
監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
被相続人は、遺言等によって、被相続人の有する財産の承継について自由に指定することができます。
しかしながら、このような自由には、一定の制限もあり、法の定める割合未満しか承継することのできない法定相続人は、法の定める一定の割合を満たすように金銭の取得を請求することができます。
このような制度を遺留分といいます。
今回はこのような遺留分の放棄についてご説明いたします。
目次
「遺留分」は放棄できるのか?
遺留分は放棄することもできます。
被相続人による財産の承継に関する指定(遺言等)に対して、遺留分に関する権利を行使せず、被相続人による指定をそのまま認めることもできます。
このような相続開始後(被相続人の死亡後)の遺留分の放棄は、その相手方となるものに対して意思表示することで自由に行うことができます。
一方で、相続開始前(被相続人の生前)に遺留分放棄する場合には、家庭裁判所の許可が必要となります。
そもそも遺留分とは
まず、遺留分とは、先ほどもご説明した通り、遺言等によって、法の定める割合未満しか承継することのできない法定相続人が、法の定める一定の割合を満たすように金銭の取得を請求することができるという制度です。
これは、相続制度が、単に被相続人による自由な財産処分を許すだけでなく、その家族である法定相続人の生活を保障したり、それまでの家族としての貢献を財産承継として精算する機能を有していると考えられているためであるとされています。
遺留分放棄とは
遺言等によって、法の定める割合未満しか承継することができず、遺留分の侵害がある場合でも、そのように侵害された部分に代わる金銭の請求をするかどうかは、遺留分を侵害された法定相続人それぞれの判断に任されています。
そのため、遺留分は行使しなかったり、放棄したりすることもできます。
このように遺留分を放棄することによって、少なくとも当該遺留分を放棄した人の遺留分部分については、被相続人の自由な財産処分(承継の指定)を認めることができます。
遺留分は相続開始前(被相続人の生前)にすることもできますし、相続開始後(被相続人の死亡後)にすることもできますが、いずれの時点でするかによって、必要となる手続きが大きく変わってきます。
遺留分放棄のメリット・デメリット
メリット
遺留分を放棄することそのものは、財産的に価値のある権利を放棄することですので、放棄する方に直接的なメリットはありません。
しかし、被相続人の生前に遺留分放棄する場合、その見返りとして、放棄の時点で何らかの財産を贈与されること等も考えられます。
また、被相続人の生前に、被相続人の事業の後継者を決めて、当該後継者に財産の相続を一本化する必要がある場合に、後継者以外の方が遺留分放棄することで、安定的な事業承継を図ることができる場合があります。
デメリット
先ほども述べた通り、遺留分の放棄自体は、財産的に価値のある権利を放棄することですので、放棄する方は、財産が減少するということができます。
また、被相続人の相続開始前(生前)に遺留分を放棄しようとする場合、家庭裁判所に申立をして許可を得る必要があり、一定の手続きの負担があります。
相続開始前(生前)に遺留分放棄する方法
被相続人の相続開始前(生前)に遺留分放棄をする場合、家庭裁判所に対して、遺留分の放棄に打ち手の許可の申立てを行い、家庭裁判所から許可の審判を得る必要があります。
この場合の申立先は、被相続人となる人の住所地を管轄する家庭裁判所となります。
遺留分放棄の手続きの流れ
法定相続人となる人から、遺留分放棄の許可の申立を受けた家庭裁判所は、そのような申立が、本人の自由な意思によってなされたものであるのか、放棄をしたいという理由が合理的なものであるのか、そのような放棄をすることについて被相続人等から代わりとなる贈与等があるのか、あるとすればどのようなものであるのか等といった事情を考慮して、相当であると認めれば許可の審判をすることとなります。
このような判断を行うのは、特定の相続人への財産承継の一本化を図る被相続人の威圧等によって、遺留分放棄が強要されることを防止するためであるとされています。
なお、遺留分放棄を認めないとの審判には即時抗告(審判に対する不服の申立)をすることができますが、遺留分放棄を許可する審判には即時抗告をすることができません。
家庭裁判所が遺留分放棄の許可を出す要件
先ほども述べたように、遺留分放棄の許可の申立は、本人の自由な意思によってなされたものであるのか、放棄をしたいという理由が合理的なものであるのか、そのような放棄をすることについて被相続人等から代わりとなる贈与等があるのか、あるとすればどのようなものであるのか等といった事情によって判断されます。
①本人の自由な意思に基づいているか
遺留分放棄は、本人の自由な意思に基づいて行われている必要があります。
