めたものの、転勤命令を出した労働者の妻が精神病にり患しており、①その労働者が転勤により単身赴任した場合には、妻がその労働者と共に生活するという回復のための目標を失うことになることや、妻が家事分担について自ら行わなければならないと考えることによる審判が、妻の精神的安定に与える影響が大きいこと、②家族帯同で転居した場合であっても、全く知らない土地に住むことによる不安感や現在の主治医との信頼関係が消滅することは病状悪化に結び付く可能性があるなどとして、転勤命令がその労働者に与える影響は非常に大きいものとして、配転命令権の濫用にあたり、無効であると判断しました(大阪高裁平成17(ネ)第1771号平成18年4月14日判決)

従業員の転勤命令でお悩みなら、労働法務に詳しい弁護士にご相談下さい。

複数の事業所を有する企業にとっては、業務上の必要性から従業員に対し、転勤命令を出すことは少なくありません。転勤命令は、業務上の必要性があれば有効となるのではなく、労働者に生ずる不利益の程度が大きければ無効となる可能性があることにご注意ください。転勤命令の有効性が争われる場合には、同時に転勤命令を拒否したことを理由とする解雇の有効性が争われ、企業が敗訴した場合には、未払賃金の支払うという経済的な損害も発生します。労働者が転勤命令を拒否するケースにおける転勤命令の有効性についての判断は慎重な判断を要するので、労働法務に詳しい弁護士にご相談ください。

事業活動を行う上で、従業員の賃金を減額する必要が生じることがあります。賃金は、従業員にとり、最も重要な労働条件です。減額の必要が生じたとしても、適切な方法により減額を行わなければ、賃金の減額は無効となります。
以下では、従業員の賃金の減額について解説を行います。

賃金の減額はどのような時に行われるのか?

従業員の賃金を減額する場合には、⓵会社都合による減額、②人事異動や人事評価による減額、③懲戒処分としての減給、④欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除などがあります。

会社都合による減額

会社都合による減額は、会社の経営状況が悪化した場合に、人件費を抑えて経営状況を改善する目的で、従業員の賃金を減額する場合や、賃金制度を年功的な制度から成果主義賃金制度に変更する場合に賃金の減額が生ずる場合等があります。

人事異動や人事評価による減額

人事異動により職位や役職が降格され、これに伴い賃金が減額される場合や、人事評価により職務等級制における給与等級が引き下げられ、これに伴い賃金が減額される場合があります。

懲戒処分としての減給

労務遂行上の懈怠や職場規律違反に対する制裁として、懲戒処分として賃金の一定額を差し引く減給処分により、賃金が減額されることがあります。なお、この場合の減額は、一時的なものです。

欠勤・遅刻・早退などの欠勤控除について

従業員が、欠勤・遅刻・早退をするなどして、所定労働時間の労働を行わなかった場合に、不就労時間に相当する賃金を控除して、賃金を支払う場合にも賃金は減額されます。

賃金を減額する際の注意点

賃金の減額が不適切な方法により行われた場合は、減額が無効となり、従業員は減額された賃金の請求権を失いません。賃金の減額が無効とならないために、注意すべき点を以下で説明します。

使用者による一方的な賃金の減額は認められない

賃金は、雇用契約における最も重要な労働条件です。契約の一方当事者である使用者の一存で一方的に減額することはできません。

労働者の自由意思に基づく同意とは?

賃金が、雇用契約により定められるものである以上、使用者が賃金の減額を申し入れ、労働者が減額に同意した場合には、賃金を減額することができます。もっとも、裁判例は、労働者が、賃金の減額に同意した場合であっても、その同意が労働者の自由意思に基づくものでなければ、有効な同意があったとは認めず、賃金の減額は無効となります。

就業規則の不利益変更には要件がある

賃金の減額に労働者が同意しない場合でも、就業規則を変更することで賃金を減額することも可能です。もっとも、労働者の賃金を減額する就業規則の変更は、労働条件を不利益に変更するものです。そのため、就業規則の不利益変更に合理性が認められる必要があります(労働契約法10条)。

不利益変更における合理性の判断基準とは?

就業規則の不利益変更について合理性の有無は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らし合理的なものかどうか判断されます(労働契約法10条)

減給できる額には限度がある(労働基準法91条)

懲戒処分による減給は、1回の事案について平均賃金の1日分の半額を超えてはならないとされています(労働基準法91条)。また、複数の事案について減給処分を行う場合でも、1賃金支払期における賃金の10分の1を超えて減給することはできません。

限度額の規制が適用されないケースとは?

公務員に対する減給処分においては、労働基準法の適用がないため、労働基準法91条の限度額を超えて減給処分がなされます。公務員の減給処分については、報道されることも多く、一般企業においても同様の減給処分が可能であるとの誤解をされている場合があるのでご注意ください。

減給処分ができる期間にも注意が必要

減給処分は、1回の事案については、平均賃金の1日分の半額以内の減給を1回だけ行えます。平均賃金の1日分の半額以内の減給を何日にもわたってできるわけではないのでご注意ください。

賃金の減額が「人事権の濫用」にあたる場合は無効

人事異動や人事評価に伴う賃金の減額は、労働者の同意がなくとも可能です。もっとも、人事異動や人事評価に伴う賃金の減額が、労働契約や就業規則の定めにより制度化されており、かつ、その人事異動や人事評価が正当なものであることが必要です。賃金減額の前提となる人事異動や人事評価が人事権の濫用にあたる場合には、賃金の減額も無効と判断されることになります。

賃金の減額による労使トラブルを防ぐための対策

賃金の減額には、様々な減額のケースがあります。そのなかでも、従業員の同意を得て賃金を減額する場合に特に注意すべき点を以下で説明します。

従業員に対して十分な説明を行う

従業員の同意を得て賃金を減額する際、十分な説明をすることなく、従業員から賃金減額の同意書面を取り付けて減額を行うケースが多くみられます。しかし、賃金の減額は従業員にとっては、通常、同意する動機がないものであり、十分な説明なく同意書のみを取り付けた場合、従業員の自由な意思により同意したと認定される可能性はほとんどありません。そのため、従業員に賃金減額の同意を取り付ける場合には十分な説明を行うことが必須です。

代償となる措置を講じる

また、従業員の同意を得て、賃金を減額する場合には、賃金減額に対する代償となる措置を講ずるべきです。賃金減額をする必要性があったとしても、減額に対する代償措置がない場合には、従業員が自由な意思で同意したと認められにくくなります。

賃金減額に関する証拠は書面で残しておく

稀に、口頭による従業員の同意だけで賃金の減額がなされているケースがあります。しかし、口頭による同意は、従業員に同意の存在を争われた場合に、同意があったことを立証することができません。また、従業員に対し、賃金減額について十分な説明をした場合であっても、その説明を行った事実を書面等で残しておかなければ、十分な説明をされなかったとして、賃金減額の同意の存在を争われて、自由な意思による同意は存在しないとの認定をされかねません。
したがって、賃金減額に関する証拠は書面等で残しておくことが必要です。

賃金の減額に関する裁判例

以下では、賃金(退職金)の減額に関して争われた裁判例を解説します。

事件の概要

二つの信用組合の合併にあたり、退職金の支給基準が変更され、変更後の基準では著しく退職金の額が低額となることについて、労働者が同意書に署名押印をした事案において、労働者がかかる同意は無効であるとして、旧基準のとおりの退職金の支払いを求めた事案。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所(平成25年(受)第2595号・平成28年2月19日最高裁判決)は、就業規則などに定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、同意が、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものとしました。
そして、同意書への労働者の署名押印が労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くしていないとして、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻しました。

ポイント・解説

裁判所は、退職金が減額となる労働条件の変更に関し、労働者が同意書を作成していたにもかかわらず、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から審理を尽くしていないとして、判決を破棄しました。
これは、会社から賃金などの減額について同意を求められた場合には、労働者が同意書に署名押印などをせざるを得ない立場にあることを考慮したものと考えられます。
上記の判例の立場からすれば、労働者から同意を得ることにより、賃金の減額を行う場合には、同意に関する書面を作成するのみでは賃金の減額に対する同意の存在が認められるには十分でないということができます。
労働者から賃金の減額に関する同意書を取得するのは当然として、同意を得る前に十分な説明を行い、かつ、賃金減額に関する代償措置を設けるなどして、労働者が自由な意思に基づいて同意をしたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認定されるように注意する必要があります。

賃金の減額によるトラブルを防ぐために、弁護士がアドバイスいたします。

賃金の減額は、労働者にとり、最も重要な労働条件を不利益に変更するものです。そのため、賃金の減額の有効性を争われるリスクは、他の労働条件の変更よりも高いということができます。また、賃金の減額が無効であると判断された場合には、減額した賃金を労働者に支払う必要が生じ、その支払いは使用者にとって、大きな負担となります。
賃金の減額は、上記のようなリスクを有しており、適切に対応するためには、裁判例に関する理解が不可欠であるといえます。賃金の減額を検討されている場合には、是非、専門家である弁護士にご相談されることをお勧めします。

少子化等の影響により、近年、従業員の採用が困難になってきている中小企業は少なくありません。そのため、従業員の採用に関して、選考基準を緩めることになり、結果的に、その企業が要求する能力や適格性が欠如している者を採用してしまうという状況が増えています。

能力不足・適格性が欠如していることの問題点

企業が求める能力が不足していることや適格性が欠如している場合、その者に、安心して業務を任せることができません。しかし、その従業員に安心して業務を任せることができないというだけでなく、企業や他の社員に対して様々な悪影響を及ぼすことがあります。

企業や他の社員に及ぼす影響

従業員の能力が不足していたり、適格性が欠如していたりしたとしても、何らかの業務を任せることになります。このような場合、通常の能力を有する従業員には必要のない管理業務や、教育指導等の労務管理のコストが増大します。
また、能力が不足していたり、適格性が欠如したりしている従業員が存在すると、周りの従業員がその者の業務をフォローする必要が生じます。周りの従業員が、能力不足等の従業員のフォローをすることにストレスを感じるようになると、仕事に対するモチベーションが低下するなどの影響も生じます。

能力・適格性の欠如は解雇理由になり得るのか?

