監修弁護士 井本 敬善弁護士法人ALG&Associates 名古屋法律事務所 所長 弁護士
交通事故の被害者は、事故による「損害」について加害者に対して損害賠償を請求したり、保険会社から保険金を受け取ったりすることができます。
「損害」には様々な種類のものがあります。治療費等の積極損害、慰謝料(精神的損害)、車両修理費等の物的損害の他、消極損害として「逸失利益」と呼ばれるものがあります。「逸失利益」は事故がなければ得られたはずの利益であり、他の「損害」と同様、被害者の救済において重要なポイントとなります。
以下で、「逸失利益」について詳しく解説をします。
目次
交通事故の逸失利益とは
「逸失利益」とは、事故に遭わなければ将来(事故以降に)獲得できたはずの収入の減少または喪失をいいます。①休業による逸失利益、②後遺障害逸失利益、③死亡逸失利益の3つに分かれますが、②と③だけを特に「逸失利益」と呼ぶことも多いです。そのため、以下では、主に②と③について解説します。
②は症状固定日以後(これ以上治療をしてもよくも悪くもならない状態)に獲得できたはずの収入の減少または喪失、③は死亡日以後に獲得できたはずの収入の喪失をいいます。
後遺障害逸失利益
「後遺障害逸失利益」とは、症状固定日後に残った後遺障害により見込まれる収入の減少または喪失です。
後遺障害というためには、負傷が治ったとき(症状が固定したとき)に残存する当該負傷と相当因果関係を有すること、将来においても回復が困難と見込まれること、その存在が医学的に認められること、労働力の喪失を伴うことが必要です。
被害者自身は自覚症状を有していると主張しても、後遺障害と認定されないこともあり、その場合には、「後遺障害逸失利益」は認められません。
死亡逸失利益
「死亡逸失利益」とは、死亡により見込まれる収入の喪失です。
「死亡逸失利益」は、労働力を100%喪失した場合の後遺障害逸失利益と考えると分かりやすいです。一方で、後遺障害逸失利益の場合と異なり、死亡した被害者は生活費を支出する必要がなくなります。そのため、支出を免れた生活費を控除して「死亡逸失利益」を算出する必要があります。
逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益及び死亡逸失利益の計算方法は以下の通りです。
後遺障害逸失利益=1年当たりの基礎収入×労働力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
死亡逸失利益=1年当たりの基礎収入×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数
※ライプニッツ係数ではなくホフマン係数を用いる方法もありますが後述の通りライプニッツ係数を用いるのが一般的です。
以下で、これらの計算式に登場する用語を解説します。
基礎収入
「基礎収入」は後遺障害逸失利益あるいは死亡逸失利益を計算するための基礎となる収入額です。原則として事故前の現実収入を基礎としますが、将来、現実収入額以上の収入を得られると認められれば、その金額が「基礎収入」となります。
なお、現実収入額が後述する「賃金センサス」の平均賃金を下回っていても、将来、平均賃金程度の収入を得られる可能性が高いと認められれば、平均賃金を「基礎収入」として算定します。
また、家事従業者のように、現実収入を上げていない場合も、「賃金センサス」を参照して平均賃金を「基礎収入」として算定します。
賃金センサスについて
「賃金センサス」とは、厚生労働省が年に1回、労働者の賃金実態を明らかにするために行っている調査(賃金構造基本統計調査)の結果であり、性別、学歴別等の属性により、賃金の平均値を算出したものです。 「賃金センサス」は、前述した場合のほか、金額が明らかではないものの相当程度の収入を得ているだろうと認められる場合等に使用されます。
「賃金センサス」には、男女別、年齢別等様々な種類がありますが、当該被害者の状況に最も適した平均値を使用します。 被害者が、実際の収入と「賃金センサス」のいずれか好きなほうを使えるわけではないという点に注意が必要です。
労働能力喪失率
「労働能力喪失率」は、後遺障害により労働能力が低下する程度を示します。
労働省労働局基準局長通牒(昭和32年7月2日基発551号)別表労働能力喪失率表を参考とし、被害者の職業、年齢、性別、後遺症の部位、程度、事故前後の稼働状況等を総合的に判断して評価します。
例えば、ある後遺症により身体の一部を動かしにくくなった場合、デスクワークか体を動かす仕事かによって労働能力が低下する程度は異なるかもしれません。
任意保険会社が上記の表よりも少ない労働能力喪失率を主張することがあるため注意が必要です。被害者が加害者に対して損害賠償請求訴訟を提起した場合には、裁判所は、個別的事情を踏まえてより具体的な「労働能力喪失率」を認定する傾向にあります。
労働能力喪失期間
「労働能力喪失期間」は、事故により労働能力を喪失した期間であり、後遺障害による逸失利益の算定に用いられます。
通常、始期は症状固定日、終期は67歳とされますが、未就労者については始期を18歳(大学卒業を前提とする場合は大学卒業時)、年長者については67歳までの期間と平均余命の2分の1を比較して、より長い期間を「労働能力喪失期間」と認定します。
終期について、様々な事情を考慮して異なる認定がなされることがあります。いわゆるむち打ち症の場合には、より短い期間に制限される例が多いため注意が必要です。
ライプニッツ係数
「ライプニッツ係数」とは、後遺障害逸失利益及び死亡逸失利益を計算するための係数です。逸失利益についての損害賠償金は本来毎年発生するものですが、被害者に対しては一時金として支払われます。被害者は、この一時金を運用等することで、毎年発生する損害賠償金よりも事実上大きな利益を手にすることになります。この差を補正するための係数が「ライプニッツ係数」です。
