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損害額の減額要素(過失相殺)

損害額が減額される場合

損害賠償制度は、公平の観点から、被害者に生じた損害を加害者に負担させる制度です。この損害の公平な分担という制度の趣旨から、一定の場合には、損害額が減額されることがあります。損害の公平な分担という観点から損害額が減額される場合としては、①過失相殺、②被害者の身体的心因的素因による素因減額などがあります。

過失相殺とは

過失相殺は、被害者の過失が加害者の行為と競合して損害の発生や拡大に寄与した場合に、損害賠償額を減額する制度です(民法418条、722条2項)。交通事故では過失相殺が頻繁に行われていますが、医療過誤では相手方から過失相殺が主張されることは少なく、過失相殺が行われることはあまり多くありません。しかし、医療過誤でも、①患者さんが医療機関に通院しない、または受診が遅れるなどした場合、②患者さんが医師の療養指示に従わなかった場合、③患者さんが自己の状態について正しい情報を伝えなかった場合などには、過失相殺が認められることがあります。

以下では、①~③の各場合についての裁判例をご紹介します。

①患者さんが医療機関に通院しない、または受診が遅れるなどした場合

(東京地裁平成3年(ワ)第16070号平成10年10月16日判決)

脳出血後、相手方医療機関で通院治療を継続していた患者が、糖尿病を発症したが、相手方医療機関では患者の糖尿病が増悪した後も、血液検査や尿検査などを行わず従前と同様の投薬がされていたのみだったところ、患者が高熱・意識不明の状態となり、死亡した事案です。この事案では、患者は相手方医療機関に定期的に通院せず、患者の夫だけ来院して薬を受け取ることがあり、特に患者が死亡した年には患者がほとんど相手方医療機関に通院していないという事情がありました。

裁判所は、相手方医療機関の医師は患者に対して入院の必要性を説明して入院させた上で血糖値の管理を行うべきであったが、入院の勧告をせず何らの指示もしないまま帰宅させたとして医師の過失を認めましたが、患者が定期的に通院していなかったなどの通院状況から、医師が糖尿病の管理に適切を欠いたことについては、患者にも過失があったと認めざるをえないとして、医師の過失が3、患者の過失が7であると判断し、7割を過失相殺しました。

②患者さんが医師の療養指示に従わなかった場合

(横浜地裁平成13年(ワ)2420号平成17年9月14日判決)

肺がんの疑いにより入院した患者が、HCV抗体反応検査で陽性となり、C型肝炎ウイルスに感染していることが確認されたが、外来で患者を担当することとなった医師がこの検査結果を見逃し、患者の飲酒量の多さとアルコール性肝炎の既往歴から、患者の肝機能の悪化は大量のアルコール摂取が原因であるとして治療を継続したところ、患者が転医先の病院で肝臓がんにより死亡した事案です。この事案では、担当医が患者に対しアルコールの摂取をやめるよう指示したにもかかわらず、患者は飲酒を継続していたという事情がありました。

裁判所は、相手方医療機関が循環器科及び呼吸器科を標榜する医療機関であり、C型肝炎の進行度を調べる検査などの検査・治療のための人的物的設備が十分でなかったとし、相手方医療機関の医師に専門医療機関へ転医するよう勧告する義務に違反した過失があるとして、損害賠償責任を認めました。しかし、相手方医療機関に来院する前の約30年にわたる患者の累積飲酒量も患者の病態の進行・発がんに影響していると考えられること、一応の禁酒指示があったのに患者が飲酒を継続したことが患者の死亡に相当寄与していることは否めないことなどの事情を指摘して、患者の過失割合を4割として過失相殺しました。

③患者さんが自己の状態について正しい情報を伝えなかった場合

(大阪高裁平成10年(ネ)638号平成11年6月10日判決)

非ステロイド系消炎鎮痛剤(ボルタレン)及びステロイド剤の併用投与を受けた患者が、投薬により出血性胃潰瘍になり、胃の摘出手術を受けたが多臓器不全で死亡した事案です。この事案では、患者が胃潰瘍の既往歴があるのに、ないと告げていたという事情がありました。