これは、特定の相続人への財産承継の一本化を図る被相続人の威圧等によって、遺留分放棄が強要されることを防止するためです。
遺留分放棄の許可の申立が、本人の自由な意思によるものではないと判断されれば、原則として、遺留分の放棄は許可されないこととなります。
②遺留分放棄をする合理的な理由があるか
遺留分を放棄することそのものは、財産的に価値のある権利を放棄することですので、放棄する方に直接的なメリットはありません。
そのため、遺留分の放棄を許可するかどうかの判断においては、そのような原則としてメリットの無い放棄を本人がすることも合理的であるといえるような理由が認められる必要があります。
このような合理的な理由とは、被相続人の事業について他の法定相続人が後継者となり、被相続人の財産を全て当該後継者が引き継ぐことについて本人も希望しており、遺留分の放棄と引き換えとなるような贈与等を受けていることなどが挙げられます。
③放棄する遺留分と同等の代償があるか
遺留分を放棄する場合でも、本来得られる遺留分と同等の贈与を受けられる場合には、遺留分の放棄を認めても問題がないといえます。
そのため、本来得られる遺留分と同等の贈与を受けられる場合には遺留分の放棄は認められやすくなります。
また、本来得られる遺留分と同等の贈与を受けられるとまではいえない場合でも、遺留分放棄の理由によっては、遺留分放棄が許可されることも考えられます。
生前に書いた遺留分放棄の念書は有効か?
被相続人の生前(相続開始前)に、法定相続人となる人が、遺留分放棄をするとの念書を書いたとしても効力を生じません。生前の遺留分放棄は、家庭裁判所の許可によって効力が生じるとされています。
遺留分放棄を撤回することはできるか?
一度、家庭裁判所の許可を得た遺留分放棄は、原則として撤回することはできません。これは当事者の合意がある場合も同じです。
もっとも、被相続人となる人と放棄した法定相続人となる人とが、遺留分放棄の撤回に合意している場合、被相続人となる人が当該放棄した法定相続人となる人にも財産を承継させる内容での遺言書を作成するなどして、遺留分の放棄の撤回がなされたのと実質的に同じ状況を生じさせることは考えられます。
また、一定の例外的な場合には、遺留分放棄の撤回又は取消が認められるケースもあります。
このような撤回等が認められるためには、遺留分放棄をすることの前提となっている合理的な理由において、重要な事情の変化等があったことが必要であるとされています。
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相続開始後(死後)に遺留分放棄する方法
被相続人の相続開始後(死後)に遺留分放棄する場合は、特に家庭裁判所の許可を得る必要はありません。
遺留分を請求する場合に相手方となる人に対し、自己の遺留分を放棄するという意思表示をすれば有効に遺留分を放棄できます。
遺留分放棄に期限はあるのか?
遺留分の放棄自体には期限はありません。
ただし、遺留分の行使(遺留分侵害額請求)自体には、遺留分の侵害を知った日から1年以内にしないといけないなどといった期間制限があります。
そのため、被相続人の生前に行う遺留分の放棄には特に制限はありませんが、被相続人の死後に行う遺留分の放棄については、行うのであれば、遺留分行使の期間制限内に行うということになります。
「遺留分放棄」と「相続放棄」の違い
遺留分放棄と相続放棄とは、似た言葉ではありますが、その意味は全く異なります。
遺留分放棄は、あくまで遺留分を放棄するだけであり、相続人としての地位そのものを失うわけではありません。そのため、被相続人に債務がある場合には、これを相続して負担することがありえます。
一方で相続放棄は、相続人としての地位そのものを失う効果を生じさせるものであり、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産である債務も相続しないこととなります。
また、相続放棄は、被相続人の生前においては有効に行うことはできず、被相続人の死後に家庭裁判所に申述した上で受理してもらう必要があります。
遺留分放棄すべきかどうかで判断に迷ったら、まずは弁護士にご相談下さい。
被相続人の生前に相続放棄する場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があります。
そして、この許可が下りるかどうかは、遺留分の放棄が、本人の自由な意思によってなされたものであるのか、放棄をしたいという理由が合理的なものであるのか、そのような放棄をすることについて被相続人等から代わりとなる贈与等があるのか、あるとすればどのようなものであるのか等といった事情を考慮して、相当であると判断できるかどうかによります。
法的に難しい判断が必要となる場合もありますので、遺留分の放棄について悩まれている場合は、ぜひ弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)