この記事では、従業員が会社のお金を横領した場合に、会社がとるべき対応、会社がとってはいけない対応について解説をしています。
従業員の横領が発覚した場合の対応
自宅待機命令
従業員の横領が発覚した場合、事実関係を調査するために、対象従業員に対して自宅待機命令を発することが考えられます。自宅待機命令を発するためには就業規則上の根拠が必要となります。
事実関係の確認
対象従業員に対して何らかの処分を行うためには事実関係を確認し、客観的な証拠を押さえる必要があります。事実誤認により対象従業員に対して懲戒処分を行った場合、対象従業員から懲戒処分の有効性が争われることもあります。
横領の証拠・証言の収集
従業員の横領が発覚した場合には、横領の証拠を押さえることが重要です。
証拠が不十分な状態で懲戒処分を行うと対象従業員から懲戒処分の有効性が争われる可能性があります。
また、証拠が不十分な状態で対象従業員に対して民事・刑事上の措置をとった場合、会社側が違法な措置を行ったとして民事・刑事上の責任を問われる可能性があります。
周囲の従業員から聞き取りをする際のリスク
周囲の従業員から聞き取りをすることにもリスクがあります。
社内に共犯者がいる場合には証拠隠滅の機会を与えるリスクが生じます。また、聞き取りを行った従業員が横領の事実について口外することで、対象従業員に対する名誉棄損となったり、横領の事実が社外に漏れて会社のレピュテーションが低下したりするといったリスクが生じます。
聞き取りにあたっては、客観的な証拠を押さえた上で、聞き取りを行う従業員との間で口外を禁止する旨の誓約書を取り交わすことが重要です。
横領した従業員へ聴取
横領が疑われる従業員に対してはまずは犯人であると決めつけることなく慎重に事実確認を行うこと、事実確認の過程で対象従業員に対して弁明の機会を与えることが重要です。
対象従業員が横領の事実を認めた場合や、横領の事実に対して不合理な弁解を行った場合には、そうした状況を記録した上で、可能であれば、対象従業員に対し、横領した金員の返還を約束する旨の書類を作成させることが有効です。
横領した従業員を懲戒解雇とすることは可能か?
懲戒解雇については可能な場合と可能でない場合とがあります。
就業規則における懲戒解雇事由
横領した従業員を懲戒解雇するためには就業規則に懲戒解雇の定めを設けることに加え、懲戒解雇事由として横領した場合を含めて規定することが必要です。
また、形式的に懲戒解雇事由に該当する場合であっても、横領した金額が僅少である場合など、対象従業員の非違行為の程度に対し、懲戒解雇が重きに失すると評価される場合には、懲戒解雇が無効と判断される場合もあります。
解雇予告の除外認定について
懲戒解雇の場合、解雇予告を不要とする旨就業規則で定めることも可能です。
もっとも、対象従業員が、この点を争い、労働基準監督署に通報した場合、解雇予告の要否について労働基準監督署が判断を行い、解雇予告を不要とするほどの事情がないと判断された場合には、解雇予告が必要との結論になる場合もございます。
就業規則上、解雇予告の除外認定について労働基準監督署の判断にゆだねるとする規定(労働基準監督署が解雇予告を不要であると認定した場合にはこれを行わない)を設けているものもありますが、このような規定を設ける必要はありません。
民事上の責任追及「損害賠償請求」
横領は会社に対する不法行為ですから、会社から従業員に対して不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが可能です。また、横領は、会社と従業員との間の労働契約上の義務に反する行為であると評価できる場合もあることから、会社から従業員に対して債務不履行による損害賠償請求を行うことも可能です。
給与から天引きすることは認められるか?
賃金は全額払いの原則があります。
そのため、従業員の自由な意思によると認められる場合でない限り、給与からの天引きは認められません。
また、従業員が天引きを了承した場合であっても、事後的に自由な意思によらないと判断されることも少なくありません。これは、経験則上会社と従業員との力関係は対等ではなく、従業員は会社との間で意思に反する合意を交わしてしまう場合もあると考えられているからです。
したがって、横領にかかる損害について給与から天引きをするとの対応は、避ける方が無難です。
身元保証人に返還を求めても良いのか?
