療養指導義務

療養指導義務

療養指導義務

療養指導義務とは、診療中あるいは診療後において発生が予見される危険ないし悪い結果(医療目的に反した生命身体への侵害)を回避するため、医師が患者さんに対し、対処方法を説明する義務です。医師法23条にも「医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。」と規定されており、療養指導義務の根拠となっています。

療養指導の例

高血圧や糖尿病についての食事療法や運動療法、医薬品の服用方法の指導、退院時の説明があげられます。

このうち、医療過誤として問題となることが多いのは、どのような症状があらわれた場合に病院を受診する必要があるのかについての説明や、医薬品の副作用に関する説明などです。

療養指導義務違反の判断

医療過誤で損害賠償請求するためには、注意義務違反(過失)が認められることが必要ですが、医師が療養指導義務に違反したかどうかはどのように判断されるのでしょうか?

療養方法の指導としての説明については、診療行為の一環をなすものです。そこで、どのような指導をすべきかは、診療当時の医療水準によって決まると解されています。つまり、療養方法指導義務違反があったかどうかについては、診療当時の医療水準に反するかどうかによって判断されることになります。

退院時における療養指導が問題となった判例

退院時における療養指導で、どのような症状があらわれた場合に病院を受診するのかの説明が問題となった判例が、最高裁平成3年(オ)第2030号平成7年5月30日判決です。

事案は、A医院で出生し、生後4日頃から黄疸が認められていた未熟児X1が、生後9日目に退院した後、生後12日頃から黄疸の増強と哺乳力の減退がみられるなどしていたが、A医院入院中に医師Yが母親X2らに対してX1には血液型不適合はなく黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配ない旨の説明をしていたこともあり、X2らはX1をすぐに病院に連れて行かず、生後17日目になってA医院とは別の病院に連れていったところ、X1は核黄疸の疑いと診断され、即日交換輸血が行われたものの、核黄疸の後遺症として脳性麻痺が残り、寝たきり状態になったとして、損害賠償を求めたものです。なお、A医院入院中にX1に対して血液型の検査が行われ、YはX2と同じO型と判定し、その旨をX2に伝えていました。しかし、これは誤りで、実際にはX1の血液型はA型であり、本事案では血液型の判定を誤っていたという事情もありました。

この事案では、退院に際してYがX2に与えた注意が「何か変わったことがあったらすぐにA医院あるいは近所の小児科医の診察を受けるように」というものだったにすぎず、核黄疸についても説明や退院後の療養方法について詳細な説明・指導がなかった点が問題となりました。

最高裁は、核黄疸についての予防、治療方法がX1の出生当時には臨床医学の実践における医療水準となっていたものと認定しました。その上で、産婦人科の専門医であるYとしては、「退院させることによって自らはX1の黄疸を観察することができなくなるのであるから、X1を退院させるに当たって、これを看護するX2らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるように指導すべき注意義務を負っていたというべきところ、YはX1の黄疸について特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかるYの措置は、不適切なものであったというほかない。」と判示しました。

この判例は、核黄疸の予防、治療方法が医療水準となっていたことを前提として、患者を退院させ、家族に経過観察を委ねることになる医師に対し、黄疸の増強、哺乳力の減退など起こり得る症状、それらの症状が生じた場合には重篤な疾患に至る危険があるといった今後考えられる病態、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるといった注意すべき症状とその症状が生じた場合の措置を具体的に説明する義務を認めたものです。そして、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにという程度の説明では、説明として不十分であるとしています。

最後に

医療の提供を受けた後、あのとき医師から詳しい症状や具体的な対処方法について説明を受けていれば、と後悔される患者さんやご家族の方もいらっしゃると思います。その医師の説明不足が過失となるかどうかには、医療水準を踏まえた判断が必要となります。医師から受けた説明が過失となるかどうか疑問を持たれた場合には、医療過誤に精通した弁護士に相談することをお勧めします。