業務遂行能力が不足していたり、従業員としての適格性が欠如していたりすることは、解雇理由となります。ただし、以下にみるように、能力不足や適格性が欠如しているという事実があれば、直ちに、解雇が有効となるわけではありません。

解雇権濫用法理との関係

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(労働契約法16条)。そのため、能力不足等の事由により解雇することに、合理的な理由があるか、社会通念上相当であるかが、問題となります。

裁判所による能力不足による解雇の判断基準

能力不足の解雇に関して、確立された解雇の判断基準はありません。しかし、職務上の能力が不足していることを理由に、就業規則上の解雇事由に該当するというためには、「単なる職務上の能力不足があったというのでは足らず、その程度・内容が、当該職員の勤務経歴のほか、職務上生じた支障の内容や程度、当該支障を生じた経緯、当該職員に対する改善指導の有無及び内容、当該職員に対する懲戒処分の有無や内容、配転や降格・降級による対処の可否、今後の改善の見込みの有無・程度、その他の諸般の事情に照らし、もはや雇用関係を維持することも相当でないといえるような程度、内容にわたっていることを要するというべきである」と言及した裁判例があり(東京地判平成26年4月11 平成24(ワ)第19313号)、どのような事情を裁判所が考慮要素としているかをうかがい知ることはできます。

企業は解雇回避のために努力する必要がある

上記の裁判例の考え方にもみられるように、裁判所は、単なる職務上の能力不足があったというのみでは、解雇事由に該当するとは判断しません。また、能力不足の内容・程度のみならず、懲戒処分の有無や、配転等の対処など、今後の改善の見込みなども考慮し、企業が、できる限り解雇を回避するために努力をしたどうかを考慮の要素として重視しています。

改善の機会を与える

裁判所の考え方からすると、能力不足の従業員に対し、企業が改善の機会を与えることは非常に重要です。改善の機会を与えずに、解雇という手段を選択すると、解雇を回避するための努力を十分に尽くしていないことから、解雇が有効と判断される可能性はほぼないでしょう。改善の機会を与えてもおよそ改善する余地がないといった例外的な場合であれば、改善の機会を与えることが不要となるケースも想定できますが、改善の余地がないと立証することは非常に困難であるといえますので、必ず、改善の機会を与えておくべきです。

適切な教育指導をする

企業が適切な教育指導を行うという点も、能力不足による解雇を有効とするためには非常に重要な事実です。能力不足の従業員に、解雇した時点で、改善の見込みが存在すると認定された場合には、解雇が無効と判断される可能性は非常に高くなります。企業が、当該従業員に、適切な教育指導を行わないまま、解雇を行った場合には、いまだ改善の見込みが存在するとして、解雇を無効と判断されると思われますので、適切な教育指導を十分に行うことを心掛けてください。

配転や懲戒処分の検討

上記の裁判例においても、配転による対処や懲戒処分の有無が考慮要素に掲げられています。これは、裁判所は、能力が不足しているといっても、別の業務であれば、要求される水準の能力を発揮できる可能性があり、他の業務における能力を確認し、その業務が務まるのであれば、解雇すべきでないと考えているためです。
懲戒処分が要求されるのは、単なる教育指導では、改善しない場合であっても、懲戒処分という強い手段を用いれば改善する余地があると考え得るからです。
そのため、当該従業員に、懲戒処分をしても、改善しないので無駄であるとして、処分をしないのではなく、無駄であっても、懲戒処分を行っておくことが重要です。

退職勧奨

仮に、能力不足等の従業員に対し、解雇が可能である状況であったとしても、まずは、当該従業員に対し、退職勧奨を行うべきです。解雇は、万全の準備をしていたとしても、無効と判断されるリスクがあるので、合意退職が可能なのであれば、合意退職を最優先すべきだからです。

問題社員を解雇する際の留意点

解雇する場合の留意点は、解雇の有効性が訴訟等で争われた場合、企業が、解雇が有効であることを主張立証する必要があるところです。客観的に能力不足等が存在したとしても、これが立証できなければ、能力不足がなかったものとして判断されますので、解雇は無効と判断されることになります。

証拠の重要性

能力不足を解雇事由とする場合、どのような証拠をもって能力不足を立証するかは非常に重要です。営業成績などのように客観的な数字で把握できる業務の場合は、客観的な数字を示す証拠を提出することで立証が可能となります。しかし、客観的な数字で業務の遂行能力を図り難い業務の場合、能力不足であることを示すためには、具体的な業務の処理状況を記録化するなどして、立証するほかありません。

新卒採用・中途採用の取り扱い

能力不足を理由とする解雇に関しては、新卒採用と中途採用で異なる対応をすべき場合があります。

新卒採用の場合

新卒採用の場合、業務経験がなく、業務遂行が水準に達していないところから、教育指導により能力を高めていくことが予定されています。そのため、能力不足により解雇を行うことは、中途採用に比べて、より慎重に行うべきです。

中途採用の場合

中途採用の場合で、これまでの職務経験を考慮して、その職務に従事するために採用を行った場合などには、新卒採用等の場合に比して、能力不足による解雇は認められやすいでしょう。このような採用を行っている場合には、会社が要求している能力も明確となっており、会社がその能力を教育指導により高めていくことが予定されていないからです。もっとも、このような場合でも、会社はできる限り、教育指導を行っておくべきであり、中途採用であるからと言って教育指導が不要というわけではないのでご注意ください。

協調性の欠如による解雇の妥当性

従業員に、周囲との協調性が欠如している者がいても、当該労働者が、自分に与えられた業務を滞りなく処理している状況において、協調性の欠如のみをもって、解雇を行うことは非常に難しいといえます。
そのため、問題となっている協調性の欠如がみられる行動について、改善するように業務命令を出す必要があります。その業務命令に従わなければ、業務命令違反となり、この業務命令違反が繰り返されることは、正当な解雇事由となりえます。注意が必要な点は、業務上の必要性がなければ業務命令が無効となる点です。業務命令で改善を求める場合は、協調性の欠如により、業務に支障が生じている点を改善するように命令することが必要であり、協調性は欠如しているが、業務上の支障が生じていないという場合には、業務命令として改善を求めることはできないのでご注意ください。

能力不足である管理職への対応

管理職が能力不足であるといった場合、降格など処分により、管理職の任を解き、平社員として業務にあたらせることが可能です。そのため、中途採用により、特に一定の役職で業務を行うことを前提に雇用契約を締結したような者でない限りは、能力不足を理由に解雇を行うべきではありません。

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例

能力不足を理由とする解雇の有効性が問われた裁判例を紹介します。

事件の概要

コンピュータ入力等のミスに対し、修正を命じられたにもかかわらず、これを放置し、別の新たなミスを生じさせていった従業員に対し、能力不足を理由とする解雇が行われ、その解雇の向こうが争われた事案

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、当該労働者が、解雇の4年前までは、おおむね標準の評価を受けていたことや、ミスを行った業務が当該労働者にとり慣れない業務であったこと、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があること、人事考課が著しく悪いものについて、降格という措置も予定されていることなどを指摘し、解雇を無効と判断しました(平成13年(ワ)第1914号 平成14年3月22日大阪地裁判決)

ポイント・解説

裁判例は、当該労働者に対する会社からの過去の評価が標準の評価であったことを指摘し、他の業務において、当該労働者がミスなく行うことができる職種があることを指摘しています。この考え方は、当該労働者に任せた業務を遂行する能力がなくとも、他に業務遂行が可能な業務があれば、能力不足により解雇することはできないとの考え方によるものです。
また、降格という措置があることの指摘は、そのような措置を採ることなく解雇したことについて、解雇が相当ではないとの考えに基づくものです。すなわち、能力不足に対する対応として、解雇は、最終手段とすべきであり、それまでに取り得る手段を全て行い、解雇を回避する努力をすべきという考え方です。
能力不足による解雇を検討する場合には、適切な教育指導などに加え、配転や、降格処分などその他の対処を十分に行ったうえで、それでも、改善の見込みが見られない場合に、最終手段として解雇を選択する必要があるといえるでしょう。

よくある質問

改善の機会を与えたにも関わらず、再度重大なミスをした社員の解雇は認められますか?

ミスの内容や、教育指導の内容によっては、解雇が認められる可能性はあります。

試用期間中に能力不足であることが判明した場合、解雇することは認められますか?

教育指導を行っても、改善の見込みがないという場合には、解雇することは可能です。

問題社員への対応がパワハラに該当するのはどのようなケースですか?

名誉を害するような発言や侮辱的な発言を行って指導することや、大声で恫喝するなどの指導がパワハラとされるケースで多く見られます。

社員の度重なるミスで会社が被害を被った場合、損害賠償を請求することは可能ですか?

社員の度重なるミスにより、会社が損害を被った場合、会社は社員に対し、損害賠償をすることは可能です。もっとも、損害の全額について賠償は認められず、一部の賠償しか認められません。これは、社員の活動により企業は利益をあげているので、損害が生じた場合に、そのすべてを社員に請求できるのでは、会社は利益のみを得て、損害を従業員に負わせることになることが、不公平と考えられているからです。
度重なるミスの場合は、社員に重過失ありとして、会社からの損害請求は認められますが、単純なミスである場合(過失にとどまる場合)には、損害賠償請求は認められません。

再三注意しても勤務態度の改善がみられない社員を解雇する場合、解雇予告は必要でしょうか?

普通解雇を行う場合には、解雇予告は必要です。懲戒解雇で、即時解雇を行う場合には解雇予告は不要となります。

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは問題ないですか?

能力不足であることを理由に、退職金を減額することは無効と判断されると考えます。懲戒解雇に伴う退職金の減額の場合において、減額する規定の有効性が争われ、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると考えられていることから、能力不足を理由に減額する規定を設けていても、有効と解される可能性はないと考えます。

会社が問題社員に与えた改善の機会や、指導に関する記録は残しておくべきでしょうか?

問題社員を解雇するケースでは、訴訟で、解雇事由が存在する証拠を提出する必要が生じる可能性がありますので、必ず、記録は保存するようにしてください。

問題社員への退職勧奨が違法となるケースについて教えて下さい。

退職勧奨が違法となるケースは、半強制的に退職を迫ったり、執拗に退職を迫ったりするケースです。社員が、明確に退職勧奨に応じない意思を示した場合には、退職勧奨は取りやめるべきです。

協調性の欠如を理由に懲戒責任を問うことはできるのでしょうか?

服務規律に協調性に関する規定がある場合に、服務規律違反を懲戒行為として定めている場合には、服務規律違反として、懲戒処分を行うことは、形式的には可能です。しかし、「協調性の欠如」そのものを対象とするのではなく、「協調性の欠如」により生じている業務上の支障について改善するように命令を行い、その業務命令違反に対し懲戒処分を行うべきであると考えます。

取引先からの社員の勤務態度について申入れがあった場合、解雇することは可能ですか?

取引先からの勤務態度の申し入れのみで、社員を解雇することはできません。その申し入れについて、当該社員について改善の機会を与えるなどしても、改善の余地がないといった場合に、初めて解雇が可能となります。

社員の能力不足を理由に、職種を変更させることは認められますか?