身元保証人に返還を求めることも考えられます。
もっとも、身元保証人に返還を求めるためには、会社と身元保証人との間の身元保証契約が有効に成立していることが必要です。
身元保証契約は入社時に締結することが多いと思いますが、通常、この時点では、従業員の債務の範囲が明らかではないことから、身元保証の範囲も不明ということになります。
そのため、身元保証契約にかかる保証契約は、いわゆる根保障契約ということになります。
平成29年の民法改正により、根保証契約については、極度額の定めがなければ無効となります。したがって、身元保証契約を締結するにあたっては、極度額について定める等、契約が有効となるように留意する必要があります。
また、身元保証人から保証の範囲が争われることもあります。保証に範囲は合理的・相当な範囲とされるところ、一般的には限定される傾向にあります。したがって、横領の額の全額について、身元保証人に対して返還を求めることができない場合もあります。
刑事上の責任追及「刑事告訴」
横領は、犯罪ですから、会社が被害者であるとして、対象従業員を刑事告訴することも考えられます。
刑事告訴をするメリット
刑事告訴をすることで、捜査機関が操作を行い、会社の力だけでは収集できない証拠を収集できることがあります。これは、刑事告訴の大きなメリットです。
刑事措置と民事措置どちらで解決すべきか?
刑事措置と民事措置とは目的が異なります。刑事措置は、対象従業員が刑罰の対象となるかどうかを判断させるための措置であるのに対し、民事措置は、横領により会社に生じた損害を回復するための措置です。また、会社として刑事措置を求めて刑事告訴をしたとしても、民事措置で解決することが相当であるとして、捜査機関が動かない場合もあります。
従業員の横領を防ぐためにすべきことは
従業員の横領を防ぐためには、従業員教育を行うことの他、会社のお金について収支を含めて厳格に管理を行うことが重要となります。また長期間同じ人物を経理等金銭を扱う業務に従事させることで、横領のリスクが高まるため、定期的に人事異動を行うなどして、経理担当者の入れ替えを行うことも有効です。
横領による懲戒解雇の判例
事件の概要
介護事業者において、事務長が会社の預金を横領したとして、事業者が事務長を懲戒解雇した事案です。これに対し、事務長が、懲戒解雇の有効性を争いました。
裁判所の判断
(平成22年9月7日東京地方裁判所判決)
裁判所は、横領の事実についての証拠が不十分として、解雇を無効と判断し、会社に対し、解雇後の賃金など約1198万円の支払いを命じました。
ポイント・解説
横領を理由とする懲戒解雇について、証拠が不十分であるとして、懲戒解雇が無効と判断されました。従業員の横領が疑われる場合でも、必要な手続や証拠収集を経ないで懲戒解雇を行った場合には、逆に対象従業員側から懲戒解雇の無効を主張されることがあるため注意が必要です。
よくある質問
横領した従業員を懲戒解雇とした場合、退職金を不支給にできますか?
退職金を不支給とするためには就業規則において懲戒解雇とした場合に退職金を不支給とすることの定めを明示的に設ける必要があります。もっとも、懲戒解雇の理由によっては、退職金を不支給とすることが合理的ではないと判断される場合があるため注意が必要です。
懲戒解雇としない代わりに、退職金の放棄を求めることは可能ですか?
対象従業員が自由な意思に基づき同意をしたと言える場合には、懲戒解雇としない代わりに退職金の放棄を求めることも可能です。
もっとも、自由な意思に基づく同意があったか否かについては、厳格に判断されるところ、仮に、対象従業員が退職金の放棄に同意をした場合でも、事後的に同意の有効性が否定される可能性が高いといえます。そのため、対象従業員に対して退職金の放棄を求めることには慎重な判断が求められます。
横領について本人から聴取する場合、事前に予告すべきでしょうか?