「ライプニッツ係数」のほか、「ホフマン係数」という係数もありますが、「ライプニッツ係数」を用いるのが一般的です。
死亡逸失利益の場合は生活費控除率と就労可能年数が必要
死亡逸失利益も後遺障害逸失利益と同じく、基礎収入額をベースに算定します。もっとも、死亡逸失利益の場合は、前述のように生活費控除率を計算に含める点、また、労働能力喪失期間ではなく就労可能年数により算定する点が異なります。
以下で、生活費控除率と就労可能年数について解説します。
生活費控除率
死亡した被害者は生活費を支出する必要がなくなります。そのため、支出を免れた生活費を控除して死亡逸失利益を算出する必要があります。
もっとも、死亡後の生活費を明らかにすることは困難です。そのため、被害者の状況に応じて定められた「生活費控除率」(30~50%)を用います。
年金受給者については特別の取り扱いをします。年金のみで生計を立てている人は、収入(年金)のうち生活費が占める割合が大きいといえます。そのため、「生活費控除率」はより高率の50~80%程度で調整すべきと考えられます。年金受給者であっても、主たる収入を働いて得ている場合には、こうした特別の調整は不要です。
就労可能年数
「就労可能年数」とは、被害者が死亡しなければ就労することができた年数です。計算方法は、後遺障害逸失利益における就労可能年数と同様です。
通常、始期は症状固定日、終期は67歳とされますが、未就労者については始期を18歳(大学卒業を前提とする場合は大学卒業時)、年長者については67歳までの期間と平均余命の2分の1を比較して、より長い期間を「就労可能年数」と認定します。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
交通事故の逸失利益を請求できるのは誰?
交通事故の逸失利益を請求できるのは被害者である本人または遺族です。
一次的には、逸失利益を請求できるのは被害者である本人です。
これに対し、被害者本人が死亡した場合には、遺族が死亡逸失利益を請求できます。理論的根拠については対立がありますが、死亡逸失利益が死亡被害者本人に発生して相続人に相続されると考える立場(相続構成)が判例の見解と理解されています。
例えば、被害者本人が死亡した場合に、被害者を相続した配偶者やその子が加害者に対して、死亡逸失利益についての損害賠償請求をすることが可能です。
減収しなくても逸失利益が認められるケース
後遺障害逸失利益が認められるためには原則として収入が減少しなければなりません。
もっとも、最高裁判所は「事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて、かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合」や「労働能力喪失の程度が軽微であっても、本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし、特に昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合」には減収がなくとも後遺障害逸失利益を認める可能性を示しています(最判昭和56年12月22日)。
逸失利益が増額するポイント
正しい後遺障害認定を受ける
後遺障害認定が正しくない結果、本来認められるべき逸失利益が認められない場合があります。そのような場合には、正しい後遺障害認定を受けることで、逸失利益が増額することになります。被害者は保険会社に保険金を請求する際に、被害者あるいは任意保険会社により提出された後遺障害診断書等の書面に基づき、障害認定基準に沿った後遺障害等級認定を受けます。不服がある場合は、異議を申し立てることができますが、新たな証拠を提出しない限りは、異議が認められることは多くはありません。
正しい後遺障害認定を受けるためには、十分な証拠を揃えて保険会社と交渉をすることが必要です。
正しい基礎収入の計算
基礎収入の計算結果が不当な結果、本来認められるべき逸失利益が認められない場合があります。そのような場合には、正しい基礎収入を計算することで、逸失利益が増額することになります。
基礎収入の計算は、「賃金センサス」を用いることにより、事故前の現実収入と異なる金額を基礎とすることがあります。「賃金センサス」を用いる場合にはどの平均値を用いるかにより基礎収入の計算が変わってくるため、被害者の状況により最も適切な「賃金センサス」を用いる必要があります。
また、会社役員を被害者とする後遺障害による逸失利益については、役員報酬のうち労働対価部分のみが基礎収入の基礎とされます。その際、労働対価部分の範囲が問題となります。
正しい基礎収入を計算するためには被害者の状況を詳しく調査する必要があります。
弁護士基準で算定する
逸失利益の算定には、自賠責基準、任意保険基準、弁護士基準の3種類があり、この順番で金額が大きくなる傾向にあります。 保険会社が自賠責基準あるいは任意保険基準により、被害者に対して逸失利益の金額を提示した場合であっても、弁護士基準による逸失利益を主張し、これが認められた場合には、逸失利益が増額することになります。 弁護士基準により算定された逸失利益を主張することが、交通事故の逸失利益を増額するポイントになります。
逸失利益の獲得・増額は、弁護士へご相談ください
「逸失利益」の有無、金額は様々な事情を考慮して算定されます。また、算定方法によって異なる認定がなされることもあります。そのため、「逸失利益」の獲得、増額のためには様々なハードルがあると言えます。
不幸なことに交通事故の被害者となった方が、正当な「逸失利益」を認定されない結果、十分な救済を受けられないということはあってはならないことです。
「逸失利益」の獲得・増額は、交通事故分野の専門知識、豊富な事件処理経験を持つ弁護士へご相談ください。
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保有資格弁護士(愛知県弁護士会所属・登録番号:45721)