日本の企業では、人材の育成や組織の活性化を目的として、配置転換が多く利用されています。
この配置転換は、能力や適性に応じた適材適所の人材配置を目指すにあたって有力な手段となる一方で、適法に運用しなければ、配置転換が違法であって無効と判断されることもあり、従業員からの損害賠償のリスクを負うことになります。
この記事では、特に、仕事ができない従業員を配置転換するときに注意すべき点やリスクについてご説明させていただきます。
仕事ができない社員を配置転換できる?
配置転換は、企業内における人材の適正な配置のために利用されることもあります。
現在配置されている職場では、求められている水準の仕事ができない従業員がいたとき、他の職場での仕事であれば十分に能力を発揮してもらうことが出来ることもあります。
「仕事ができない」ことを理由とした配置転換は、企業だけではなく従業員にとっても有益となることもあるため、直ちに無効と判断されるわけではなく、有効に活用できるケースも多いです。
配置転換命令が無効となるケースもある
一方で、配置転換を命じるための根拠を欠いていたり、その目的や方法が適切でなかったりした場合には、配置転換が違法であり、無効と判断されることもあり得ます。
労働契約や就業規則に記載されていない
会社が、従業員に対して配置転換を命じるためには、会社が配置転換命令をする権限を有していることについての根拠が必要となります。
したがって、当該従業員との間で取り交わしている労働契約書や就業規則によって、会社が配置転換を命令できる旨が明記されている必要があります。
雇用契約で職種や勤務地が限定されている
就業規則で、会社が全従業員に対して、配置転換を命じることが出来ると記載されていても、ある従業員との間で、職種や勤務地を限定し、配置転換を予定していない契約内容となっている場合は、当該労働契約の取り決めが優先されます。
そのため、職種や勤務地を限定して雇用契約を取り交わしている従業員に対する配置転換は、就業規則で命令権が定められていても、違法と解されるリスクが高いと言えます。
労働者に著しい不利益を負わせるものである
配置転換をすることで、従業員に著しい不利益が生じる場合には、会社に配置転換の命令権がある場合でも、その権限を濫用したものとして違法と判断されることがあります。
例えば、ひどい腰痛などの持病を持っている従業員を、重い物を運ぶような仕事に配置することは、この持病を悪化させ、仕事の継続を不可能にさせてしまう可能性もあるため、通常甘受すべき程度を超えた、著しい不利益を与えるものと判断されやすいと言えます。
退職を促すことを目的として配置転換を命じた
前項で記載したように、配置転換に伴う不利益が生じるからといって、直ちに配置転換が無効になるとは言えません。
しかし、従業員が配置転換を嫌がることを見越して、退職に促すために命令をするような場合は、人事権の濫用と判断されやすく、違法とされる可能性があります。
違法な配置転換を行った場合の会社のリスク
違法な配置転換を行ってしまった場合、その従業員から配置転換の有効性を争われ、団体交渉を申し入れされたり、労働審判や裁判に発展してしまったりする可能性があります。
また、退職の促しや嫌がらせといった不当な目的で配置転換をしてしまった場合、従業員から慰謝料請求をされてしまうケースも考えられます。
社員から配置転換を拒否された場合の対処法は?
配置転換を適切に行うことは、会社にとって重要な人事管理手段の一つです。
そのため、正当な理由による配置転換を拒む従業員がいた場合、就業規則の根拠は必要ですが、業務命令に理由なく従わないことを理由として懲戒の対象とすることが考えられます。
しかしながら、懲戒をしたことが原因で有用な人材を失う結果にもなりかねないため、まずは社員から応じられない理由を聞き取るなどして、説得を試みたり、負担軽減の措置を検討したりするなどの方法を取った方がよいでしょう。
仕事ができないことを理由に辞めさせることは可能か?