雇用契約上、職種が限定されていなければ、業務上の必要により職種変更をすることは可能ですので、能力不足を理由として、職種を変更することは可能です。
専門職などで職種を限定して雇用契約を締結している場合には、本人の同意がなければ、職種変更はできません。この場合には、限定した職種を遂行する能力がない以上、職種変更に社員が同意しなければ解雇する必要があります。

能力不足・適格性欠如を立証するにはどのような証拠が必要ですか?

定量的に業務遂行能力を測れる業務であれば、その成績を示す資料が必要です。もっとも、そのような業務は一部に限られるので、基本的には、能力不足や適格性欠如を示す事実が生じた場合に、即時に書面などを当該社員に交付し、交付した書面を受領した証拠を残すことなどで証拠化することが必要です。
特に、能力不足や適格性の欠如は、改善の機会を与えたかという点も証拠化する必要があります。そのため、会社で、能力不足や適格性欠如を示す事実に関する記録を残していても、それだけでは、当該社員に教育指導を行ったかどうかが立証できません。また、会社の記録として、教育指導をしたという記録を残しても、実際には指導を受けていない等として、その記載内容を争われるリスクがあります。そのため、能力不足等に関する指導を行った際に書面を交付して、受領の証拠を残すことで、能力不足等の事実と教育指導を行った事実の双方の証拠を残すことが重要です。

問題社員への適切な対応について、企業労務に強い弁護士がアドバイスいたします。

問題社員への対応は、会社からの指導に対する問題社員の反応に応じて、臨機応変に対応を変えたり、一定の期間教育指導を継続するなどの対応が必要です。解雇を行った後に、ご相談を受けるケースでは、解雇無効の結論を動かす余地がないものがほとんどです。問題社員への対応は、現実の解雇を行う前の行動が重要です。問題社員への対応を行う場合には、初期対応の時点で、是非、弁護士にご相談いただくことをお勧めします。

障害者雇用促進法は、障害者の職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図ることを目的とした法律です。
平成30年には、国・地方公共団体による障害者雇用水増し問題が発覚し、これに伴う法改正も行われました。
以下では、障害者雇用促進法について、近時の法改正を解説いたします。

近時の障害者雇用促進法の改正について

令和元年の法改正は、障害者雇用水増し問題への対応が契機となっていますが、その他の改正は、障害者の雇用促進へ向けた法改正が進められてきています。

障害者雇用促進法改正の歴史 

1960年に制定された「身体障害者雇用促進法」が、法改正を経て、現在の障害者雇用促進法となっています。
障害者が職業生活において自立することを促進するという法の目的に対応して、より障害者雇用が促進される方向での改正が行われてきています。
当初は、身体障害者のみが対象でしたが、その対象範囲は拡大され、知的障害者や精神障害者も対象となっています。また、法定雇用率も段階的に引き上げされ、令和3年4月時点においては、民間企業では2.3%とされています。
今後も、さらなる障害者雇用の促進に向けた法改正が行われていくことは間違いありません。

平成20年の改正内容とポイント

平成20年には、①中小企業における障害者雇用の促進、②短時間労働に対応した雇用率制度の見直し、③企業グループ算定特例の創設等の改正が行われました。

①中小企業における障害者雇用の促進
障害者雇用納付金制度(雇用障害者数が法定雇用率に満たない事業主から、納付金を徴収し、法定雇用率を超えて障害者を雇用する事業主に対し、障害者雇用調整金や助成金を支給する制度)に関し、以下の改正が行われました。
障害者雇用納付金の徴収対象事業主は、平成20年改正前まで、常用雇用労働者を301人以上雇用する事業主のみが対象となっていましたが、障害者常用雇用労働者が100人を超える企業まで拡大されました。

⓶短時間労働者に対応した雇用率制度の見直し
平成20年改正前までは、障害者雇用率制度(障害者について、常用労働者の数に対する割合(障害者雇用率)お設定し、事業主等に障害者雇用率達成義務を課すことにより、障害者雇用の促進を図る制度)における実雇用率や法定障害者数の算定の基礎は、原則として、30時間以上の労働者を対象としていました。
しかし、障害者によっては、長時間労働が難しい場合や、短時間労働から段階的に一般雇用に就労していくというニーズかあったことから、障害者雇用率制度における実雇用障害者数や実雇用率の算定の際に、週所定労働時間20時間以上30時間未満の身体障害者または知的障害者をカウントすることとしました。

③企業グループ算定特例の創設
平成20年改正により、一定の要件を満たす企業グループとして厚生労働大臣の認定を受けた者は、グループ全体で実雇用率を算定できるようになりました。

平成25年の改正内容とポイント

平成25年改正では、①障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務に関する規定、②苦情処理・紛争解決の援助に関する規定、③法定雇用率の算定基礎の見直し等が行われました。

①障害者に対する差別の禁止及び合理的配慮の提供義務
平成25年改正により、事業主等に対し、障害者に対する差別禁止や合理的配慮の提供義務を定めるとともに、必要があると認めるときは、厚生労働大臣から事業主に対し、助言、指導又は、勧告が実施できることが定められました。

⓶苦情処理・紛争解決の援助
平成25年改正により、事業主は、障害者に対する差別や合理的配慮の提供にかかる事項について障害者である労働者から苦情の申し出をうけたときは、その自主的な解決を図るよう努める義務が定められました。また、当該事項に係る紛争は、都道府県労働局長が必要な助言、指導又は勧告をすることができるものとするとともに、改正法により創設した調停制度の対象としました。

③法定雇用率の算定基礎の見直し
平成25年改正により、法定雇用率の算定の対象に、新たに精神障害者を追加しました。

2020年4月1日施行「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律」

令和元年改正により、①短時間労働の障害者雇用に対する特例給付金制度の新設、②障害者雇用優良中小事業主認定制度の設立、③障碍者雇用水増し問題に対する対策がなされました。

週20時間未満の短時間労働についても特例給付金を支給

令和元年の改正により、所定労働時間が週20時間未満の障害者を雇用する事業主に対する特例給付金が新設されました。

事業主に向けた特例給付金とは

令和元年改正により、短時間労働に対応した特例給付金の支給要件などは以下のとおりです。

支給要件・支給額

次のいずれの要件も満たす障害者を雇用する事業主に対し、特例給付金が支給されます。
①障害者手帳等を保持する障害者
②1年を超えて雇用される障害者
③週所定労働時間が10時間以上20時間未満の障害者

支給額は、申請対象期間に雇用していた対象障害者の実人月数×単価(7000円または5000円)です。

特例給付金に人数の上限はあるのか?

特例給付金の算定において対象障害者には上限が設定されており、週所定労働時間20時間以上の障害者の人月数が上限となります。

中小企業を対象とした優良事業主の認定制度を創設

  

令和元年改正により、障害者の雇用の促進及び雇用の安定に関する取り組みの実施状況などが優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度が創設されました。

制度の対象となる中小企業とは?

常時雇用する労働者が300人以下の事業主が制度の対象となります。法人だけでなく個人事業主も対象です。

認定されることのメリット

  

優良事業主として認定されるメリットには、以下のものがあります。
①障害者雇用優良中小事業主(もにす認定事業主)となると、商品などに、「障害者雇用優良中小事業主認定マーク」を付することができます。
⓶認定事業主は、日本政策金融公庫の低利融資対象となります。
③認定事業主は、厚労省及び都道府県労働局・ハローワークの周知広報の対象となります。
④公共調達等における加点評価を受けられる場合があります。

優良な事業主であると認定されるためには

 

優良事業主として認定されるために必要な主な要件は以下のとおりです。
①障害者雇用への取り組み、取り組みの成果、それらの情報開示の3項目において、定められた基準をクリアすること
⓶雇用率制度の対象障害者を法定雇用障害者数以上雇用していること
③指定就労支援A型の利用者を除き、雇用率制度の対象障害者を1名以上雇用していること
などです。

「障害者雇用水増し問題」と再発防止策の強化

平成30年、国や地方公共団体で、障害者の雇用を実際よりも多く計上しており、法定雇用率が達成されていない状態が長年にわたり継続していたこと(いわゆる障害者雇用水増し問題)が判明しました。
上記の問題に対応するため、令和元年改正では、報告徴収の規定の新設、書類保存の義務化、対象障害者の確認方法の明確化及び適正実施勧告の規定の新設がされました。

障害者雇用促進法違反の罰則

事業主が、障害者雇用促進法により、定められている法定雇用障害者数を雇用していない場合であっても、これに対する罰則はありません。障害者雇用納付金制度の対象となっている事業主は、納付金を収める必要がありますが、これは罰則ではありません。
障害者雇用促進法に定められた報告義務などを怠ったり、虚偽の報告をしたりした場合には罰則が定められています。

障害者雇用に関して、不明点があれば弁護士にご相談下さい。

障害者雇用に関しては、障害者雇用促進法の定めを理解しておくことが必要です。ご不明点があれば、労働法務に詳しい弁護士にご相談ください。

安倍内閣が進めた働き方改革における「同一労働同一賃金」とは、同一企業・団体における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。
上記の非正規雇用労働者には、有期労働者やパートタイム労働者だけでなく、派遣労働者も含まれます。そのため、「同一労働同一賃金」を達成するために、2018年に労働者派遣法の改正も行われました(2020年施行)。以下で、その内容を解説していきます。

労働者派遣法の近時の改正内容とは?

労働者派遣法は、近年、派遣労働者保護の観点から、規制強化の方向で、派遣期間が原則3年間と制限されたりするなどの改正が行われてきましたが、直近の最も重要な改正は、「同一労働同一賃金」を目的とする2018年改正(2020年4月施行)です。

「同一労働同一賃金」の推進を目的とした2018年の法改正(2020年4月施行)

2020年4月から施行された改正労働者派遣法は、派遣先の正規雇用労働者と派遣労働者の不合理な待遇差を解消することを目的に改正が行われました。以下でその内容を説明します。

2018年の改正内容と3つのポイント

派遣労働者の同一労働同一賃金を達成するために、2018年改正においては、① 待遇を決定する際の規定の整備、②派遣労働者に対する説明義務の強化、③裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定の整備が行われました。以下で、そのポイントを説明します。

①待遇を決定する際の規定の整備

正規雇用労働者と派遣労働者の不合理な待遇差を解消するため、「派遣先均等・均衡方式」か「労使協定方式」のいずれかの方式により、派遣労働者の待遇を確保することが義務化されました。

派遣先から派遣元への情報提供義務について

待遇決定方式が、「派遣先均等・均衡方式」か「労使協定方式」のいずれの場合も、派遣先は、労働者派遣契約を締結するにあたり、あらかじめ、派遣元事業主に対し、派遣労働者が従事する業務ごとに、比較対象労働者の賃金等の待遇に関する情報を提供しなければなりません。ただし、労使協定方式の場合には、比較対象労働者の選定は不要です。

派遣先が提供する「待遇に関する情報」とは?

