内定を出したものの、その後、内定者に問題が生じたり、使用者側に経営の問題が生じるなどして、内定を取り消さなければならない事態が生じることがあります。しかし、内定者からすると、内定を取り消されることで、就職先がないまま学校を卒業することになるなどの問題に直面しかねません。
また、既卒の内定者においても、今後の生活に大きな影響が生じかねませんので、内定取消によってトラブルに発展する可能性があります。ここでは、円満に内定取消を行う方法という観点から、ご説明をさせていただきます。
内定者の問題行為を理由に内定を取り消せるのか?
内定によって、労働契約が成立しますので、内定を取り消すというのは、内定者の解雇を意味します。では、内定者の問題行動を理由にして、内定取消(解雇)が認められるのでしょうか。
これについては、個別に考えて行く必要がありますが、内定を取り消すことに、客観的に合理性があり、社会的にも相当といえる場合には内定取消が有効と解されています。以下において、具体的な場合を想定しつつ、内定取消が許されるのかを見ていきます。
内定者側の事由により内定取消が認められるケース
犯罪行為を行った場合
具体的な犯罪行為の内容にもよるとは考えられますが、内定後に犯罪行為が行われた場合には、内定を取り消すことができる可能性があります。例えば、内定を出した後に、その内定者が重大な犯罪を犯した場合や、懲役刑に処されるなどして出勤できなくなった場合は、内定取消に十分な理由があるといえるでしょう。
また、内定者が、横領行為をしたといった場合、それによって、内定者に対する信頼関係が損なわれたといえるため、内定を取り消すことができると考えられます。
重大な経歴詐称が発覚した場合
重大な経歴詐称が発覚した場合であれば、それを理由に内定を取り消すことができると考えられます。問題は何が重大な経歴詐称に当たるかです。例えば、職務上必要となる職歴に虚偽があった、実は必要な資格を取得していなかったという場合には、重大な経歴に詐称があったといえ、内定を取り消すことができると考えられます。
他方で、出身地が異なるなど採用に当たって重要ではない事項に関して詐称があったとしても、それを理由にした内定取消は許されないことになります。
“悪い噂”で取消は認められるのか
内定者に悪い噂があるというだけでは採用内定を取り消すことは出来ないと考えられます。噂があるとしても、それが真実とは限りませんし、悪い噂があるというだけで、内定取消をすることに合理性・社会的相当性があるとも考えられないためです。
悪い噂がある場合には、まずは、それが真実かを確認すべきでしょう。そして、その噂が真実であったときに初めてその事実を踏まえて、内定取消の可否を判断すべきであると考えられます。
円満な内定取消とリスク回避の重要性
内定取消で企業名が公表されるケース
学生生徒等の適切な職業選択のために、一定の条件を満たすと、企業名が公表されることになります。具体的な条件に関しては、次のものがあります。
- 2年度以上連続して行われたもの
- 同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの(ただし、新規学卒者の安定した雇用を確保するための措置を講じ、これらの者の安定した雇用を速やかに確保した場合を除きます。)
- 生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに行われたもの
- 内定取消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき
- 内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
上記のとおり、一定の場合には、企業名が公表されることもありますので、内定取消は慎重に行う必要があります。
内定取消を円満に行う方法
内定取消の事由を予め明示しておく
どのような場合に、内定取消がなされるかが分からないと、恣意的な内定取消が行われたと認識される可能性が高いでしょう。また、根拠があった方が内定取消に納得を得やすいといえます。そのため、採用内定通知や入社誓約書などに内定取消事由を明記しておいた方がよいと考えられます。
内定取消の通知は早めに行う
内定が取り消された場合、内定者は、次の就職先を見つけなければなりません。しかし、内定取消が就労開始予定日の直前になると、別の就職先を探すだけの時間的猶予がなくなってしまいます。今後の内定者の生活を守るためにも、内定取消を行なわなければならない場合には、早めに内定取消の通知を出すべきでしょう。
