不当解雇、つまり、解雇の有効性が争われる労働審判において、会社側が何を主張するべきか、また、労働者側の主張に対し、答弁書で反論をすることになりますが、答弁書では何に気を付ける必要があるかを把握しておくべきです。以下では、会社側が主張すべき点、答弁書のポイントについて、解説をしていきます。
不当解雇の労働審判で会社側が主張すべき反論とは?
労働審判は、訴訟とは異なり、審理期間が短いため、反論のポイントはできるだけ絞る必要があります。以下、会社側が主張すべき反論について、詳しく解説していきます。
①「労働者」に該当しない
まず、労働審判では、「労働者」に該当することが前提となっています。そのため、労働審判を申し立てた者が「労働者」に該当しない場合は、会社側がそれを主張すべきです。
労働者に該当するか否かについては、明確な基準があるわけではありませんが、以下のように判断をします。
労働者性の判断基準
「労働者」に該当するか否かは、形式的な面ではなく、その実態によって判断されます。具体的には、契約内容に関わらず、会社の指揮命令に基づいて業務を行っていたのであれば、労働者と判断されるでしょう。会社としては、反論をする前提として、まずはその実態を把握しておくことが必要です。そして、後から証拠として提出できるよう、資料等を作成して保管することが有用です。
②自主退職・合意退職である
申立人が、解雇と主張しても、それが自主退職・合意退職であれば、解雇には当たりませんので、その旨の主張をすべきです。もっとも、主張のみではなく、その証明をする必要がありますので、会社を辞めたことについて、従業員の同意があったことが分かる資料を提出できると良いです。
③普通解雇である
解雇であっても、普通解雇として合理的な理由があるのであれば、それを主張しましょう。普通解雇については、就業規則上の根拠があり、それに該当するとしても、それが客観的に見て合理的な理由があり、社会通念上相当な処分であると認められる場合でないと、無効となります。
④整理解雇である
整理解雇の場合、普通解雇と異なり、経営上のやむを得ない理由がある場合には、有効となります。では、どのような場合に、経営上のやむを得ない理由があるとされるのか、具体的には、4要件と呼ばれる以下の要件がありますので、会社としては、それに該当することを主張することになります。
整理解雇の4要件
整理解雇の4要件とは、
- 人員整理の必要があること
- 解雇を回避するための努力をしたこと
- 解雇対象者の選定につき合理性があること
- 解雇手続きが妥当性を欠かないこと
です。
⑤懲戒解雇である
懲戒解雇の場合は、有効性が認められる前提として、就業規則上の根拠があり、その懲戒事由に該当することが必要です。また、就業規則に規定する懲戒事由に該当したとしても、懲戒解雇という選択肢を取らざるを得ないような事情があることを主張、立証することが必要です。
基本的には、注意ないし指導から始まり、処分の段階を踏んでも、従業員の問題行動が改善しなかった場合に、懲戒解雇が有効に認められ得ると考えられるので、段階を踏んで処分を行ったことを記録として残しておくようにしましょう。
不当解雇の労働審判における答弁書の重要性
労働審判においては、まず、申立書が提出され、そこには、労働者側の主張が記載されています。そして、その労働者側の主張に対する反論を記載する書面が、答弁書です。つまり、労働審判において、最初に出す会社側の主張を記載するものです。
上記でご説明した通り、労働審判は、短い期間で審理を行います。そのため、答弁書に会社側の反論をしっかり記載しないと、本来であれば主張すべき会社側の反論がしきれないまま、審理が終了してしまう可能性があります。
以上のように、労働審判における答弁書は、非常に重要なものですので、入念に準備をすることが必要です。
労働審判(不当解雇)の答弁書を作成する際のポイント
上記の通り、労働審判における答弁書は、非常に重要ですが、具体的には、以下の点に留意して作成するようにしましょう。
まず、反論を組み立てる前提として、申立書に記載された主張を正確に理解して把握することが重要です。申立書において、不当解雇との主張がなされている場合は、反論として解雇の正当性を主張することになりますが、その際は、解雇までの経緯をしっかり整理して主張し、証拠も出来るだけ提出しましょう。