派遣先が、派遣元に提供する必要がある「待遇に関する情報」とは以下のとおりです。
「派遣先均等・均衡方式」の場合は、以下の①から⑤を提供します。
①比較対象労働者の職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲並びに雇用形態
⓶比較対象労働者を選定した理由
③比較対象労働者の待遇のそれぞれの内容(昇給、賞与その他の主な待遇がない場合には、その旨も含む。)
④比較対象労働者の待遇のそれぞれの性質及び当該待遇を行う目的
⑤比較対象労働者の待遇のそれぞれを決定するに当たって考慮した事項
「労使協定方式」の場合には、以下の①・②の情報を提供します。
①派遣労働者と同種の業務に従事する派遣先の労働者に対して、業務の遂行に必要な能力を付与するために実施する教育訓練(労働者派遣法第40条第2項の教育訓練)
⓶給食施設、休憩室、更衣室(労働者派遣法第40条第3項の福利厚生施設)

②派遣元から派遣労働者に対する説明義務の強化

派遣労働者が、不合理な待遇差を感じることの内容、雇入れ時、派遣時、派遣労働者から求めがあった場合の派遣労働者への待遇に関する説明義務が強化されました。

雇い入れや派遣する際の説明

雇入れ時
派遣元事業主は、派遣労働者の雇入れ時、あらかじめ、労働条件に関する次の事項を明示する必要があります。あわせて労働基準法第15条に基づく労働条件の明示も必要です。
①昇給の有無
⓶退職手当の有無
③賞与の有無
④労使協定の対象となる派遣労働者であるか否か(対象である場合には、労使協定の有効期間の終期)
⑤派遣労働者から申し出を受けた苦情の処理に関する事項

また、雇入れ時に、あらかじめ、以下の不合理な待遇差を解消するための講ずる措置の説明をしなければなりません。
①派遣先均等・均衡方式によりどのような措置を講ずるか。
②労使協定方式によりどのような措置を講ずるか。
③職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案してどのように賃金を決定するか。

派遣時
派遣元事業主は、派遣労働者の派遣時、あらかじめ、労働条件に関する次の事項を明示しなければなりません。あわせて、労働者派遣法第34条第1項に基づく就業条件の明示も必要です。
①賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金を除く。)の決定等に関する事項
②休暇に関する事項
③昇給の有無
④退職手当の有無
⑤賞与の有無
⑥労使協定の対象となる派遣労働者であるか否か(対象である場合には、労使協定の有効期間の終期)
労使協定方式の場合は、上記の⑥のみを明示することが必要となります。

また、派遣時に、あらかじめ、不合理な待遇を解消するために講ずる措置に関し、以下の事項を説明しなければなりません。
①派遣先均等・均衡方式によりどのような措置を講ずるか。
②労使協定方式によりどのような措置を講ずるか(業務の遂行に必要な能力を付与するために実施する教育訓練(労働者派遣法第40条第2項の教育訓練)と休職施設、休憩室及び更衣室(労働者派遣法第40条第3項の福利厚生施設)に係る者に限る)
③職務の内容、職務の成果、意欲、能力又は経験その他の就業の実態に関する事項を勘案してどのように賃金を決定するか(協定対象派遣労働者は除く)

派遣社員から求められた際の説明

派遣元事業主は、労働者派遣法第26条第7項及び第10項並びに第40条第5項の規定により提供を受けた比較対象労働者の待遇等に関する情報に基づき、派遣労働者と比較対象労働者との間の待遇の相違の内容及び理由等について説明をしなければなりません。

【派遣先均等・均衡方式】
(待遇の相違の内容について)
①派遣労働者及び比較対象労働者の待遇のそれぞれを決定するに当たって考慮した事項の相違の有無
⓶「派遣労働者及び比較対象労働者の待遇の個別具体的な内容」又は「派遣労働者及び比較対象労働者の待遇の実施基準」

(待遇の相違の理由について)
派遣労働者及び比較対象労働者の職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、待遇の性質及び待遇を行う目的に照らして適切と認められるものをに基づき、待遇の相違を説明しなければなりません。

【労使協定方式】
協定対象労働者の賃金が、次の内容に基づき決定されていることについて、説明しなければなりません。
①派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する一般労働者の平均的な賃金の額と同等以上であるものとして労使協定に定めたもの
②労使協定に定めた公正な評価

協定対象派遣労働者の待遇(賃金、労働者派遣法第40条第2項の教育訓練及び同条第3項の福利厚生施設を除く)が派遣元事業主に雇用される通常の労働者(派遣労働者を除く。)との間で不合理な相違がなく決定されていること等について、派遣先均等・均等方式の場合の説明の内容に準じて説明しなければなりません。

③裁判外紛争解決手続(行政ADR)の規定の整備

労働者派遣法の改正により、派遣労働者が救済を受けやすくするため、都道府県労働局長による紛争解決援助や調停といった裁判外紛争解決手続(行政ADR)が整備されました。
労働者派遣法により、派遣元事業主及び派遣先事業主は、派遣労働者から苦情の申し出を受けたとき等は、苦情の自主的解決を図るように努めなければならないとされています。
しかし、苦情の自主的解決を図っても解決が困難な場合があります。このような場合に、当事者から解決について援助を求められた場合には、都道府県労働局長が、当事者に対し、必要な助言、指導又は勧告をすることができることとなりました。また、当事者が調停の申請をした場合には、都道府県労働局長が紛争の解決に必要があると認めるときは、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に規定する紛争調整委員会において調停が行われることになります。

改正で追加された派遣先企業の義務項目とは?

派遣先企業は、すでに述べた①派遣元への比較対象労働者の待遇等に関する情報を提供すること以外にも、②派遣元の求めに応じて、派遣労働者に対しても、業務の遂行に必要な能力を付与するための教育訓練を実施する義務、③派遣先の福利厚生施設の利用機会の付与する義務、④派遣先の労働者に関する情報や派遣労働者の業務遂行情報等の情報を派遣元に提供をすることが義務とされました。

労働者派遣法改正の歴史

労働者派遣法は、法律が制定された1986年から2004年までは、規制緩和の方向で法改正が行われてきましたが、2008年のリーマン・ショックの影響で発生した「派遣切り」や「雇止め」が社会問題となり、2012年改正以降は、規制を強化する方向で法改正が行われるようになりました。今後の労働者派遣に関する法規制の方向性をイメージするためにも、法改正の内容を簡単に説明します。

2012年施行の改正内容

労働者派遣法は、1986年に施行され、当初は、派遣の対象は、13業務のみが対象業務として定められていました。規制緩和の流れを受け、1996年改正は、派遣の対象業務は、26業務まで拡大されました。1999年改正では、禁止された業務を明記する方式(ネガティブリスト方式)に変わり、禁止された業務を除いて原則として派遣を行うことが可能となりました。また、2004年改正においては、当初、派遣対象の業務であった26業務については、派遣期間が無制限となる改正も行われました。
ところ、2008年のリーマン・ショック後の「派遣切り」などが社会問題となり、派遣労働者の保護の必要性から規制を強化する改正が、2012年改正から行われるようになりました。
2012年改正の内容は、日雇い派遣の原則禁止、グループ内派遣規制、離職した労働者を離職後1年以内に派遣労働者として受け入れることの禁止等でした。

2015年施行の改正内容

2015年の労働者派遣法の改正においては、派遣労働は臨時的・一時的なものであることを原則とするという考え方に基づき、正社員が行う業務を派遣社員が行うことを防止するとともに(常用代替の防止)、派遣労働者の雇用の安定とキャリアアップを図ることを目的とした改正が行われました。
その内容は、違法な派遣労働があった場合に、派遣先企業が派遣労働者に対して直接雇用の申し込みをしたとみなす制度(労働契約の申込みみなし制度)の導入、すべての労働者派遣事業を許可制としたこと、派遣期間を原則3年としたこと、派遣労働者の雇用安定措置(派遣終了後の派遣元による派遣先への直接雇用の依頼等)、派遣労働者のキャリア形成支援の義務化などです。

労働者派遣法の改正で求められる企業の対応

直近の労働者派遣法改正でいえば、2020年4月から施行された同一労働同一賃金に伴う改正に対応していくことが重要です。
派遣先事業主としては、改正法が要求する派遣元への情報提供を行うこと、派遣労働者への教育訓練、福利厚生施設の利用機会の付与を行う必要があることを注意すべきでしょう。
派遣元事業主に関しては、待遇決定方式について、約9割の事業主が労使協定方式を採用したという厚労省の調査結果が出ています。労使協定方式を採用するには、当然有効な労使協定の締結が必要となりますので、まずは、労使協定の締結手続きに瑕疵がないか十分注意を払うべきでしょう。

労働者派遣法改正に伴う対応でお悩みなら、労働法務に精通した弁護士にご相談下さい。

労働者派遣法に限らず、労働関連法規は頻繁に改正が行われる方分野の一つです。法改正の対応でお悩みの場合には、労働法務に精通した弁護士にご相談ください。

従業員が、犯罪行為を行った疑いにより起訴された場合に行われる起訴休職処分に関して、以下で説明します。

犯罪行為で起訴された従業員の「起訴休職処分」について

起訴休職処分は、従業員が、犯罪行為に関し起訴された場合に、一定期間または判決確定までの間休職とするものです。

起訴休職処分を命じる必要性とは?

起訴休職処分は、企業の社会的信用を維持する必要や、職場の秩序維持、懲戒や解雇などの処分を刑事手続きが終了するまで留保するといった必要から命じられます。

「自宅待機命令」とは何が違うのか?

従業員が犯罪事実について起訴された場合に、会社が自宅待機命令を下すこともあります。この自宅待機命令は、当該従業員に懲戒処分をくだすかどうかを判断するための間、業務命令として自宅待機を命ずるものです。自宅待機命令を下した場合、業務命令により従業員が労務の提供を行えない状態となっているので、会社は、原則として、従業員に対し、自宅待機中の賃金を支払う義務があります。
これ手に対し、後述のとおり、起訴休職処分の場合には、休職期間中の賃金を支払う義務がないという点で、自宅待機命令とは大きな違いがあります。

起訴休職処分を開始・終了するタイミング

起訴休職処分は、以下のタイミングで発令され終了するものが多いといえます。

どの時点で命じることができるのか?