裁判所は、消化性潰瘍等の重篤な副作用が発現する薬剤の継続投与であることなどから、相手方医療機関の医師には消化性潰瘍等副作用の発生の有無について十分かつ適切な検査をすべき義務を怠った過失があるとして損害賠償義務を認めました。一方で、患者が胃潰瘍の既往歴を申告していれば、消化性潰瘍の発生しやすい薬剤の投与を控えるなどの対応がなされたことも十分考えられるから、胃潰瘍の既往歴を申告しなかったことは患者の過失とみざるを得ないとして、患者の過失を2割として過失相殺しました。

最後に

相手方から過失相殺が主張される事案は多くはありませんが、患者側の弁護士としては、いたずらに過失相殺が認められて損害額が減額されることがないように、具体的事案に即して検討して適切な主張をしていくことになります。過失相殺されるのではないかとご不安な点がある場合には、弁護士にご相談ください。

損害とは

医療過誤をおこした医療機関等に対して、請求できる損害とはなんでしょうか?

日本の損害賠償制度は、発生した損害を被害者と加害者との間で公平に分担することを目的としており、被害者の財産状態に生じたマイナスを補填することを主眼に制度が組み立てられています(加害者に対する制裁を目的とした制度ではありません)。

そこで、損害は、過失がなければ置かれていたであろう財産状態と過失があったために置かれている財産状態の差をいうと解されています。

損害の計算方法

一口に財産状態の差といっても、どうやって計算するの?と疑問に思われると思います。

裁判では、損害を計算する方法として、治療費、葬儀費用、逸失利益などといったさまざまな個別の項目に分け、項目ごとの金額を合計することによって計算しています。個別の項目は、その内容により、財産的損害と非財産的損害(慰謝料)に分類でき、さらに財産的損害は、積極的損害と消極的損害に分類できます。

なお、医療過誤と同様に人の死亡や傷害についての損害が問題となる交通事故では、件数が多いことから、損害についての算定基準が策定されており、医療過誤についても交通事故における算定基準を参照して損害を算定することがほとんどです。もっとも、既に何らかの病気にかかっている患者の損害を算定しなければならないなどの医療過誤特有の問題があり、交通事故の算定基準とは異なる考慮が必要となることもあります。

積極的損害とは

積極的損害とは、被害者が実際に支出を余儀なくされた分の損害をいいます。

医療過誤によって身体に傷害を負った場合の治療費や通院に必要な交通費、医療過誤によって死亡してしまった場合の葬儀費用などが積極的損害に該当します。

具体的に積極的損害として計上される項目としては、治療費、付添費用、入院雑費、将来介護費、通院交通費・宿泊費、装具・器具等購入費、家屋・自動車改造費、葬儀費用があります。

消極的損害とは

消極的損害とは、医療過誤がなければ得られるはずだったのに、医療過誤があったために得られなかった利益をいいます。医療過誤によって身体に傷害を負った場合に、傷害が完全に治らずに後遺障害が残存し、以前と同じように働けなくなった場合、身体が元通りであれば得られたはずの収入が得られないような場合が積極的損害に該当します。

具体的に消極的損害として計上される項目としては、休業損害、後遺症による逸失利益、死亡による逸失利益があります。

慰謝料とは

医療過誤によって生命、身体、健康が害された場合には、被害者は精神的苦痛を被ることとなります。この精神的苦痛を慰藉するために認められるのが慰謝料です。前述した交通事故の損害賠償算定基準では、入通院慰謝料、後遺症慰謝料、死亡慰謝料の基準が定められており、医療過誤の損害賠償請求の場合でもこの算定基準を参照して算定することがほとんどです。

また、医療過誤に特有の問題として、①説明義務違反はあるが生命・身体の侵害との間には因果関係が認められず自己決定権侵害のみが認められる場合、②生命の侵害は認められないが死亡時に生存していた相当程度の可能性が認められる場合には、慰謝料のみが認められるのが現在の判例・裁判例の取り扱いですが、この場合の慰謝料をどのように算定するのかという問題があります。

最後に

医療過誤の被害者となってしまった場合、請求できる損害項目・損害の算定は個々のケースにより異なり、また、医療過誤の損害賠償特有の配慮が必要になる場合もあります。適切に損害を算定して相手方である医療機関に請求するためには、医療過誤に精通した弁護士に相談することをお勧めします。