監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
夫婦関係が悪化し、当事者同士で離婚に向けた話し合いをしている中で、夫婦のどちらかが相手方の同意なく、一方的に子供を連れて別居を始めてしまうことがあります。
いわゆる子の連れ去りは、裁判所における子の親権者や監護権者の決定に大きな影響を与える可能性があります。以下では、相手方に子供が連れ去られてしまった場合にどのように対処すべきであるのか、子供の連れ去りが親権者等の決定との関係でどのような影響があるのかなどについて解説していきます。
目次
子供の連れ去りとは
子供の連れ去りとは、夫婦のどちらかが相手方の同意なく、一方的に子供を自分の監護下に置き、相手方の監護を妨げる行為をいいます。
夫婦双方が子供の親権や監護権を主張して譲らない場合には離婚に向けた協議が進展しないため、夫婦のどちらかが子供を一方的に連れ去って別居を始めてしまうということも珍しくありません。
裁判所において、親権者や監護権者を決定する際には実際に監護している状況が重視される傾向にあるため、親権の獲得を目的とした子供の連れ去りが行われることがあります。
しかし、子供の連れ去りが行われた場合、その態様等によっては親権者等の判断において不利に働くこともあります。
子供の連れ去りは親権獲得に影響する?
子供の連れ去りは、前述のとおり、親権者・監護権者の決定において有利に働くこともあれば、不利に働くこともあります。
子供を連れ去った親は、子供といっしょに暮らすことが可能になるため、監護実績という点では、相手よりも有利になります。しかし、子供を連れ去った際の態様などから親権の獲得において不利になることもあります。
例えば、子供が嫌がっているにもかかわらず無理やり連れ去った場合や連れ去られてしまったことでそれまでに通っていた幼稚園に通うことができなくなっているような子供の利益に反している場合には、親権者として不適格であると考えられるため、親権者の判断において、不利に働きます。
子供の意思で付いていった場合はどうなる?
親権者の決定においては、父母のどちらを親権者と定めることが子の利益になるのかという観点を最優先に判断されます(民法766条1項後段参照)。
子供が自らの意思でどちらかの親に付いて行ったような場合には、違法な連れ去りであると判断される可能性は低くなるため、親権の獲得に不利に働く可能性も低くなるでしょう。
ただし、子供がまだ小さい場合にはその意思のみが重視されることはありません。子供の意思が尊重される年齢としては、10歳から12歳がひとつの目安になると思われます。
子供が連れ去られたときの対処法
別居後の監護実績が親権者の決定においても考慮される以上、子供が相手方に連れ去られたままの状態が継続してしまうと、親権者の決定おいても不利な立場に置かれてしまいます。
また、同居時に子供への暴力があったような相手方が連れ去ってしまった場合には、子供の生命・身体に対する危険も否定できません。そのため、子供が連れ去られてしまった場合には、速やかに下記のような法的手続を用いて子供を自らの監護下に取り戻すことが必要になります。
具体的には、①子の引き渡しの調停(審判)、②審判前の保全処分(仮処分)、③人身保護請求です。
子の引き渡し調停(審判)
子の引き渡しの調停(審判)は、相手方に子を連れ去られてしまった場合にその子を取り戻すために家庭裁判所に対し申し立てることのできる調停(審判)です。
申立人が既に監護者として指定されている場合には、子の引渡しの調停(審判)を提起するだけで足りますが、そうではない場合は、監護者指定や監護者変更の調停(審判)が必要になります。
審判前の保全処分(仮処分)
審判前の保全処分は、子の引渡しを求める必要性やその緊急性が認められる場合に仮の命令として引渡しを求める手続きです。連れ去られた子供の生命・身体に危険が生じているような場合には、最終的な判断の前に暫定的な判断の必要があるため、審理は迅速に行われます。
引き渡しに応じない場合は「強制執行」が可能
子を引き渡す内容の調停が成立したり、子の引渡しを命じる審判が確定したりしたにもかかわらず、任意に子を引き渡さない場合には、強制執行の手続として、次の手続を利用することができます。
間接強制は、子を引き渡さない相手方に対し、一定の期間内に子を引き渡さなければその債務とは別に間接強制金を課すことを警告することで、債務者に心理的圧迫を加え、自発的な引渡しを促すものです。
直接強制は、間接強制の方法による強制執行を行っても相手方が子を引き渡さなかったときや、間接強制の方法による強制執行を実施しても、相手方が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき、子の急迫の危険を防止するため直ちに直接的な強制執行をする必要があるときに、家庭裁判所の執行官が相手方による子の監護を解くことによって、相手方に対する子の引渡しを実現するものです。
人身保護請求
人身保護請求は、不当な人身の拘束から迅速かつ容易に回復することを目的としたものです。ただし、子の引渡しを求める方法として人身保護命令が発令されるのは「顕著な違法性」が認められる場合に限られています。
子の引渡しにおいて、この人身保護請求が利用できるのは、子の引渡しを認める審判がなされているにもかかわらず、相手方がこれに従わず、強制執行手続によっても子の引渡しがなされない場合には、人身保護請求をすることが考えられます。
国際離婚における子の連れ去りと「ハーグ条約」
ハーグ条約とは、国境を越えた不法な子の連れ去りが行われた場合、国家間の協力で子を迅速に返還するための民事面の手続について定めている条約です。