起訴休職処分を命ずることができるのは、当該従業員が起訴された時点です。起訴を理由とする処分である以上、当然の事柄といえます。

起訴休職が終了する事由とは?

起訴休職が終了する事由としては、判決の確定、保釈、一審での無罪判決などがあります。後述の裁判例の考え方に立つと、保釈や一審の無罪判決により要件を満たさなくなった場合には、起訴休職の終了を認める必要があると考えられます。

起訴休職処分を命じるための要件について

裁判例は、従業員が犯罪行為に関し起訴されたことのみをもって、その者を起訴休職処分とすることはできないと解しており、裁判例の大勢は、以下の2つの要件のいずれかを満たすことを要するとしています。
①当該犯罪行為の起訴がなされたことによって、職場秩序や企業の社会的信用や当該労働者の職務遂行などの点で同人の就労を禁止することもやむなしと認められること、②勾留または公判期日出頭のために現実の労務提供が不可能または困難となること。
上記のような要件を要求する裁判例の立場からは、保釈や一審の無罪判決などにより、その要件を満たさなくなった場合には、使用者は復職措置をとらなければならないと解されています。

会社は起訴休職中の賃金を支払う必要があるのか?

起訴休職中、従業員は労務を提供しておらず、その休職の理由は従業員にあるので、会社は起訴休職中の賃金を支払う必要はありません。なお、就業規則における休職制度の設計で、起訴休職期間中の賃金を支払うという制度にしている場合には、この限りではなく、賃金を支払う必要が生じます。

起訴休職中に懲戒解雇とすることは可能か?

「起訴されたこと」が懲戒解雇理由とされていれば、理論的には、懲戒解雇することは可能です。また、「会社の信用を著しく害する行為」を行ったとして懲戒解雇することも考えられます。
しかし、起訴休職中は、当該従業員の犯罪行為について、有罪無罪の判断がなされていない状況です。当該従業員が、犯罪行為を行ったことを争っているような場合には、懲戒解雇が解雇権の濫用として無効と判断される可能性があるので、解雇を行うには注意が必要と考えられます。また、犯罪行為の内容によっては、有罪であったとしても、必ず解雇が有効となるわけではないので、この点からも解雇を行う場合には注意が必要です。

起訴休職処分後に無罪判決が確定した場合は?

起訴休職処分後に、無罪判決が確定する場合があります。このような場合、会社が行った起訴休職処分について問題が生じるのでしょうか。

会社が違法性を問われることはあるか?

起訴休職処分後に、無罪判決が確定した場合、起訴休職そのものが遡って違法となるものではないと解されています。起訴休職処分は、有罪を理由とする処分ではなく、処分時に要件を満たす以上、無罪判決によりその効力に影響は生じないと考えるべきだからです。

起訴休職中、無給だった賃金を支払わなければならない?

起訴休職処分後に、無罪判決が確定したとしても、起訴休職処分は遡って違法、無効となるものではありません。そのため、起訴休職中の賃金を支払う義務は生じないと考えられます。

起訴休職処分を就業規則に定める際のポイント

起訴休職処分は、就業規則上、「刑事手続きで起訴された者は、その事件が裁判所に係属する間はこれを休職する。」などと定められることが多いといえます。
しかし、裁判例が、一定の要件のもとで、起訴休職処分の有効性を認めていることからすれば、少なくとも、一審で無罪判決が下された場合等で起訴休職の要件を満たさなくなった場合には、休職が終了するように定めておく方がよいでしょう。

起訴休職処分の有効性が問われた裁判例

起訴休職処分の有効性が争われた裁判例を以下で、解説します。

事件の概要

本件では、従業員が、刑事事件で起訴された際に、就業規則上、起訴休職命令の定めがない法人において、「休職をさせることを適当と認めるとき」に該当するとして、法人が休職を命令し、その有効性が問題となりました(その他の争点は省略)。第一審は、法人の起訴休職処分を無効と判断しましたが、高裁は、一審を破棄し、法人の起訴休職処分を有効と認めました。その際、裁判例は、起訴休職が認められる要件について、詳細に判断をおこないました。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

裁判所は、刑事事件で起訴された被用者をそのまま就業させた場合、職務内容や犯罪事実の内容によっては、職場秩序や使用者の社会的信用が害されること、被用者の労務の継続的給付や使用者の組織的活動に障害が生じることなどから、就業規則に明確な起訴休職の規定がなくとも、起訴休職処分を命ずることが可能と判断しました。
一方、被用者が起訴されたという事実のみでは、休職を命ずることは認められないとも判断しました。休職が認められるのは、職務の性質や、犯罪事実の内容、身体拘束の有無などの事情に照らして、従業員が就労することにより、使用者の対外的信用が失墜する等の要件が必要であるとしました。また、無給休職の場合は、休職による従業員の不利益が極めて大きいことから、犯罪行為の軽重と著しく均衡を欠かないことも必要であると判断しました(平成13年(ネ)第109号福岡高判平成14年12月13日参照)

ポイント・解説

本裁判例のポイントは、起訴休職処分に関し、就業規則に明確な規定がなくとも、これを命ずることができると判断した点です。
また、被用者が起訴されたという事実のみでは、休職を命ずることができないと判断しており、この考え方は、就業規則上、起訴休職処分の規程が存在する場合にも妥当すると考えられます。
本件の第一審判決は、本裁判例と同様の判断枠組みで、起訴休職処分を無効と判断しました。本裁判例と第一審判決の結論が異なったのは、刑事事件判決の評価の違いによるものと考えられます。したがって、起訴休職処分の有効性を判断するには、具体的な犯罪事実の内容の評価が重要な要素となると考えられます。

起訴休職処分を命じるかどうかについては、慎重な判断が求められます。起訴された従業員の対応でお悩みなら弁護士にご相談下さい。

ほとんどの企業において、起訴休職処分の制度が設けられていますが、起訴がなされれば休職を命ずることができるという規定がほとんどです。しかし、裁判例の考え方を踏まえると、起訴された場合に一律に休職処分を命ずると、職務内容や犯罪事実等の諸般の事情を踏まえて、無効と判断される可能性あります。
従業員が起訴された場合に、起訴休職処分を命ずるかどうかについても、慎重な判断が求められるといえます。お悩みの場合には、是非、弁護士にご相談ください。

社内で、新型コロナウイルスに感染した方が出た場合や濃厚接触者が出た場合には、会社は、様々な対応をする必要が生じます。社内において、感染者や濃厚接触者を公表することに何らかの問題は生ずるのでしょうか。

新型コロナウイルス感染者や濃厚接触者がでたことを社内公表することに問題はないか?

社内で、新型コロナウイルス感染者や濃厚接触者が出た場合、他の社員への感染を防止するために社内において対応を取る必要があります。そのために、社内で感染者等が出たという情報を社内公表する必要性が生じます。
一方で、感染者や濃厚接触者にとっては、感染者であることや濃厚接触者であることは、他人に公表されたくない事実であるとも考えられます。

従業員の感染について社内で情報共有する目的

従業員が新型コロナウイルスに感染した場合、社内において、濃厚接触者が存在する可能性が高く、濃厚接触者を特定して、PCR検査を受けてもらうことや、自宅待機を命じて、更なる感染を防ぐなどの対策を取る必要があります。
このような対策をとるにあたり、濃厚接触者を特定するには、社内において、感染者の情報を共有せざるを得ません。もっとも、情報共有の必要があれば、直ちに社内全体に公表してよいとはならないので、以下で、社内公表における問題点を検討します。

新型コロナウイルス感染に関する情報は個人情報にあたるのか?

新型コロナウイルス感染に関する情報を社内で公表するにあたっては、その情報が個人情報にあたるかを検討する必要があります。個人情報の取得や利用については、法律上の規制が存在するためです。
個人情報故語法では、「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述などにより、特定の個人を識別できるものと個人識別符号が含まれるもの(個人情報保護法2条参照)されています。
「従業員Aが新型コロナウイルスに感染した」という情報は、Aを特定できる情報ですので個人情報にあたります。一方「社内で新型コロナウイルスの感染者が発生した」という情報は、その情報のみでは、特定の個人を識別することはできません。ただし、他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものも、「個人情報」にあたるため、極小規模の会社などでは、「社内で新型コロナウイルスの感染者が発生した」という情報だけで、個人が識別できる場合もあるので注意が必要です。例えば、数名の会社で、社員が「Bさんのみが欠勤している」という情報を知っている状態であれば、「社内で新型コロナウイルスの感染者が発生した」という情報と照合すると、「Bさんが新型コロナウイルスの感染した」という個人識別可能な情報となり、「個人情報」に該当します。
そして、新型コロナウイルスに感染したという情報は、個人情報のうちでも取り扱いに配慮が必要とされる、「要配慮個人情報」(法第2条3項)に該当します。

社内公表をする際、従業員本人の同意を得る必要はあるか?

個人情報保護法では、原則として、「個人情報」に該当する場合には、本人の同意を得ずに利用目的の範囲を超えて、個人情報を取り扱うことはできません。しかし、例外として「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」または、「公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」に該当する場合には、本人の同意なく目的外利用をすることが認められています。
社内において、感染者や濃厚接触者が出たことについて社内公表することにつき、2次感染防止や事業活動継続のために必要がある場合には、上記の例外の事由に該当すると考えられますので、本人の同意なく、社内公表することが認められると考えられます。

公表する情報の範囲はどの程度まで認められるのか?

もっとも、2次感染防止や事業活動継続のために必要がある場合に、社内公表が認められるとしても、新型コロナウイルスに感染したという情報が、要配慮個人情報であることに鑑みれば、氏名に関しては、社内全体に対して、公表すべきではないでしょう。
社内全体に対して、公表するのは、氏名以外の情報にとどめ、氏名を開示するのは、濃厚接触者に該当しうる者や、感染防止のために社内対応を行う担当者などに限定すべきでしょう。

新型コロナ感染が疑われる段階で公表することは問題ないか?