事情聴取にあたり事前に予告をすると対象従業員に証拠隠滅の機会を与えることにもなります。そのため、事前に予告をすべきではありません。もっとも、事情聴取にあたっては、周囲の従業員に聞かれないよう個室で行うなどの配慮が求められます。
横領金の返還請求の話し合いには、身元保証人も同席させるべきでしょうか?
横領金の返還請求の話し合いに身元保証人を同席させることは、身元保証人からの返還可能性を高めるという点で、有効です。もっとも、横領の事実が明らかとなっていない段階で身元保証人を同席させることで、対象従業員から不当な事実聴取が行われたなどと主張されるリスクもあります。そのため、事実関係を十分に確認し、対象従業員に横領の事実を認めさせた上で、身元保証人を同席させることが重要となります。
損害賠償請求では、横領されたお金を全額請求できますか?
横領の事実を立証する責任は会社側にあります。そのため、横領されたお金の全額について損害賠償請求権が認められるためには、会社側で全額についての証拠をそろえる必要があります。また、全額について損害賠償請求権が認められたとしても、対象従業員に資力がない場合には現実的に全額の回収ができないということもあります。
横領した従業員に対し、刑事告訴と損害賠償請求を並行して行うことはできますか?
刑事措置と民事措置とは異なる手続であるため、刑事告訴と損害賠償請求を並行して行うことも可能です。
横領の証拠が揃ったらすぐに損害賠償を請求すべきでしょうか?
民事訴訟により損害賠償請求をする場合、判決の取得まで相当の時間がかかることになります。そのため、訴訟提起に先立ち対象従業員と示談交渉を行うことも合理的です。なお、損害賠償請求権は一定期間の経過後に時効消滅するため注意が必要です。
横領された金額が少なかった場合でも、懲戒解雇とすることは可能ですか?
横領された金額が少なかった場合には非違行為の程度に対して懲戒解雇処分が重きに失するとして、懲戒解雇が認められない可能性があります。
会社のお金を横領した従業員にも、弁明の機会を与える必要はありますか?
弁明の機会を与えることなく懲戒処分を行った場合、懲戒処分の合理性が争われやすくなります。そのため、懲戒処分に先立ち、弁明の機会を与える必要があります。また、従業員から聴取した事実を、民事措置、刑事措置のための証拠として使用する場合、弁明の機会を与えることで、聴取した事実の信用性が肯定されやすくなります。
横領に関わった従業員が複数いる場合、一方のみを懲戒解雇とすることは可能ですか?
横領に関わった従業員が複数いる場合に一方のみを懲戒解雇とすることも可能です。もっとも、懲戒解雇とされた従業員から、従業員間において不平等な懲戒処分がなされたとして、懲戒解雇の有効性が争われる可能性があります。そのため、一方のみを懲戒解雇とすることについて、対象従業員が首謀者であったこと等、合理性を裏付ける事情を揃えておく必要があります。
金銭管理を従業員に任せきりにしていた場合でも懲戒解雇は認められますか?
金銭管理を従業員に任せきりにしていた場合でも、従業員が管理権の範囲を逸脱して会社の金員を領得したといえるのであれば、横領に該当します。もっとも、金銭管理を従業員に任せきりにしていた場合は、横領について会社側にも一定の帰責性があるとして、対象従業員において懲戒解雇の相当するほどの悪質性がないと判断される可能性があります。横領した従業員に対して厳しい処分を行うためにも、金銭管理を従業員に任せきりにすることなく、会社側としてもきちんと金銭管理を行うことが大切です。
従業員の横領が発覚した場合は弁護士にご相談下さい。会社にとって最善な方法をアドバイスいたします。
従業員の横領が発覚した場合、その対応については、様々な注意点があります。弁護士にご相談いただければ、状況に応じ、会社にとって最善の方法をアドバイスいたします。