同条約は、子の監護権は子がそれまで居住していた国(常居所地国)で決定されるべきであるという立場をとっており、子を常居所地国へ返還するための手続を定めています。
すなわち、日本で暮らしていた子供が外国に連れ去られてしまったような場合には当該外国がハーグ条約の加盟国であれば、同条約や同条約の実施法に基づいて子の引渡しを求めていくことになります。
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子供の連れ去りを防止するための対策
子供の連れ去りを未然に防ぐための対策としては、親権者や監護権者を含めた離婚条件に関して当事者間のみで協議をするのではなく、あらかじめ裁判所に対し夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てておき、その中で離婚条件に関する話し合いを行うことが考えられます。
後述するように、裁判所は、法的手続を遵守しない子の奪取や連れ去りに関して厳しい態度で臨んでおり、親権者・監護権者の決定において、正当な理由なく、子を連れ去った当事者が有利になるような判断をしない傾向にあるためです。
子供の連れ去りに関する裁判例
別居中の父が子を母方から違法に奪取した場合において、子の監護者として母が相当であると判断した裁判例として、札幌高裁平成17年6月3日決定(家月58巻4号84頁ほか)があります。
【事案の概要】
X(妻)は、平成16年7月頃、Y(夫)の浮気を疑い、Z(2歳)を連れて実家に戻り、同年10月18日、裁判所に対し夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てていました。
同年10月24日、X、Z、Xの実母Aが買物に出かけた菓子店にYが現れ、Aが抱いていたZを抱かせてくれるよう求め、Aがこれを拒否したところ、YがZを奪って抱きかかえ、AがYのベルトをつかんで離さないため、大騒ぎとなりました。
警察も呼んだうえで、3時間近く押し問答が続きましたが、Zを連れて帰って実家の母にも会わせたい旨を強く主張したため、Xは、YがZを連れて帰ることを認めた。翌日XがYに電話でZの引取りを申し入れたが、Yはこれを拒み、それ以来ZをXに引き渡さなかったという事案です。
【裁判所の判断】
裁判所は、YがZを監護している現状について、XのZに対する監護権を侵害する違法状態と評価するほかないと判断しました。
また、監護者はYが適当であるとのYの主張に対してもXの監護権を侵害した違法状態を継続しているYが、現在の安定した状態を主張することは到底許されるものではないとしています。
そして、①XがZの養育に主として当たってきたこと、②Zが、2歳の女児であり、本来母親の監護が望ましい年齢にあること、③記録からは、Xが育児をすることについて不適格な事情が認められないことを踏まえ、Zの監護者としてXが相当であることは明白であると判断しました。
子供の連れ去りについてのQ&A
子供の連れ去りは違法ですか?
たとえ子の親権者であったとしても、連れ去りの態様によっては違法と評価される可能性があります。また、別居後に子供を連れ去ってしまうことは、違法と判断される可能性が高く、裁判所において、子の引渡しが認められたり、親権者の判断でも不利に働くことになります。例えば、子供の意思に反して無理やり連れ去った場合や連れ去りが子供の利益に反している場合には、親権者としての適格性が疑われるため親権者の判断において、不利に働きます。
妻が子供を連れ去りました。父親が親権を得るためにできることはありますか?
妻による子供の監護が長期間継続されてしまうと、父親が親権を獲得できる可能性は低くなってしまいます。そのため、速やかに①監護者指定の審判、②子の引渡しの審判及び③審判前の保全処分を申し立てることにより、子供の監護をできる状態にする必要があります。
連れ去られた子供を相手に黙って連れ戻しても良いでしょうか?
相手方に連れ去られた子供を相手に黙って連れ戻すことは絶対にやめましょう。別居の際に連れていかれた子供を相手方に黙って連れ戻した場合には裁判所においても違法であると判断される可能性が高く、親権との関係では、不利に働いてしまいます。そのため、親権の獲得を目指すのであれば、自力で子供を連れ戻すのではなく、①監護者指定の審判、②子の引渡しの審判及び③審判前の保全処分などの法的手続を用いるべきです。
面会交流時に子供を連れ去られたら親権も奪われてしまいますか?
面会交流時に子供を連れ去られてしまっても直ちに親権を奪われることにはなりません。むしろ面会交流中に子供を連れ去ったような場合には、連れ去り自体が違法であると評価される可能性が高いでしょう。ただし、相手方の監護下に子供が置かれている状態が長期間継続してしまうと、親権者や監護権者の判断の際に不利に働く可能性は否定できません。そのため、面会交流時に子供を連れ去られてしまったような場合には速やかに弁護士に相談してください。
子供の連れ去りに関するご相談は、経験豊富な弁護士にお任せください
子供が連れ去られてしまった場合、親権者や監護権者の決定との関係で非常に迅速かつ適切な行動が求められます。大切なお子様が連れ去られてしまった状況の中で的確に対応することは容易ではありません。
そのため、子供を連れ去られてしまった場合には速やかに弁護士法人ALG&Associatesに一度、ご相談ください。専門的な知識やこれまでの経験を活かし、ご依頼内容の解決に向けて尽力いたします。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)