疑いといった段階において、社内全体に情報を公開することは、本人の同意がなければ差し控えるべきでしょう。もっとも、当該人物と濃厚接触した可能性がある者に対しては、本人の同意がなくとも、2次感染防止等の必要性から、感染疑いがある者の情報を開示することも許されると考えます。

新型コロナウイルス感染やその疑い、または濃厚接触者がでたことを社内へ公表する際の留意点

まず、不必要に氏名を開示しないようにすべきです。社内全体に対しては、公表を行うにしても、氏名以外の情報にとどめるべきであると考えます。
そして、2次感染を防止する観点から、濃厚接触者に該当しうる者に限定して、感染者等の氏名を開示する場合においても、氏名の開示を受けた者から、感染者等の情報が漏れないように厳重な情報管理を行う必要があります。

個人情報の取扱いやプライバシーに十分配慮する

新型コロナウイルスに感染したという情報は、個人情報の中でも、特に取り扱いに配慮が必要な「要配慮個人情報」であり、その情報が公になった場合には、本人のプライバシーが大きく侵害されることになります。
そのため、2次感染防止などの必要性から、本人の同意なく情報を利用できる場合であっても、氏名の開示が必要かどうか、氏名の開示をする対象者はいずれの者が適切かといった点を判断するにあたり、プライバシーの保護について、十分配慮することが必要です。

公表に関して就業規則に定めておく

新型コロナウイルスに関する情報の社内公表に関して、就業規則に定めを置いておくことも有用であると考えます。どのような情報を、どのような範囲の者に開示するかといった点について、事前に検討して就業規則に明記することで、いざというときに、対応方法に悩まずに公表などを行いうると考えられるからです。

不当な差別・コロナハラスメントを防止するための対策を講じる

社内で新型コロナウイルス感染者が発生した場合、当該労働者に対する不当な差別やコロナハラスメントが生じないように対策を講じることも必要です。
例えば、感染者に対し、感染予防対策が不十分であることを問題視して、不当な発言を行うなどの行為が生ずることが考えられます。そのため、感染者の感染状況に関する情報などは、特に厳重に管理すべきであると考えます。

取引先などの社外へ公表する際に気を付けるべきこととは?

取引先などの社外であっても、2次感染防止や事業活動の継続のため、また、公衆衛生の向上のために必要がある場合には、本人の同意なく、情報を利用することができます。
もっとも、社内公表時と同様に、プライバシー保護の観点から、氏名の開示は、その必要があるかについて十分に検討したうえで開示を行うべきでしょう。

個人情報保護法違反やプライバシー権を侵害した場合の罰則

個人情報保護法には、個人情報保護委員会の命令に違反した場合(法83条)、個人情報データベース等を不正な利益を図る目的で提供した場合(法84条)等には罰則の定めがありますが、個人情報保護法違反のみで、直ちに罰則の対象となるわけではありません。したがって、仮に、新型コロナウイルスに関する社内公表が、個人情報保護法違反となった場合であっても、これにより罰則を科せられることはありません。
また、プライバシー権の侵害は、名誉棄損罪に該当する可能性もありますが、新型コロナウイルスに関する情報の公開については、公共の利害に関する事実であり、公開に関し、公益を図る目的も認められると考えられますので、確実な資料や根拠に照らして、情報を公開した場合には、名誉棄損罪に問われる可能性はないでしょう。

社内公表等に関しても、弁護士が法的な観点からアドバイスいたします

新型コロナウイルスに関して、企業は様々な対応が必要となっています。感染者等に関する社内公表といった対応についても、個人情報保護法等を踏まえた対応方針の検討が必要です。このような対応に関しても、弁護士が、法的な観点からアドバイスをさせていただきますので、お気軽にお問い合わせください。

労働安全衛生法によるメンタルヘルス対策の強化

労働安全衛生法は、昨今のメンタルヘルス不調による労災認定件数の増加などを踏まえて、一定の要件を満たす事業者に対し、ストレスチェックの実施とその結果を踏まえた医師による面談指導などの制度(ストレスチェック制度)を設けることにより、労働者のメンタルヘルス不調への対策を強化しています。

メンタルヘルス不調社員への配慮は会社の義務

労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、使用者の労働者に対する安全配慮義務を定めています。
上記の安全配慮義務から、会社は、メンタルヘルス不調の状態にある社員に対して配慮する必要があります。

安全配慮義務違反に対する損害賠償責任

会社が、労働者に対する安全配慮義務を怠り、損害が発生した場合には、会社は、当該労働者に対して、安全配慮義務違反により生じた損害を賠償する責任を負います。

メンタルヘルス不調を早期発見する重要性

メンタルヘルス不調は、その症状が重症化すると、当該労働者が自殺をしてしまうなどといった重大な結果が生ずることがあります。このような重大な結果は、早期発見することで未然に防げることが少なくありません。そのため、労働者のメンタルヘルス不調を早期発見することは非常に重要であるといえます。

職場におけるメンタルヘルス不調の兆候とは

職場におけるメンタルヘルス不調の兆候には、遅刻や休みが増えることや、ミスや物忘れが多くなる、ぼんやりしていることが多くなる、感情の変化が激しくなるなどといったものがあります。

メンタルヘルス不調と休職時の対応

メンタルヘルス不調が生じた場合に、業務量の調整などで不調が回復することもありますが、ときには、一定期間、会社を休職して回復に努める必要が生じるケースもあります。この場合の対応について、以下で説明します。

休職中の社員への対応

会社は、休職中の社員の状況の把握に努める必要があります。復職の見込みや復職の時期を検討するためにも定期的に社員の状況を確認すべきです。もっとも、メンタルヘルス不調で休職中の社員については、会社からの連絡に対応すること自体が負担となる場合もあります。このような場合には、主治医や親族などを介して社員の状況を確認することになりますので、休職に入る際に、どのような方法で、社員の状況を確認するのかを、協議して定めておく方がよいでしょう。

復職可否の判断について

休職した社員が、復職できるかについては、慎重な判断を要します。十分に回復していない状況で復職するとさらに症状が悪化するケースも存在しますし、復職ができない状況で、休職期間が満了すると、当該社員は当然退職となるためです。

主治医の診断書による判断

休職からの復職に関しては、主治医の診断書による復職の可否の判断を得ておくべきです。本人の申告のみに基づいて、会社が復職を認めて、仮に十分に社員が回復していなかったような場合には、その後の状況次第では、会社が安全配慮義務違反を問われる可能性があります。

職場復帰を支援する「リハビリ出勤制度」とは

リハビリ出勤制度とは、本格的に職場復帰をする前に、試し出勤を行うという制度です。勤務時間と同様の時間帯にデイケアなどで模擬的な作業を行うなどの「模擬出勤」、自宅から職場近くまで通勤経路で移動し、職場付近で一定時間すごした後に帰宅する「通勤訓練」、本来の職場などに試験的に一定期間継続して出勤する「試し出勤」などの方法があります。

メンタルヘルス不調を理由とした解雇は認められるか?

メンタルヘルス不調があるという理由のみでの解雇は認められません。そのメンタルヘルス不調により労務の提供ができないといった場合には、解雇が認められる場合がありますが、休職制度が存在する会社において休職制度を全く利用することなく、解雇を行ったような場合には、解雇が無効と判断される可能性が高いといえます。
また、メンタルヘルス不調の原因が、長時間労働等の会社の業務が原因である場合には、メンタルヘルス不調が労働災害による傷病となりますので、労務の提供ができないとしても、解雇することは認められません(治療開始から3年が経過し、打ち切り補償を支払った場合を除く)。

メンタルヘルスによる解雇の有効性が問われた判例

うつ病で休職していた社員を休職期間満了により解雇したところ、その有効性が争われた事案を紹介します。

事件の概要

うつ病を発症して、15カ月欠勤した後、20日の休職期間を満了して復職できなかった従業員を会社が解雇したところ、従業員は、うつ病の原因は会社における長時間労働であるとして、会社の解雇は、業務上の傷病によって療養しているものを解雇しており、無効であるとして争った事案

裁判所の判断(事件番号 裁判年月日・裁判所・裁判種類)

判例は、労働者がうつ症を発症した時期の過去6か月間の所定外労働時間が平均90時間程度であることや、法定外労働時間が平均70時間程度であること、また、業務内容の新規性や、スケジュール等を踏まえたうえ、労働者に精神疾患の既往歴がないことなどから、うつ病の原因は、会社における業務にあると認定しました。そのため、会社による解雇は、業務上の傷病の療養中に行われたものと判断され無効としました(平成20年(ネ)第2954号平成23年2月23日東京高裁判決)

ポイントと解説

上記の裁判では様々な争点があらそわれましたが、休職期間の満了による解雇の有効性に絞って取り上げます。
本件において会社が敗訴したのは、労働者のうつ病の原因が業務によるものであると判断されたためです。うつ病の原因が、業務外の理由によるものであれば、休職期間の満了による解雇は有効となっていました。業務上の傷病と判断された理由の中で、長時間労働が大きな事実として取り上げられています。
本件において、労働者が長時間労働を行っていなければ、結論は逆になっていたと考えられます。
本件のように、メンタルヘルス不調による解雇が争われる事案においては、会社は、業務外の原因による傷病であることを主張し、労働者は、業務上の傷病であることを主張し、この判断が解雇の有効性を決することになります。
メンタルヘルス不調の労働者の休職や解雇を行うにあたっては、その不調の原因が、業務に起因するものでないかという観点からの検討が不可欠です。特に、業務に関しては長時間労働が行われていないかという観点から検討をする必要があります。労働時間以外の業務の内容や、労働者自身の既往症など判断を分けるポイントは数多く存在しますので、実際の対応を行う場合には、労働に注力している弁護士にご相談ください。

メンタルヘルスケアで会社に求められる対応

会社は、日常的に労働者の精神的負担の程度を把握し、労働者のメンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な対応をとることが求められています。

厚生労働省が提唱する4つのケア

厚労省は、メンタルヘルスケアに関し、「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」及び「事業場外資源によるケア」の4つのケアを提唱しています。
「セルフケア」は労働者自身によるケアですが、「ラインによるケア」とは、管理監督者によるケア、「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」とは、産業医、衛生管理者等によるケア、「事業場外資源によるケア」とは、事業場外の機関、専門家によるケアを意味します。

ストレスチェック制度の導入

常時50人以上の労働者を使用する事業場については、労働安全衛生法66条の10により、労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査を行い、その結果に基づき、面接指導などを行う制度(ストレスチェック制度)を実施する義務があります。

産業医との連携による適切な対応

ストレスチェック制度は、労働者のストレスチェックを行えばよいというものではなく、その結果を踏まえて、面接指導などを行うことをその制度の内容としています。そのため、会社は、ストレスチェック制度の運用に当たっては、産業医と連携して適切な対応をすることが必要です。

メンタルヘルスに関するQ&A

長時間労働者の面接指導でうつ病が疑われた場合、会社にはどのような対応が求められますか?

長時間労働者の面接指導でうつ病が疑われた場合、産業医と連携して、速やかに休職の必要性を判断して、休職が必要であれば休職を命ずる必要があります。また、休職の必要性が認められない状況であっても、速やかに業務量を調整して、長時間労働を改善することが必要です。

診断書にメンタルヘルス不調のため就労不能と記された場合、必ず休職させなければならないのでしょうか?