金銭解決が可能であることを記載する
労働者側が、不当解雇を主張している場合であっても、会社から一定の解決金の支払をすれば、退職に応じることも可能と考えているケースはあります。そのようなケースで、金銭解決に向けた話をするために、会社側としても金銭解決が可能なのであれば、その旨は記載すると良いでしょう。
解決金や損害賠償が減額されるケースとは
労働者側及び会社側が、金銭解決が可能と考えていたとしても、その金額で折り合わないことはあります。その場合に、どの程度が落としどころになるかは、労働者側の主張がどこまで法的に筋が建っているか、つまり、仮に審判となった場合に解雇無効となる可能性がどの程度あるかによって変わってくるでしょう。
例えば、不当解雇との判断になるようなケースにおいて、それでも労働者に退職をしてもらうためには、一定程度高額の解決金ないし損害賠償金を支払うことが求められるでしょう。他方、およそ不当解雇とまでは言えないであろうケースでは、相場から減額された金額で解決が可能になることがあるでしょう。
会社側の反論を裏付ける証拠を提出する
上記の通り、会社側としては、しっかりと事実関係を主張する必要がありますが、その主張を裏付ける証拠をどこまで提出できるかも重要です。会社側の主張に対し、労働者側が、その様な事実はないとの反論をした場合、裁判所は、真偽が不明となり、会社側の主張が認められないこともあります。
そのため、その様な場合に備え、会社としては、労働者とのやり取り等について、記録に残すような運用をしていくべきです。
不当解雇について争われた裁判例
不当解雇について争われた裁判例はいくつもありますが、今回は、能力不足を理由に普通解雇したのに対し、従業員が、解雇が不当であると争った事案を紹介します。
事件の概要
会社は、従業員Aについて、仕事の能力が不足しているとして、「労働能力が劣り、向上の見込みがない」との会社の就業規則の定めに該当することを理由に、従業員Aを普通解雇しました。
それに対し、従業員Aは、解雇が無効であると主張し、従業員としての地位の保全、賃金の仮払い等を求めました。
裁判所の判断
裁判所は、従業員Aの労働能力について、平均的な水準には達していないことを認定しました。一方で、それだけでは、就業規則の規定に該当するとはいえず、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないとしました。
そして、従業員Aについては、上記に該当するとまでは言えないとし、結論的には、本件解雇は、解雇権の濫用であったとして、無効と判断しました。
ポイント・解説
会社は、従業員Aの能力不足を主張しましたが、その主張は、積極性がない、協調性がないなど、抽象的なものであり、かつ、その裏付けがないとされました。
また、会社としては、従業員Aの能力不足を改善するために、他に取り得る手段があったはずとも判断されています。
上記から分かるように、やはり、解雇は簡単には認められません。また、会社としては、解雇以外に取りうる手段があるのであれば、それを尽くさなければならないともいえます。
労働者から不当解雇を訴えられたら、お早めに弁護士までご相談下さい。
会社にとっては、従業員を解雇する場合、従業員から解雇の無効を主張される可能性は常にあります。そのような場合に備え、会社の運用を確立しておく必要があります。また、いざ従業員から、不当解雇の主張をされた場合は、早急に対応をする必要があります。
従業員から不当解雇を主張された場合は、お早めに弁護士に相談をすることをお勧めします。
労働審判のポイント
労働審判は、労使関係の紛争を迅速かつ適切に解決することを目的としているため、裁判所は迅速性をかなり重視しています。
法的には、期日を3回まで設けることになっていますが、だからと言って、3回目までにどうにかすればいい、とのんびり構えていると痛い目を見る手続になります。
労働審判の大まかな流れ
労働審判は、大まかに次のような流れで終了に向けて進められます。
- 労働者からの労働審判の申立て
- 裁判所から会社へ労働審判の期日指定・呼び出しの通知
- 会社からの答弁書提出
- 期日(1~3回)
- 調停又は審判等
労働審判を申し立てられた会社はどう対応すべきか?