内定者と直接話し合う
内定を取り消す際には、内定者と直接話し合うことも大切です。例えば、会社の経営上の都合で内定を取消すとされても、内定者は、それが真実か否かを判断できませんし、内定取消が必要なまでの状況かも判断できません。
また、内定者側に問題があり、内定を取り消すという場合も、話合いをしなければ、内定者は不満を溜めるだけでしょう。紛争を予防するという観点からは、内定者と十分に話し合った方がよいといえます。
金銭補償等を提示する
円満に内定取消を行うにあたっては、金銭的補償を行うということや別の就職先を紹介するということも重要となります。内定が取り消されると、内定者は、その後の生活に影響が生じる可能性がありますが、金銭的補償や別に就職先があれば、このような影響を減少させることができます。
これによって、内定者の納得を得やすくなると考えられますので、内定取消に当たっては金銭的補償の提示も検討すべきでしょう。
トラブル防止のためにも合意書を作成
内定者と話し合いがついた場合には、内定取消に関する合意書を作成しておくことが有益です。口頭の話だけでは、どのように話し合いの決着がついたのかが不明確になってしまいますし、場合によっては、内定者の気が変わって、再度争って来る可能性もあります。内定者との間で話し合いがついた場合には、必ず合意書を作成しておくべきでしょう。
内定取消について争われた裁判例
事件の概要
本件は入社前に研修が行われていたところ、使用者は、当該研修の進捗状況に不満を有し、その旨を内定者に伝えていた上、内定者に内定辞退を促し、その内定者に対する研修を打ち切っているなどの対応をしていました。この状況で、内定者が内定辞退の通知書を送付したという事案です。
内定者は、内定辞退の通知は無効であり、使用者による一方的な解約(内定取消)として、地位確認や給与及び慰謝料の支払いを求めました。これに対し、使用者は、内定者が別の会社に行きたいと相談しており、内定者による内定辞退などとして争いました。
裁判所の判断(東京地判令和5年12月18日(令和4年(ワ)第27187号、令和5年(ワ)第12591号))
裁判所は、次の①~⑤記載の事実関係に着目し、内定者からの内定辞退の申出がないにもかかわらず、使用者が内定を辞退したものと扱ったものと認めるのが相当と判断しています。
- 使用者が当該研修の進捗状況に不満を有し、その旨を内定者に伝えていたこと
- 使用者が内定者に内定辞退を促していたこと
- 使用者が内定者に対する研修を打ち切ったこと
- 内定者に対し内定通知書(ひな形)を送付し、その中においても入社前の研修の大幅な進捗遅れを指摘していたこと
- 内定者が労働相談情報センターに相談に行っていたこと
他方で、使用者側が主張する事実(内定者が別の会社に行きたいと相談したこと)については、内定者が当該使用者に入社する必要性が高かったこと(内定者は、外国人であり、就労ビザ取得のために当該使用者に入社する必要性が高い状況がありました。)、当該使用者に入社できるように内定者が労働情報相談センターに相談に行っていることを踏まえて、当該事実は認定できないとして、使用者側の主張を排斥しました。
その結果、裁判所は、内定者の労働者としての地位を認めるとともに、給与の支払いと、慰謝料として30万円の支払いを命じる判決を下しました。
ポイント・解説
本件は、内定者側から内定辞退の通知書が出ているものの、それが無効であるとした上で、使用者による一方的な解約(内定取消)と認めた事案です。本件では、使用者側が内定者に多々不満を伝えた上で、使用者側から内定辞退の通知書(ひな形)を送り、その中でも研修の大幅な進捗遅れを指摘しているといった事情がありますので、内定者からの内定辞退の通知書があったとして、内定辞退の意思と見ることは困難でしょう。
この裁判例は、内定辞退をさせたいがために使用者側が内定辞退を強制してしまった事案といえます。内定者側に問題があるとしても、丁寧に話し合うなどして解決を図った方が良かったといえるでしょう。
内定取消に関するQ&A
内定取消となった根拠について、内定者に明示する義務はありますか?
根拠を示す必要があります。内定によって労働契約が成立していますので、内定取消というのは解雇に当たります。そのため、労働基準法第22条が適用されることになりますので、内定者が証明書の交付を請求した場合には、遅滞なくその理由を示さなければなりません。また、理由を示さずに内定取消をするのはトラブルに発展しかねませんので、この観点からしても、理由を示した方が良いでしょう。
内定取消の通知を、電話やメールで行うことは認められますか?