メンタルヘルス不調を訴える患者に対し、医師が、患者の意向を尊重して、就労不能といった診断書を作成するケースは少なくありません。会社として、提出された診断書のみでは、休職の判断ができない場合には、従業員に会社が指定する医師などの診察を受けてもらい、産業医による判断も加えて休職の可否を判断することは可能です。ただし、このような運用をする場合には、就業規則に、休職の判断をする際に、従業員に対し、会社が指定する医師の診察を受診することを義務付ける定めを設けておくほうがよいでしょう。

派遣社員がメンタルヘルス不調を抱えている場合、派遣先としていかなる対応をなすべきでしょうか?

判例では、うつ病で派遣社員が自殺をした事案に関し、派遣元と派遣先の双方に安全配慮義務違反を認めたものが存在しています。
派遣社員がメンタルヘルス不調を抱えていることを派遣先が把握した場合、派遣先は、派遣元にこの事実を伝えて速やかに対応を求めるとともに、派遣先から派遣社員に対しても、通院を進めるなどの対応をする必要があります。

うつ病の発症を理由に、退職勧奨を行うことは法的に認められますか?

うつ病の発症のみを理由に、退職勧奨を行うことは不当な退職勧奨になる可能性があります。うつ病が発症していても、服薬などで労務の提供に影響がない場合もあるためです。うつ病により、労務の提供に問題が生じているようなケースにおいて、退職勧奨を行うことは問題がありません。もっとも、退職勧奨を労働者が拒否しているにもかかわらず、執拗に退職を迫る等の行為は不法行為になりますので注意してください。

うつ病の社員が休職から職場復帰する場合は、元の職場に戻すべきでしょうか?

休職から職場復帰をする場合には、元の職場に戻す方が負担なく業務に戻れるというメリットがあります。しかし、うつ病の社員の場合、元の職場の環境が病気の原因となっているケースもあり、このような場合に元の職場に戻すことは、症状を再発させかねない行為です。
うつ病の原因を踏まえて、適切な職場に復帰させる配慮が必要であるので、別の職場に戻すことが適切な場合もあります。

メンタルヘルス不調が疑われる社員に受診を勧めましたが、応じてくれない場合はどうしたらいいですか?

会社は、労働者に対し安全配慮義務を負っています。合理的にメンタルヘルス不調が疑われるにも関わらず、社員が病院を受診しない場合には、受診命令を下すことが許されると考えます。もっとも、業務命令として受診命令を下す場合には、その命令が有効であったかどうかが争われるリスクが残ります。そのため、あらかじめ、就業規則において、上記のような場合に、会社が社員に受診命令を下すことができる旨の定めを設けておくことをお勧めします。

ストレスチェックを実施しない会社への罰則はあるのでしょうか?

ストレスチェック制度の実施義務がある会社が、ストレスチェックの報告を行う義務があり、その報告を怠ると、50万円以下の罰金という罰則があります(労働安全衛生法120条5号)。ただし、実施しないことについての罰則は定められていません。

メンタルヘルス不調による再休職を予防するにはどうしたらいいでしょうか?

メンタルヘルス不調の従業員は、何度も休職を繰り返すケースがあります。理想的な解決は、完治してから復職してもらうことですが、現実には、完治せず復職するケースの方が多いといえます。このような場合には、同種の傷病で休職する場合には休職期間を通算するという休職規定を設け、再休職を繰り返す場合には、休職期間満了により、当然退職となるといった対応をとることが可能な制度を設計しておくことにより対応する必要があります。

職場のメンタルヘルス不調における、管理職の役割を教えて下さい。

管理職は、部下の様子を把握し、「いつもと違う」という状況を発見して、早期にメンタルヘルス不調を発見するという役割を担っています。また、日常的に、部下からの相談に対応して、メンタルヘルス不調が発生しないように努めるという役割もあります。さらに、メンタルヘルス不調で休職した部下の復帰にあたり、職場復帰の支援に関し、中心的な役割を果たすことになります。

メンタルヘルス不調で遅刻・欠勤を繰り返す社員を解雇することは違法ですか?

メンタルヘルス不調で遅刻・欠勤を繰り返す社員を解雇することは、必ずしも違法ではありません。しかし、休職制度の利用の有無や、メンタルヘルス不調の原因が業務に起因するか等の事情により、解雇が無効となる可能性はありますので、解雇の前に、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。

うつ病が疑われる社員に対し、会社が指定した医師の診察を受けさせることは可能ですか?

社員が、医師の診察を拒んでいる状況などにおいて、受診命令を下すことが業務命令として許される場合もあります。しかし、会社が指定した医師に限定して診察を命ずることが必ず有効と判断されるとは限りません。そのため、会社が指定した医師に診察を受けさせたいという場合には、あらかじめ、就業規則などで、会社が指定した医師の診断を受けることを義務づける規定を設けておくべきでしょう。

ストレスチェックを受けさせる時間についても、賃金を支払う必要がありますか?

賃金の支払いについては、労使で協議して定めることになりますが、労働者の健康確保は事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、賃金を支払うことが望ましいとされています(厚労省 ストレスチェック制度関係 Q&A)

社員の主治医からメンタルヘルスについて情報を得る場合、従業員本人の同意は必要ですか

社員のメンタルヘルスに関する情報は、要配慮個人情報であり、プライバシー権により強く保護されているじょうほうですので、主治医から情報を得る場合には、本人の同意が必要です。

メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みなら、労働問題を専門とする弁護士にご相談下さい。

近年、メンタルヘルス不調を訴える従業員の数が増加しており、これに伴い、企業からの相談においても、メンタルヘルス不調を理由とする休職や欠勤に対する対応相談が増加傾向にあります。メンタルヘルス不調社員への対応でお悩みの場合は、労働問題に注力する弁年にご相談ください。

企業が、労働者の採用にあたり、内定を出した後に、内定者が妊娠をしていたことが判明したり、内定者が妊娠をしたりする場合があります。このような場合に、妊娠を理由に内定取り消しはできるのでしょうか。

内定取消は法律上「解雇」と同じ扱い

判例は、内定を始期付解約権留保付労働契約と理解しているので、内定取消は、法律上解雇と同様に扱われます。

妊娠による内定取消は「男女雇用機会均等法」に反する

男女雇用機会均等法第9条4項は、妊娠中の女性労働者に対してなされた解雇は、無効とすると定めており、内定取消も解雇と同様に扱われることからすると、妊娠を理由とする内定取消は無効となると解されます。

採用面接の段階で妊娠の有無を質問して良いか?

男女雇用機会均等法第5条は、「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない」と定めています。
この点に関し、「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号・最終改正平成27年厚生労働省告示458号)は、採用選考に際して、結婚の予定の有無や子供が生まれた場合の継続就労の希望の有無等一定の事項について女性に対してのみ質問することは、採用選考の方法や基準において、男女で異なる扱いをすることにあたり、男女雇用機会均等法第5条により禁止されるものであるとしています。 妊娠の有無を女性労働者に質問することも、上記と同様に、採用選考の方法や基準において、男女で異なる取り扱いをするものであると判断され、男女雇用機会均等法第5条により禁止されると解されます。
よって、採用面接の段階で、妊娠の有無を質問すべきではありません。

入社直後の妊娠でも産休・育休を与える必要はあるか?

産休(産前産後休業)は、全ての女性労働者に与える必要があります。
育休は、原則として、1歳未満の子を養育する全ての従業員(期間雇用者及び日々雇用者を除く)に与える必要があります。
そのため、入社直後に妊娠であっても、産休及び育休を与える必要があります。

入社1年未満の従業員の育児休業の適用除外について

育児休業については、労使協定を締結することで入社1年未満の従業員を、育児休業取得の対象から除外することができます。

産休・育休の取得を理由とする不利益取扱いも違法

産休や育休を取得したことを理由とする不利益取り扱いは、男女雇用機会均等法第9条に反し、違法となります。
また、厚労省の通達においては、妊娠・出産・育休等の事由を「契機として」不利益取り扱いが行われた場合は、原則として、妊娠等を「理由として」不利益取り扱いがなされたと解され、違法であるとされています。同通達においては、不利益取り扱いが、妊娠等の事由を「契機として」いるか否かは、妊娠等の事由と時間的に近接しているかで判断するとされていますが、厚労省Q&Aによれば、原則として、妊娠等の事由の終了から1年以内に不利益取り扱いがなされた場合は「契機として」いると判断するとされています。
そのため、妊娠・出産・育休等の事由が終了した後、1年以内に解雇などの不利益取り扱いをする場合には、例外的事情がなければ、法違反とされますので注意が必要です。

内定後の妊娠について企業が講じておくべき対策

これまでに解説したとおり、内定者が内定後に妊娠した場合であっても、妊娠を理由にとして内定取消をすることはできません。
企業としては、内定者に対し、妊娠を理由とするハラスメントを行わないよう対策をしておく必要があります。

企業に義務付けられるマタハラ防止措置とは?

企業は、マタハラ防止措置として、①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発、②相談窓口、対応体制等の整備、③マタハラに対する事後の迅速かつ適切な対応、④マタハラの原因や要因を解消するための措置を、義務付けられています。

従業員に対し、内定者に関しては、妊娠をしても内定取消ができないという情報を、周知し、マタハラが生じないように対策をすることが重要です。

男女雇用機会均等法違反に対する罰則

男女雇用機会均等法は、法違反に対する罰則は定められておらず、事業主が、厚生労働大臣に対し、報告をしなかったり、虚偽の報告をした場合に20万円以下の過料という罰則が定められています。

内定取消に関する判例

内定取消に関する判例を、以下で紹介します。

事件の概要

大学卒業予定者が、企業の求人募集に応募し、採用内定の通知を受け、企業に対し、入社する等を記載した誓約書を提出した。その後、企業から、内定者にパンフレット等を送付したり、内定者から近況報告書を送付したりした。他方、企業において、内定通知のほかに、労働契約締結のための特段の意思表示をすることは予定していなかった。 企業は、内定者が卒業を控えた2月に、理由を示さず、内定取り消しの通知を行った。

内定者は、企業に対し、労働契約上の地位を有することの確認及び未払賃金の支払いを求め、訴えを提起した。

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

①昭和54年7月20日最高裁判所判決(昭和52年(オ)第94号)は、判事の事実関係の下においては、企業の求人募集に対する大学卒業予定者の応募は労働契約の申込みであり、これに対する企業の内定通知は、上記内定申し込みに対する承諾であって、誓約書の提出とあいまって、内定者と企業との間に、始期付解約権留保付労働契約が成立したものと認めるのが相当であると判断しました。
②また、企業の留保解約権に基づく内定者の内定取り消し事由は、採用内定当時、知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると判断しました。
③本件では、企業が、採用にあたり、当初からそのものがグルーミーな印象であるため従業員として不適格であると思いながら、これを打ち消す材料が出るかもしれないとして、採用を内定し、その後になって、その不適格性を打ち消す材料が出なかったとして、内定を取り消すことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上是認することができないとして、内定取り消しは、無効であるとした。

ポイント・解説

本裁判例のポイントは、内定者の内定取り消し事由は、採用内定当時、知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られるという点です。

上記の判例の考え方からすると、採用内定取消が容易に認められないということが理解できると思われます。内定取消に関しては、解雇と同様に取り扱われるということを踏まえて、慎重な対応が求められることが、ご理解いただけると思います。

内定者への対応でお困りの際は、早めに弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

内定により、労働契約が成立したと考える判例の立場と、世間一般の内定に関する理解には、かなりの隔たりがあると思われます。特に、企業側において、自由に内定取消が認められるという考えの方も少なくありません。しかし、上で述べたとおり、内定取消においても、解雇と同様な慎重な判断が要求されます。内定者への対応でお困りの際は、早めに弁護士にご相談いただくことをおすすめします。

従業員にマイカー通勤を認めている会社は、少なくありません。従業員が、マイカー通勤中に交通事故を起こし、損害賠償をしなければならない場合に、会社がその賠償責任を負うのかについて、以下で解説します。

従業員のマイカー通勤中の事故で会社は責任を問われるのか?