能力不足により仕事ができないことを理由として、従業員を解雇することは、就業規則に解雇事由として記載されていたとしても、非常にハードルが高いものと言えます。
当該従業員の業務を遂行する能力が明らかに欠けていることが、客観的な証拠をもって明らかであったとしても、使用者側には、従業員の解雇を回避する努力義務があります。
そのため、適正な社員教育や仕事の割り当てを工夫する等、当該従業員の雇用継続ができるような措置を尽くしても、なお改善の見込みがないことも必要となってきます。
【トラブル防止】仕事ができない社員を配置転換する際の注意点
仕事ができないことを理由とした配置転換を行うにあたって、トラブルを防止するには、事前の対策も重要です。この注意すべきポイントについてまとめました。
配置転換前に教育・指導を行う
仕事ができないからと言って、直ちに配置転換をするのではなく、まずは適正な教育・指導を行い、改善の機会を与えましょう。
これで改善が見込まれるのであれば、配置転換をするよりも良い結果となることもあります。
他方で、、改善の見込みがなかったとしても、教育や指導の内容を記録に残しておくことで、従業員に配置転換の理由を説明するときの資料として活用し、主観的な判断ではないことを示すことで、その理解を得られやすくなり得ます。
また、最終的に解雇や懲戒を検討するにあたっての重要な資料となり得ます。
配置転換について本人の同意を得る
配置転換をするにあたって、あらかじめ従業員本人からの同意を取っておくことができれば、トラブル防止にはもっとも有効です。
このとき、対象の従業員には、変更が生じる労働条件の内容、生じると考えられる不利益の内容、不利益を軽減するための措置を講じる場合にはその内容をきちんと説明し、理解を得られるよう試みることが重要です。
配置転換の理由を説明する
会社が配置転換を行おうとしている理由・目的についても、詳細な説明を行っておくべきです。
この説明をきちんとしておくことで、会社が不当な目的で配置転換をするものではないことの理解を得ることに繋がります。
また、従業員が説明した理由に納得してくれるようであれば、配置転換にも合意してくれる可能性は高まります。
能力が不足していることを証拠化しておく
会社として、配置転換の必要性や目的の詳細を説明し、不利益が大きくなりすぎないように配慮を尽くすなどして、真摯に説得を行っても、配置転換を拒否する従業員に対しては、やむを得ず懲戒を行うべき場合もあります。
しかしながら、懲戒を行う前提として、従業員が拒否している配置転換が正当な人事権の行使であることを、証拠をもって示せるようにすることが重要です。
そのため、当該従業員の能力が不足していることを証拠化しておくべきです。
例えば、他の従業員と比べて時間当たりの生産数が少ないと言った場合は、1時間あたりの制作数などを明確な数値として記録しておくことなどが考えられます。
配置転換後のフォローアップを行う
配置転換により、従業員は、慣れない仕事にストレスを抱えたり、新しい同僚との関係性の構築がうまくいかなかったりすることが想定されます。
そのため、配置転換後に面談の機会をもうけたり、ストレスチェックを行ったりして、従業員が必要とするサポートを提供することを検討すべきです。
このようなフォローが不足していると、従業員が、会社がメンタルヘルス対策を何も行わなかったとして、安全配慮義務違反による賠償請求などを行うおそれがあります。
配置転換の有効性について争われた裁判例
現在の業務内容に適性がないことから、保有している資格を活用しうる業務への配置転換を行った事例において、その配置転換の有効性について争われた裁判例をご紹介いたします。
事件の概要
令和5年(ネ)第307号 (令和5年8月31日 東京高裁判)
本件は、社会福祉法人の被告が、理学療法士として働いていたが勤務成績が著しく低かった原告を、職員の就業に関する健康増進や労働災害等を防止するための取り組みとして新設した部門に配置転換したことについて、原告が権利濫用により無効であると主張し、被告に対し、①新部門に勤務する義務を負わないことの確認、②不法行為による慰謝料支払いを求めた事案です。
なお、新部門が担うことになった業務は、これまで被告の人財部が担ってきたものでした。
そのため、原告は、理学療法士として勤務していた原告を、新たに新部門に配置することは業務上の必要性がなく、不当な目的での配置転換であって権利濫用にあたると主張していました。
裁判所の判断
第一審は、原告の訴えを認めました。
しかし、控訴審では、原告の訴えには理由がないものとし、その請求をすべて棄却しました。
このとき、裁判所は、本件配置転換命令の業務上の必要性について、人財部が担ってきた業務を、新たに産業理学療法の知見を取り入れて実施しようという場合に、従来どおりこれを人財部の担当とするのか、人財部からその業務の一部を切り離して別の部門に担わせるのかは、経営判断として被告に広範な裁量があるとしました。
そして、原告のこれまでの勤務実績について、ミーティング不参加といった勤務態度不良に対する上司からの注意・指導によっても改善がなく、「他部門との連携」「チームワークとコミュニケーション」等といった事項は最低評価であったことを認定し、これまでの小規模な事業所へ原告を配置することを不適当と判断しました。
他方で、被告が、理学療法士の資格を有し長年の実務経験もある原告を本件取組に携わるのに適しているものと判断して配置転換したことについて、企業運営上及び人事管理上の必要性が肯定されるとしました。
ポイント・解説
本件は、仕事ができない従業員を、より適正のある業務へ配置転換することの有効性が争われた事案であるところ、「仕事ができない」ことについて、証拠から具体的かつ客観的に示されています。
また、裁判所は、必要性の判断にあたって、新部門に配置する従業員を原告と決めた理由についても着目しています。
そのため、「仕事ができないこと」の評価にあたっては、上司などによる主観的な評価ではなく、できるだけ明確な評価基準のもとに、評価内容が示せるようにした方が良いでしょう。また、後から内容の検証が出来るように記録化しておくことも重要です。
また、配置転換予定の業務に、どのような理由で異動させることを決定したかについても、具体的に説明できるようにしておくことが重要です。
配置転換による労使トラブルを防ぐには、人事労務を得意とする弁護士にご相談下さい。
明らかに仕事ができていない従業員を放置することは、会社の生産性を下げるだけではなく、他の従業員に負担がかかることで会社に対する不満を募らせる原因となることもあります。
このようなときは、会社として配置転換の命令を検討すべきですが、適切に行わなければ、無用な紛争リスクを負うことにもなりかねません。
裁判や労働審判まで紛争が発展してしまうことは、企業のイメージダウンにもつながりかねず、大きな損害となり得ます。
このとき、人事労務を得意とする弁護士にご相談いただければ、過去の判例などを踏まえて、従業員への対応方法のご提案や、紛争化のリスクを抑えるための事前準備についてのアドバイスをさせていただくこともできます。
仕事ができない従業員の対応をご検討している方は、是非一度弁護士にご相談ください。