労働審判は、法制度上は、3回以内の期日で審理を終える手続、逆に言えば3回までは期日がある手続きとされていますが、実務上は、第1回目の期日で大筋が決まってしまうこともあります。
そのため、第1回目の期日までの準備が労働審判の結果を決定づける可能性がある重要なポイントとなります。
申立て~期日前のポイント
労働者が労働審判を申し立てた後、裁判所が第1回目の期日を申立日から40日以内の日に指定して、会社に申立書と共に呼び出し状を郵送します。会社は、この申立書に対して、反論として答弁書を作成し、答弁書の主張を裏付ける証拠を提出する必要があります。
期日は申立日から40日以内ですが、裁判所内の処理や郵送のために会社に申立書が届く頃には期日まで3週間程度しかない等ということは珍しくありません。
しかも、上記のとおり、労働審判では、第1回目の期日で審判の大筋が決まってしまう可能性があるため、時間がない中で、会社の言い分を全て答弁書に記載して会社に有利な主張を説得的に論じた上、証拠と共に提出する必要があります。
労働審判期日のポイント
事実関係を説明できる者を同行させる
労働審判期日では、労働審判委員から申立書、答弁書、その他証拠の内容を踏まえ、両当事者に質問をします。当然、その質問の内容は、紛争の事実関係に関する事項になります。
労働者側は、労働者本人が出廷するので、労働者側は、その主張する事実関係に基づいて回答をすることが可能でしょう。これに対し、会社側が「わかる者がいないので、答えられません。」等と回答するのでは、手続きが進まないどころか、労働者側の質問に対する回答に基づいて事件の見通しを立ててしまう可能性もあります。
そのような事態に陥らないよう、紛争に関する事実関係を最もよく知る者を手続に同行させる必要があります。
審判員からの質問には端的に回答する
裁判所で、労働審判委員会からの質問に対して回答するというのは、想像するより難しいことです。前提事実から説明しようとして、質問の趣旨から外れてしまって、結局質問に回答できない、等ということは珍しくありません。
また、長く回答することで、会社の主張と矛盾することを述べてしまう可能性すらあるのです。
そのため、審判員からの質問に回答することになった担当者の方は、質問に対して端的に回答することが求められます。
調停成立時のポイント
和解の落としどころを見極める
労働審判委員会は、質問が終わった後、他方当事者を別室に待機させて、片方ずつ調停成立に向け和解条件について聴取します。
その際、労働審判委員会から、審判を出すとしたらどのような内容の審判を出すか等という事件の見通し(心証といいます。)を聞かされることも少なくありません。会社としては、その心証をもとに条件を譲歩するのか、譲歩するとしてどの程度譲歩するのか、譲歩せず審判を求めるのかを見極める必要があります。
調停条項には「守秘義務条項」を入れておく
紛争の原因が会社にあるとないとに関わらず、労働者と紛争をしていたという事実は会社の評判に関わる事項になります。
そして、SNSが発達した現代では、労働者が簡単に紛争の内容をSNSで発信してしまう可能性があります。労働者が会社の名誉に配慮した発信をしてくれればいいのですが、紛争をしていた相手方の名誉に配慮することなく、労働者目線の歪んだ事実を発信してしまう可能性は否定できません。
そのため、調停を成立させる場合には調停条項に紛争の経緯や調停の内容を第三者に口外しないとする守秘義務条項を入れておくべきです。
審判時のポイント
異議申立ては2週間以内に行う
調停が不成立になった場合には、労働審判委員会が、審判をします。審判は、労働審判委員会から口頭で伝えられます。
この審判に、不服がある場合には、2週間以内に異議の申し立てを行わなければ、労働審判委員会の審判内容が確定してしまいます。
そのため、会社として、審判内容を受け入れられないということであれば、2週間以内に異議申し立てをする必要があります。なお、異議申し立てを行うと、手続きは自動的に訴訟に移行して、以後は裁判手続きとして、紛争を継続していくことになります。
労働審判でやってはいけない対応とは?
労働審判の呼出しを無視する
労働審判の呼び出しを無視して欠席すると、5万円以下の過料が科せられる可能性がある(労働審判法31条)上、期日に労働者側からの主張のみで、会社に不利な審判が下される可能性があります。
そのため、どれだけ労働者の申立て内容に理由がないと思ったとしても、労働審判が申し立てられている以上、無視することはしてはいけません。
法律や証拠に基づかない主張を行う
労働審判は、裁判所の手続である以上、証拠に裏付けられた事実に基づいて、法律に則った判断をします。そのため、証拠がない事実を主張しても、労働審判委員会はその主張を採用してはくれませんし、法律に反する主張を認めることはありません。
したがって、答弁書に記載する内容も証拠に裏付けられた事実をもとに、法律に則った主張をしなければなりません。
会社が労働審判で虚偽の陳述をした場合はどうなる?
会社が労働審判で虚偽の陳述をした場合には、特に罰則等があるわけではありません。
しかし、虚偽の陳述をしたという事実が発覚した場合には、その他の陳述に対する信用性を損なうことになりかねず、翻って会社の不利に働くことになるため、虚偽の陳述等はすべきではありません。
労働審判に強い弁護士を選ぶ必要性
会社にとって、労働審判は、突然申し立てられ、また時間がない中で事実関係を法律的に主張することが求められる難しい手続となります。
そのため、法的知識がない会社の担当者では、対応しきれず、会社に不利な審判が下される可能性があります。
そこで、労働審判は、労働審判に強い弁護士にご依頼いただいて、対応することをお勧めいたします。
労働審判の有利な解決を目指すには会社側の対応が重要です。労働審判の対応でお悩みなら弁護士にご相談下さい。
労働審判で有利な解決を目指すためには、会社側が迅速に、かつ適切に対応することが必要となります。そして、適切に対応することが難しいことは、上記のとおりです。労働審判の対応でお悩みであれば、お早めに弁護士にご相談いただくことをお勧めいたします。