従業員がマイカー通勤中に交通事故を起こした場合、会社は、使用者責任(民法715条1項)または運行供用者責任(自賠法3条)を問われるリスクがあります。

「使用者責任」を問われるリスク

使用者責任とは、事業のために他人を使用する者(使用者)が、被用者(従業員等)がその事業の執行について他人に損害を加えた際に損害賠償責任を負うというものです。

マイカー通勤は、基本的には勤務先の指揮命令下で行われるものではないので、マイカー通勤が「事業の執行について」なされたものといえるかが問題となります。
裁判例は、事業の執行といえるかについて、具体的事情により判断をしており、マイカー通勤中の交通事故について、会社に使用者責任を認めるケースと否定するケースの双方が存在します。そのため、会社としては、従業員のマイカー通勤中の事故について、使用者責任を負う可能性があることに注意して対策を取る必要があります。

「運行供用者責任」を問われるリスク

運行供用者責任とは、自己のために自動車を運行の用に供するもの(運行供用者)が、その自動車の運行により生じた他人の生命、身体に対する損害について賠償する責任を負うというものです。

会社が、マイカー通勤をしている従業員の運行供用者にあたる場合には、会社は従業員の交通事故に関し、運行供用者責任を負うことになります。

運行供用者とは、自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者とされており、従業員のマイカー通勤の事故に関して、会社に運行供用者責任を認めた裁判例も存在します。したがって、会社は、従業員のマイカー通勤中の事故に対し、運行供用者責任を負わないように注意すべきといえます。

もっとも、実務の立場は、運行供用者責任、使用者責任のいずれについても、マイカー通勤による事故における使用者の責任を原則的に否定し、マイカーの運行が使用者の業務と密接に結びついており、また、使用者がマイカーの使用を命令し、助長し、または少なくとも容認しているなどの特別の事情がある場合に限りこれを肯定するものということができます(中畑啓輔「マイカー通勤による事故」交通事故判例百選「第5版」15頁)。
また、運行供用者責任、使用者責任が認められるための判断基準に実質的な差はなく、責任の有無も一致するのが通常です(中畑啓輔「マイカー通勤による事故」交通事故判例百選「第5版」15頁)。

従業員のマイカー通勤中の事故で会社が責任を問われるのはどのようなときか?

それでは、そのような場合に、従業員のマイカー通勤中の事故で会社が責任を問われるのか見ていきましょう。

マイカーを通勤のみに使用していた場合

マイカーを通勤のみに利用し、業務に一切使用されていない場合には、交通事故が「事業の執行について」生じたものとはいえず、使用者責任は生じないと考えられます。もっとも、会社が、マイカー通勤を前提として従業員に通勤手当を支給していた事案について、通勤中の事故について会社に使用者責任を認めた裁判例も存在します。

マイカーを業務のためにも使用していた場合

マイカーを通勤だけでなく業務のためにも使用していた場合には、会社が業務利用を行わせていた場合だけでなく、業務利用を容認していたような場合であっても、裁判例において、マイカー通勤中の交通事故について、使用者責任が認められています。

従業員が無断でマイカー通勤していた場合の会社の責任と注意点

従業員が無断でマイカー通勤をしていた場合、会社はマイカー利用を認容したり助長したりしていないため、通勤中の事故に関し、使用者責任は発生しないのが原則です。
もっとも、マイカーを無断で使用していたとしても、会社がこれを知りつつ放置していたような場合には、会社はマイカーの利用を容認しており、使用者責任や運行供用者責任が発生するので注意が必要です。

マイカー通勤中の事故は「労働災害」に該当するのか?

マイカー通勤中の事故は、業務中の災害(業務災害)ではありませんが、通勤災害であり、労働災害に含まれます。

マイカー通勤のリスクから会社を守るための対策

会社が、マイカー通勤中の事故により使用者責任などを問われないようにするための対策について、以下で解説します。

マイカー通勤を原則禁止とした上で「許可制」とする

マイカー通勤を原則禁止としたうえで、例外的に利用を認める場合のみ許可を与える許可制を採用すべきです。
会社が、マイカー利用を認容、助長していると、通勤中の事故であっても使用者責任等が発生するリスクが生じますので、原則として、マイカー通勤は禁止すべきです。

一定要件での任意保険加入を義務づける

マイカー通勤を許可する要件として、対人賠償については無制限となっている任意保険への加入を定めることが重要です。
そもそも、マイカー通勤中の事故が生じても、従業員の加入する任意保険で被害者に対する賠償がなされれば、被害者が会社に対し、使用者責任等を追及することはありません。
そのため、必ず、マイカー通勤の許可要件として、対人賠償について無制限となっている任意保険への加入を義務付けるべきです。

無免許運転や無保険状態にないことを定期的に確認する

マイカー通勤を許可する際に、運転免許や任意保険への加入を確認することは行われても、その後、確認を怠るといったケースも少なくありません。
特に、任意保険契約の更新手続きがなされていないといった状況で、事故が生じた場合、会社が多額の賠償責任を負いかねませんので、保険契約の状況については、定期的な確認を行ってください。

マイカー通勤者に対し交通安全教育を実施する

やむを得ず、マイカー通勤を許可せざるを得ない場合であっても、事故発生を防止するために、マイカー通勤者に対し、交通安全教育を実施することも有効であると考えます。

マイカー通勤規程を作成する際に盛り込むべき事項とは?

マイカー通勤を原則禁止し、許可制とすること、許可の条件として、保険加入を必須とすること、マイカーを業務に利用しないことについては、必ず盛り込むべきでしょう。また、許可時に免許証の写しや、保険証券の写しの提出を義務づけたり、保険契約の更新時期に新契約の保険証書の写しの提出を義務付けるなどの規程を盛り込むとよいでしょう。

マイカー通勤を許可制とすることは不利益変更にあたるのか?

マイカー通勤が、許可制となり、マイカー通勤ができなくなることで通勤時間が大幅に増える等の場合もあり得るので、不利益変更に該当するといえるでしょう。
しかし、就業規則の不利益変更は、変更に合理性があり、変更後の就業規則を周知していれば、有効となります。
マイカー通勤を自由に認めていた会社が、マイカー通勤を許可制にするにあたり、従業員に対する不利益の程度が大きく、就業規則の変更に合理性がないと判断される可能性は低いと考えます。もっとも、許可制への変更で著しい不利益が発生する労働者が存在するような場合には、不利益緩和措置を設けるなどの必要もありますので、就業規則の変更にあたっては、弁護士などの専門家にご相談ください。

マイカー通勤中の事故で会社の責任が問われた裁判例

以下で、マイカー通勤中の事故で会社の責任が問われた裁判例を紹介します。

事件の概要

会社の寮に住んでいた従業員が、会社の寮から作業現場までマイカーで通勤し、作業後、寮に帰宅する途中で交通事故を起こし、相手方を死亡させた事故について、被害者遺族と無保険車傷害保険契約を締結していた保険会社が、従業員を雇用していた会社に対し、運行供用者責任及び使用者責任に基づく損害賠償請求を行った事案

裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)

判例(昭和60年(ネ)第260号・和61年9月30日・高松高等裁判所・判決)は、以下のような事実を認定し、会社の運行供用者責任を認めました。
会社においては、マイカーで作業現場に通勤することは禁じられていたものの、事故が生じた当時は、その取り決めが厳格に守られない状態となっていた。事故を起こした従業員は上司からマイカー通勤について注意を受けたことはなかった、当該従業員は、加害車両を会社の駐車場に駐車しており、このことを会社の代表者らも承知していた等の事実を認定し、会社は、加害従業員が、寮から作業現場への通勤手段として利用されていたことを黙認し、これにより事実上利益を得ており、かつ、会社は、加害従業員を会社の寮に住まわせ、会社の社屋に隣接する駐車場も使用させていたのであるから、本件加害車の運行につき、直接または間接に指揮監督をなしうる地位にあり、社会通念上もその運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあった者ということができるとして、会社の運行供用者責任を認めました。
本判決は、上告されましたが、上告審は本判決を支持し、上告を棄却しました。

ポイント・解説

本判決の事例においては、会社はマイカー通勤を禁止していましたが、その取り決めが厳格に守られていませんでした。加害従業員がマイカーを通勤に利用していたことを知っていた上司が、マイカー利用を注意したこともありませんでした。
このように、ルールとしてマイカー通勤を禁止していたとしても、その取り決めが守られていなければ、会社が、従業員がマイカー通勤中に起こした交通事故について、運行供用者責任や使用者責任を追及される可能性があります。
マイカー通勤に関するルールを定めるだけでなく、ルールの運用に厳格に行うことが、会社が従業員のマイカー通勤中の事故により損害賠償責任を負わないためには重要となります。

マイカー通勤のリスクから会社を守るための体制づくりをサポートいたします。

マイカー通勤中の交通事故に関し、会社が損害賠償責任を負担した事例は少なくありません。しかし、マイカー通勤中の事故に関する使用者責任などについては、事前に、対策を講じることで、会社が損害賠償責任を回避することが可能となると思われます。公共交通機関の状況から、マイカー通勤を認めざるを得ない会社においては、是非、一度、弁護士に、マイカー通勤の制度についてご相談いただくことをお勧めします。マイカー通勤のリスクから会社を守るための体制づくりをサポートいたします。