内定取消に関して、電話やメールなどの方法で、通知を行うということも可能です。ただし、後から言った言わないの争いになる可能性がありますので、電話だけで内定取消通知を行うのは避けるべきでしょう。
内々定の状態であれば、どのような理由であっても内々定を取り消すことは可能ですか?
内々定というのは、内定の前段階であり、内定をするという予定を伝えるものなどと言われています。一般的には、内々定段階では、労働契約が成立していないと理解されていますので、基本的には、内々定を取り消すことは問題ないと考えられます。
ただし、「内々定」という表現を用いていたとしても、具体的な状況によっては、「内定」に当たる可能性があります。また、内々定段階であっても、場合によっては損害賠償請求が認められる可能性があります。したがって、どのような理由であっても内々定を取り消すことができるとまではいえません。
内定取消で金銭補償を提示する場合の金額の目安について教えて下さい。
その内定者に支払いを予定されていた給与や、内定取消を行った時期によっても変動すると考えられますが、慰謝料としては、50万円~100万円程度になると言われています。
内定取消を連続して行った場合、企業名が公表される可能性はありますか?
公表される可能性があります。
上記でも記載をしましたが、2年連続で内定取消しを行った場合には企業名が公表されると規定されています。今回の場合、「連続して」ということなので、少なくとも2年連続で内定取消を行なったのでしょうから、企業名が公表される可能性があるといえます。
入社の際に必要と定めていた資格を取得できなかった場合、内定を取り消すことは可能ですか?
内定を取り消すことができると考えられます。
今回の場合、入社の際に必要と定めていた資格ということなので、内定に当たって必要不可欠な資格であったと考えられます。その資格なく労働に従事することは困難でしょうから、内定取消に十分な理由があると考えられます。
内定を取り消す場合、解雇予告手当を支払う必要はありますか?
厚生労働省は、内定取消の場合であっても、解雇予告・解雇予告手当に関する規定の適用があると解しています。そのため、30日前までに内定取消の通知をしていない場合には、解雇予告手当を支払った方が良いでしょう。
採用内定後のインターンシップで問題行為が判明した場合、内定は取り消せますか?
問題行動の内容次第では内定を取り消すことができます。
例えば、インターンシップで周囲に挨拶をしなかったなどといった問題の場合、内定を取り消すだけの十分な理由があるとはいえませんので、内定取消は違法となるでしょう。
他方で、問題行動がインターンシップ中に会社の備品を盗んだなどといったものである場合には、内定を取り消すことができると考えられます。問題行動の理由次第によって結論が異なりますので、まずは、どのような問題が発生したのかを精査した方が良いでしょう。
採用内定通知書に内定取消となる事由を記載する場合、どのような内容を明記しておけば良いでしょうか?
一般的には、①予定されていた時期に内定者が卒業できなかった場合、②健康状態の悪化などによって職務が遂行できなくなった場合、③採用手続きを履行しなかった場合、④経歴詐称、⑤必要な資格を取得できなかった場合、⑤刑法その他の刑罰法規に違反する行為があった場合、⑥その他従業員としての適格性を欠く事情があった場合、⑦経営上の理由で内定者を就労させることが困難になった場合、といった事由を明記していると考えられます。必要に応じて、これらの事情を明記するのがよいでしょう。
内定を辞退するよう誘導させる行為はパワハラにあたりますか?
無理やり辞退をさせるような行為になっているのであれば、パワハラに当たると考えられます。内定によって労働契約が成立していますが、内定先の会社の従業員は、内定者に優越的な関係にあると考えられます。このような関係性で、内定辞退を強制するような行為があったのであれば、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛を与えているといえますので、当該行為はパワハラに当たると考えられます。
内定取消を円満に行うには会社側の配慮が必要です。労使トラブル防止のためにも、まずは弁護士にご相談下さい。
ここでは、円満に内定取消をするという観点からご説明をいたしました。内定者からすると、内定が取り消されると、その後の生活に大きな影響を受ける場合もあります。また、新卒者の場合、新卒での就職という機会を失うことになりますので、その影響は重大です。
これから内定取消をしようとする場合や、内定取消でトラブルに発展している場合、そのほか内定取消に関してお困りのことなどがある場合には、ぜひ弁護士法人ALG&Associatesにまでご相談していただければと思います。